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話し合い

「……ふふ!」

 朝の目覚めはとても良かった。バーミリオンと楽しく過ごせて、リナリアは幸せで満たされていた。欲をいえばもっと一緒にいたかったけれど、バーミリオンに目隠しをしてもらったのを思い出すとにやけてしまう。クロノはそんなリナリアの顔を見て呆れていた。

「朝からニヤニヤと気味が悪いのう……お前のことじゃから、どうせ雑談に花を咲かせていたんじゃろうが、一応何か収穫があったかは聞いておいてやろう」

 その見立ては間違っていないので、リナリアは少し申し訳なく思いながら、バーミリオンが既に兄から相談の手紙を受け取っていたことや、近々留学するつもりがあるということをかいつまんで報告した。

 クロノは報告を聞きおわると肩をすくめる。


「なるほど? それはニヤけが止まらないわけじゃ。その『近々』がいつになるかはわからんが、その際に連れて帰るということになればファルンの身の安全は保証されそうか……それと、ウルの小僧のことも考えないといかんじゃろ」

 クロノがベッドに飛び乗って腕を組んだ。


「お前な、ウルへの追及がぬるいぞ! もうちょっと変な夢は見とらんかとか、暗示に心当たりはないかとか……魔力を回収する必要もあるっちゅうのに」

「う……だって、それは……ウルが実際わたくしに危害を加えたわけではありませんし……ウルだっていまはお疲れですもの。無理にお話をするのは心の負担になって、また『あの人』が出てきてしまうのではないかと……一応、考えまして……」

 そう言いつつもリナリアの視線はクロノから逃げるように外れていく。クロノは、ふうーとため息をつく。


「……そういう可能性は確かに否定できんが。バーミリオンが言っていたことによると、『シェーレ』と名乗っていたそうじゃな。今後は便宜上大人のウルについてはその名で呼ぶことにしよう。それにしてもお前はウルに甘すぎる。一応それは頭に留めておけ」

「……はい」

 返事はしたものの、リナリアは迷っていた。いや、怖がっていたとも言えるかもしれない。

 大人のウル……シェーレがリナリアのことを嫌って呪いをかけたとして、何が原因なのか全く心当たりがなかった。シェーレはグラジオでもヘレナでもなく、リナリアを狙った。心当たりがないということは、リナリアが知らない間に何かしてしまったかもしれないということだ。そう思うと、ウルに対してどう接したら良いのか迷いが出てしまう。


(……嫌われるのを怖がって接するのは、友達って言えるのかしら)


 リナリアは部屋の窓を見る。


(わたくしの呪いにウルを巻き込んでいる。それなら、わたくしも本当のことをウルにお話ししたほうが良いのかしら。でも……それはウルに負担が……どうしたら……)


 クロノがふんと鼻から息を吐いて、近くににじり寄ってくる。それから、リナリアの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。

「……そう落ち込まれると、こちらも悪いことをしとるような気分になるじゃろ。しかしお前、呪いの術者がウルであると判明してからは、呪いのことを考えてもあまり魔力暴走はしておらんな?」

「あ、は、はい、そうですね。以前に比べると……」

 自分の胸に手を添えてみる。クロノはその上から手を重ねて自分の魔力をリナリアの中に流しこんできた。

「……うん。消えてはおらんが、闇の魔力量が以前より少なくなっている。これは仮説じゃが……お前、前にウルが魔力暴走をしたときに自分の魔力がウルに流れ込んだと言っておったじゃろ。その現象は単に闇属性と光属性の反応というだけではなく、お前の中の呪いのほとんどがウルに吸い込まれたと考えても良いかもしれない」

「わたくしの呪いが、ウルに?」

 不穏な言葉に眉をひそめる。クロノはベッドの上であぐらをかいた。

「つまり……シェーレの魂の一部が『呪い』という形でお前の魂に絡んで一緒に時を超えてきた。お前が強く固執していたバーミリオンと違い、ヤツは自力でしがみついてきたようなもんじゃから、おそらく一部のはずじゃ。つまり、お前を害する効力は保ちながらも、個としての意識や記憶を取り戻すほどの力はなかった。それが、同じ魔力情報であるウルと魔力的につながったことで流れ出て、本来の自分に合流した」

 リナリアも頷いた。

「なるほど……確かに、シェーレと夢で初めて会ったのは、あのことがあってからでした。ウルに魂が合流したことによって、『呪い』が魂の持つ意識と記憶を取り戻した……と」

「うむ。そういうことになる。明確に悪意がある分バーミリオンの状態よりも厄介かもしれん。だとすれば……害がある存在が身の内にあることを知らせたほうが良いか悩みどころじゃのう。危険なのが、シェーレがウルの記憶を【上書き】してしまうことじゃ。シェーレはウルよりも長く生きている分現在の『ウル』の存在を塗りつぶしやすい。今本人の代わりに前に出てこられているんも、共通の記憶を足がかりにして体そのものを乗っ取る準備をしておると考えられる。下手にこちらが現状のウルの状況に気がついていることを知らせれば、中にいるシェーレが無理に乗っ取ろうとするかもしれん」

「そんな……ウルからシェーレの呪いを引き離すにはどうしたら良いのでしょうか」

「んー……」

 クロノが目を閉じて頭をひねる。

「……これは非常に癪じゃが。われの知識では現状わからん。ただし、ウルの存在が【上書き】されないように予防する方法は、お前とバーミリオンの関わりからある程度推測できるじゃろう。ウルに、()()とは異なる経験をさせ続けることじゃ。そうすれば、シェーレが成り代わる足がかりにする共通の記憶が少なくなる。つまり……本人にとっては心の負担になるかもしれんが、なんとかして『王族』としての新しい生活に慣れさせることが肝要になるかもしれん」


 そこへ、ノックの音がする。クロノが「げ」とベッドから飛び降りた。

「しまった。話し込みすぎたな。もう朝食の時間じゃ。急いで支度するぞ」



 朝食の席ではグラジオと一緒に定位置に座り母とヘレナを待っていると、兄が入口を見てぎょっとした顔をする。兄の視線を追うと、母の隣に立っていたのはヘレナではなく父だった。父は難しい顔をして、上座に座った。母はすました顔をして隣に座った。控えていた侍従や侍女たちが外へ出て食事の間の部屋の扉が閉じられる。中に残ったのは、ばあや、クロノ、アンドリューだけだ。

 父が咳払いをする。


「お前たちが色々と話があると聞いたので、時間を作り、人払いをした。ヘレナも朝食を部屋で取らせている。ここでは、なんでも話して良い」

「お父様はお忙しいので、朝食のお時間しか取れなかったの。あまり長くはいられないから、手短にね」


 兄はあたふたと水を飲み、父を見て姿勢を正した。リナリアも隣で手を膝に置いて父を見る。


「父上、ファルン……俺が、森で見つけちゃった精霊の子のことで聞いてほしいことがあります」

「わたくしは、ウルについてお話があります」


 父は腕を組み、「許す。順番に話してみよ」とグラジオを見た。この反応は父親というよりは国王として対応するということだろう、とリナリアは予想した。グラジオも緊張した様子で、ごく、と喉を鳴らす。


「……あの、レガリアで、精霊が良くないものだと言われているのは、知っています、けど。ファルンは、魔法が使えない子どもの精霊で、何にも悪いことはしないんです。勉強するのが好きだって。水がないと生きられないって。父さんも母さんも帰ってこなくて、森で一人でいると寂しいんだって。それで、それで、ええと……だから」


 グラジオが頭を下げる。


「ファルンを、城で保護できませんか! 俺、できるんならファルンと一緒に勉強したり、遊んだりして、友達になりたい。人間以外の種族、見たことがなかったけど、ファルンみたいな子もいるんだって知ったから……だから、」


「それはできない」


 父は、グラジオが全て言い終わる前にその願いを却下した。兄はショックを受けた顔をして固まっている。想定内のことだったはずではあるけれど、それでもやはり一縷いちるの望みに賭けていたのだろう。

 リナリアは兄の代わりに「どうしてですか?」と理由を尋ねた。


「どうしてか。それはこの国では、魔法検閲官を除いて魔法が禁じられているからに他ならない。王室は神殿との結びつきも深い。精霊の子を収監していないだけでも例外なのに、王子と友達に、などということが許されるはずがない」


 アンドリューと三人で事前に軽く話し合って、父に頼みを断られたら、バーミリオンに相談する話を出す予定だった。アンドリューが、比較して実現の難しいお願いをした後で、実現が可能な願いをすると受け入れられやすいと教えてくれたのである。しかし、兄は唇を噛んで父をまっすぐに見る。ほとんど睨んでいるようだった。


「どうして、友達を自分で選んじゃいけないんですか」

「お前には立場があるからだ。お前は、将来の国王で、レガリア国民の模範でなければならない。だから……」


 グラジオがバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。母が眉を顰めて「グラジオ!」と叱ったけれど、兄は父を悔しそうに見ていた。


「そんなの、おかしいです。何もしていないのに勝手に捕まえて、牢屋に入れないといけないのもおかしい。おかしい! 絶対おかしい! 王子だからって、学舎に入れないのもおかしい! 自分が友達になりたい人と友達になれないのもおかしい!」

「グラジオ、落ち着きなさい」


 母は席を立ってグラジオに近づこうとした。父は黙ってグラジオを見ている。


「俺は、本当は、国王になんてなりたくない! 王子じゃなかったら、ファルンとも友達になれたのか!? 王子じゃなかったら……」


 父は静かに首を振った。


「お前は王子で、私の次に国王になる。そんな『もしも』の話をしても仕方のないことだ。精霊の子を特別扱いできないのは……精霊は生きるために魔法を常に使う存在だという。魔法がないなら生きていけない生物は、人として認められない、というのがこの国での考え方だ。そのような存在と、王子であるお前が、本当は言葉を交わすことも許されない。ただ、社会勉強のために目をつぶっていただけのことなのだ」


 リナリアは心中で、密かに父を恨んだ。


(……お父さまだって、ウルのお母さまと、本当は結ばれてはいけなかったのに)


 それが自身の過去の経験からの警告だとしても、兄にばかり禁止するのもなんだか納得がいかなかった。

 リナリアが父の決定を恨めしく思ったのは、もしかしたら初めてかもしれなかった。

 グラジオは悔しげに拳を握りしめて、自分の頬をガン、と叩く。


「……父上、どうしてレガリアは、魔法がダメなんだ。アルカディールでは魔法を良いものだって言ってるのに。この国でダメなことでも、国を超えたら良くなるの、変じゃないか。ファルンは良い子なのに……俺が、見つけちゃったから……」


 兄の目にみるみる涙が溜まり、母が隣でグラジオの背を撫でる。


「グラジオ。お父さまがダメというものはダメなの……でも、あなたは頑張ったわ」

「そんなこと、言ったってさあ!!」


 リナリアは立ち上がり、父を見た。かろうじて声を上げて泣くのを我慢しているが、兄はもう冷静に話し合いをするどころではなくなっている。


「……お父さま。精霊の子のことを、リオン様にご相談したく思います。アルカディールは精霊のことにお詳しいですし……ファルンは幼くて、知っていることも少ないです。隣国に行かせても、レガリアの重要な情報が漏れるようなこともありません。森に返さないのであれば、このまま城に留めおくよりは隣国に行ってもらったほうがお互いにとって良いのではないでしょうか」


 父は目を閉じて黙考しているようだった。しばらくして、重い口が開かれる。


「……魔法に関することで、アルカディールに国家として借りを作るのは良くない。国内で対処できないということを公にしているようなものだ。しかし……」

 父は、ふうとため息をついた。


「親しい子ども同士が何を話しているか、などは国王である私が逐一把握するようなことではない」


「!」


 それは暗に、バーミリオンに相談することには目をつぶる、ということだ。リナリアは、「はい!」と返事をして、グラジオの袖を引く。


「……お兄さま、今日はリオン様にお手紙を書かなくてはいけませんね」

「…………うん」


 兄はまだ納得のいかない顔をしていたが、母にしがみつくように甘えてから椅子に座った。

 父は、すっかり冷めたスープを一匙口に運んで、リナリアを見る。


「それで、話はもう一つあるのだったな」

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