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夢の逢瀬

「私としてはリナの方の魔力消費量も気になるし……まずは週2回……三日に一度くらいの頻度から始めてみようかと思うけど、どうかな。少し続けてみて、大丈夫そうなら一回分増やしたいな」

 三日に一度バーミリオンに会える。

 想像するだけでドキドキして、リナリアはこくこくと何度も頷いた。

「はい! はい、よろしくお願いいたします……!」

「よかった。あらかじめ約束しておけば、その日の夜に私のことを思ってくれれば会えるから。本当は直接会ったときに話せたら良かったんだけど、レガリアで魔法については話しにくいから、結局夢が一番都合が良くて……あ、そうだ」

 バーミリオンはリナリアの手をキュッと握った。

「ねえ、リナ。クローブ皇子とは、あれから何もなかった?」

「えっ、ええと……」

 バーミリオンの言うところの「あれから」、というのは、おそらく「コンヤクシャ」発言のことだろうと察しはついた。

(何かされたわけではないのですけれど、何度か「コンヤクシャ」について言及なさっていたので、何もないとも言えないような……)

 なんと答えたものか迷っているリナリアの様子を見て、バーミリオンはふうとため息をついた。

「良いんだ、嫌なことをされているのでなければ……無理に話そうとしなくてもいいよ。ただ……もし、リナがサハーラにお嫁に行ってしまったら、嫌だなって思って。婚約となると、こうして話すのも難しくなってしまうのだろうし」

 リナリアはぶんぶんと首を振った。

「いっ、行きません、わたくし……えっと、お父さまも、まだ早いっておっしゃってました。すくなくとも学院に行く年齢くらいまでは決めないって……」

 バーミリオンはじっとリナリアの目を見る。

「……学院に行く年齢……リナはきっと飛び級するよね。あと……5年、いや、もしかしたら4年くらいか」

「リオンさま?」

 リナリアが首を傾げると、バーミリオンはにこりと笑った。

「ううん、何でもないよ。最近魔法の研究で少し座学をさぼっていたから、勉強を頑張らないといけないなと思って」

「リオンさまが、座学をお休みになってたのですか?」

 意外なことに目を丸くする。しかし、確かにこんなに高度な魔法を完成させるには相当な時間や勉強を要しただろう。

「あはは、ちょっとグラジオみたいって思った? 私も実はね、グラジオの気持ちが少しわかったんだ。目の前に、どうしても今やりたい、やらないといけないことがあったとき……それと関係ない勉強にかける時間って、あまり意味がないように感じてしまうのだよね。頑張ったところで特に……褒められるわけでもないし」

 バーミリオンは少し視線を落とした。リナリアは少し迷ってから、勇気を出して確認した。

「……その後、陛下はいかがですか?」

 バーミリオンは首を振る。握られていた手の力が緩められる。

「ご挨拶や手紙は続けているのだけど、あまり変わっているような気はしない。昨日の母上のご命日の式典にもご参加なさらなかった。だから、私が国王代行をしたんだ。そのうちそちらにも噂がいくかもしれないね」


(リオンさまは、まだ子どもなのに……)


 以前の人生でも、バーミリオンはこうして早い時期から国王代行をしていた。けれど、公の場に復帰するようになったのはもう少し後になってからで……今のバーミリオンは精神的には回復しているように見えても、やはり寂しさや重圧に耐えているのだろう。

 うつむいている彼が、年相応の子どもに見えて――リナリアは片手を抜いて、バーミリオンの髪をそっと撫でた。バーミリオンは驚いた顔をする。

「リナ?」

「もし嫌だったら、ごめんなさい……リオンさま、いっぱいいっぱいがんばっていらっしゃるから」

 バーミリオンは微笑んで、彼もまたリナリアの頭を撫でた。リナリアはどきっとして一瞬固まる。

「えっ」

「ありがとう。リナも、いつもたくさん頑張ってるから。お返し」

 お互いに褒め合うように頭を撫で、少し照れて笑い合った。


「プレゼントしたブローチ、今度私的に訪問したときに私の魔力を込めるね。そうすると多分、今後色々とできることも増えるし……」

「わたくしは嬉しいですけれど、良いのですか? リオンさまの魔力のこもったもの……」

 なにしろ、将来の国王の魔力だ。リナリアに魔力を渡すことが弱みになってしまったりしないかと不安になる。バーミリオンは優しく笑った。

「うん。持っていてほしいんだ。私も、リナに」

「……ありがとうございます」


(リオンさまの魔力は何があっても死守しなくては……!)


 密かに決意をかためる。

 バーミリオンは、周囲を見渡してため息をついた。


「それにしても、仕方ないとはいえ何もないところだね。椅子もないのは不便だけど、夢が覚めるまで少し座って話をしようか」

 リナリアは頷いて、バーミリオンの隣で膝を抱えるように座る。下は硬くも柔らかくもなく、ツルツルでもザラザラでもない。

「世界の裏側、って不思議なところ……」

 バーミリオンはリナリアの言葉に「そうだね」と微笑みかけた。

「でも、私は何だか落ち着くよ。リナがいるからかな」


 バーミリオンの口から紡がれる優しい言葉にリナリアは頭を抱えた。「リナ?」と言う不思議そうな声が降ってくる。


(だ、だめです。だめじゃないのに、だめだと思ってしまいます。何だか、そんなことを言ってもらえる資格がないような気がしてしまって……わたくし、いいのかしら、本当に……リオンさまに、そんなふうに言ってもらえて……)


 顔を上げると、バーミリオンが心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「大丈夫? 頭が痛かったり、気分が悪かったら教えてね。もし魔法に不備があったら大変だから……」

「あっ、ご、ごめんなさい。そういうのでは、ないんです。ただ、あの、なんと申しますか……これから、毎週リオンさまと会えるのが嬉しくて、信じられないと申しますか……わたくしが、そんな、ごほうびみたいな……いいのかしらと、不安に」


 あんまり幸せだと、何か悪いことがあるような気もしてしまっているのだけれど、流石にそれは口に出せなかった。口に出して本当になったら嫌だから。

 バーミリオンは、目を細めた。


「良かった。楽しい場所ではないし、ここには私しかいないから……リナから見たら困るんじゃないかと思って心配していたんだ。これからもたくさん話そうね。ここなら魔法の話みたいにレガリアではしにくい話もできるし、護衛や侍女、侍従に聞かれたくないことでも話せるよ。魔法をつくるのは結構大変だったけど、頑張って良かったな」


(リオンさまがいるということはつまり全部がここにあるということです……!)


 漏れ出そうになった本音を何とか抑えて、深呼吸する。

 二人だけの空間ということは逆に言うと、クロックノックが干渉できないということでもある。ちらりと不安はよぎったけれど、バーミリオンとなら大丈夫だろうと思い直した。最近の自分はクロックノックに依存しすぎているかもしれない。

 気を取り直してバーミリオンと次に会う日取りを決めてから、気になっていたことを思い切って聞いてみた。


「リオンさま、最近おつらい夢は見ていらっしゃいませんか。何かご協力できることがございましたら、何でもおっしゃってくださいね」


 ファルンのこともいずれは相談したいけれど、今日は先に彼の夢の状況について確認したかった。バーミリオンは「ええと……」と目を泳がせる。彼は、何か隠しているのだろうか。


「……リオンさま? 何か……」

「いや、何と言ったら良いのか……」


 リナリアは、恥ずかしいのも忘れてずいっとバーミリオンに近づいた。彼の夢を自分が見られる機会は限られているから、把握できるなら、把握しておきたい。


「何でもおっしゃってください。できることなら……リナも、リオンさまの夢に入ってお助けできたら、良いのに」

 リナリアがしゅんとすると、バーミリオンは慌てて手を振った。


「あ、違うんだ、夢自体に大きな変化はないのだけど……」


 バーミリオンは少し躊躇ってから、意を決したようにリナリアを見た。


「……最近、以前見た『予知夢』と外れることが多い。リナの誕生日パーティーもそうだ。夢で見たとき、ダンスは行われなかったし……私は一人で過ごしていた。他にも、そうなんだ。ライムの成長やアルカディールの国内のことは概ね変わらないのだけど、夢の中の私の行動にも疑問があって……『私がそんなことをするはずがない』というか……。

 『予知夢』というのは、たとえば何か違う行動を取ったとしても、少なくともある一定の時期に未来が更新されるものだと思っていたのだけど、ずっと……違う未来が進み続けているというか……何だか、今歩いているのとは別の道を横から眺めているようで、少し違和感があるんだ」


 リナリアは静かに聞いていた。

 そうだろうと思っていたけれど、今の話で確定した。やはり、バーミリオンの見ているのはリナリアが知る「過去の記憶」で、これから起こる未来のことではない。つまり、バーミリオンの固有の魔法能力は「予知夢」ではないということになる。

 そして、黒い夢にいる過去のバーミリオンと、今のバーミリオンは、違う部分が増えてきている。考え方や、リナリアたちとの関わり方……それは人格形成にも大きな影響を与えているはずだった。


(もしかしてクロックノックさまがおっしゃっていたところの……「人格の両立」に……近づいてしまっているのでしょうか)


 バーミリオンは、リナリアの手を取って軽く揺らす。


「これはこれで、悪くはないんだよ。勉学や魔法に関する知識を得られることには変わらないし、起こることが全てわかってしまうのはつまらないもの。ただ、リナや自分に起こる悪いことも予測できないと、回避するのが難しいし……夢に見たことを書いている日記が、まるで……もう一人の、自分じゃない自分の日記を書いているようで……」


 リナリアは、じっとバーミリオンの赤い瞳を見つめた。バーミリオンもまた、リナリアの瞳を真っ直ぐ見ていた。


「……でも、関係ない。私は、夢が見せてくる『未来』をなぞるつもりはないから。ただ有益な情報だけを拾って、自分で進むときの助けにさせてもらう。前にも、リナには聞いてもらったけれど、私は……これからもリナやグラジオと仲良くしたいし、父上とももう一度、昔みたいに話したい。そして、たくさんの人を幸せにできる、そんな王様になりたいんだ」


 将来を語るバーミリオンの瞳は、美しく輝いている。彼の瞳には確かに「希望」があった。彼の子どもらしい純粋無垢さや、まだ見ぬ未来を期待する気持ち、そしてその手には未来を変える力があると信じている気持ちが伝わってくる。

 リナリアは、心に浮かんだ不安を意識的に振り払い、大きく頷いて微笑んだ。


「はい。リオンさまなら、きっとなれます。全部、できます。だって、現にこんなに素晴らしい魔法を作ってしまわれたんですもの」


 リナリアの言葉に、バーミリオンが微笑んだ。


「リナ。ええと、ちょっと耳を貸して?」

「は、はい」

 ここは二人きりだから、内緒話をしなくても良いのでは、と一瞬思ったけれど、バーミリオンの願いを断るはずもないのでリナリアは自分の耳に手を当てて彼の方に体を倒した。

 バーミリオンは、リナリアの耳元にそっと口を寄せる。



「リナ、大好き」



 そう囁かれたとき、目の前が白んでいくので、リナリアは自分が気を失うのではないかと思った。

 しかし、それは――夢の逢瀬の終わりを知らせる光だった。


◆ ◇ ◆ ◇

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