久しぶりの四人
授業が終わると、アーキルはファルンの手を引いてリナリアの前に来た。
「リナリア君。毎度君の部屋の鍵を使わせてもらうのも気が引けるので、ファルンを私の部屋に連れて行っても良いだろうか」
「あ、はい。もちろんです。その方が、ファルンも寂しくないでしょうが……あ、でも、アーキル先生のお部屋の本などは大丈夫でしょうか」
「書斎ではなく、隣の生活スペースの方に置くので問題なかろう。サイラスの授業の際は教室まで連れて行く。意思疎通を円滑にするために、少し言語を教えても構わないかね」
「はい! ご無理のない範囲で、よろしくお願いいたします」
リナリアは立ち上がって礼をした。アーキルは頷いて、ファルンと一緒に教室を後にする。
ティナは少し背伸びをして、ギリギリまでその後ろ姿を見送っていた。
「精霊の子って、思ったよりずっと綺麗で可愛らしいんですね。もっと魔獣みたいな邪悪なオーラがあるものだと思ってました!」
「そうそう! アーキル先生、あんまり対策してない感じだったからちょっと構えちゃったけど……でも残念だな、僕は火属性だから彼女には触れないんだよね」
合流したヨナスが残念そうに言うと、ティナがニヤリと笑う。
「やだ、ヨナスってば、触りたいなんてやらしー」
「あっ、そういうの無しだよ! 変な意味じゃないし!! だって、水の塊みたいってどんな感じなのか気になるじゃんか」
「でも確かに他の精霊もどんな感じなのかは気になるよね。レガリアに上級精霊はほとんどいないって先生は言ってたけど……」
すると、後ろの方から「ハッ」と小馬鹿にしたような声が聞こえた。
「相変わらず、お前たちは頭の中がお花畑だな。いないのは当然だ。過去に騎士団や検閲官が駆除したんだろ。今日の精霊は取りこぼしだ」
フリッツだ。なんだかこの感じは久しぶりだとリナリアは内心で苦笑した。よくいえば、フリッツの調子が戻ってきたとも言えるのかもしれない。ティナが口を尖らせる。
「フリッツ〜、相変わらずなのはあんたの嫌味っぽさもでしょ」
「フン、ド平民の減らず口も追加だ。全く、アーキル先生も何を考えているんだか……レガリアの民としては気がしれないが。大方、先生は砂漠のご出身だから、『水』には思い入れでもあるんだろう。いくら先生が外国のご出身でも、この国で魔法生物に肩入れするようなことを教えるのはいかがなものかと思う」
その言い様に少し胸の奥がちくりとしたが、レガリアの教育や宗教観ではそれが「普通」なのだ。リナリアもクロックノックに出会うまではなんとなく精霊は怖いと思っていたし、今後のためにこういう意見とも向き合わなくてはならない。
「そう、ですね。でも、少なくともファルンはまだ子供で、危険性がないのはわかっていますから……優しくしてあげても良いのではないでしょうか。かわいい子ですよ」
フリッツはリナリアをじろりと睨む。
「レガリアの王女様がそれでは国民に示しがつきませんよ。ワタシは今後もリナリア王女にはお世話にならないといけないんですから、ちゃんとしてもらわないとこっちも困ります」
「お世話になる側なのにその態度はどうなんだよ……」
ヨナスが呆れた顔をする。フリッツは「フン!」と踵を返し、控えていたバドルと合流して教室から出て行った。
「まったくもう! 一方的に絡んで好き放題言って出て行っちゃいましたね」
ティナは腰に手を当ててぷりぷりしている。リナリアはくすっと笑った。
「仕方ありません。お元気そうなのは何よりですよ」
「あ、そうだ! ウルも昼ごはん誘いましょうよ。授業前に顔を見ましたけど、だいぶ元気そうだったし、ご飯くらいなら大丈夫そうかなって思うんですけど……」
ヨナスの提案に、リナリアとティナは笑顔で頷いた。
「いいね! 誘いに行こ!」
「それなら、お昼はわたくしのお部屋を使いましょうか。食堂に行くよりも近いですし……今日は午後の授業もないですから、侍女に何か持ってきていただきます」
「やったあ! お部屋ってリナリア様が陛下から賜ったお誕生日プレゼントですね!? 僕すっごく気になってたんです」
ヨナスは両手を上げて大袈裟に喜び、ティナも目を輝かせる。それから廊下で待機していたクロノに食事の準備を頼んで(少し不機嫌そうだった)、三人でウルを部屋まで誘いに行った。部屋に入ると、ウルはアーキルから借りたらしい難しそうな本を机に座って読んでいた。ティナが「あ!」と指をさして、本を取り上げる。
「もー、隙あらば勉強するんだからウルは! ヨナスと足して2で割りたいくらいだわ」
「ああ……せめてしおりを、しおりを挟ませてください……」
リナリアはクスッと笑って、ティナに微笑みかけた。
「ティナ、しおりは挟ませてあげては。ウル、お昼を一緒にどうかと思って、お誘いに来ました。下の、わたくしのお部屋に食事を届けてもらえるように頼みましたので」
ティナが渋々といった顔でウルに本を返す。ウルは本を受け取りながら、リナリアの方を見て笑った。
「……僕も、良いのですか?」
「あったりまえだよ! 久しぶりに四人で食べよう」
「ほらほらぁ、早く行こ。色々話したいこともあるんだから。ヨナスはリナリア様の誕生日パーティーのこと教えてよね」
それからヨナスとティナがウルの両脇に立ち、支えるように、守るように連れ立って一緒にリナリアの私室へ向かった。部屋は、合鍵を持っているばあやが片付けてくれたらしく、濡れた布や毛布はすでに撤去されてテーブル周りが綺麗にされていた。
「ここがリナリア様のお部屋! なんだかワクワクしますね」
ティナがきょろきょろと周囲を見回す。空っぽの本棚の前で振り向いた。
「ここにこれからたくさん本が埋まっていくんですね。それってとっても素敵ですね!」
「はい、楽しみです。図書館の本だけじゃなくて、お勉強に使える本はこちらに移そうかと。サハーラの皇女さま、皇子さまからいただいた絵本も後で運んでもらいます」
サハーラと聞いて、ヨナスが「あっ」と声を上げる。
「そういえば、リナリア様、大丈夫なんですか? 婚約がどうこうっていうの……失礼ながら、あの皇子さまは結構大変そうな……」
「えっ、なになに? 婚約って何?」
リナリアは苦笑して、ひとまずテーブルに座った。
「まずは席にどうぞ。座ってお話いたしましょう」
「そうですね……それにヨナス。ここは人目がないとはいえ、そのようなデリケートな話題を出すのはあまり良くないですよ」
ウルに注意されると、ヨナスはシュンと肩を落とした。
「あ、そ、そうだよね。よく考えたら、一国の王女様の婚約話の真相なんて気軽に聞く話題じゃなかった……。すみません、つい、気になってしまって……」
「良いんです。ヨナスがわたくしを心配してのことというのはわかっておりますから。結論からいえば、何もありません。パーティーでお父さまがおっしゃっていた通り、わたくしはまだ幼いので、婚約には早いということで終わりました。多分、クローブ皇子は婚約の意味がまだよくわかっていらっしゃらないようでしたし……」
ティナは目を丸くしてぽかんと口を開けていた。
「王族や貴族の婚約の話が出るのは早いって聞きますけど、本当なんですね。平民だと、話があるとしたら職人さんや商店、お医者さんくらいじゃないかなあ。え、もしかして、ヨナスにもそういう話があったり……」
ティナがちら、と少し不安げにヨナスを見る。ヨナスは「ないない!」と顔の前で軽く手を振った。
「だーって僕、新参男爵の次男坊だし。ついでに上に三人も姉さんがいるからなかなかそういう話は来ないよ。学院の方に行ってたらわかんないけど、検閲官見習いをしている現状だと全然。あ、エリーゼは婚約者いるらしいよね」
「えっ、エリーゼそうだったの!? なんでそんなことヨナスが知ってるのよ」
「噂、もとい情報収集なら任せてよ。真偽不明でよければだけど。この前のリナリア様のお誕生日パーティーでも色々収穫があって楽しかったなあ……あ、そうだ! 王子様に声をかけてもらって、リナリア様が来るまで、アルカディールの王子様やサハーラの双子の皇子様、皇女様と遊んだんだよ。すごいでしょ」
ウルとティナは「おお」と少し驚いた表情を見せる。
「それは確かに、すごいですね。とても緊張しそうですが……」
「ヨナス、そんな偉い人たちと一緒にいて大丈夫だったのぉ? 最初フリッツにもビビってたのに」
ティナにからかわれ、ヨナスは「うっ」と声を漏らした。
「……最初リナリア様がいらっしゃらなかったので、早く来ますように、とは祈ってました……」
「あはは! やっぱり心細かったんだ」
「大変だったんだよ、王子様が『ヨナスって面白いんだろ? なんか楽しい話が聞きたいな』とかおっしゃるから。で、でも何とか、うちの地元の話とか、姉が三人いると大変な話とかで間を持たせてね!? グラッセン子爵のご子息も協力してくれたからなんとか……」
「まあ、それはお兄さまが失礼を。あまり深い意味はなく話を振ってしまったのだと思います……。でも、後で『ヨナスは面白い』とおっしゃっていましたよ。さすがヨナスです」
リナリアが褒めると、ヨナスは少し照れて後頭部を掻いた。
「そ、そうですか? ならちょっと自虐気味だったとはいえ、話題を必死に絞り出して良かったです。そういえば、アルカディールの王子様……バーミリオン様ってリナリア様に雰囲気が似ていらっしゃいますね」
バーミリオンの名前が出ると、条件反射でどきっとしてしまう。
「え、そ、そうでしょうか」
「まだお小さいのに、落ち着いていて、いつもにこやかで、すごく賢い方だなあって思いました。やー、ダンスもホントお似合いでした。ゲームしてる時も、リナリア様はまだかなって僕と同じくらい……って言ったら、失礼か。とにかく、しばしば気にされてましたよ。幼馴染みなんですよね」
バーミリオンが気にかけてくれていたと聞き、リナリアはにやけそうになってしまって両手で口を覆った。
「は、はい。リオンさまはお兄様と仲良しで……お会いしたのは、去年のお誕生日ですけれど……お手紙のやり取りなどで仲良く……させていただいております」
ティナが「あら」とリナリアの顔を覗き込むように見た。
「リナリア様、もしかして……」
「こほん……ティナ?」
ウルが咳払いをしてティナを見る。ティナはにこっと笑った。
「別に、なんでもないわ! ただ、お隣の国同士の王子様と王女様ってなんだか絵本みたいで素敵だなって思っただけー」
そこへノックの音がして、クロノとばあや、それから他の侍女数名が食事をワゴンに乗せて持ってきた。ティナは目を輝かせて、「貴族になったみたいだね!」とウルに笑いかけた。朝、貴族の食事を体験したウルは、少しだけ気まずそうに頷く。しかし、楽しげなティナの様子を見て、改めて目を細めた。
それから同期の話や、たわいもない話をして、久しぶりに四人揃った楽しい食事の時間を過ごしたのだった。
いつもお読みいただきありがとうこざいます。
活動報告にも書きましたが、明日から1週間ほどお休みをいただきます。
お待たせしてしまい申しわけありませんが、より良くなるように今後とも努力していきたいと思います。
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これからもよろしくお願いします!