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地下牢

 グラジオの問いに、アンドリューは「ええ」と返事をする。

「過去、精霊または魔法を得意とする種族と敵対し、生捕りにした場合は、ある程度弱らせた上で地下牢に幽閉という事例が多いですね。精霊の場合は食事などが不要な代わりに生存に一定の条件が必要なので、専門の管理をするためにも都合が良かったようです」

 兄はショックを受けた顔をしていた。

「そんな……地下牢なんて、おとぎ話の世界の話かと……罪人の収監所は城外にあるし」

「人間の場合は、そうですね。しかし、魔法を禁じられているレガリアにおいて、精霊は生きているだけで魔法を使っているような存在ですから、特別です。魔法関係はやはり検閲官の目の届く場所、とされています。もしかすると、少々早いと陛下に叱られるかもしれませんが、良い機会ですからグラジオ様もリナリア様もお心に留めておいてください。リナリア様も検閲官見習いであるならば、知っておいた方が良い知識でしょう」

 リナリアは胸に手を置いて、唇を噛む。

「……あの、その地下牢の管理責任者はどなたになるのでしょう」

「普通は検閲官の長官になるでしょうね。当代ならガリオ長官でしょうか。現在は魔法を私的に使用した容疑で調査中のため、一旦権限を停止されているようですが……」

 ガリオ長官の名前に、リナリアは眉をひそめる。あの夢でファルンを踏みつけにしている足は、騎士では無かった。もしかすると、ファルンを地下牢に捕らえていた件について、ガリオ長官も絡んでいたのかもしれない。

「そうですか……責任者、ということは鍵の管理や収監者の管理も担うのですね?」

「そうなります。お一人で担うのは大変ですから、有事の際は騎士団と連携することになるでしょうな」

(……ガリオ長官が一人で色々と動き回っていたとするのは簡単だけれど、もしかすると、騎士団や検閲官に協力者がいた可能性もありますね。レガリアの綻びはガリオ長官の周囲から探った方が良いのかしら……)

 ふと顔を上げると、アンドリューがリナリアをじっ、と真剣な様子で見つめていた。

「……リナリア様は本当に、少々見ないうちにかなりご成長なさったのですね。神童だと讃えられるのもわかります」

「ついにアンドリューまでそういうこと言うの! どうせ俺はごくごくフツーの王子ですよー」

 グラジオがわかりやすく拗ねてそっぽを向くので、アンドリューが笑って頭をわしっと撫でた。

「グラジオ様が、ごく普通の王子であるものですか! 神童リナリア様のご立派なお兄様として堂々となさいませ」

 以前のリナリアは、アンドリューとは世間話以外の話をあまりしたことが無かった。彼はリナリアの前では口数が多い方ではなかった。いつも微笑ましく目を細めてリナリアたち兄妹を見守っていたけれど、現役の頃は父ともよく行動していた人だから、実はレガリアの重要情報も知っているのかもしれない。

(親しい関係の人では無かったし、今まであまり気にしていなかったけれど……アンドリューから聞ける情報もあるかもしれないわ。わたくしには難しくても、護衛騎士として部下であるソティスに協力してもらったらわかることもあるかも)

 差し当たって気になるのは、騎士の中にレガリアの「敵」になりそうな人、あるいは何か予兆のようなものが無いか、ということだろうか。


 グラジオは照れくさそうにアンドリューの手から逃げると、ファルンの目線に合わせて床に座った。アンドリューはグラジオとファルンの中間地点に移動して、ファルンを観察する。

「ファルンは森でいつも何してたんだ?」

 ファルンはグラジオの顔をまっすぐ見つめる。目線を合わせたのはグラジオなのに、どうやら先に照れてしまったようでぽりぽりと頬を掻いて落ち着かなさそうだった。


「いいお天気の日は森の中をおさんぽするの、です。水たまりがたくさんあって、ぴょんってすると、ぱしゃってして、元気になるですよ。えっと、太陽、キラキラで暑いときは、おうちの中でお魚と泳いだり、のんびりしたり……えっと、森のね、木陰を通って、小さい滝まで行くの、です。滝はね、虹が出てきれい。グラジオと、リナリアにも、見てほしいな……」


「へえ! あの森って滝なんてあったんだ。花畑の方もよく行くの?」


 ファルンはふるふると首を振った。


「お花畑、お水、お花が欲しがる、ます。ファルン、おねがいされても、お水出せないから……ごめんねってするから……」

「ファルンは水の魔法が使えないから、お花に申し訳なくなっちゃうんですね? ファルンは、優しい子ですね」

 リナリアが言うと、ファルンは困った顔で微笑んだ。少し寂しげな顔が、儚げで可愛らしくも神秘的であった。アンドリューが鎧をがしゃりと言わせながらしゃがんで、ファルンに微笑みかけた。意外な行動に、リナリアは兄と顔を見合わせる。


「君は、父さんや母さんに何か教えられたことはあるのかい」


 その声色は優しくて世間話のような口調だったが、騎士としての尋問なのかもしれなかった。ファルンは「うーん……」と暗い顔になった。


「……ファルン、お父さんとお母さんに森のこと、人間のこと、レガリアの言葉、教えてもらったです。あと……お母さん、人が来たら、泉にもぐりなさいって言ってたです」

「じゃあ、君はグラジオ様たちが来たとき、その教えを守らなかった?」

 アンドリューの言葉に、ファルンはしゅんとして目を閉じ、頷いた。

「ファルン……もう一回、会いたかった……」

 グラジオはハッとした顔をして、アンドリューはため息をつく。

「……魔法を知らないのはどうしてだい? 精霊は生まれてすぐに親から魔法を習うものかと思っていたが……」

 ファルンは悲しげに首を振る。


「……ファルン、へんしん、できなかったです。とっても下手で、ずっとずっと、できなかったです。お母さん、教えてくれたけど、お母さんみたいに、できなくて、お父さん……ファルンは、できなくても、いいよって…………」


 ファルンが目を開くと、ぽろぽろと大粒の涙が溢れた。探知しなくても感じる水の気配に、リナリアはドキッとする。あまり感情が昂るのはよくないかもしれない。

「アンドリュー。ファルンはお父様とお母様と生き別れになってしまって、長くお会いしてないようなのです」

 幼い女の子が涙を流す様子にアンドリューも罪悪感を覚えたのか、「すまない」と謝った。


「つらいことを聞いたね。君は、森に帰りたいのか?」


 ファルンは手の甲で涙を拭いて、また水甕に抱きついた。水の気配は収まった。


「……わかんない」


 意外な答えに、リナリアとグラジオはほとんど同時に「えっ」と言った。


「帰りたいんじゃないの?」


 グラジオが困惑した様子で聞くと、ファルンもまた困った顔をした。


「あのね、帰りたかったの、です。『きし』の人、おっきい声の人、こわい、です……。でも……せんせい、やさしくて、お勉強……楽しい。お父さん、みたいで……。ファルン、お父さんたち、ずーっと待ってたです。でも、森、静か……さびしい」

「まあ、そう……ずっと、さびしかったのですね」

 あの森で両親の帰りを待って、ずっとひとりでいたファルンを想像すると胸が痛かった。

「君たち家族の他に、精霊はいなかったのかい」

 アンドリューの問いに、ファルンは首を傾げる。

「わかんない……ファルン、会ったこと、ない」

「そうか。わかった」

 アンドリューは立ち上がって腕を組む。

「……ある程度報告することは聴取できましたな。問題は、本人が帰ることを希望していない点ですが……」


 そこへ、ノックの音がして、クロノが入ってきた。アンドリューが呆れ顔でドアを見る。


「侍女どの、ノックをしたら返事を待つのが常識ですが……」

「クロノはいつもこうだぞ。あのセンセイは大丈夫そうだったのか?」

 クロノはアンドリューにしれっとした顔で「すみません」と言って、グラジオの方を見た。

「流行病の症状は無いそうです。おそらく過労だろうと」

「それは、お気の毒に。アーキル先生も、しばらく色々とお抱えになってお疲れでしたものね……もしかしたら、昨日のウルのことも心配で、ご心労があったのかもしれません」

 アンドリューが、「ええ……」と頷く。

「私は陛下から事情を聞いておりますが、ウル殿が昨日倒れた件も恐らく心労でしょうな。しばらくは無理に動かずに安静にしてもらうべきかもしれません」

「うん、俺もウルに無理しないように言おうと思ってたんだ。見舞いにも、そろそろ行ったほうがいいかな。あとは、センセイが動けない間、ファルンをどうするか、だけど……」

「今日のところはこちらでお留守番していただくにしても、アーキル先生のご体調次第では今後どうするか考えないといけませんわね……他の先生方だと……」


 グラジオは真剣な顔でアンドリューを見る。


「ねえ、アンドリュー。俺、ファルンのことリオンに相談しようと思うんだ。本当はこれからもレガリアにいてもらって、ファルンと友達になりたい。城で保護して、勉強が好きみたいだから特別枠って感じで、一緒に勉強もして……でも、どうしても、それが出来ないんなら……。俺は、ファルンを地下牢なんかに閉じ込めたくないんだ。アルカディールなら精霊のこと、ちゃんと保護してくれるかもしれないだろ?」


 アンドリューは眉を寄せた。


「……魔法関連のことで隣国に借りを作るのは……それに、隣国の国王陛下は現在もご病気で大変なようですし……」

「だから、リオンに友達として頼みたいんだよ。レガリアでどうしてもダメなんだったら、ファルンが森に帰りたく無いんだったら……アルカディールに引っ越ししてもらうのが一番良いように思うんだ。あいつは魔法のハカセみたいなもんだから、あいつに任せたらきっと大丈夫だ」


 そう言うグラジオの言葉は力強く、バーミリオンへの絶対的な信頼を感じさせた。バーミリオンとファルンを関わらせることに迷いがあったリナリアも、覚悟を決めてアンドリューを見る。今ならまだ、ファルンは以前の世界と比べて酷い目には遭っていない。ソティスも味方になってくれた。グラジオだけでなく、リナリアとバーミリオンの間にも信頼関係がある。

 今ならまだ、バーミリオンに助けを求めても、大丈夫なのではないか。


「わたくしも、アルカディールに移っていただくのが良いと思います。ファルンから得られる情報も多くありませんし……今すぐじゃなくても構いません。リオン様のご意見を聞いてから決めても良いと思います。そうしたら……誰も、この子に手荒なことはできませんよね」


 アンドリューは眉間の皺を濃くして目を閉じた。


「……私の一存では何とも。しかし、グラジオ様が陛下にご相談するならば同行いたしましょう」

「それでいいよ! 父上に頼んでみる!」

 グラジオはグッとこぶしを握った。ファルンは不安げに三人の会話を聞いている。リナリアはファルンににこ、と微笑んだ。

「大丈夫です。ファルンが安全に、寂しくないようにいたしますからね」


 ファルンはこくりと頷く。


「ファルン……グラジオと、リナリア、好き、です。良い子にできます」

本来は今日(月曜)は定休日ですが、先日臨時休載したので更新いたしました。

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