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精霊の保護

「この子を、授業で使う、とは」


 おそるおそる確認するリナリアに、サイラスは大きく頷いた。


「純粋な上級精霊のサンプルが入手できる機会も少ないですからな! この機に皆には本物の精霊の魔力を感じてもらっておこうと! これだけの魔法素の塊ならば、探知が苦手なヨナスやリナリア王女であっても『水』の魔法素を覚えられますぞ! 試しにちょっと探知をやってみてください!」


「えっ、あっ、はっ、はい」


 サイラスに促され、リナリアはソティスに抱かれたままのファルンに近づいた。

(クロノ、精霊に探知をしたら何か、痛いとか、気持ち悪いとかはないですか)

〈別に無い。魔力の扱いに長けた精霊なら探知を弾くこともできるが、この娘の場合は探知されているということにも気がつかんだろう〉

(わかりました。それなら安心です)

 探知をすること自体は悪いことではないと確認できたところで、ファルンに笑いかける。

「ファルン、ちょっと手を繋がせてくださいね」

 ファルンはサイラスに怯えていたが、リナリアにはこくりと頷いて手を出した。リナリアが手を触ると、その手はまさに水の塊といった感触で、びっくりして一瞬手を引っ込めてしまった。けれど、その反応は失礼だったかもしれないと反省し、改めてそっと握る。水ではあるけれど弾力のようなものがあって、ちゃんと握ることはできた。いつもは自分の魔力を流してその反発で魔力の有無を確認するが、今回は試しに普通に探知をしてみた。魔力は操作せず、ただファルンの手に触れた自分の手の表面に意識を集中してみる。


「あっ」

 

 手のひらが直に感じた魔力の波と、頭にハッキリと浮かんだイメージに驚いてまた手を離してしまった。思わず自分の手のひらをまじまじと見る。探知をかけた瞬間に感じた、明らかな「水」の感覚。頭の中に雫が一滴、ぴちゃんと落ちたような、疑いようもない「水」のイメージ。

 ファルンは不思議そうに首を傾げてリナリアを見ていた。サイラスはリナリアの反応に満足げに頷く。

「ご安心を! 強い感覚に不安になられるかもしれませんが、未熟な精霊に探知をかけても反発はありません! 成体や魔力操作に長けた精霊相手ならば、妨害や反発をかけてくる可能性があるので無闇に触らぬのが吉ですがな!! そういうわけで、上級精霊の幼体は授業にピッタリというわけです!! もしその精霊の幼体をリナリア王女が所持されるのでしたら、ぜひ授業に連れてきていただきたい! 私の授業は明後日からですが、可能ならどこまで大丈夫か私が直接安全性を試してから……」

 試すという言葉の不穏さに、リナリアはふるふると首を振る。


「た、試さなくて結構ですっ。今、やってみたら大丈夫でしたのでっ、このくらいの実践にしてくださいっ、この子はいったんわたくしのお部屋に保……入れておきますので」


 サイラスは振り上げた拳をしゅんと下ろした。

「そうですか? 少々残念ですが、王女がそうおっしゃるなら! あ、ウンディーネは水の塊のようなものですから、それが触れたところや物は水をかけたように濡れます!! それだけお気をつけください!! 魔獣用の小型の檻など必要ですかな!?」

 クロノとソティスから不機嫌な空気を感じ、リナリアはぶんぶんと首と手を振る。殺気を出さないようにしているだけ、二人とも我慢しているのかもしれない。

「だ、大丈夫です。あの、た、タオル? や毛布、などで対処いたしますので。それでは一度私室に向かいますね。ウルのお見舞いにも行きたいので、後ほど上にも行きます」

 リナリアはサイラスから逃げるように、用意されたばかりの私室に向かった。学舎には元々空き教室がいくつかあり、そのうちの一つに昨夜から今日にかけて最低限の家具を運び入れると昨日寝る前に父から聞いていた。

 私室の前で、ここまでついてきた年長の騎士に向き直る。

「……そういうわけで、いったんお部屋に移してから、アーキル先生に注意点などをご指導いただきます。あとはこちらでやっておきますので、あなたはお父様に報告へお行きになってくださいませ。そういえば、お名前を伺っておりませんでしたね」

 騎士は胸に手を当てて礼をする。

「私はアルト男爵家出身ホルガー・アルトと申します。さようでございますか。確かに……もうほとんどすることはございませんが、王女殿下が精霊から離れるまでは……」

 年長の騎士は、チラッとソティスとベティを見た。ベティは元気に敬礼をする。

「ご心配には及びません! このベティ、学院時代にこちらの検閲官の方々と連携訓練にて対魔法についても習得しております」

 リナリアは、内心なるほど、と納得した。べティは父が学舎……つまり検閲官としての活動にも対応できる騎士として採用されている。つまり、普通の騎士よりも対魔法の技術や知識があるのだろう。それで、ファルンを見ても大きく動揺も嫌悪も見せなかったのかもしれない。

 ホルガーはしぶしぶといった様子で頷き、再び礼をした。

「それでは、報告に向かうためこれにて失礼いたします。ソティス、シャーデンとの諍いの件は王子殿下がご報告する通りとするが、くれぐれも反省するように。外国からの客人の前で騎士団が争うなど、国の恥だ」

「はい、すみませんでした」

 ソティスは思いのほか素直に頭を下げた。ホルガーはくるりと踵を返して去っていく。彼の背中が見えなくなってから、リナリアはふうと息を吐いた。

「ベティ、就任一日目から色々ありましたね。すみません」

「いいえ! 全て勉強になります。それに、私室の場所も確認しておくように言われておりましたので、個人的にはちょうどよかったです」

 ベティはにっこり笑った。リナリアは頷いて、私室のドアを開ける。中は四人がけのテーブルセット、大きいけれどまだ空っぽの本棚、シンプルで大きめのソファ、窓のそばには書き物用の机……城の自室にあるようなカーペットや棚、飾りなどはないが、リナリアがほしい家具は一通り揃っていた。

「お父さまに後でお礼を言わなくては……あの、とりあえずソティスとファルン……それからクロノはテーブルで待機していただいても大丈夫ですか? ウルのお見舞いも行きたいので、ちょっと時間がかかるかも」

 クロノとソティスは顔を見合わせて、軽く頷いた。

「いいですよ、ちょうど話したいこともあったし」

「は? こっちは無いが、まあええじゃろ」

 二人の反応にホッとして、リナリアはベティを見上げた。

「よかった。調子が悪くならないか見ていてあげてください。それじゃあ、ベティはわたくしとアーキル先生を呼びに行きましょう」

「はいっ! お任せくださいっ」

 ベティはニコニコとリナリアに礼をした。


 ウルの病室のドアをノックすると、アーキルがドアを開けた。

「おや、リナリア……君。今日は検閲官見習いとして来たと考えて良いかね。後ろの騎士は見ない顔だが」

「ええ、そうです。こちらはベティ。お父さまのご意向で、明日から学舎にも同行してもらうことになる騎士ですわ。授業中は外に立っていていただく予定です」

「初めまして、先生! 学院時代は学舎の見習いさんたちとも交流がございましたー! 私のことは背景だと思っていただければっ」

 アーキルは、じっとベティを見てからリナリアたちを中に招き入れた。ウルの顔は見たかったので先に部屋に入ることにする。ウルは本を手にベッドで座っていた。

「ウル!」

 ベッドに駆け寄ると、ウルは優しく微笑んだ。髪は相変わらず白い。

「来てくださってありがとうございます、リナリア様」

「体調はどうですか?」

「おかげさまで、今日は体を起こしていても大丈夫になりました。今は本を読んで頭を起こしているところです」

「まあ。ちゃんと休んでくださいね? あっ、プレゼント見ました。素敵なオルゴールをありがとうございました。子守唄、懐かしかったです」

 ウルは嬉しそうに目を細める。

「気に入っていただけたらよかった。今週の授業は大事をとってお休みすることになっているので、すみませんが何かございましたらティナにお願いしますね」「はい。明日からは新しい護衛のベティもついて来てくださるので、ご安心を」

 ベティを見ると、彼女はウルをまじまじと見つめていた。リナリアとウルの視線を受けて、はっとした様子で礼をする。

 リナリアはアーキルを振り返る。

「あの、アーキル先生、実はご相談がありまして……実は、ウンディーネの子をつれてきたんです」

 「ウンディーネの子」と聞いたアーキルの瞳がきらりと光った。

「続けて」

 それからリナリアは森でファルンを見つけたことや騎士たちの反応、サイラスの提案について順を追って説明した。アーキルは腕を組んで聞いていたが、話を聞き終えると「なるほどな」とぼそりとつぶやいた。

「この国においてはそうなるのも仕方あるまい。圧倒的に知識がなく、知識があってもサイラスのように魔法を試練、堕落とする宗教的な考えを優先する者も少なくない。そういう者に管理を預けると、実験体として扱われてもおかしくないので……君がそのウンディーネの子を穏便に扱いたいのであれば、私のところにその案件を持ってきたのは正しいだろう。私は上級精霊は、種族は違えど高度な知的生命体として認識している。一部のドラゴンもそうだ。今は君の部屋にいるのだね」

「は、はい。あの、あの子を保護する上で必要なことなどあれば……ご飯とか、寝床などはどうしたら……」

 アーキルはニヤ、と少しいやらしく笑った。

「まるで初めてペットを飼う前の子どもだね」

「そっ、そんなことありません! 適切に保護したいからです」

「適切にと言えば元いた場所に帰すべきだが、まあそうもいかないか。上級精霊は生命維持に必要な魔法素が、下級精霊よりも多いがその分丈夫でもある。長く森にいたのなら、子供とはいえしばらくは溜め込んだ分があると思うが……毎日水を満たした水甕みずがめを置いておけば、それで事足りるだろう。周辺が濡れるので床が木であれば腐ったり下階に漏れる可能性があるが、学舎は石造のため基本的には大丈夫のはず……。あとは……直接見て判断しよう」

「水甕ですね! ありがとうございます。お願いします!」

 アーキルは移動中もブツブツと何か小声で呟き続けていた。

「あの……アーキル先生も休んでいらっしゃいますか」

 リナリアがそうっと尋ねてみると、アーキルはフッと笑う。

「……まともな思考を回すのに必要な程度は休んでいるさ」

「そ、それはあまり休んでいないように聞こえるんですけれども……すみません、なんだか次から次に頼ってしまって……」

「構わんよ。精霊のことは学者として興味をそそられるところであるし、元砂漠の民として……水を司る精霊はあまり邪険に扱いたくない。サイラスの最初の授業も私も見学する。おそらくあいつは断るまい」

 

 部屋のドアを開けると、ファルンがソティスのマントを体に巻き付けて部屋の真ん中に立っていた。ファルンは大きな目をぱちぱちと瞬きながら、じっとアーキルの顔……というよりターバンを興味深げに眺めていた。

 アーキルはファルンの前に膝をつき、彼女の手をとって僅かに笑う。

「……この目で本物の水の上級精霊を見ることができるとは。移住した甲斐があったかもしれないな。精霊よ、君の名はファルンと言うのか」

 ファルンはゆっくり一つ頷いた。アーキルは満足げに頷き返す。

「古レガリア語で雫という意味だね。美しい名を得たな。悪いようにはしないので、これから聞くことについて教えてほしい」

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