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王子付筆頭護衛 アンドリュー

 食後、兄と一緒に学舎に向かった。ソティスはまだ謹慎中なので、グラジオの護衛はアンドリューというグラジオが生まれたときから担当のベテラン護衛だ。ソティスがいるときはグラジオの希望もあって護衛を譲っているが、護衛の筆頭であることは変わっていない。

「ソティス、早く復帰しないかなあ」

 つまらなさそうに口を尖らせるグラジオにも、にこやかな顔を崩さない。

「では、ソティスが戻ってくるまでに鍛錬にも勉学にも励み、驚かせてやらねばいけませんな」

「アンドリューはいつもそうやって適当に言ってさあ」


 兄の無礼な態度に、リナリアはアンドリューが気を悪くしていないかとハラハラしてしまうのだが、ばあや曰く、小さな頃から世話をしていると滅多なことでない限り腹は立たないらしい。

 

 城を出て神殿が迫ってくると、兄は明らかにソワソワしてきた。

 だんだん見えてきた学舎の上の方をじっと見ている。


「……お兄さま、先にアーキル先生のお部屋に行きましょうか」

「えっ!? あ、そうなのか? ウルの部屋って、えーと、最上階なんだろ?」


 リナリアは小首を傾げて少し微笑む。

 ウルは心配だが、先に部屋に行ったら、兄の役割は終わってそのまま帰らなくてはならなくなるかもしれない。ファルンと会わせるなら、先にアーキルの部屋に行く必要があるのだ。

「ええ。今、ウルの後見はアーキル先生ですから……一言ご挨拶いたしましょう」

「そっ、か。うん。挨拶はしないとだよな」

 アンドリューやベティは兄の緊張の理由を知らないので、いつもと様子が違うグラジオに不思議そうな顔をしていた。


 アーキルの部屋に寄ってノックしたが、全く開く気配が無い。リナリアとグラジオは顔を見合わせた。

「いないのかな」

「アーキル先生、ウルのお見舞いに行っているのかしら。それなら先にウルの部屋に……」


 すると、キィ……と細くドアが開く。アンドリューが、ほとんど反射的にグラジオの前に出た。

 ドアのノブに手をかけていたのはファルンだった。手枷はしておらず、少し背伸びをしている。


「まあ、ファルン。こんにちは」


 つい普通に挨拶をしてしまったが、なんとなく違和感がある。ファルンは泣きそうな顔をして、リナリアに手を伸ばした。ベティがリナリアの前に出て、ファルンに手を突き出す。

「ストップ! リナリア王女様に触っちゃダメですよ!」

 ファルンは焦った様子で立ち止まって、部屋の中とリナリアたちを交互に見た。

〈なんじゃ、あのターバン、こやつを自由にさせておるのか? 来客対応もさせるのはさすがに無防備すぎるというか〉

(そうですよね、わたくしたちで無かったらファルンも危ないです)


 アンドリューの後ろから、グラジオがひょこっと顔を出す。


「なあ、なんか……困ってるんじゃないか?」


 グラジオの顔を見たファルンは、ぱあっと明るい顔で笑った。その笑顔はとても可愛らしい。兄の方を見ると、目を逸らして頭を掻いている。

 ファルンが部屋の中を指差した。


「せんせい、起きない、です。熱い、です」


「まあ!」

 リナリアはベティの背中を押し、一緒に部屋に入った。以前リナリアが訪れたときより、床周辺は整理されていて、床に積んであった本は全て机の上に移動されているようだ。床には足跡の形に水に濡れた跡があり、ファルンが通ってきた場所がすぐにわかる。足跡を辿って隣の生活スペースに行くと、アーキルが椅子にもたれかかるようにしてぐったりしていた。その周辺の床には水の跡がたくさん残っている。

「アーキル先生!」

 リナリアが駆け寄ろうとすると、ベティがそれを制する。

「リナリア王女様やグラジオ王子様は、念の為お近づきにならない方がよろしいかと。クロノ様、お医者様を呼んできていただけますか。簡単に容体を見ます。先生さま! 意識はございますかー!」

 クロノはベティに「わかった」と返事をしてリナリアに近づいた。


〈急いでジジイを呼んでくるが、われがおらんうちにウルに接触しないように。われが戻るまではここか、お前の部屋で待機しておれよ〉

(はい。お約束します。できるだけお早いお戻りをお願いしますね)

〈お、言うのう。今のはわがまま姫っぽかったぞ〉

 クロノはニヤリと笑って部屋を出て行った。それを見送ってから、ファルンはグラジオの方を不安げに見る。

「朝、ご飯つくって、おやすみして、動かなくなっちゃったの、です。どうしたら良いのか、わからなかったの、です……せんせい、だいじょうぶ? ですか?」

 グラジオはファルンの方に手を伸ばし、唇を噛んでからグッと親指を立てる。


「大丈夫だ。今、医者を呼びに行ったからな。怖かっただろうに、助けを呼びに出たのはえらいぞ」

 ファルンはこてんと首を傾げた。

「私、えらい?」

「うん、えらい! ファルンは良い子だ」


 ファルンは、ぽっと顔を赤くして下を向いた。アーキルの首筋や額を触っていたベティが顔を上げる。

「私が触ると微妙に嫌がってらっしゃるので、意識はおありのようですけれど……結構、お熱が高いですねぇ。感染るような病気でないと良いのですが、いったんリナリア王女様の私室にお移りになった方がよろしいかと」

「そう、ですね」

 リナリアはファルンの方を見る。ファルンは心細そうにリナリアとグラジオを交互に見た。リナリアはグラジオの前に立つアンドリューを見上げる。

「アンドリュー、わたくしのお部屋にファルンを連れて行きたいのですが」

「リナリア様、それは……」


 アンドリューは難しい顔をする。その反応は承知だったが、リナリアはキリッとした顔を作る。都合の良いことに、今魔法の知識があるのはリナリアだけだった。


「ファルンは大丈夫です、アンドリュー。アーキル先生の授業でも、サイラス先生の授業でも、何もせずに大人しくしていられました。今だって、アーキル先生の危機を知らせようと、一生懸命出てきてくださったのです。わたくしたちに同行してお部屋を移るくらいなら、何も問題ありません」


 ベティが少し離れたところで「うーん」と腕組みした。


「……そうですね。確かに、リナリア王女様の授業には同行いたしましたが、特に変わった様子はございませんでした。触れるのは心配ですが、同行くらいなら大丈夫なような……あ、でももちろん判断は大先輩のアンドリュー様にお任せいたします」


 アンドリューは、じっとファルンを見下ろした。ファルンはびくりと怯えた顔をしたけれど、両手を組んでその場に跪いた。


「……ファルンは、何もしません。しずかに、じっとしていられます」


 グラジオがアンドリューの背中を、拳で軽く叩く。


「アンドリュー、この子はホントにおとなしい子なんだよ。無理やり連れてきたのが気の毒なくらいだ。ねえ、それにお前なら、たとえ何かあったってリナリアも俺も二人とも守れるだろ? 父上と一緒に、小さい山みたいな大きさの魔猪を倒したことだってあるんだろ?」

 アンドリューはしばし考えてから、ため息をついた。

「……承知しました。何かございましたら、私が必ず対処いたします。グラジオ様の筆頭護衛のプライドに賭けて、誓いましょう」

「ありがとうございます、アンドリュー」

 リナリアはホッとして、アンドリューに微笑みかけた。兄は、ファルンに嬉しげに笑いかける。

「よし! ファルン、一緒に行くぞ!」

 ファルンもまた嬉しそうにこくりと頷いた。

「はい。ありがとうございます」


 ファルンはアンドリューのマントを体に巻いて移動することになった。今日は学舎の授業は休みの日なので、あまり生徒もいないけれど念の為の措置だ。

 アーキルの件について、リナリアは本当は隣室のサイラスに声をかける方が良いことはわかっていた。けれど、今サイラスに声をかけると、ファルンの管理がそちらに移りそうなのが心配だったのだ。

 先頭を歩くリナリアの後ろにファルンとアンドリューと兄が続く。アンドリューを挟んで、グラジオはファルンに話しかけていた。


「ファルン、言葉少し上手になった? 敬語、使えるようになった?」

「はい! せんせいが、おしえてくれました。お話のときは、『です』『ます』つける、です。せんせい、やさしいのです」

「そっか。勉強してえらいなあ。俺は、勉強するの嫌いだから、すごいなって思うよ」

「おべんきょう、楽しいです。字も、おぼえたです!」

 

 だいぶ話すのにも慣れてきたのか、それともグラジオ相手だから一生懸命話そうとしているのか。かわいらしい声に、思わずクスッと笑った。

 自室前に着くと扉の鍵を開け、ファルンを振り返る。


「ファルン、お兄様とお話できてよかったですね。お兄様とまたお会いしたそうになさっていましたものね」


 ファルンはにっこりして、大きく頷いた。グラジオは「ええ?」とちょっと照れた様子で目を逸らす。


「そりゃ、あれだよな。知ってる顔がいる方が、安心するよな」

「グラジオも、やさしい。ファルンに、上着……」

「上着?」


 アンドリューが怪訝そうに眉を上げる。グラジオが慌てて「あー! あー!」と大きな声を出した。


「お、俺の上着を拾ってくれたんだよ。ファルンは。それで、返しにきてくれたところを、ムートが見つけちゃって……」

「…………」


 アンドリューは、訝しむ顔でグラジオを見て、眉間を中指でおさえた。


「その報告は、ソティスから引き継ぎの際に聞いております。全く……お父上に似ていらっしゃるのも困り物ですね」

「?」

「お二人とも、誰にでも分け隔てなくお優しいという話です」


 グラジオはきょとんとしていたが、リナリアの方はその言葉の意図するところに心当たりがあり、ひやっとした。アンドリューは父と同じ年頃の騎士だ。もしかして、ウルの母のことも知っているのだろうか。

 三人を中に案内して、リナリアは水甕みずがめを見た。そこにはちゃんと水が満たされている。ティナにこの部屋の合鍵を渡して、掃除などの管理をしてもらっているのだが、その際にはファルンがいつ来ても大丈夫なように、水甕に水を入れてもらうように頼んでいたのだ。

(やっぱり、備えておいて正解でしたね)

 ファルンはトコトコと水甕に近づいて、ぴたりと抱きつくようにして体をくっつけた。

 グラジオがそれを指差すので、リナリアは水の精霊には水の魔法素が必要であることを簡単に説明する。兄は真剣な顔で腕を組んだ。


「へえ……水がないといけないんだ。じゃあ、やっぱり本当は森の泉のところにいるのが、良いんだよな……もし城に置くとしても、もっとちゃんと水がたくさんあるところにいてもらった方がいいような気がするけど」


 ファルンは甕に頬をくっつけたまま、にこーっと笑った。グラジオはそれに釣られるようにニコリと笑う。


「やっぱり、リナが魔法のこと勉強してくれていて良かったな。本当は城の方のリナの部屋とか、もっと近くに置いてあげられたらもっと良いんだけど。全然危なくないんだろ? なんとかならないのかな」

 グラジオの言葉に、アンドリューが肩をすくめた。

「レガリアで、精霊を城内に置くのはあり得ませんね。こちらにとどめ置かれているだけでもまだマシな方だと思います。過去には、検閲官学舎の地下牢に繋がれていた事例もあったかと」

 地下牢という言葉にギクリとしてリナリアはアンドリューをばっと見上げる。グラジオもまた、驚いた様子で目を丸くしていた。


「地下牢って……そんな場所が城にあるのか?」

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