作られた関係
協力体制を敷くにあたって、もう少し情報が欲しいと言うソティスの要望を受け、リナリアとクロノは念話で相談の末、クロノの情報を一部明かすということで手を打った。
これまでの経緯を全て話すのはまだリスクがあるし、それ以上にリナリアの記憶や夢についてはバーミリオンとの秘密にしておきたかった。
「ふうん、光の精霊か。五属性以外の精霊がいるとは知りませんでした」
クロノはフフンと胸を張る。
「われは精霊の中でも特別じゃからな。言っとるじゃろ、めちゃ強いと」
「種族はまだ教えてくれないんですね。ま、属性が分かればこちらも対処法が分かりやすくていいですが……姫君も光属性でしたね。もしかして魔力のやりとりなども?」
リナリアは神妙な顔で頷いた。
「は、はい。わたくしがクロノのためにできることは少ないですが……」
「なるほど。能力的にも、共にいることはお互いに利があるわけですね。そういえば、一つ提案があるのですが」
ソティスはクロノをじっと見た。クロノは怪訝な顔をしてソティスを睨み上げる。
「なんじゃ」
「今後、何かと会う必要が出てきた場合のことを考えると、自分とあなたに都合の良い理由が必要だと思います」
「……というと?」
クロノとリナリアは同時に首を傾げる。ソティスはコホンと軽く咳払いをした。
「……あなたと自分は恋人関係だということにしておくのはいかがでしょうか」
「まあ!」
「はあああああああ?」
ソティスの提案に、リナリアは両手で頬を押さえ、クロノはいかにも嫌そうに顔を歪めた。
「なんでじゃ!! 意味がわからん!!」
「先日、侍女の一人から姫君のところの侍女と恋人関係にあるという噂は本当か、と聞かれまして。その時は不名誉な噂だと思ってすぐに否定したのですが……」
「ああん? それはこっちのセリフじゃが?」
二人とも本来の自分よりも年上のはずなのに、子供のやりとりを見ているようでクスッと笑ってしまった。
「まあまあ、お二人とも。ソティス、お話の続きを」
「ああ、はい。それがどうも、魔法の訓練の前後に一緒にいるところを見られていたらしく。今後も会う機会が増えるのであれば、いっそそういうことにしておいた方が、一緒にいても不自然に思われないのではと思います。一応殿下の護衛と姫君の侍女ということで、そうなるに至る接点はありますし。ついでに、自分にとっては言い寄られた時かわす理由になって、かなり助かりますので」
「ついでじゃのうて、最後が本音じゃろお前!」
クロノはかなりイライラした様子だ。リナリアはクロノの手をとってゆらゆらと揺らす。
「クロノは、そうすることは嫌ですか? クロノが嫌なら、わたくしは、無理をなさらなくても良いと思います」
それからソティスの方を見て、ムッとした顔を作る。
「ソティス! そのようなお願いをなさるのに、少しデリカシーが足りないのでは無いでしょうか。フリとは言え、そんな風に恋人関係になるのを提案されたら悲しい気持ちになりますよ」
ソティスはいつもよりもやや目を大きく開ける。どうやら驚いているらしい。
「……そう、ですか。それは、そう……ですね」
ソティスはクロノを真っ直ぐ見て頭を下げた。
「すみません。利害でしか考えていませんでした。こういった話は、気持ちの面も重要ですね、確かに」
「それはそれでシツレイな謝罪なような気がするが? まあ良い」
クロノはリナリアの手を離して腕組みをし、ため息をついた。
「われは別に悲しくは無いがな。それでも腹は立つので本気で拒否してやるつもりじゃったが、実際確かにこちらにも利はある。お前のところに行くのに姿を隠さなくて良いのは魔力の節約になって都合も良い。われを敬う気持ちを忘れないなら、提案を受けてやってもいい」
ふん、とまた胸を張るクロノを見て、ソティスが僅かに笑う。
「わかりました。ま、自分よりはるかに年長者なんでしょうし、人生の先達として敬意くらいは……」
「ソーティースー、女性に年齢の話はタブーですよ」
リナリアが「めっ」と指をさすと、ソティスはごほごほとわざとらしく咳をした。
「……あなたの主人は厳しいですね」
「ええ姫じゃろ。お前も姫のことも今以上に敬えよ」
クロノが誇らしげににんまりとするので、リナリアは少し気恥ずかしいながらも嬉しくなった。ソティスは足を組んで自分の顎を撫でた。
「なるほど、対外的には恋人関係ですが、自分の心持ちとしてあなたの騎士になったと考えれば互いにやりやすそうですね。ああ、呼び方も恋人らしくしたほうが良いのか。じゃあ、今後はクロノと呼びます」
まったく感情をのせない言い方にリナリアとしては多少不満だったが、クロノの方は「はっ」と軽く笑った。
「好きにしろ。どうせ本名じゃないしどうでも良い」
べっと舌を出すクロノに、ソティスは少し不満げな顔をした。
「本名くらい教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「真名は魔法的に重要な情報の一つじゃからな。精霊ともなれば余計にそうじゃ。今後の付き合いでお前は信用に足ると認めたら、教えてやっても構わんぞ」
「はあ、わかりました。では、今日のところはこれで帰るので、隠遁の魔法で送ってもらえますか、クロノ?」
「こいつ、当然のように……まあ、ぼちぼちばあさんも帰ってくるから、仕方ない。あと、お前の非番のときにこっちの用事につきあう約束もまだ有効じゃからな?」
「むしろいつ使うのか気になってました。デートでもします?」
「調子に乗るなよ!!! こき使ってやるからな!!!」
クロノが大きい声を出すのでヒヤヒヤしたが、おそらく隠遁魔法で隠せる範囲なのだろう。リナリアは部屋を出る二人に小さく手を振って見送り、扉が閉まったのを確認してからベッドにぼふっと倒れ込んだ。
(まさか、ソティスが味方になってくれるなんて。クロノのおかげですね……ソティス、デリカシーには欠けていますけれど、クロノのことは好ましく思っていらっしゃるようでしたし。そういえば、お母様から借りた本の中に契約恋人から真実の愛に発展していく物語もあったかしら。二人が本当の恋人になったらロマンチックですね)
クスッと微笑して、近くにあった枕を引き寄せる。もうすぐ夕食だが、兄はまだ怒っているだろうか。
(お兄様とも、きちんとお話したいわ。仲直りしたい……)
どうやって切り出せば良いのか考えているうちに、ばあやが夕食に呼びにきた。クロノはまだだったけれど、時間的に予測できるだろうと思ったのでそのままばあやと手を繋いで夕食に向かう。
「ねえ、ばあや。今度はお兄さまを怒らせてしまったの」
リナリアがポツリと言うと、ばあやは「あらあら」と眉を下げる。
「さようでしたか。姫さま、おつらかったですねぇ」
「うん……お兄さまに、なんて言っていいか、わからないの」
ばあやは足を止めて、リナリアを抱っこした。
「ま! 姫さまはまた大きくなられましたね」
「ばあや! 重かったらおろしていいのよ?」
「まだまだ大丈夫です。ばあやも体力はございますからね」
ばあやが笑って、抱っこしたまま歩き始める。ばあやはリナリアが元気がないときは、こうして抱っこして甘やかしてくれるのだ。クロノに抱き上げてもらうのとはまた違う安心感に、リナリアは素直にばあやにくっついて甘えた。
「お食事のとき、またお話しできなかったらさびしいわ。仲直りできるかしら」
「もちろんです。もしも今日は上手にお話しできなくても、グラジオさまだってお寂しいとお思いになるはずですから。きっとまたお遊びや訓練の見学にもお誘いくださいますよ」
「うん」
もし誘われなくても、明日の訓練は見に行こうと思った。兄が頑張っているところを、応援したかった。
夕食の席に、兄はまだ来ておらず、ヘレナだけちょこんと座って待っていた。母も、まだ来ていないようだ。ヘレナが「おねえさま、こっち〜」と手招きする。リナリアは微笑んでヘレナの隣に座った。
「あら、今日はお母さまのお隣じゃなくて良いの?」
「あのね、きょうはおかあさま、いないんだって。おひるにいってたの。きょうは、こどもだけなんだって」
「そうなの? どうしてかしら」
それにしては、食事の用意は四人分ある……と、皿の用意を見たときにハッとあることに思い至った。
(まさか、お父さま、また……)
リナリアの嫌な予感は当たった。
しばらくして、兄と父が連れ立って中に入ってきた。兄は学舎前で会ったときとは違ってほとんど礼服に近い綺麗な服を着ている。リナリアの顔を見たら、ふいっと横を向いてしまった。そして部屋の入口では、貴族の令息が着るような黒の礼服を身に纏ったウルが立ち止まっていた。彼は今一歩中に踏み出せないでいたが、父が振り返って手を差し伸べる。
「ウル、おいで」
ウルはおずおずとその手に手を乗せ、父がグッと掴んで中に引き入れた。それから、すでに座っているリナリアとヘレナを見て、「じゃあ二人はここだな!」と向かいの席に座るように促した。席についたウルの両肩に手を置いて、父はヘレナににっこりと笑いかける。
「ヘレナ、この人はヘレナの親戚のお兄さまだ。これから時々一緒に食事をとるから、仲良くしてもらいなさい」
「シンセキのおにいさま? ヘレナ、なかよしさんになるの?」
まだ今ひとつわかっていない様子のヘレナを見て、ウルは助けを求めるようにリナリアを見た。リナリアはにこりと微笑む。
「ヘレナ、あのお兄さんはウルというの。ヘレナより8歳年上なのよ」
「じゃあ、おにいさんは、えっとぉえっと……」
ヘレナは両手の指を何度か折ってから、顔を上げて得意げに目を輝かせてウルを見た。
「13さい!」
「あ、そっ、そうです。もうすぐ。では……ヘレナ様は、5歳、ですね」
ウルがヘレナに少しぎこちなく微笑む。父が満足そうに一つ頷いた。
「ヘレナ、ウルも絵を描くのが好きだそうだ。またお前の描いた絵も見てもらうといい」
「ウルおにいさん、おえかきすきなのぉ? じゃあね、じゃあね、こんどね、ヘレナ、いっしょにおえかきしたいなあ! おにいさまもおねえさまも、いっしょにおえかきはなさらないもの!」
ヘレナがひょこっと立ち上がろうとするので、リナリアは横から腕を押さえてストンと座らせる。
「ヘレナ、まずはご飯よ。お父さま、ご一緒に召し上がらないのですか?」
「うん、すまないが今日はまだ執務が残っている。今日は子どもだけで楽しくお食べ。じゃあウル、くつろいで。またゆっくり話そう」
父は、ウルの肩をポンポンと叩いて、にこやかに出て行った。食事が運ばれ始める中、兄がウルの顔を覗き込む。
「……ウル、大丈夫? 顔色悪くない? 体調悪い?」
ウルはハッとしてぶんぶん首を振った。
「だっ、大丈夫、です。その、こういう場所は……初めて、なので。あ……」
ウルはカトラリーを見て固まった。食事の支度をする使用人たちの目に、探るような好奇の光が宿っている。リナリアは少しわざとらしく、ポンと手を打った。
「そういえばヘレナ、礼法の授業でテーブルマナーは習ったのだったかしら。お姉さまのフォークやスプーンは、どこから使うかわかる?」
まだ礼法を習いたてのヘレナのカトラリーは通常よりも少なく用意されているので、自分のカトラリーを示した。ヘレナはまたしても得意げに、大きく頷いた。
「うんっ! あのねっ、あのねっ、おそとからつかうのよ! それでねぇ、えっとねえ」
ヘレナが食事の基本マナーを一生懸命説明するのを聞いて、ウルがおそるおそる外側のカトラリーを取った。リナリアはホッと息をついて、ヘレナを褒める。
「よくできました。ちゃんとお勉強しているわね」
「えへへ! ヘレナ、はやくおねえさまみたいになりたいのー」
ヘレナの可愛らしい笑顔に、ウルも少しホッとした様子で肩の力を抜いたらしい。そのまま、時折ヘレナの知識を確認する体でマナーの話をしながら、食事をすすめていった。
唯一グラジオが、ずっと黙っていたのだけが気掛かりだった。