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精霊を知る授業(1)

「ウルもまだ本調子ではないのに、お父さまがいきなり申し訳ございません……」

 学舎に向かう道すがら、リナリアはしゅんとしてウルとアーキルに頭を下げた。ウルは慌てて手を振る。

「いえ。そんな! 陛下も……お忙しいところを時間を作ってお会いしてくださって、ありがたいことです。グラジオ様ともお話出来て……良かったです」

 ベティや周囲の人の目があるから、家族としての話をすることは出来ない。ウルとは今まで通り仲良くしたいというのがリナリアの願うところではあったが、こうして別の関係性が出来てしまうと、全く「今まで通り」にはいかないこともひしひしと感じた。それに、大人のウルが出てきた夢のことも気になっている。

 じっとウルの顔を見る。顔色はまだ青白くて、歩くのも少し大変そうだった。

「ウル、顔色があまりよくありませんが、ベティをお貸ししましょうか。一人で上まで戻れますか?」

 ベティが「お任せあれ!」と、どんと自分の胸を叩いた。ウルは首を振る。

「いえ、お気持ちだけで……ゆっくり戻りますから、大丈夫ですよ。本当なら、今日もアーキル先生の授業に参加したいくらいなのですが……」

 今度はアーキルが首を振った。

「ダメだ。君はただでさえ無理をしがちなのだから、この機にゆっくり休んでいなさい。体力を戻すために多少の散歩をするのは良いことだがね」

 それからアーキルはリナリアを見る。

「今日の授業では、サイラスに先立ってファルンを君たちに紹介するつもりなので、教室に行く前に君の部屋に向かおう」

「あっ、はい。わかりました。昨日、ファルンはいかがでしたか……?」

 アーキルは肩をすくめる。

「あれでは普通の子どもと変わらないね。私は幼い子どもの扱いには慣れていないから、そういう点では苦労したよ……ちなみにだが、リナリア君は幼い子どもには数えていないのでね」

 ウルがくすっと笑った。

「確かに、リナリア様は僕よりもお姉さんなんじゃないかと思うときがあります」

「も、もう、ウルったら……」

 軽く流したつもりだけれど、背中には冷や汗をかいていた。これから子どもらしく振舞っても今更ではあるが、子どもらしくないと指摘されるのはそれはそれで肝が冷える。


 学舎に着くと、ウルがそわそわした様子で教室の方を見た。

「……ウル、授業が始まる前に、ちらっと教室にお顔を見せては? 前にティナとヨナスに伺いましたが、同期の皆さんもウルの顔を見たがっていらしたそうですよ」

 リナリアはそろりとアーキルを見上げる。アーキルは眉間を軽く撫で、長く息を吐いた。

「……そうだな。授業が始まるまでは、自由時間だ」

 ウルが背筋を伸ばす。

「あ、ありがとうございます。先生」

「君は病み上がりだということを忘れず、あまりはしゃぎすぎないように。では、リナリア君。我々は上に行こうか」

 ウルはアーキルに一礼してから、教室に向かった。リナリアはその背中を見送ってから、アーキルのあとについて階段をのぼる。

(ファルンは一人でも大丈夫だったかしら。魔法素も……)

〈環境が激変しているのには変わらんから、心細うはして居るんじゃないか? 魔法が使えんから逃げてはおらんじゃろうが。水甕を置いておいたから水の魔法素は十分じゃろう。ちょっと飼われとるみたいで気に食わんが〉

(……失礼は承知なのですが、クロノ……クロックノック様は、最低限の魔法素を取り入れるためには何が必要なのです?)

 リナリアの後ろについているクロノがふんっと鼻息を荒くしたのがわかった。


〈われは光属性じゃから、昼に外におればそれで十分じゃ。世界の光を取り込んでおるし……多少は蓄えておるからの。またちっさい鳥に戻ればほぼ問題は無い〉

(なるほど……それで小鳥さんだったころはたびたび森へ行ってらしたのですね)


 話しているうちに、リナリアの私室に着いた。鍵は、昨日アーキルに預けてそのままだった。アーキルが懐から鍵を取り出してかちゃりと開け、リナリアにそれを返した。リナリアは鍵を受け取って、そうっと扉を開ける。

 中ではファルンが水甕に抱き着くようにして、床にぺたんと座っていた。周囲に敷いていた水気を吸いとるための布は、しっとりと濡れている。ファルンはリナリアたちに気がついて、ハッと立ち上がった。リナリアは、出来るだけにこやかにファルンに近づく。

「おはようございます、ファルン。ご気分はいかがですか? 体調が悪くなってはいませんか?」

 ファルンは困った顔をして首をかしげた。

「だい、じょうぶ。でも……夜はちょっと、こわかった」

「まあ……そうですよね、おひとりで寂しかったでしょう」

 リナリアはファルンの隣に立つと、背伸びをして頭を撫でてあげた。ファルンは顎をひいて、ぎゅっと目をつぶる。それからそろりと目を開けて、きょろきょろと周囲を見た。

「あの、男の子は……?」

「男の子、お兄さまかしら。わたくしと同じ髪と瞳の?」

 リナリアが自分の顔を指差すと、ファルンはうれしげに頷いた。アーキルが「そういえば……」と口を開く。

「ファルンがあの場に行ったのは、君たちを見るためだったそうだ。()()()()騎士の前で言わなくて良かったかもしれんな」

 少し皮肉っぽく強調して、アーキルはにやりと笑った。この人も、ソティスと同じく宗教嫌いなのかもしれない。一応騎士であるベティはうんうんと他人事のように頷いている。リナリアはファルンの、水のように揺らぐ水色の瞳をじっと見る。

「もしかしてファルンは、お兄さまに会いたかったのですか?」

 ファルンは、両手で頬をおさえて下を向いた。その仕草がかわいらしくて、リナリアはまた彼女の頭を撫でた。

「そうでしたか。服を持ってきてくださってましたものね。お父さまには、お兄さまに上着を返すために近くまで来てくれたのだと改めてご報告いたします。ありがとう」

 アーキルがごほんと咳ばらいをする。

「あー……ファルン。今日は私たちと一緒に来てもらう。君達精霊について、人間の子どもらに説明をするつもりだ。多少質問に答えてもらうことになるかもしれんが、報酬として、何か君が欲しい物を持って来よう」

 ファルンはアーキルの言葉に顔を上げると、頭の周りに両手の人差し指で円を描いた。

「ぼ、ぼうし! ぼうし、鳥が持ってっちゃったの」

 そういえば、鷹が彼女の帽子を持ってきたのが始まりだったのだ。リナリアは怪訝そうな顔をするアーキルに、夏に森で会ったことは伏せて簡単に事情を説明した。アーキルは「ふむ」と腕を組む。

「まさか人間の服飾の類に興味を示すとはね。精霊の装いといえば、魔力で姿を自在に変えられるものだが、ファルンは魔法を知らないからな。人間の装いに興味があるのかもしれん。それもまた興味深い」

「あの帽子をお返しできたら良いのですけれど、鷹が掴んだ時に穴が空いてしまったみたいで……わたくしもお力になれることならいつでも」

「私では難しいかもしれんが、検討しよう」

 ファルンが「けんとう?」と首を傾げる。リナリアは微笑みかけた。

「考えておくってことですよ。良いお帽子をいただけると良いですね、ファルン。ファルンに似合いそうなお洋服も一緒に考えたいですね」

 ベティがどういう反応をするか少し気になって後ろにチラッと視線をやると、彼女はにこにことファルンとリナリアを見ていた。ベティからは特に負の感情のようなものは感じないので、内心ホッとする。

 アーキルがドアに視線を向けた。

「さて、そろそろ教室へ向かうとしようか。少し目立つが、昨日のうちに学舎内の指導員には話が通っているので騒ぎにはなるまい。私の目の届くところでは拘束は不要だ。ファルン、おいで」

 声をかけられたファルンは跳ねるようにアーキルの近くにいく。アーキルはすこし迷うようなそぶりを見せた後で、ファルンと手を繋いだ。

「全くの手放し状態だと、周囲がうるさいからね。教室に行くまでの間は私と手を繋いでいなさい」

 ファルンは素直に頷いて、アーキルの横をぽてぽてとぎこちなく歩く。見た目の年齢は7、8歳というところだが、ファルンの仕草や言葉からはヘレナと同じくらいの幼さを感じた。アーキルと手を繋いでいると、なんとなく親子のようだ。

「微笑ましいですね! きっと魔法検閲官の先生だからこそ余裕があるのでしょう。ソティス先輩もそうでしたが、圧倒的強者だからこそ、皆が恐れている存在にもあのように手を差し伸べられるのですよね、きっと!! 私も見習わせていただきたいです!!」

 両手の拳を握って目を輝かせるベティに、クロノが呆れた顔を向けた。

「脳筋じゃ……」

「あれっ、クロノさん!? 毒舌ですか!?」

「ま、まあまあ、向上心があるのは良いことですよ。さ、わたくしたちも行きましょう、ベティ。アーキル先生より遅れたら遅刻になってしまいます」

 クロノとベティの間に入って、苦笑する。ベティは「はっ! そうですね!」とポンと手を叩いてリナリアを抱き上げた。

「ご安心をっ。ご教室の前まではこのベティがきちんとお連れいたしますので! 授業が始まりましたら、邪魔にならないように廊下に控えておりますね」

「うむ。われ……私も今日は念のため廊下で待ってます。何かあったら呼んでくださいね」

 ベティはあっという間にアーキルに追いついたので、なんとか遅刻は免れた。


 教室に入ると、みんな席についていて、ウルはもう部屋に帰ったようだった。こちらを振り向いた生徒たちは、アーキルの隣にいるファルンを見てぎょっとした顔をした。そして怯えたように身をすくませたり、敵意のこもった目で見たり、反応はさまざまだった。

 ティナは困惑した顔をしていて、ヨナスは手を挙げて固まっている。フリッツは眉根を寄せてファルンを睨んでいた。

 アーキルはそんな生徒たちの反応を意に介した様子もなく、ファルンの手を引いて前に行く。リナリアも小走りでそれを追うように一番前の、自分の席に座った。アーキルの授業でウルの席が空席なのは初めてで、なんだか寂しい。

 アーキルはファルンから手を離すと、教卓に両手を置いてニヤリと笑った。


「これから諸君らには、この世界への理解を深めてもらうため、しっかりと知識を叩き込んでもらおう」

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