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葛藤

 ファルンのことをアーキルに任せ、リナリアたちは水甕みずがめだけ用意して城に戻ることにした。リナリアも父にことの顛末を報告せねばならないので、玉座の間に向かった。ファルンを長く抱いていたソティスはもっと濡れていてもおかしくなさそうだったけれど、ほとんど乾いているのは部屋でこっそり魔法を使ったのかもしれない。

「ソティス、すみませんでした。あなたが先輩に侮辱されたとき、あんなに怒るほど腹を立てていたのに何もできなくて……」

 ベティに抱っこされた状態で運ばれながらリナリアがソティスを見上げると、彼は首をすくめて見せた。

「いえ、実のところそこまで怒ってはいません。騒ぎを起こしたら、どさくさに紛れてなんとかなったりしないかと思ったのですが、そううまくはいきませんでしたね。さすが騎士団です」

「やっぱりですか! ソティス先パイ、私がうっかり失礼なことを言っても、あんなに怒ってませんでしたもんねー。実は私にも激怒してらしたのかと思って、ちょっとビビったりしてましたが……」

 ソティスはベティをじろっと見た。

「……あなたに見破られているようでは、自分もまだまだですね。まあ、あなたの発言からむしゃくしゃしてたのは確かですけど」

「失礼しましたっ。それにしても……ソティス先パイもですが、王女様や王子様はお優しいですね。やっぱり、精霊といえども見た目は人間の子どもみたいですし、あんまりひどいことはできないですよねえ……かわいい子でしたから、これから上手くお世話できるといいですね」

 クロノが口を尖らせた。

〈ふん、こいつは理解があるのかと思うたら所詮はペット扱いか。むやみに害する意識がないだけマシなんじゃろうけどな〉

(すみません……こればっかりは、そのように教え伝えられていたからとしか。一朝一夕に解決できる問題ではありません……よね)

 ふと、レガリアが滅亡した後の話を思い出す。

 バーミリオンは「神の恵みを正しく享受するべき人々を悪政から解放する」という大義名分のもとレガリアを解体し、国民に魔法についての「正しい」知識を教育した。それは過激な政策で、だからこそバーミリオンという王はレガリアの民には傲慢で冷酷無比、そして暴虐な征服者に見えたのだろう。

(けれど……ファルンのような上級精霊、エルフなどの異種族から見たら救世主に見えたのでしょうね。彼らから見た暴虐な征服者は……きっとレガリアの方)

〈それは否定できんな。われもその先の未来についてはちょびっと見た程度だが、確かにバーミリオンがフォルド・グリフィンに殺された後、異種族たちからは惜しむ声もあったようじゃ。われとしては、あやつのやり方を肯定することはできんがの〉

 クロノがリナリアの前髪あたりに手を伸ばし、ぽふぽふと撫でた。その手はもちろん人間の手だけれども、クロックノックの羽で撫でられたようにやわらかい感触で安心した。


 玉座の間では、父とグラジオが待っていた。父は眉根を寄せて、いかめしい顔をしている。

(これは、お父様が怒っているときの空気……)

 リナリアは背筋が寒くなりながら、父の前に立ち礼をした。

「お父様、精霊の子についてご報告したく、参りました」

 父は目を閉じて重々しく頷く。ファルンを見つけた時の状況から、リナリアが欲しいと宣言したこと、それから学舎でアーキルに預けたことを報告した。報告が終わると父が静かに目を開いた。

「グラジオに聞いたことと概ね変わらんな。学舎での件に関しても無難な判断だろうとは思う。しかし、騎士団が万一に備えて厳重に警戒して連れてこようとしたのを拒否し、お前自ら馬車に同乗したというのは、王族として軽率な行動だったといわざるを得ない」

 父の厳しい声にリナリアは小さくなってしまいそうになったが、背筋を伸ばして気持ちを立て直す。

「……あの場で最も魔法や魔力の知識があったのはわたくしです。曲がりなりにも、半年近く専門機関でしっかり勉強いたしました。また、異種族の知識のあるソティスや検閲官との合同訓練の実績があるベティもおりました。そもそも、あの子を森に戻せばそこまでのことをしなくても良かったところを、連れて帰ることになったのですから。魔力暴走を警戒し、あの子がストレスを感じすぎないよう、子どものわたくしが同乗することは理にかなっていると思います」

 正確にはベティが検閲官と合同訓練をしていたことを聞いたのは城についてからだけれど、思いつく限り正当に聞こえることを並べ立てた。

 父は、まだ納得行かないような難しい顔で顎髭を撫でていたが、やがて「はあ」とため息をつく。

「……確かに、お前のいうことにも理はある。検閲官見習いとしてのお前の意見は、おそらく間違っていない。護衛をつける立場にあるものの判断としても間違っていない。しかし王女としては……いや、私は親として……幼いお前にできるだけ危険性のある行動をしてほしくないと思う。今回、鷹を飛ばしている間に馬車にいるよう指示したのもそういうことだ。精霊の子よりも訓練した鷹の方が危険性は少ないだろう。私の言いたいことは、わかるか」

 じっとこちらを真っ直ぐ見つめる父の目は、「お前を心配している」と訴えていた。リナリアは素直に頷く。

「……はい。ご心配をおかけしてごめんなさい、お父さま」

「わかれば良い。お前には、できる限り危険に近づかないでほしい。無論……本来であれば、グラジオもな。いくらいずれ騎士団長になる身といえ、お前もまだ年端もいかぬ子どもなのだ」

 グラジオも俯いて、小さく頷いた。

「ソティス、騎士団内の争いは本来は厳重な罰則対象だが、今回は判断が難しいところでもあったので一週間の謹慎で済ませよう。また、しばらくグラジオの専属からは外す。それで、その精霊の子は実際無害なのか」

 専属から外すという勧告に「ええっ」と反応したのはグラジオだった。父はゴホンと大きく咳払いをして、ソティスに話すよう手で促す。ソティスはその場に跪き、頭を垂れた。

「はっ。どうやらあのウンディーネの子は、親に魔法を教わる前になんらかの理由で別れ、魔法を知らぬまま森で生きてきた無害な精霊であるようです」

「そうか。精霊……騎士団にいた際に下級精霊は退治したこともあるが、ウンディーネとやらを見たことはないな。上級精霊はレガリアから撤退したものと思っていたが……騎士団は、森の巣を捜索すべきだと言っていたな」

 リナリアは一歩前に出た。

「お父さま……むやみに探し出して退治するようなことをしなくても、人間界と自然界で別れて暮らせば問題ないのではないでしょうか。だって……人間の世界だって……悪いことをしていないのに突然隣に住んでいた国の人が、攻めて、来たら……ひどく、ショックではないですか」

 胸がちくちくする。本当にレガリアは「悪いこと」をしていなかったと言えるのだろうか。


 過去にファルンが地下牢に捕えられていた時……あの時、森は、ファルンの住んでいたところはどうなったのだろうか?


 心がきゅっとなって、リナリアは胸に手を当てて固まる。父は「うーむ……」と唸って首を捻った。


「……この件は、検閲官や騎士たちの意見も聞き、もう少々検討することとする。森の捜索については見習いのお前の意見だけで決めるべきことではないからな」

「……はい」


 父はこほんと咳払いをする。


「ではリナリア以外は下がって良い。グラジオは、そろそろサハーラの皇子・皇女がお帰りになる頃だろう。リナリアも少し話したら行かせるので、先にお見送りの準備をしていなさい。ベティーナとクロノは扉の外で話が終わるまで待機してくれ」


「承知いたしました!」

 ベティが元気に返事をし、グラジオは静かに礼をした。

「わかりました。失礼します」

 グラジオがリナリアとすれ違いざま、ポンと肩に手を置いた。

「……早く強く、えらくなりたいよなあ……」

 兄がリナリアだけに聞こえるよう呟いた言葉に、思わず振り返った。

 皆が玉座の間から退出し、父は続けて周囲の兵士にも退出を促した。完全に人払いをした後で、リナリアを手招きする。父の招きに従って玉座まで行くと、父はひょいとリナリアを膝に乗せた。


「……どうしてお前だけ残したか、わかるか?」

「ウルのことですか?」


 おそらくそれしかないだろうとは思っていた。父は少し微笑み、リナリアの髪を撫でる。


「今日も顔は見たか?」

「はい。アーキル先生がついていてくださって……もう本が読めるくらいには回復してきたようですよ。ちゃんと休んでくださいね、とお伝えしておきましたけれど。授業は、今週は大事をとってお休みするようです」

「そうかそうか、それが良いな。あの子の今後のことだが……」

 父が顎髭を撫でる。

「お母さまと相談の上……まずは非公式に家族として迎え入れようと思っている。いきなり王家に連なるのは、王家にも本人にも不利益なことが多いが、このままにするわけにはいかん。段階を踏んで対処していくつもりだ」

「段階、とは……」

 リナリアが上目遣いに見ると、父は「うむ」と頷いた。

「まずは、前にも言ったが……家族で食事をすることからだな。お母さまも、あの子を自分の子として考えられるようにしたいと言ってくれた。王位継承権については本人の希望も確認するが、第一継承権は正妃の子であるグラジオとする。王家の親戚筋の貴族の養子にすることも考えたが、それは……またあの子の苦しみを増やすだけかも知れぬ。慎重にしたい」

「そうですか……あの、でも、ヘレナにはまだ難しいことは分かりません。ウルが『兄』だと説明したら、きっと外でも『お兄様』と呼んでしまうでしょう」

「うむ……それはお母さまにも言われた。ヘレナには、理解できる年齢になるまでは親戚と言っておけば十分かとは思っている」

 リナリアは「それなら……」と頷いた。少し父の気がはやっているような予感がして心配だったが、ウルの立場や気持ちを重視してくれているようなのは安心した。

「あの、ガリオ長官はどうなるのでしょうか。ウルの……魔法陣を刻んだ可能性がありますが」

 父がため息をつく。

「……ウル本人に聞き取りをしたところ、『覚えていない』と言っているそうだ。それが本当かどうかはわからないが、現在アーキルとサイラスが協力して魔法陣の解析とやらをしている。その結果、ガリオ長官が術者であるという確たる証拠が出たとしたら、子どもに危険な魔法を刻んだ罪は我が国においては当然重罪だ。今は証拠がないので手を出せない状態だが……無許可でウルの胸の印を隠す魔法を使用していたのは本人も認めたところなので、その罪を理由に長官を解任するか審議中だ」

「ウルは、覚えていないと言っているのですか」

「ああ。それどころか、ガリオ長官を庇うような発言もしていたそうだ」

 リナリアは眉を寄せた。魔法陣の記憶がないのが本当だとしても、ガリオ長官にぞんざいに扱われていたのは、本人だって感じていただろう。

(何か弱みを握られているのでは……少し気をつけていないといけませんね)

「こらこら。子どものうちからそう難しい顔をしていると、大人になるまでにシワが寄ってしまうぞ」

 父はリナリアがしわを寄せた眉間にキスをして膝からおろした。リナリアは慌てておでこを引っ張る。その様子を見て、父が「ははは」と笑った。

「さ、そろそろサハーラの皇子と皇女のお見送りに行っておいで」

「……はい。ありがとうございます、お父さま」

 リナリアは父にカーテシーをして退出し、双子を見送るために門へ向かった。

 二人はまさに馬車に乗ろうとしていたところで、リナリアが駆け寄るとラビィが手を広げて抱きついてきた。


「よかったあ。リナリアとバイバイできないのかと思っていたのよ! いっぱい遊べて楽しかったわ。またお手紙ちょうだいねっ」

「ええ、間に合ってよかった。誕生日をお祝いしてくれてありがとう。きっとお手紙送るわね」


 クローブは何も言わなかったけれど、馬車が走り出してから、窓から身を乗り出してこちらにぶんぶんと手を振っているのが見えた。


「リナリアー! 早くコンヤクシャの返事よこせよー! 待ってるからな!」


 門前に響き渡るその声にグラジオと顔を見合わせて苦笑する。


「……リナ、今日はお疲れ。もう俺早く食事も済ませてゆっくり寝たい」

「そうですね。わたくしも、さすがに疲れました」


 サハーラの馬車が見えなくなってから、リナリアはグラジオと手を繋いで一緒に城に戻ったのだった。

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