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精霊を使う授業(2)

「探知した魔力を、分析して使用する……?」


 リナリアはすぐに意味が飲み込めず、サイラスの言葉をそのまま復唱してしまった。サイラスは大きく頷いて、クレイルとロディの名前を呼んだ。

「とはいえ、まずは魔力を自分の中に取り込むところからですな! 使用する精霊と同属性魔力の者でないと、魔力として取り込むのは難しい! 二人は前へ!」

 クレイルとロディが前に出てくると、サイラスがファルンを引っ張って二人の前に立たせた。ファルンはおろおろとした様子で、リナリアの顔を見た。リナリアはできるだけ優しく笑いかける。

「では二人とも、このウンディーネの髪のような部分を握ってみなさい! 探知だけなら触らなくても良いが、分析も行うので直接触った方が良いだろう!」

 二人はおそるおそる、ファルンの両側に立ち、彼女の流れるような髪をそれぞれひとふさずつ握った。

「冷たい」

「やっぱり水みたいだ」

 両側から髪を握られて、ファルンは不思議そうにクレイルとロディの顔を交互に見た。

「よし! では、まずはいつも通り探知を行いなさい! その後、流れ込んできた水のイメージを分析……しっかり捉えるのだ!」

「え、と、捉える、とは……」

 クレイルが困惑した顔でサイラスを見る。

「そうだな! 自分の中に魔力を吸収するイメージを持つと良い!! これは人によってやり方は様々だが、私の場合は、探知した時に流れてくる情報を丸ごと飲み込むイメージでやっているぞ!! 自然界に存在する魔法素を取り込んで使用するときも、それとほぼ同様に行う!」


(自然界に存在する魔法素を取り込んで使用……精霊師の訓練に近いわ。でも精霊そのものの魔力を自分のものとして取り込むというのは、精霊師が行っていることと逆、ですね)

 

 自分の魔力を契約した精霊に送って協力するのが「精霊師」だとしたら、今からしようとしていることは、精霊から魔力を奪うようなことにならないだろうか。


(ファルンは魔力を多く貯めていると聞いているから、少しくらいなら支障ないだろうけれど……)


 クレイルもロディも、しばらく上手くできず、二人とも目をとじて苦しげな顔をしていた。皆それを見守っていたが、ある瞬間にロディが「あ」と言って目を見開いた。

「あれ? 髪が、減った?」

 サイラスがロディの手を覗き込んで頷く。

「おお! 上手く取り込めたようだ! ロディが吸収した魔力の分が、この精霊の見た目にも反映されているというわけだな!!」


 リナリアはぎくりとした。このまま吸収を続けていては、ファルンは以前のクロックノックのように、小さい姿になってしまうのではないだろうか。

 ロディに先を越された形になったクレイルは、ムッとした表情を浮かべて目を閉じ、眉根を寄せる。集中しているようだが、なかなか上手くいかないようだった。サイラスはざっくりした説明しかしないので、ほぼ本人の感覚頼りになってしまうところがある。それも、リナリアが魔力探知を苦手とする理由の一つかもしれない。

 ロディの方は不思議そうに手のひらの上の髪を見つめ、首を傾げる。

「先生、でも吸収したって言ってもあんまり変化は感じませんが……」

「それは吸収量が少ないからだろうな!! しかし、あまり精霊の魔力を多く吸収しすぎると……」


「できたぞ!!」


 クレイルが大きな声を上げた。見ると、クレイルが握っていた部分の髪の毛は完全に消失していて、ファルンの髪は耳元から切られたようになっている。ファルンがきょとんとした顔でクレイルを不思議そうに見上げていた。

 クレイルは拳を高く掲げていたが、ふらりとよろけ、すぐにサイラスが背中に手を回して支える。同期がざわつく。クレイルは顔を紅潮させ、息を荒くしている。サイラスがポケットから魔水晶を取り出してクレイルに握らせた。


「言ったそばから早速だな! あまり多くの魔力を吸収すると、このように魔力酔いを起こす!! 魔力酔いは暴走に近い症状なので、すぐに魔力を吸い上げるか、有利な属性の魔力を流し込めばおさまるぞ!! 己の魔力ばかりを扱っていると忘れがちだが、魔力というのは人間を害する恐れのある恐ろしいものであることを忘れないように!! 魔法は女神のもたらした試練である!! そして、」


 サイラスが両手でビシッとファルンを指差した。ファルンは身を縮こませ、目をぎゅっとつぶる。


「そんな魔力の塊である精霊は、まさに魔の権化!! この精霊はまだ幼体であるから危険性は薄いが、幼いながらに人を堕落させる可能性はある!! 人の子に似ているからと言って、不用意に近しくしすぎぬように注意せよ!!」


(かわいそうに……)

 怯えた様子のファルンを見るとリナリアは心が痛み、目を背けたくなった。しかし、彼女を助けるためにも、現実から目を逸らしてはいけないと自分を叱咤する。

(確かリリア教レガリア派の聖典には、精霊を魔の権化だとは書いていなかったはず……。分国戦争のことも、調べたほうが良いかもしれないわ。サイラス先生のような過激派思想の人は、切り替えるのは難しいかもしれないけれど、精霊だって種族が異なるだけで、人間と同じだもの。レガリアにおいても、せめて境遇を改善する方法はあるはずよ)


 ロディは倒れたクレイルの様子と、怯えるファルンを見てそれ以上魔力を吸収することもできず授業の時間は終わりを迎えた。サイラスが授業の終わりを告げてファルンの綱を引いて連れて行こうとするので、リナリアは慌ててその後を追う。

「先生! あの、ファルンは……その子はわたくしのお部屋に……」

「リナリア王女! いかに王女に所有権があったとしても、それは大変危険です!! 我が友アーキルが言葉をもう少し覚えるまでは自室に置くと所望しているので一旦そちらに戻しますすが、この精霊の子はいずれ特別な収容所に移ることになるでしょう!!」

「と、特別な、収容所……?」

 嫌な予感がして、リナリアは神官服の胸元を握った。サイラスは大きく頷いた。

「このように精霊を生捕りにする機会が少なかったのであまり使うこともありませんでしたが、我が城には対精霊用の捕虜施設がございます!!」

「そんな、施設がどこに……」

 すぐに浮かんだのは、あの地下牢だ。サイラスは「はっはっ」と笑って手を振る。

「いかに王女のご質問といえども、検閲官見習いには教えられない決まりでございますので!! 王女が一人前の検閲官になったら知ることになりましょう!」


 サイラスは笑って出て行ってしまった。入れ替わりに扉の前で待機していたクロノがひょこっと顔を出す。

「終わりましたか、姫。今日はこの後行きたいところがあるので、先に戻ります。べティに任せるのでよろしく」

「あ、クロノ……珍しいですね」

 クロノが出かけるなんて、と目をぱちぱちさせると、頭の中に「ふん」という声が聞こえた。

〈ソティスのところに行ってやろうと思うてな。どうせ謹慎で退屈しとるじゃろうし、魔法の訓練にはちょうど良いじゃろう〉

(なるほど! それは良い考えですね。ソティスもきっと喜びますよ……あ、何かお菓子など持って行ってはいかがですか?)

〈菓子ぃ? 要らんじゃろそんなん……じゃあの〉


 クロノは肩をすくめ、くるっと背を向けて外に出て行った。続いてベティが姿を見せ、リナリアに両手を広げる。

「リナリア王女様、お疲れでしょう! ベティ号がお部屋までお運びしますよー!」

 いっそ清々しいほどの子供扱いだった。リナリアは後ろにいる同期たちに見られるのが恥ずかしくて、ぶんぶんと首を振る。

「だ、大丈夫です、ベティ。今日はあまり疲れることもありませんでしたから……」

「そうですか? ディートリヒぼっちゃまがお小さい頃は、お喜びになっていたので、同じ年頃だとそういうものかと思ったのですが……リナリア王女様は自立なさってるのですねぇ」


 ベティに名前を出されたと知ったら、またディートリヒが嫌がるのだろうなと思った。

 ヨナスはロディと一緒にクレイルを少し休ませてから学寮に連れて行くというので、ベティとティナと一緒に校舎を出た。すると、学寮脇の木からガサガサと不自然な物音がした。ベティがサッと警戒態勢に入る。


「む。鳥や猫にしては大きな音ですね。こんな昼間っから曲者くせものという可能性はないと思いますが、一応見ておきましょう」


 ティナが緊張した面持ちで頷き、リナリアの手を引いて少し離れた。近くにクロノがいないので、リナリアも不安になってティナの手をぎゅっと握る。

 ベティはそっと木の根元に近づき、上を見る。すると、すぐに「あれ?」と素っ頓狂な声を上げた。


「グラジオ王子様、こんなところで木登りですか?」

「うわ、ばか! しーっ!」


 しーっと言う兄の声がしっかり聞こえたので、リナリアは安心して木に近づく。見上げると、中程の高さの枝に手足をかけたグラジオがいた。


「お兄さま……こんなところで何を……」

「い、いや別に、ちょっと高いところに登りたくなっただけで……あ、父上には言うなよ!?」


 視線を少し上に移すと、木のてっぺんあたりに開いた窓を見つけた。

 

「……まさか、お兄さま、あの窓から中に入ろうと……」

「違うって!! ちょっと高いところから景色が見たくなっただけだし!!」

「何にせよ、危ないので降りてくださいね! 護衛担当の先輩はどうなさったんですか?」

「えっ、あ、いや、ど、どこだろうな……」


 どうやらどうにかして逃げてきたようだ。ベティが木の下で両手を広げる。


「もし足を滑らせても私が受け止めますから、心配しないで降りて来てくださいね!」

「怖くなんかねーよ! あーもう、見つかっちゃったら仕方ねえか……」


 グラジオは木のうろや枝に手足をかけて器用にスルスルと降りてきた。手をぱんぱんと鳴らしながら木屑を払って、はあとため息をつく。


「……今日、どうだった。なんか、授業があったんだろ、あの子の」

「あ、ええ……特に、危ないことはしていません」


 昨日は言わなかったのに、どこから聞いたのだろう。思っているよりファルンのことは城内の噂になっているのだろうか。

 グラジオは、はっきりしないリナリアの言葉に不機嫌そうに目を細め、隣のティナを見る。ティナはビクッとして気をつけの姿勢をとった。


「お前、確かウルと一緒にリナの世話係をやってる女の子だよな? ヨナスとも仲がいい……」

「はっ、はい! ティナ・ロータスと申します」

「今日、ウンディーネの女の子を連れ出してどんな授業を?」

「ええと……」


 ティナはリナリアを見て、おずおずと言葉を続ける。


「みんなで、魔力探知をして……。水の魔力の気配が強くて、おどろきました。それから、水属性の同期が、あの子の魔力を吸収する実技を……」

「魔力を吸収? それって大丈夫なのか?」

 前のめりに尋ねるグラジオにティナは緊張で硬直してしまったようだったので、リナリアが代わりに口を開く。

「その、髪の毛が一部、なくなりました。でも、元々持っている魔力量が多いので、そこまで大きな影響はないと思います」

「……じゃあ、そうやって吸収し続けたら、体も無くなっちゃうのか? そもそも、痛くはないのかな?」


 グラジオが自分のことのようにつらそうな顔をするので、リナリアはどう答えたら良いのかわからなくなってしまった。グラジオはその困惑をどう捉えたのか、むっとした顔になって、リナリアの額をぴっと人差し指で弾いた。いきなりだったので、ベティとティナが驚く。

「あっ、王子様ったら、ダメですよ!」

「リナリア様、赤くなってますよ!」


「ふんっ! やっぱりリナに任せたらダメってことはわかったよ!! じゃあな!」


 グラジオはそう言うと、どこかに走っていってしまった。兄の納得いく言葉をかけてあげられない自分が歯痒くて、リナリアはヒリヒリと痛むおでこをそっとさすった。

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