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 長かった一日が終わり、リナリアはベッドに倒れ込んだ。

「はあ……まさか今日、あの子と再会するなんて……でも、わたくしの方で保護できましたから、地下牢に連れていかれることはもう無いかしら」

 クロノもばふん、と隣にダイブしてきた。

「今日はイライラをたくさん我慢したぞ!! もーっ、なんなんじゃ当代のレガリアはーっ!!」

「クロノ……そうですよね。クロノにとっては本当に苦痛な時間だったと思います……ハーフエルフのソティスにも」

 体を起こしてしょんぼりとうなだれると、クロノはうつ伏せでバタバタ手足を動かした。本当にいつになく機嫌が悪いらしかった。

「無知が過ぎる! 宗教観の違いだけで、ここまで間違った認識がまかり通るもんなんじゃろうか。我らは人間よりも長く生きておる高度な――いや、これを言い出したら同レベルな気がするのう、やめておこう」

 クロノがようやく身を起こしてあぐらをかいた。そしてぱちんと指を鳴らすと、彼女の姿は「クロノ」からハーピーの「クロックノック」へと変わる。翡翠色をしたふわふわの羽がたくさんの彼女の腕に、リナリアは手を伸ばした。

「……なんだか、その姿を見るのも久しぶりですね」

 クロックノックは腕を伸ばしてリナリアの好きに触らせてくれた。反対側の腕で頬杖をついてため息をつく。

「……あまり自分のことを話す気は無かったんじゃがな。精霊というのは、あまり自分らのことを人間に伝えるのを好まん。しかしそういう、一線を引いた態度が、こういう誤解を、解けぬまま助長させてしまったのかもしれん」

 羽がリナリアの頬を撫でる。それがくすぐったくて、リナリアは少し笑ってから、羽の先を両手で握った。ゆっくり、自分の魔力をクロックノックに流す。

「……最近、魔力を送れませんでしたから。今日はもう大丈夫ですよ」

 クロックノックはリナリアをじっと見て、目を閉じた。


「われは、最初から光の精霊であったわけではない。元々は、ファルンと同様にレガリアに住む風の上級精霊、一介のハーピーに過ぎなかった。ま、『レガリア』という国が出来る前から住んでおったけどな。たまったま魔力が膨大で、時を操る魔法を発見し、使えるようになった大天才じゃったことから、神霊として重宝されたのじゃ。神霊は誰しも五属性の精霊から始まった。しかし、この世界の法則に干渉する魔法を扱う者は、だんだんと元の属性から乖離していく。その先が光属性と闇属性というわけじゃ。

 例えば以前から話しておるわれの友人は、この世界のあらゆる『知識』にアクセスできる、『知識』の神霊タリブメティス。あれは昔ドリアード、つまり地の上級精霊じゃった。それから天候を読んだり干渉したりできる魔法を操るのは、『空』の神霊オクトリーベル、あいつはシルフで気分屋じゃった。あとは『世界の裏側』を見つけたオーガのハラル。みんな光属性の神霊じゃ。

 われら自然に近い光属性に対し、闇属性の奴らは生命の内面に干渉できる魔法を使用できる神霊じゃ。例えば『記憶』の神霊レオミムはノーム、『感情』の神霊アシュウールはイフリートじゃった。闇属性の奴らとはどうも折り合いが悪くての。仲良くは無かったな」

 リナリアは魔力を送りながら目を丸くする。

「精霊界が、神様の世界のようなもののように思えてきました」 

 クロックノックはふっと笑う。

「本当の神様ならええんじゃけどな。われらは『神霊』であっても『神』ではない。失敗もするし、不可能もある。そしてわれらの一番の失敗は……分国戦争じゃったな。その反省もあって、われらは精霊界というこの世界の裏側のような場所に引きこもり始めたのじゃ」

 クロックノックは、もうよいと言うように羽を引っ込めて軽く振った。リナリアは素直に魔力を止める。


「……話していただけるんですか?」

「今度な。今日はお前も疲れておるじゃろうし、いっぺんにあれこれ言うても整理しきれんじゃろ。さ、着替えを手伝ってやるから早う寝ろよ」


 そう言ってクロックノックは、リナリアが瞬きをする間にクロノの姿に戻った。ドレスを寝巻きに着替えさせてもらいながら、リナリアは小さくつぶやく。

「クロックノックさまは、人間の姿になるのが嫌だったり、しますか」

「全然。こっちの方が手先で細かい作業ができるし、用途によって使い分けているという認識じゃよ。それに、いやな考え方をするヤツが居たところで、人間を丸ごと嫌いになるわけじゃない」

 ぽふぽふと軽く押さえるように撫でられた。

「お前のこともちゃんと好きじゃ。お前はバーミリオンのこととなるとおかしくなるが、基本的には良いやつじゃからの」

「クロックノックさま、ありがとうございます」

 振り返って、クロノにぎゅっと抱きついた。クロノは「やれやれ」と苦笑する。

「われに頼りっきりなのは、困ったもんじゃがな。それ、ベッドに転がすぞ」

 いとも簡単にひょいと抱き上げられて、リナリアは宣言通りベッドの上に転がされる。大人しく布団に潜ってから、クロノに「お願いが一つあるんですけど……」と遠慮がちに申し出た。

「なんじゃ」

「あの、ウルたちがくれたオルゴールを持ってきていただけませんか。寝る前に聴きたいの」

 クロノが机の方を見る。

「ああ、そういえば子守唄の音色じゃったか。全く、最近言葉ばっかり大人ぶって、精神年齢は子供に戻っとるんじゃないのか?」

 クロノはそう言いながらもオルゴールを枕元まで持ってきてくれた。小さなねじを巻くと、ぽろぽろと優しい音色が聞こえ始める。


(以前のわたくしが、精霊のことも、ウルのことも、何も知らされなかったのは……きっとお兄様やお母様、お父様が、守ろうとしてくれたからなのでしょうね。知ってしまうと、苦しいこともたくさんあるから)


 冷たいと思っていた両親もだけれど、グラジオが、思っていたよりずっと家族思いだったことを実感する。そして、レガリアの王子でありながら、ファルンを助けようとしていたことも……ファルンを逃したあの後、兄がどうなったかはわからないけれど、兄は、兄の正義感に従って行動したのだろうか。

 そうだとしたら、兄は滅亡のあの日まで、異種族のことをどう思いながら生きていたのだろうか。


(お兄さまと、もっとお話ししておけばよかった。お一人でたくさんのことを背負っていらしたのかしら。そして唯一心を許せるのが、バーミリオン様だったのかしら……)


 今更考えたって、「あの頃」の兄に会うことはできないのだろうとわかってはいた。黒い夢のバーミリオンは特別で、白い夢の中で会ったウルだって、きっとまた特別なのだ。

 オルゴールの音にだんだんまぶたが重くなってくる。目を閉じると、浮かんでくるのはやっぱりバーミリオンの顔だった。まだ昨日のダンスの余韻は残っていて、自然に思い出せる。光のような金色の髪や美しいルビー色の瞳がよく映える、黒の衣装。以前の人生では、葬儀でしか着ていなかった彼の礼服。優しく目を細め、こちらを見つめる彼の眼差し。

 一つ一つの表情、かけられた言葉を思い出すごとに心が温かくなり、リナリアはゆっくりと眠りに落ちていった。



◇ ◆ ◇ ◆



 気がつくと、目の前が星空だった。

 だから、いつの間に外で寝ていたのだろうと思ったのだけれど、次の瞬間にはどうやら自分は立っているらしいということに気がつく。

 星明かりの下で手のひらを目の前に出してみたら見ることができたので、黒い夢のように僅かに発光しているのがわかった。ただし、今のリナリアの手は幼いままだ。


(ここは……? クロックノックさま?)


 クロックノックに呼びかけてみるけれど反応はない。

 不思議に思って周囲を見渡してみれば、上下左右、どこを見ても星空のように小さな光が瞬いている。


「わたくし、天国に来てしまったのかしら……」


 困惑して立ちすくんだときだった。


「リナ」


 その声に、反射的に振り返る。少し遠くから走ってくるのは、バーミリオンだった。ああ、これは夢なのだと理解して、ホッとして胸を撫で下ろす。

(特別な夢以外は見ることができなかったけれど、ようやく、普通の夢を見ることができたのかしら。それにしては、意識がはっきりしていて不思議な場所だけれど……)

 心細いときに好きな人の顔を見られるのが嬉しくて、バーミリオンの方に駆け寄った。

「リオンさま、お会いできて嬉しいです」

 今日のバーミリオンは、白い礼服を着ていた。彼は近くまで来ると、リナリアの手をとって嬉しそうに笑う。

「リナ、私も会えて嬉しいよ。今日も私のことを考えてくれていたの?」

 どうしてわかるのだろうと思いながら、リナリアはにこりと微笑んだ。

「もちろんです。リナは、リオンさまのお顔を思い出すと、幸せな気持ちになるので……」

 ここは夢だからと思って正直に話すと、バーミリオンは少し驚いた顔をして、繋いだ両手に視線を落とす。

「そうなの? そうだったら、嬉しいな……。あのね、今日は、もし会えたらこれからのことを決めようと思って。夢で会うときのこと……」

 その言葉を聞いて、急激に「白い夢」のことを思い出した。


「あっ……もしかして、ここって……」


 バーミリオンは顔を上げて、にっこり笑った。

「うん。今日も寝る前に魔法を使ったんだ。一昨日成功したのが偶然じゃないのを確かめたかったし、ちょうど今日で母上の喪も明けたから良いかなと思って……。そう、この間はなぜか不思議な空間に出てしまったんだけど、本来の魔法では『世界の裏側』に場所を作ってそこに私たちの魔力情報……魂のカケラのようなものを送って会話することになるから、会えるのはこういう暗い場所になる」

 自分だけが見ている夢ではないことを理解し、先ほど言ってしまったことが急に恥ずかしくなった。あれでは、寝る前にいつもバーミリオンのことを考えていることを告白したようなものである。

(確か、この魔法の発動条件の一つが、わたくしが寝る前にリオン様のことを考えていること……だったような……つ、つまり、今後もリオン様がこの魔法を使ったらもれなく会えてしまうのですけれども……)

 だんだん顔が熱くなってくるのを感じながら、上目遣いにバーミリオンを見た。彼は、突然リナリアの様子が変わったからか不思議そうにこちらを眺めている。

「リナ、どうしたの? あ、『世界の裏側』が怖かった? 大丈夫だよ、そんなに怖いものじゃないから。ただ、今すぐ説明するのはちょっと難しいから、また今度ね。それで、今日決めたいのは……リナと夢で会う予定のこと」

「夢で、会う、予定?」


 すぐに言葉の意味が理解できなくて、そのまま聞き返してしまう。バーミリオンははにかんだように笑って、軽く首を傾けた。


「うん。お互いそれなりに魔力消費があるから、さすがに毎日は難しいと思うんだ。だから、週に2回か、3回か……手紙もやりとりしているとは言っても、ひと月に一度じゃ足りないと思わない?」


(えっ、ま、まさか、それってつまり……)


「こうしてたびたび、リオンさまとお会いできる……という……ことですか?」

「そうだよ、だって、そのためにこの魔法を作ったんだから」


 リナリアは幸せすぎて倒れそうになった。


(女神様……情報が多すぎて、わたくしこの幸せを受け止めきれる心の準備が、ま、まだ整いません!)

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