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番外編 あの日のヨナス〜誕生日パーティー編〜

 僕はヨナス・ダリアード13歳! 検閲官見習いのムードメーカー担当さ。

 今日はリナリア様のお誕生日パーティー。まさか男爵家の次男坊の僕がリナリア様に直接ご招待状をいただけるとは思っていなかったから感激だったよ。僕は確かに同期の中ではリナリア様と特に仲が良い自覚はあるのだけど、同期のエリーゼやフリッツも招待されていたから、リナリア様は僕だけを特別扱いしたってわけでもないのはわかる。リナリア様のそういうところ、すごく信頼できる。

 僕と違って以前から王家のパーティーに招待されている親友のジェシー・ランスドールに、作法やら服装やらのアドバイスをもらって準備はバッチリだった。授業は苦手だけど、貴族のABCなら飲み込みは早い方だと思う。弱小貴族は生き残りも大変なのだ。


 パーティー会場でエリーゼと合流して入り口付近でリナリア様を待つことにした。エリーゼのうちも長男が招待されているから今まで来たことは無かったらしい。彼女は、すれ違う貴族に礼をしたり挨拶を返したりするたびに大きくため息をついていた。少し人がいなくなったとき、エリーゼはじっと僕の顔を見る。

「ヨナスは初めての割に、ずいぶん落ち着いているのね……」

 これは……褒められている!

「そう? ありがとー! だって王族のパーティーって情報の宝庫でしょ? 参加しているだけでいろんな情報が直に手に入れられると思うと、もう昨日から楽しみで楽しみで」

 声をひそめてそう言うと、エリーゼはちょっと呆れた顔をした。あれー?

「ヨナスのそういうところ、尊敬するわ……」

 褒められ……たよね、コレ?

「そういえば、エリーゼは婚約者いるんだよね。一緒にいなくていいの?」

 人によっては、婚約者が学友とはいえ別の異性と話しているのをよく思わない人もいる。僕の問いに、エリーゼは肩をすくめる。

「今日はお仕事でいらっしゃらないわ。少し年齢が離れているから、私のことをまだ子どもだと思ってらっしゃるの。リナリア様に同期の男子学生と一緒にご挨拶することもお知らせ済みだから大丈夫よ」

「ふうん、嫉妬深い人よりは良いのかな。いくつくらいの年齢差なの?」

「10歳上よ。騎士をなさっているわ」

 なるほど。「少し」でもないと思うけれど、実際、貴族間では珍しくない年齢差だ。ちょっと心配な気もするけど、そこはよその事情なので踏み込み過ぎないのも貴族のマナー。他家の事情は人伝に聞いた多少不確かな情報くらいがちょうどいい時もある。

 とか思っているうちに、ドレス姿のリナリア様がこちらに向かっているのが見える。反射的にいつものように挨拶しそうになって慌てて手を下ろし、姿勢を正した。よくみたら、リナリア様の隣にいるのは隣国のバーミリオン王子様、それに兄君のグラジオ王子様もいらっしゃる! 王子様がたに、礼儀知らずの軽薄な貴族だと思われては大変だ。ヨナス・ダリアード、やるときはやる男さ。

 リナリア様は淡いピンク色の美しいドレスで、いつもよりずっと王女様らしい……というと語弊があるけれど、やっぱりきれいなドレスを着ていると別世界の人って感じがする。僕みたいな下級貴族や、ティナやウルみたいな平民と一緒にお勉強なさっているのは本当にイレギュラー中のイレギュラーなんだなあ、なんて実感してしまった。

 リナリア様は、僕たちをグラジオ王子様とバーミリオン王子様にご紹介してくださった。ああ、王位継承権第一位の王子様方にご紹介していただけるなんて、何たる幸せ! 生きてて良かった! ちなみに隣のエリーゼはガッチガチに緊張していたみたいだった。

 リナリア様や王子様と談笑しているうちに、もう一人の王子様がいらっしゃった。サハーラって砂漠の国じゃなかったっけ。リナリア様、王子様に大人気だ。王族ってそういうもの? これはますます一介の貴族なんてお呼びじゃないんじゃないのかなあ。

 とか思っていたら、リナリア様のエスコートをしていらっしゃったバーミリオン王子様が、リナリア様が秘密になさっていたファーストダンスのお相手だと判明。なるほどねー! なるほどなるほど。改めて見ると、明るくて快活なグラジオ王子様に対して、バーミリオン王子様は美しくご聡明って感じの正統派王子様で、リナリア様が嬉しそうになさっていたのもわかるなあ。

 ええと……僕は正直者だから、そう思ったことがうっかり口に出てしまったんだけど、それを聞いたバーミリオン王子様は嬉しげになさっていたから、結果オーライだよね?

 グラジオ王子様に顔と名前を覚えていただいたし、バーミリオン王子様にもご興味を持っていただいたので、貴族の交流としては上々の成果だったと思う。グラジオ王子様は、北に領地をもっているグラッセン子爵のご子息と仲が良いと聞いているし、あんまり家格のことは気になさらないタイプなのかもしれない。もちろんリナリア様の情報を売るつもりはないけど、大好きなリナリア様が憧れてる(っぽい)王子様と仲良くなる橋渡しみたいなことができたら多少は恩返しになるのかな。またリナリア様がバーミリオン王子様のことどう思ってらっしゃるのか聞ける機会があったら良いなあ。

 やー、今のご挨拶がきっかけで王子様にもお呼ばれする仲になれたら最高なのに!


 ……なーんて、思っていたので。



「ヨナス! これから俺の部屋でいっしょに遊ぼう!」



 パーティーが終わってからそうグラジオ王子様に声を掛けられたとき、僕は喜びましたとも。フリッツがソロ演奏したり、リナリア様にサハーラの王子様との婚約話が出てきたり、フリッツんちのおじいさまに絡まれたり、色々それなりにバタバタしていたけれども、そんなことも全部吹っ飛んでしまうくらいの大事件だよ。王子様の遊び相手にご指名されるなんて、一介の男爵家次男にはありがたすぎる光栄。

 そのときは後ろに父上もいたから、二人で深々と、そりゃもう深々と頭を下げたわけです。そりゃあそう。


「ありがたき光栄!! もちろんでございます!!」


 グラジオ王子様はニカッと朗らかに笑った。確か8歳だったよね。弟とあまり変わらない年だけど、やっぱりオーラがあるなあ。


「良かったー! サハーラのクローブたちがリナの誕生日にいっぱいボードゲームをプレゼントしてくれてさあ。リナは父上に呼ばれて行っちゃったけど、リオンはリナを待ってたいって言うし、せっかくだからみんなで遊ぼうって話になったんだよ。人数多い方が楽しいもんなー!」


 「賑やかしならお任せください!!」と意気込んでついて行ったは良いものの。



「グラジオー、そいつだれー?」



 サハーラ帝国の皇子様(帝国は王子じゃなくて()子というんだった)が、僕を見てとっても嫌そうな顔をした。あの、一応2回ほどお会いしましたけど……。

 グラジオ王子様が僕に小さく「ごめんな」と言って、サハーラの皇子様に「こら」と人差し指を立てる。


「こら、そういう風に言ったらヨナスがエンリョしちゃうだろ」

「ねえねえ、おまえもシシャク? ディートリヒといっしょ?」


 言われて、部屋に髪を後ろで一つに結んだ少年がいるのに気がついた。直接会ったことはなかったけど、雰囲気から、グラッセン子爵のご子息だって察することができた。確かグラッセン子爵のお家って田舎だけど、レガリアの国の発足時からあるような古い領地で爵位こそ下だけど歴史がすごいって聞いたことがある。

 そんなお家と、新参のウチを並べられたらシンプルにヤバい。僕は慌てて頭を下げた。


「ダリアード男爵家の次男、ヨナス・ダリアードと申します。我が家は新参でありますから、歴史あるグラッセン子爵家とはとても釣り合いません」

 

「えっ? ディートリヒでも王族と話すの身分足りないと思うのに、それより下のやつがなんでここにいるわけ?」


 うっ。

 貴族の付き合いとしては、まあまあ正論だから流石の僕でも心が痛い。そういえばこの場にいるので男爵家なのって僕だけだし、王族だらけじゃん。ちょっと心細くなってきた。

 他国の皇族からの容赦ないお言葉に僕の繊細な心がヒビ割れるのを感じていると、「あの……」という控えめな声が聞こえてきた。


「そ、そんなこと無いですよ。うちは雪ばかりの田舎ですし……。ダリアード男爵家と言ったら、慈善事業にも力を入れて多額の寄付もされていると有名ですよね。父から伺ったことがあります。リナリア様が仲良くなさっているのも納得です」


 ディーーーートリヒ殿!!!!!

 嫌われ貴族のウチの擁護をしていただけるなんて、なんって良い人なんだろうか。これからグラッセン子爵領のこと、めちゃくちゃアピールしますね。なんの名所も特産もないウチと違って、雪景色の美しい観光地として名を馳せているのも人に紹介しますね。

 グラジオ様が僕の隣に並んで、ぽすっと背中を叩いた。


「まあまあ、ほら、これから一緒に遊ぶんだから仲良くしろよな。ヨナスが来てくれたから、チーム分けはレガリア対外国って感じだとちょうどいいか」

「チーム分け? でもラビィ、グラジオ様とおんなじチームが良いです」

 サハーラ帝国の皇女様が可愛らしく首を傾げた。絵本に出てくる外国の皇女様って感じでとてもかわいい人だ。

「でもさー、人数的に男女で分かれるのは足りないだろ? 年齢も中途半端だし、かといってランダムだとヘレナが入った方が不利で可哀想じゃん」

「へレナかわいそうじゃないよぉ」


 ぷくっとほっぺを膨らませた小さいお姫様が、リナリア様の妹姫のヘレナ様だね。いつだったか、リナリア様がピンク色の似合う可愛らしい妹だとお話しされていた気がするけれど、確かにそうだなあと素直に思った。年相応の無邪気な可愛らしさで、きっと笑顔を振りまくだけでみんなに愛されるタイプの方だ。

 なんだろう、大人びたリナリア様のことを思うと、ちょっとだけ胸がちくりとした。


「ヨナスって面白いんだろ? なんか楽しい話が聞きたいなー!」


 真面目に浸っている間に、味方と思われた自国の王子様から突然の無茶振り!

 親愛なるジェシー、僕はもうダメかもしれない。


 僕が固まっていると、グラジオ様に背中を両手で押され、部屋の中央まで連れられた。

 リナリア様とダンスを踊っていたバーミリオン王子が手招きしてくださったので、ご厚意に甘えて静かにお隣に失礼した。先にグラジオ王子様とクローブ皇子様が対戦されることになったので、僕はバーミリオン王子様の隣で膝を抱えて小さくなっていた。ぼ、僕は今から何の話をすれば……。

 ふと隣から視線を感じて、冷や汗をダラダラ流しながら、できるだけ笑顔でバーミリオン王子様の方を見た。バーミリオン王子様はにっこりと美しい笑顔を僕に向けた。どうしよう、こんな良い笑顔見ちゃって僕リナリア様に怒られない?


「私も、ヨナスのことはリナから手紙で話を聞いているよ。ウルという人の話が多いけど……ヨナスが話すとみんな笑顔になるって書いてあった」


 リナリア様……! お手紙にそんなことを書いてくださっていたんですかー!

 感激で、僕の冷や汗は止まった。


「そ、そんなふうに書いていただけていたとは、光栄です。リナリア様は、まだ6歳でいらっしゃるのに、とてもご聡明で、僕よりもずっと成績が良いんですよ。僕は本当に取り柄も少ないんですけど……リナリア様と仲良くさせていただいているのは、すごく幸運だったなと思っています」


 バーミリオン王子様が、今度は少し探るような目で僕をじっ、と見つめた。ちょっとビビってしまう。なんか不用意な発言したっけ、僕。


「……リナは、私の話をすることはある?」

「えっ? えーと……」


 これ、すごく、なんていうか……間違えちゃいけない質問な気がする! もしかして検閲官の話聞きたいって、そういうあれ? だとしたら王族って、進んでるなあ〜!! 僕がこの年頃の時なんか美味しいものにしか関心なかったよ! でも、全くの嘘を言うわけにはいかないし!! もしかしたら「面白い話」より、ヤバいんじゃ……。考えろ僕、考えろ、脳みそフル回転して考えろ。

 魔力暴走起こるんじゃ? なんて不謹慎なことを考えた程度には死にそうになりながら必死で考えた結果、さっきバーミリオン王子様が「手紙」と言っていたのを思い出した。


「あっ! そう、そうですね。リナリア様、時々にこにことご機嫌が良いときがあるんですけど……そういうときは確か、お手紙が届いた日って言っていたような……きっとバーミリオン王子様のことですね」


 すると、バーミリオン王子様は嬉しそうにパッと笑った。リナリア様にお見せしたかったな。


「そう? そうなんだね。それが私の手紙なら良いのだけど……」

「きっとそうだと思います。僕には手紙のことや文通相手の方のお話はあまりなさらないんですけど、今日のダンスを見て確信しました。リナリア様はバーミリオン王子様と踊っているとき、とても幸せそうな顔をなさっていて……その表情が手紙のことを思い出してニコニコしているときと同じでしたから」


 バーミリオン王子様が、真剣な顔つきになって、ふっと目元がやわらかく細められた。うーん、どの表情も絵になる方だ。


「ありがとう、良い話を聞けた。また、そういう話があったら教えてほしいな」


 バーミリオン王子様にお返事をしようとしたとき、勝負をしていた王子様たちから歓声と悔しげな声が聞こえて来る。


「やったあ! グラジオに勝ったぞー!!」

「待った! まだルールに慣れてないからだぞ、次こそは勝つからな。選手交代、ディル、タッチ。そっちはリオン!」


 ご指名を受けたディートリヒ様が返事をして、グラジオ王子様と交代する。バーミリオン王子様も、「私の番みたいだね」と立ち上がって行ってしまった。


 一人かー、と思っていたらそう甘くはなかった。


 勝負を終えた王子様たちが、なんと僕の両脇に座ったのである。えっ、僕、挟まれてる?


「さて、ヨナスの面白い話がやっと聞けるな!」

「オレもキョーミある! 早く早く! 話して話して!」



 ……そういうわけでリナリア様がいらっしゃるまでの間、僕は冷や汗をかきながら、姉の話や自領の自虐ネタでなんとかかんとか間を持たせたのでした。

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