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誕生日の終わりに

 ウルはしばらく静かに涙を流していた。

 落ち着いた頃に自ら体を離し、誰かを探すように視線を彷徨さまよわせたので、リナリアは遠慮がちにベッドの近くに歩み寄った。


「ウル……あとでティナやヨナスもお呼びしますよ」


 ウルの視線はリナリアを捉え、ゆるく目が細められる。

「リナリア様……きれいな、ドレスですね」


「……本当は『様』も要らないとは思うんですけど……」


 ウルが困った顔をする。ちらっと父の方を見ると、父は腕を組んでから顎髭を撫でた。


「そうだな……ただ、公式に発表するまでは周囲の目もあるから、しばらくはこのままの方が都合は良かろう。タイミングなど、後のことは改めて考えるとして……ウル。目も覚めたことだし、明日から城の方で暮らさぬか」

「そ、れは……」

 ウルが目を伏せる。リナリアは父の袖を引いた。


「お父さま、呼び方と同じでまだ慣れるまでもう少し時間はかかります。学寮はお友達も居ますし、生活環境をすぐに変えることはないんじゃ無いでしょうか」

「む、そうか……なら、週に何度か一緒に食事を取るなどするか。今までもリナリアを送る役目をしてくれていたのだから、そのついでに寄れば良い。私が同席できる日に絞って……」

 こぶしを握って張り切る父の袖を再び引く。ウルは不安げに毛布をきゅっと握りしめていた。

「お父さま。ウルもまだ本調子では無いのですから。まずは今まで通りの生活ができるようになってからの方が良いかと思います」

「う……すまない。目が覚めたら何をしてやれるかと考えていたものだから、つい、な……。わかった。まずは体調の回復が第一だ。余計なことは考えなくて良い。何かあればアーキルに言うと良いだろう。今日は戻るか、リナリア」

 リナリアが頷いて歩き出そうとすると、ウルがリナリアの手に触れた。振り返って首を傾げる。

「ウル?」

「リナリア様……今日、お誕生日、では」

 不安げなウルに、リナリアはにっこり微笑んだ。

「はい。ウルが起きてくれて、お話しできてとっても嬉しいです」

 ウルは服の胸の辺りをぎゅっと握った。ガーネットのペンダントは手元にあるけれど、癖なのだろう。

「すみません……特別な日なのに……ぼくのために……おと……陛下も……」

 リナリアは父と顔を見合わせてから、ウルの方に向き直ってぎゅっと抱きついた。ウルは体をこわばらせる。

「えっ、と」

「ウル、わたくしもお父さまも、ウルが大事だから来たんですよ。それに……」

 体を離して、両手を自分の腰に当てた。

「お誕生日には全部うまくいくってばあやが言ってました。だから、ウルにお誕生日パワーをお裾わけできたらって思ったんです。ちょっとは効果があったでしょうか」

 ウルはリナリアの様子を見て、くすっと笑う。

「リナリア様の、お誕生日は、すごいですね……。僕、もらいすぎて……しまって、いませんか」

「今日はここに来るまでにもたくさん良いことがありましたもの。全然大丈夫です! あ、そういえば、プレゼントも選んでくださったのだとヨナスからお聞きしました。まだ見れていないので、改めてお礼させてくださいね」

 ウルが目を閉じて微笑む。

「はい。ティナは……女の子の好きなものを、ヨナスは、高貴な方でも……お使いできるものを、と。いくつか……候補を出して、僕がその中から。喜んで、いただけると……良いのですが」

「楽しみです!」

 リナリアが両手を合わせると、ウルはリナリアの方に体を向け、頭を下げた。

「引き止めてしまって、すみません。早く授業に復帰できるよう、回復に専念します」

「ゆっくりお休みしてくださいね。また来ますから」

 父が最後にもう一度ウルを抱き寄せてから、リナリアを抱き上げる。

「さあ、アーキルたちもお待ちかねだな。名残惜しいが、出るとするか」


 扉の外で待機していたアーキルとシャロンに、ウルが完全に意識を取り戻したことを伝えるとアーキルが一目散に中に入ってしまった。国王への態度としては当然礼を欠いたもので、シャロンの顔が青くなっていたが、父は軽く手を振った。

「気にするな。あの子を大事にしてくれているのならそれで良い。では、引き続きよろしく頼む」


 階段を降りているとき、リナリアは気になっていたことを小声でこっそり父に尋ねた。


「お父さまは、ウルからもっと話を聞いてから親子だと言うのかと思っていました。どうしてすぐにウルを……」


 父はリナリアの方を見て、眉を下げて笑う。


「国王としてはそうすべきだったのだろう。実際今日までそうしようと思っていた。だが……あの子の真っ白な髪とうつろな表情を見たら、もうそんなことはどうでも良くなってしまった。国王としての対応などは、後からどうとでもできる。大切なのは……あの子は、私の子だということだよ。誰が何と言おうと」


 父の顔を見て、リナリアは兄の誕生日に言われたことを思い出した。


『自分の子に、優先順位なんてあるはずがない。全員等しく、大事な子だ』


 そう父は言っていた。きっと、ウルのことも等しく大事に思っているのだろう。


(お父さまは、こんなに子供思いな人だったのね。国王としてすべきことよりも、子供を優先するくらい……じゃあ……本当に、あれは……)


〈リナリア、それ以上はいかんぞ〉


 クロックノックの声が頭に響き、再び呪いのことを考えそうになっていたことに気がついてハッとする。けれど、いつものような嫌な疼きはほとんどなくて、軽く違和感を覚えた。


(あれ……思ったより大丈夫そうです)

〈そりゃわれが止めたからじゃろ。全く、お前思索に没頭すると危険なんじゃから、定期的にバーミリオンのことでも思い出しておけ〉


(そうだわ、リオン様!! もうお帰りになってしまったかしら)


 学舎の入り口でばあやが待っていた。ばあやは父とリナリアの姿を見ると微笑んで近づいてくる。

「ばあや! リオンさまは、もう行ってしまわれた?」

 ばあやは首を振った。

「いいえ。バーミリオン王子は姫さまにご挨拶してからお帰りになるとおっしゃって、グラジオ殿下のお部屋でお待ちになっていますよ」 

「まあ。それはお待たせして悪いことをしてしまったわ……」


 今年は一刻も早く帰る必要もないとはいえ、明日は王妃の命日でライム王子の誕生日だ。できるだけ早く帰るに越したことはないだろう。父に降ろしてもらって急いで向かおうとすると、クロノがひょいっとリナリアを担ぎ上げた。


「あっ、クロノ」

「運んだ方が早そうなので。走れば良いんですよね」


 クロノがチラッとばあやを振り返る。ばあやは頬に手を当ててため息をついた。父は苦笑して顎髭を撫でている。

「クロノ。姫さまをもう少し丁寧にお抱きなさい。それから、まだご招待客の皆さまで残っていらっしゃる方もいますから、その状態で走ってはいけません。緊急事態かと思われます。早足程度でお連れしなさい。それでも私がお連れするよりは早いでしょう」

「すまぬな、クロノ。リナリアを運んでやってくれ」

「ぐむ……」

 「面倒じゃ」と顔に書いてあったが、クロノは大人しく頷いてリナリアを正面に抱き直し、早足で歩き始めた。

「ありがとう、クロノ」

「スカートがふわっふわしとって持ちにくい……。全くばあさんは注文が多いんじゃ」


 クロノに連れられて兄の部屋の前まで来ると、ソティスとラセットが部屋の前で話していた。二人はリナリアを見ると騎士の礼をする。リナリアはクロノに降ろしてもらって、ラセットにちょこんと礼をした。


「ラセット、リオンさまをお待たせしてしまったようで申し訳ありません。取次をお願いいたします」

「はっ、少々お待ちください」


 ラセットが部屋の中に入って10秒もしないうちに、バタバタという足音がして兄が扉を開けた。


「リナ! 良いところに来た! リオンがゲームめちゃくちゃ強いんだよ。ちょっと俺のチームに入ってくれ!」

「えっ? げ、ゲームですか?」


 問答無用で部屋の中に引きずり込まれる。兄の部屋にはバーミリオンの他、ヘレナにクローブとラビィ、それからディートリヒと、ヨナスまでいた。

 クローブが「遅いぞー!」と声を上げ、ヨナスはリナリアの顔を見るとホッとしたように破顔する。

「リナリアさま!! よ、よかった。リナリアさまがいてくださると助かる」

 それはおそらくゲームのことではなく、この空間に耐えられなかったのだろうと想像できた。この中では一番年長で度胸のあるヨナスとはいえ、親しい人もいない中王族の遊び相手をするのは荷が重かっただろうとこっそり同情する。

 バーミリオンはヨナスをチラッと見てから、リナリアに笑顔で手招きした。


「リナ、こっちにおいで。私と一緒のチームで遊ぼう」

「ダメー! リナは俺のチームにするから。あのな、クローブとラビィがリナへのプレゼントにいっぱいボードゲーム持ってきてくれたから、先に開けて遊んでたんだよ。いろんなのがあるから、外国チームとレガリアチームに分けて、勝ったら1ポイントって感じでやっててー!」

 ラビィが人差し指を自分の唇につけて可愛らしく首を傾げた。

「でもぉ、レガリアチームの方が人数多いですよ? リナリアがこちらに来たらちょうど良くなるのではなくて?」

 そしてリナリアにウインクをする。もしかしたら、リナリアがバーミリオンと同じチームになれるように気を遣ってくれたのかもしれない。グラジオはぶんぶん手を振った。

「いやいや。クローブたちはやったことあるから人数少なくしようみたいな話だったけど、初めてのはずなのにリオン馬鹿みたいに強いし、よく考えたらヘレナなんか人数に入らないし」

「ヘレナがんばってるもんん!」

 ヘレナが両頬を膨らませる。バーミリオンが笑ってグラジオに手をあげる。

「じゃあ、私はそろそろ帰る時間もあるから、リナと対戦しようかな。最初の方にやった一番簡単なゲームにしよう」

「おっ、良いぞ良いぞ、リナ! 『神童』の力見せてやれ!」

 あれよあれよという間にリナリアはバーミリオンの正面に座らされて、『ナクァーラ』という、石を取り合うゲームをすることになった。ゲーム用の木の盤も透明な石も高級なものらしく、美しかった。

 最初にバーミリオンが(横からクローブがたびたび口を挟んだが)丁寧に優しくルールを教えてくれ、実際に対戦が始まった。必死でゲームが崩れないように頑張ったけれど、リナリアは正直ゲームの戦略を練るどころではなかった。

 「バーミリオンと一緒に遊ぶ」というシチュエーションそのもので、すでにキャパシティがオーバーしかけていたのだ。

 時折リナリアの顔を見ながら石を持つバーミリオンの表情の一つ一つが新鮮で、リナリアはあらゆる神経を集中させて知恵熱が出そうだった。兄やヨナスが後ろで応援してくれている声がリナリアを冷静にさせてくれた。

 バーミリオンはゲーム中も優しく、リナリアが手を間違えてたくさん石が取られると、「一手戻そうか」と加減してくれた。だから実質何回も負けているようなものだったけれど、それでもとても嬉しかったし、楽しかった。そんな調子だから当然最終的にもバーミリオンに敵うはずがなくて、きれいに負けてしまった。

 キリが良いということでバーミリオンが帰ることになり、兄は腕組みをして「リオンは勝ち逃げかあ」と悔しそうに呟いた。


 クローブたちも一緒にみんなでバーミリオンを城門まで見送りに行くことになった。バーミリオンは別れるまで当然のようにリナリアと手を繋いでいて、馬車に乗る前には「今度は同じチームで遊ぼうね」と笑った。

 リナリアは頷いて微笑んでから、「あ」とバーミリオンの袖を握った。


「明日……ライムさまに、お誕生日おめでとうございますとお祝いをお伝えください」


 普通、貴族や王族は5歳になるまではお祝いを言ったり贈ったりする必要はないのだけれど。それでも、バーミリオンの大切な人だから、どうしても言いたかったのだ。バーミリオンはその言葉に驚いた顔をして、嬉しそうに笑った。


「うん。ありがとう。きっと伝えるよ」


 バーミリオンの乗った馬車が見えなくなるまで見送って、リナリアは手を合わせて女神に感謝の祈りを捧げた。

 誰にともなく感謝したい気分になるくらい、去年とは違った意味でとても幸せな誕生日だった。

バーミリオンはゲームのコツを掴むのが早く、戦略を組み立てるのが得意なので、初見のゲームでも大体強いです。(運要素が強いものを除く)

グラジオはすぐムキになってしまうので、心理戦に負けがち。

ヨナスは勉強はできないけど、ボードゲームやカードゲームならそこそこ強いと思います。

ディートリヒは慎重派、クローブはギャンブル派、ラビィは普通。

ヘレナはルールがわかったらおりこうさんという感じで遊んでいました。

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