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顔合わせ

 目が覚めて、リナリアはしばらく目をぱちぱちさせていた。見慣れた天蓋で自分の部屋であることは理解したけれど、まだバーミリオンにささやかれた方の耳が少し熱い気がして、改めてドキドキした。


(だ、だいすきって、言われ……)


 クロノがひょっこり顔を覗かせる。


「よう。何じゃ、また夢を見たんか? 最近は連続じゃのう」

「く、クロノ……! クロノ、聞いてくださいっ。リオンさまと三日に一回夢で会えることになりました!」

「はあ?」


 怪訝な顔をするクロノに、バーミリオンと夢で話したことを説明した。クロノは、「嘘じゃろ……」と絶句する。


「ちょっと待て、『世界の裏側』を利用していると言うたのか、バーミリオンが」

「は、はい。そうおっしゃっていました。不思議なところで、星空のように光が浮いていて……変な感じでした。地面に座りましたが、冷たくも暖かくもなく、硬くも柔らかくもなく……えーと、魂の欠片でお話していた……みたいなお話だったような」

 クロノが爪を噛んだ。

「……まさに昨日言うたばかりじゃが、この世で初めて『世界の裏側』を発見したのは精霊のハラルじゃ。じゃからこそやつは神霊に認められたわけじゃが……。バーミリオンのような小僧がそれを利用した魔法を作れるなど……アルカディールではどれほど魔法が発展しているんじゃろうか。ウルの小僧にかけられていた魔法と言い、われがわからん魔法が多いのが腹が立つのう……」

「今度、リオンさまにお聞きしておきますね。世界の裏側についても、また教えてくださるとおっしゃってましたし」

「うむ……レガリアにあっては新しい魔法知識を仕入れるのも簡単ではないからのう。お前が検閲官の授業で習うことで果たして足りるんかも怪しいしの」


 と、そこへコンコンとドアがノックされる。クロノが「何じゃこんな朝っぱらから……」とぼやきながら、ぱたぱたと応対に出ていった。


「おはようございますっ! クロノ様、リナリア王女様! 夜はよくお休みになれましたでしょうかっ」


 リナリアのところにまで、ベティの元気な声が聞こえてきた。

 リナリアは寝巻きの上からショールを巻いて、ドアに向かった。

「おはようございます、ベティ。ばあやもまだ来ていない時間なのですが、どうかなさったのですか?」

 ベティは「はいっ」と姿勢を正す。

「実は、今日の朝食なのですが、リナリア王女様とグラジオ王子様は別室にてお召し上がりになるようにと陛下からお達しがございまして。通常よりもお早い時間に、速やかに移動するようにということでしたので、早速お支度の方をお願いいたします」

「それは構いませんが、別室……?」

 リナリアが首を傾げると、ベティは頷いた。

「はいっ。何でも、昨日の精霊の子の件で話があるそうなので、リナリア王女様のお師匠さま、アーキル・アグリブ氏とご一緒にお食事を取るそうです。その間にばあや様には私からご連絡しておきますね」

「まあ、アーキル先生と? わかりました。すぐにご用意いたします」

 ドアを閉めたら、クロノに手伝ってもらって急いで支度を済ませた。授業に行くときの、神官見習いの服を着る。そのままアーキルの授業に出席できるように、授業の支度も一緒に持った。

(……何となく、お父様のなさりたいことがわかったような気がいたします)


 改めてベティと合流し、静かに移動する。途中で合流したグラジオは、以前のベテラン護衛と一緒だった。まだ眠そうに目をこすっている。

「おはよ……父上も、いきなりだよなあ……まあ、リナのせんせーの顔見たことないから、それはちょっと楽しみだけどさあ」

 案内された食事の場所は、図書館の中にある貴賓室だった。国王や王妃が図書館で作業をするときなどに使われる部屋で、以前リナリアがバーミリオンと図書館デートをしていたとき、母が籠もっていた場所でもある。中央のテーブルにはすでに五人分の食事の準備がしてあった。テーブルに着席したグラジオは、壁一面の本棚をそわそわと見上げる。

「なんで図書館なんかに……なんか落ち着かねえ」

「ここは、確か、王族と限られた貴族しか閲覧できない重要な本もあるのでしたね。図書館を利用する際に説明していただいたので、来るのは初めてではありませんが……改めて見ると、古い本や豪華な装丁の本が多いです」

 もしかしたら、魔法や歴史の本もあるかもしれない。リナリアは何か目ぼしい情報がないかと本棚に並ぶ背表紙を見た。上の方の本は身長の問題で見えないが、王家の歴史について詳細に書かれた本はあるようだ。

 その中で一冊、大きな本に挟まれて背表紙にタイトルが書かれていない本があることに気がついた。

(あれは……?)

 よく見ようと、少し席を離れようと思ったとき、部屋のドアが開いた。

 父が、いつになくにこやかな顔をして立っていた。後ろには、いつもより少し豪華な刺繍の入った服とターバンを着用したアーキルがいた。


「おはよう、グラジオ、リナリア。今日はよい天気だな」


 グラジオはそんな父の様子にぽかんとしていたが、立ち上がって礼をする。リナリアも兄に続いて礼をした。

「おはようございます、父上。今日はリナの先生も交えて食事をすると聞いていたのですが、食事の用意が一人分多くないですか?」

 父は満足げに頷いて、奥に用意された席に移動した。グラジオと父の間の席と、リナリアの席の隣が空いている。

「さあ、二人とも中へ入りなさい。グラジオに改めて紹介しよう。魔法検閲官見習いの座学指導を担当しているアーキル・アグリブ氏と――」

 紹介をうけたアーキルがうやうやしく腰を落として礼をする。それから、彼は一歩横にずれて後ろに隠れていたもう一人の背に手を回し、そっと前に導いた。

「二人とも、もう話したことはあるだろう。リナリアの世話係を任命されていた、ウル・クロステンだ」

 真っ白な髪のウルは、不安げに手を前で組んで深々と礼をした。服は、いつもの検閲官見習いの制服だ。父は、護衛の騎士たち、待機していた侍女たちにヒラヒラと手を振る。

「くつろいで話がしたい。騎士と侍女は下がってよい。さあ、ウルはここへ。アーキルはリナリアの隣に掛けてくれ」

 グラジオはウルが父の隣に案内されたことに驚いて、目を丸くして父とウルを交互に見た。兄の様子と、まだ少し怯えたようなウルの表情を見て、リナリアは内心ため息をつく。


(お父様……ウルもまだ病み上がりなのに、少し時期尚早な気がいたしますけれど……普通の生活ができるようになってから、と進言いたしましたのに)

〈お前の父も結構せっかちじゃの。ま、一応外に出ておくが、魔法で会話は聞いておるから心配するな〉


 兄は真っ白になったウルの髪をじーっと見つめた。

「ウル、おはよー。ずっと寝込んでたんだよな? 歩けるようになってよかったけど、髪どうしたの。大丈夫?」

 ウルはおそるおそるといった感じに頷く。

「は、はい。ありがたいことに、回復は思ったより早くて……こちらへは騎士の方におぶって運んでいただきました」

 二人が席につき、騎士と侍女たちが全員出ていったのを確認してから、父がグラジオの方を向く。


「グラジオ、実はお前に言っておかねばならないことがある」

「えっ、はっ、はいっ」


 グラジオは背筋を伸ばした。少し緊張しているのは、昨日のことで改めて怒られるのではと思っているのかもしれない。

 父は、ウルの肩にポンと手を置いて微笑む。


「実はな、このウルは……私が母上と結婚する前に生まれた、私の子どもだったのだ。つまり、お前とは母親違いの兄になる」


「えっ……ええっ!? 兄!?」


 グラジオは目をまん丸にして、ウルを見て、リナリアを見た。ウルは、不安げに視線を落としている。


「その……す、すみません、僕なんかが……あの……」

「こら、何を謝ることがある」


 父はウルを励ますように明るく言うけれども、ウルとしてはそれだけでは割り切れない思いも不安もあるだろう。リナリアはちらりと隣のアーキルの反応を見るけれども、あまり驚いていないところを見ると、父から事前に説明があったようだ。

 グラジオもまた、リナリアの反応を見て、この中で知らなかったのは自分だけだと言うことに気づいたらしかった。


「ええ……え、ええ……? え、何、リナは知ってたの? いつから? 前から? 母上は知ってんの? まさかヘレナは……」

「お母さまはご存じで、ヘレナは知りません。わ、わたくしは、あの……偶然、少し前に……でも、最初から知っていたわけではないんです。そのことがわかったのも、本当に最近で……」


 父が頷いた。


「ウルの母親はもう亡くなっている。一人寂しい時期を過ごさせてしまったのは申し訳ないが、こうして再会できてよかったと思っているよ」


 グラジオはしばらくぽかんとしていたが、ハッとした顔をして両手を上げた。


「あっ、兄さんがいたってことは、俺、もう王様になる勉強しなくていいんじゃ!? やったー! 騎士に――」

「グラジオ!!」


 無邪気に笑ったグラジオの表情が固まる。先ほどまでにこやかだった父が、真面目な顔をしてグラジオを見ている。ウルはぶんぶん首を振っていた。リナリアも胃がキリキリしてきた。


「そのような重大なことを不用意に言うものではない。今回こうして人払いをしてお前にだけウルのことを教えたのは、まさに王位継承権が絡むと危険も伴うからだ。ウルは年長だが、お前は正妃の長男だ。王位継承権の第一位は、変わらずお前にある。ウル、お前はどうだ。王位を継ぎたいと思うか。正直に言って構わない」


 グラジオはしゅんと肩を落とした。少し涙目になっている。ウルは首だけでなく、手もつけて否定の意を示した。


「と、とんでもないです。僕は、僕なんかはそんな、ここにいるだけでも、恐れ多いのに、王位なんてとても……。僕は、ただ……会ったことのないお父さんがいるのなら、顔を見てみたいと……それだけで……今まで通りで構わないんです」


 父はウルに頷いて、リナリアとアーキルの方を見た。

「私は本人の意思を尊重したい。もし将来的に王家に正式に入るにせよ、今のままでは難しいし危険も伴う。しばらくは今まで通り、検閲官見習いとして過ごし……前に言った通りアーキルに後見人になってもらう」

「は。喜んでお引き受けいたします、陛下。彼は私の大事な生徒ですから」

 アーキルが胸に手を置いて頭を下げた。


「グラジオ、リナリア。公的には、まだウルのことは発表しない。だから、外では今まで通りに呼ぶこと。そのうちにヘレナとも顔を合わせてもらおうと思っているが、兄であることは内密に」

「ヘレナに隠し事はできないもんなあ。わかりました。でも、本当は『兄上』って呼んでみたいなあ。今なら呼んでいいよね?」

 父は苦笑し、ウルは困り果てた顔でリナリアを見た。リナリアは、ウルを安心させるように微笑む。


「……ウル、大丈夫ですよ。ウルは、もともと皆のお兄さんみたいな存在ですもの」


「そうなんだな! うわ、ドキドキする。えっと……これからよろしく! 『兄上』!」


 ウルは顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で「よろしく、お願いします」と小さく返事をした。グラジオはパッと明るく笑って、ウルの手を取ってぶんぶんと握手した。


「俺、自分が兄さんなのもいいけど、たまには弟になってみたいなって思うときもあったんだあ。なんか嬉しいな。ねえ、今度一緒に手合わせしよう!」

「お兄さま、ウルは剣は持ちません! ウルに御用のときはしばらくはわたくしを通していただかないと」

「なんだよ、リナが姉さんみたいにー!」


 そのまま、わいわいと話しながらみんなで食事をとった。ウルはまだ不安げではあったけれど、グラジオの気さくな態度にはかなりホッとした表情をしていたようだ。

 まだまだ課題はあるけれども、まずはグラジオがウルを受け入れてくれたことに、リナリアも胸を撫で下ろしたのだった。

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