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精霊師見習い

「おろかものーーーーーー!!!」


 リナリアは起きて早々からベッドに腰掛けてクロノのお説教を受けていた。

 クロノは両手を腰に当てて目を吊り上げている。


「離れとるのに名前を呼ぶだけじゃどこにおるかわからんじゃろが!! しかも、つい最近ウルの関係で倒れたばっかりなのに警戒心が無さすぎる!!」

「はい……弁解の余地もございません……」


 クロノはソティスを送ったあとは、先に部屋で待機していたらしい。クロノもウルが夕食に同席していることは知らなかったので、戻りが遅いと探しに出た矢先にリナリアが呼ぶ声を聞いてひどく焦ったということだった。


「はあ……まあ、ウルと二人になるのはまずいということじゃな。ベティも同行するようになったから良いが、しばらくはわれもクロノとして同行しよう。で、今回は魔力暴走が起こったわけじゃないんじゃな」

「ええと……実は……ウルに代わって大人のウルが出てきてしまって……それから、」


 言いかけて、今は呪いがまだ絡んでいる状態であることに気がつき、口を両手で押さえた。クロノはそれを見て、何か察した様子で頷く。

「何か仕掛けられたのか」

「……もしかして、クロノも呪いの主について予想していたのでしょうか」

 クロノは肩をすくめる。

「まあ、確信はなかったが。あまりその点を詰めるとお前の体調に影響がありそうじゃったからな。今も危なっかしく思うとるが、実際大丈夫なのか」

「多分……一応クロノと手を繋いでいても良いですか」

 クロノは「ん!」とリナリアの手を握った。それから、軽く魔力が吸収される感覚がする。

「確かに、今のところは大丈夫そうじゃ。暴走している感じはせんな」

「よかった……。あ、それから……昨夜の夢で、大人のバーミリオン様にお会いしました。リオン様が夢で会う魔法を作ったのをご覧になって、わたくしの魔力情報から魂の欠片を召喚する魔法? をお作りになったそうです。それで、実験で呼んでいただけたみたいで!」

 バーミリオンのことを思い出し、リナリアはだんだん笑顔になったが、クロノの方はぽかんとした顔でだんだん口が開いていった。

「……バーミリオン、あいつ、本当に人間か? 精霊でもそんな魔法……いや、魔法を『作る』ことに関しては人間の方が上手いという説もあるか。しかし仮に開発できたとして……魂の状態でそんな高度な魔法を発動できるんか? 呼び寄せるなら自分の魔力も消費するもんじゃが……」

「わたくしの魔力を文字化して魔法陣に……とおっしゃっていましたよ。高度なお話で、わたくしにはピンと来なかったんですが」

 クロノは片手で頭を抱えた。

「なるほど……お前を呼ぶときの代償コストをお前の魔力に設定しておる可能性が高いな。それにしてもゼロというわけにはいかんじゃろうから、おそらく自分の魂の一部を削っておるとは思うぞ」

 思ってもみなかった言葉にリナリアはひどく動揺した。

「えっ!? で、では、何度も使ったら魂だけの状態のバーミリオン様はいなくなってしまうのでは……」

「その可能性はある。何度も使うのはよくないかもな」

「ああ、どうしましょう、わたくし……そんなこととはつゆ知らず……また呼んでほしいと言ってしまいました……」

 サッと血の気が引く感覚がする。クロノがふん、と鼻から息を吐く。

「落ち着け。別に次に使ったら消えそうというほど弱っていたわけじゃないんじゃろ? それに、リオンの方とは違って、身を削ってまでお前に頻繁に会いたいと思うほどお前のことを好きなわけでもないんじゃし」

「うっ……そ、そうですね……大人のバーミリオン様はわたくしのことは好きではないですものね……」

 痛いところを突かれて、少し冷静になった。

「で、他になんか有意義な話はしたんか」

「あとは、ウルのことを。二人にならないこと、ウルを不安定にさせないこと、それから何らかの手段で魔力を入手しておくと良いということ……ええと、あとは、今のわたくしには暗示の類は効きにくいだろうと」

 リナリアの手を離し、クロノはベッドの隣に腰掛けて腕組みした。


「敵国の王のくせに妥当なご意見じゃな。確かに、今のお前は明確な信念を持って生きておるから以前より暗示にはかかりにくい状態にあるじゃろう。それでもコンディションによってはかかってしまうこともあるから気をつけよ。しかし……今後のことを考えると、精霊師になるための自主訓練にも力を入れて、さっさと契約をしたほうが良さそうじゃ。精霊師になればお前の魔力とわれの魔力が直で繋がり、われはお前の位置をすぐに把握できる。それに、場合によってはファルンを精霊界につれていくこともできる」

 リナリアは目を輝かせて、クロノを見つめる。


「わたくし、頑張りますっ。何をしたらよろしいですか?」

 クロノは胸を張って重々しく頷いた。

「今より高度な魔法の知識に加えて探知が重要じゃな。以前も言うたが、精霊師になるには自然界に存在する魔法素を探知することが必要不可欠じゃ。そこから自らの魔力に変換する技術が必要になる。じゃから真っ当に訓練をするなら探知の基礎、つまり今お前が授業でやっとることを確実にマスターすることじゃが、それをやっとったらまだまだ時間がかかる。最低限、自然界にある『光属性の魔法素』を探知して自らに取り込むことを先にできるように練習するぞ」


 両手のこぶしをぎゅっと握り締めて、リナリアは気合を入れる。


「はいっ、厳しくても大丈夫です。いわば、精霊師見習いも掛け持ちする、ということですよね」

「ま、そういうことになるが、あまり張り切りすぎると疲労が溜まり、暗示への抵抗力が弱まる恐れがあるので程々にせいよ。無理をしないよう、検閲官の授業がある日は精霊師の知識……つまりは座学を進め、お前の王女教育の日に精霊師としての探知訓練を行う。休日は休め!」


 リナリアが覚悟したよりも優しい訓練計画に、少し拍子抜けさえした。その表情を見て、クロノが眉を吊り上げる。


「お前、『もっとできる』とか思うとるじゃろ。最近の自分の倒れる頻度をよう考えろよ。今のお前の精神は19歳でも、身体は6歳なんじゃ。割とずーっと体力を超えたことをやっとるんじゃから、もうちょっと意識的に休め。そんでもって、三日に一度はバーミリオンと逢瀬するのに魔力を消費するんじゃろ」

「それは、その通りです……休みます」


 何だか昨夜から叱られ続けている気がする。クロノはぴょこんと立ち上がった。


「ま、今日は検閲官の授業は無い日じゃから、王女教育の授業が終わって夜になったらお試しで精霊師の訓練をやってみるか。魔法の知識については現代で失われた精霊師の知識はわれから、近年の魔法知識に関してはソティスやターバンから聞くのが良いじゃろう……おっと、そろそろ朝食の時間に差し掛かってきたな。さっさと着替えるぞ」

「はい! お願いします」


 それからクロノに支度を手伝ってもらって、待機していたベティとばあやも一緒に朝食に向かった。朝食の席にはすでにグラジオが座っており、リナリアの姿を見ると、笑顔で軽く手を振ってくれた。


「リナ、おはよー。昨日は侍医に普通に疲れただけって聞いてたけど、今日は大丈夫そうか?」

「はい。おんぶしていただいてありがとうございました、お兄さま」


 すっかりいつものグラジオで、リナリアは嬉しくなって微笑みながら兄の隣の席に座った。今日の食事も四人分用意されているが、ウルの分なのか母の分なのか気になって胃がキリキリ痛んだ。隣の兄に小声で話しかける。


「お兄さま、昨日ウルがどうだったかご存知ですか?」

「ああ、ウルも疲れが溜まっていたんじゃないかって。念のために学舎で検閲官の人にも見てもらったらしいけど、ただ寝てただけだったみたいだぞ。まあ、すげえ緊張してたみたいだもんな。ヘレナの相手もさせられて疲れたんだろな」


 魔力的にも大丈夫そうなのは安心したが、目を覚ましたウルを確認するまではわからない。と、そこへヘレナが母と手を繋いで入ってきた。ひとまずホッとしていると、母がリナリアを心配そうに見る。


「リナリア、あなた昨日外で眠ってしまったんですって? 王女の授業と検閲官のお勉強を両方やるのが大変ならどちらか減らしてもいいのよ」

「ありがとうございます。無理しないように気をつけますね」


 ヘレナが母の手にすりすりと頬を擦りつけて甘えていた。


「ヘレナ、おかあさまがいっしょなの、すき」

「全く……ヘレナももう5歳なのだからあまり甘えん坊のままではダメよ」

 そうは言いながらも母は可愛くて仕方がないという顔でヘレナの頬を撫でた。その仕草を見ていると夢でバーミリオンに頬や顎を撫でられたのを思い出されて、リナリアは頬に熱が集まるのを感じる。

 グラジオがリナリアを覗き込んで首を傾げる。

「あれ、リナ顔赤くない? やっぱ風邪か?」

「あ、え、えっと、そうでしょうか? ぐっすり寝過ぎちゃったのかも……」

「やっぱり心配ねえ。先生には連絡しておくから、今日はお部屋で一日お休みしなさいな。ご飯もお部屋に運ばせるわ」


 本当は必要ないのだけれど兄と母が非常に心配するので、今日の通常授業はお休みにしてもらうことにした。

 食事の後、ウルのお見舞いやファルンの様子を見に学舎に行こうとすると、グラジオに「あのさ!」と声をかけられた。


「リナが今日、学舎に行くんなら……一人で行かせるの心配だし、俺も一緒にいたいんだけどー、どう思う?」


 リナリアはなるほど、と察して母の方を見る。


「あの、お母さま……今日はウルのお部屋にお見舞いに行くだけなのですけれど、お兄さまと手を繋いで行けたら心強いんですけれど……」


 母は渋い顔をした。


「……あのね、二人とも。リナリアは例外中の例外で、本来王子や王女は学舎に近づいてはいけないのよ?」

「もちろん、わかってるよ! 今日はリナの付き添いとして、目立たないようにおとなしくしてるからー!」


 二人で小鳥の雛のように母をじいっと見つめていると、母が折れたようにため息をついた。


「……仕方ありません。本当はリナリアが学舎に行かないのが一番なのですけれど、倒れたあの子のことも心配なのはわかります。あの子にはちょっと無理をさせてしまっていたように思いますから……。あなたたちの顔を見たら気が晴れるかもしれませんし……今日はお母さまからお父さまにご報告しておきます。何か問題があったら、今後は二度と禁止にしますからね」


 もしかすると、母もまたウルの心労について気にしていたのかもしれない。隣の兄は満面の笑みになる。


「やったあ、ちゃんとする! 絶対迷惑かけない!」

「ありがとうございます、お母さま。早めに戻るように心がけますね」


 怪我の功名のような形ではあったが、グラジオと一緒に堂々と学舎に行けることになったのはリナリアにとっても大きな一歩だった。

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