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兄からの相談ごと

 夕食の席で、グラジオがずっとソワソワしていた。

 母やヘレナに話しかけられても上の空で、リナリアの方を見て何か言おうとしては「やっぱりなんでもない!」と言うのが3回ほどあった。

 リナリアはそれを朝のウルとの顔合わせのせいかと思っていた。母もおそらくそう思っていたから何も言わなかったのだろう。夕食が終わると、いつもならさっさと部屋に戻ってしまう兄が、珍しくリナリアのそばに来た。


「あのさ、これからリナの部屋に遊びに行ってもいい?」


 兄からの珍しい申し出に、リナリアは思わずぽかんとしてしまった。兄がリナリアの部屋を訪れるなんて、誕生日かお見舞いくらいのものなのに。


(今日は流石のお兄さまでも、ウルの件で動揺なさっているということかしら。でも、そうよね。わたくしは「もしかして」から始まっていたからまだ覚悟ができていたけれど、いきなり「もう一人お兄さまがいる」と言われたら、その日はドキドキして眠れないかもしれないわ)


 目を泳がせながら指をくるくると回す手遊びをするグラジオは、どこか不安げにリナリアを見つめていた。リナリアは微笑み、兄に頷いて見せた。


「もちろん、構いません。お兄さまが来てくださるのは嬉しいですよ」


 兄はほっとした顔をして「うん!」と大きく頷いた。その様子が可愛らしかったので、リナリアはグラジオの手をとって繋いだ。グラジオはそれを素直に受け入れ、リナリアの部屋まで二人並んで歩いた。

 護衛を廊下に残し、ばあやがお茶を淹れに外に出たタイミングで、挙動不審気味だったグラジオが意を決したようにリナリアの方をきっ、と見た。


「あのさ、ファルンは元気にしてる? 帰りたいって言ってない?」


 兄の真剣な眼差しにハッとする。グラジオは心からファルンのことを心配していたようだ。リナリアは兄に安心してもらえるよう、できるだけいつも通りに微笑んだ。


「はい。昨日はわたくしのお部屋で一人だったので、寂しかったかもしれませんが……。今日からはアーキル先生……今朝お食事をご一緒したサハーラ帝国ご出身の先生のお部屋で一緒にいるそうですから、大丈夫だと思います。今のところ、帰りたいとは言っていませんでした」


「……そっか……」


 グラジオはリナリアのベッドにぼすんと勢いよく座った。それから自分の膝に視線を落とし、足をぶらぶらさせた。


「いや、今日、訓練の合間に偶然……偶然だぞ? その、ガクシャの建物の方を見たら、窓からあの子が顔を出してて……手を振ったら、振り返してくれたんだけど、すぐに窓を閉められちゃってさ。怒られてないといいけど……」


「まあ」


 思い浮かべるととても可愛らしい光景だったので、リナリアはクスッと笑った。兄は少し口を尖らせて「笑うなよな」とつぶやいた。


「ごめんなさい。でも、きっとアーキル先生のお部屋にいたときだと思いますから、強くは怒られていないと思いますよ。顔を出すと危ないとか、知らない人に見られたらよくないとか……そういう理由じゃないでしょうか」


 懸念は明日のサイラスの授業だが、それについてはまだ言わないでおくことにした。グラジオは足をぶらぶらさせたまましばらく黙っていた。なんとなく隣に座ると、グラジオが顔を上げる。


「あのさ、リナの新しい部屋に俺も行ってみたい。だめかな」

「わたくしのお部屋に、ですか……。でも、お兄さまはお父さまに、学舎には近づかないように言われているのでは……」

 兄はしょんぼりとうなだれて、ため息をついた。

「……そうなんだよなあ……頼んでみたいんだけど、魔法関係のことには父上怖いから頼みにくい……なんかうまい方法ないかな、リナぁ」

「うまい方法と言われましても……そもそもどうしてわたくしのお部屋に? まだ本も揃えておりませんし、特に面白いものはございませんけれど……」

「いや、それはその、だからさ……」

 兄は言いにくそうに頬を掻いたり、後頭部に手をやったりしていたが、小さな声でぽつぽつと言葉を落とし始めた。


「……あの子に、ちゃんと、謝りたくて……ムートが、あの子を見つけちゃったから……あんなふうに、乱暴に……連れて、こられるなんて、かわいそうだし……謝って……もう少し、話を聞きたいから……リナの部屋なら……話しやすいかなって」


 要するに、兄はファルンに会いたいのだ。

 そして、ただ謝りたいというだけにしては歯切れの悪い様子に、リナリアはハッとして口元に手をやった。


(お兄さま……もしかして、ファルンのことが気になっていらっしゃる……?)


 兄は子供の頃から自分が「正しい」と思うことを実行に移すときは、いつだって堂々としていた。今回のことだって、「王子として」そうすべきだと思っているのなら、もっとハキハキと話すだろうと思われた。それが、こうして少し話しにくそうにしているのは、自分がファルンに個人的に会いたいからだという後ろめたさがあるのだろう。


 成長後の兄は、剣が恋人だと言って笑っていたくらい騎士としての訓練に夢中で、同年代の令嬢や他国の王女にも全く関心を示さなかった。滅亡の日まで婚約者もいなかったし、恋人がいるという話も聞いたことがない。

 そんな兄が、こうして同じ年頃の女の子に関心を示しているのは、リナリアにとっては新鮮で少しどきどきした。もしかしたら、兄の初恋の瞬間に居合わせているのかもしれないと思うと、ワクワクする気さえした。

 ただその相手は、レガリアの王族として禁断の相手である。


(もちろんまだお兄さまの気持ちが恋だと決まったわけではないけれど、もしそうだとしたら、お父さまに似ていらっしゃるのかも……なんて)


 つい、結ばれない相手のことを愛してしまった父と、ウルのことを考えてしまってふるふると首を振る。グラジオが少し驚いていたので、慌てて手を振った。


「あ、いえ。今のは別のことです。でも、そうですね……。わたくしも、ファルンとゆっくりお話ししてみたいと思っているのですけれど……誰か一緒じゃないと難しいのです。わたくしの場合はアーキル先生が同席してくだされば問題ないのですが、お兄さまとなると、やはりお父さまに許可を得なくては……」

「うーん……ねえ、そういう時にこっそり内緒でバレないようにする便利な魔法とかないのかな? リナ、そういう魔法使えない?」

「そんな高度な魔法は……」


(クロックノック様しか……)

〈おい、まさかこの小僧を隠せとか言い出さんだろうな〉

(難しい、ですよね……?)


 クロノの方にちらと目をやると、クロノは腕組みをしてフンと鼻息を荒くしていた。


〈却下じゃ。こいつに【隠遁】を教えたらしょっちゅう使えと言いにくるのが目に見えとる。サボり癖のあるやつに教えるとろくなことにならんのじゃ〉

(はい……わかりました……もしこれがお兄さまの初恋だったら、応援して差し上げたいなと思ったんですけど……)

〈どーせ精霊相手じゃ難易度が高すぎると思うがな。ま、そんなことより、ほれ、兄が穴の開くほどお前を見とるぞ〉


 兄の視線は、言われなくとも十分感じていた。

 そろりと兄の方を見れば、その目は「なんとかならないか」と訴えている。リナリアはため息をついた。


「……ファルンに会えるような理由を考えて、堂々と会うのが結局一番早いようにも思います。後は、ファルンを森に帰すときに一緒にいらっしゃるとか……」


 今度はグラジオがため息をついた。


「結局そうなるかあ……それがさ、少し小耳に挟んだんだけど……ファルンはしばらく『研究』のために検閲官の方で預かりたいって話が出ているみたい。騎士団は、『巣』を聞き出して討ち漏らしが無いか確認したいって言ってるし……あの子にとって、あんまりよくなさそうなんだよ」


 「巣」という言葉にクロノがぴくっと反応した。リナリアは慌てて兄に相槌を打った。


「そ、それは心配です。昨日も思いましたが……騎士団の方の言い方はひどいですね。ファルンは種族が違うだけなのに……」

「そうなんだよ。なんであんなに、動物みたいに言うんだろう。レガリアだとどこもそうなのか? あんなに可愛いのにさ」

 口に出してから、グラジオは急に焦り出した。

「あっ、今のは……ほら、なんか小さい子みたいで、ヘレナみたいだっただろ!? そういう意味だからな、変な意味じゃないから!」 


 いつか見た、バーミリオンの記憶の夢を思い出す。ファルンは、あの後おそらくソティスと一緒に外国に逃れたはずだ。バーミリオンが手引きなどもしたのだろうか。

 もしアルカディールで二人を匿ったのだとしたら、魔法を重視するアルカディールでは人間以上に尊重されたのかもしれない。


(もし、ファルンがレガリアではなく、アルカディールに住んでいたら……)


「あっ!!」


 グラジオがパッと明るい顔になって、リナリアの鼻に人差し指を突きつけた。


「えっ?」

「良いこと思いついた!」


 グラジオは、つんとリナリアの鼻を押して、ニカッと笑う。


「リオンに相談すればいいんだよ。もし大丈夫そうなら、アルカディールに連れて行ってもらってもいいし……ファルンの種族のこととかもわかるかもしれないよな! それが一番いい!」

「あ……」

 兄の言葉に、リナリアは少し動揺した。

(そうだわ。本当はもっと早くそうすべきだった。リオン様に相談することも考えたわ。でも、それは……)


 「修正力」が頭をよぎる。そうすることは、本当に「良いこと」なのだろうか。「バーミリオンとファルンを関わらせる」。それは、レガリア滅亡につながる要素にはならないだろうか。それによってソティスが出て行ってしまったりしないだろうか。

 リナリアは迷って、目線を泳がせた。


「あ……そっ、そう……ですね……その、でも、リオン様に、ご迷惑、では……ええと」


 あまり良い反応とは言えないリナリアの返事に、グラジオは不満げな顔をする。


「だって、リオンの方が精霊のことにも詳しいし、絶対協力してくれるじゃん。友達なんだし……相談したいよ、俺」

「そう、ですね……」

 グラジオは、ぷんとしてベッドからピョンと飛び降りた。

「もういーよ! 俺は俺で考えるからさ!」

「あ、お兄さま……」

 

 兄に手を伸ばしたけれど、兄は入ってきたばあやを押しのけるようにして部屋を出て行ってしまった。ばあやが困った顔でリナリアに首を傾げる。

「あらまあ。お茶をお持ちいたしましたのに……喧嘩をなさったのですか?」

「ええと、ちょっと……わたくしが、お兄さまのご相談に上手くお答えできなくて……」


 兄はリナリアに同意してもらいたがっていたのはわかっていた。けれど、どうしても、すぐにそれを肯定することができなかった。


(考えないと……考えないと。せめて、あの夢と違う結果になるように……)

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