パーティーと貴族たち
「まあ……なんてきれいなブローチ」
感嘆のため息を漏らして、リナリアはブローチを手に取り、明かりにかざした。バーミリオンの瞳と同じ色の赤い宝石がきらりきらりと光を反射する。
グラジオが隣から覗き込んで「わあ」と目を丸くした。
「随分立派なブローチだなー。でもルビーって珍しいな。誕生石でもないのに」
バーミリオンがにこりと笑う。
「リナはルビーが好きなんだろう?」
「はい! わたくしはルビーが好きです」
バーミリオンが自分の好きな宝石を知ってくれていたのが嬉しくて、満面の笑みになった。それから、ふと疑問が浮かぶ。
(あれ? わたくし、リオンさまにそのことお伝えしていたかしら)
けれど、そのようなことは些細なことで、リナリアはブローチをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとうございます。宝物です……今日のドレスにも早速付けさせてくださいませ」
バーミリオンが少しはにかんで笑った。
「リナに気に入ってもらえて、私もとても嬉しいよ」
リナリアはばあやにブローチを渡し、ドレスの胸元に付けてもらう。淡いピンク色のドレスに赤い宝石のブローチはとても映えているだろう。
両親の方をちらりと見ると、微笑ましそうにその様子を見ていた。それから父が玉座から立ち上がり、カツカツと廊下に出て行った。サイラスと合流するのかも知れない。
母も降りてきて、ヘレナと手を繋ぐ。グラジオはそわそわとバーミリオンとリナリアの様子を見ていた。多分、バーミリオンと二人で行きたいのだろうなと思ったけれど、当のバーミリオンを見るとすぐに目が合って、どうやらリナリアのことだけを見つめていたらしい。なんだか自分だけよそ見していたようで、少し恥ずかしい。
「リナ、会場までエスコートさせてもらっても?」
「はっ、はい! よろしくお願いいたします」
兄には申し訳ないけれど、バーミリオンにエスコートを申し込まれて断れるはずがない。リナリアが差し出された手をとるとグラジオは口を尖らせ、しかしバーミリオンの隣に並んで歩いた。
「サハーラの二人は先に会場に行ってるって。今日はあいさつが一通り済んだら、ダンス?」
サハーラと聞いて、バーミリオンの眉間が少し寄る。
「クローブ皇子がまた来ているのか。ヘレナもいるのに、大丈夫なのか?」
「あー、昨日一緒に遊んだけど、去年よりだいぶ大人しくなってた。なんか例の鷹騒動の後、かなり厳しく怒られたみたいで……。今回は俺も最初から最後まで見張ってられるから、まあ大丈夫だろ」
「リナ、クローブ皇子と話すときは私の隣にいるんだよ。ちゃんと守るから」
なんだかいつにも増して、バーミリオンが過保護な気がする。昨日の夢のせいだろうか。真っ直ぐな視線が恥ずかしくて、リナリアは少しまばたき多く頷いた。
パーティーの会場に近づくと、入り口の前に見慣れた顔を見かけた。
「あ、リナリアさま!」
ヨナスが満面の笑みで手を挙げかけて、隣に第一王子や外国の王子がいることに気がついて慌ててビシッと背筋を伸ばした。隣にはドレス姿のエリーゼもいて、リナリアの方へ優雅に一礼した。鈴蘭のような髪飾りがよく似合っている。
「リナリアさま。改めまして、お誕生日おめでとうございます」
「リナリアさま、お誕生日おめでとうございます。今日はお招きいただいてとても嬉しいです。体調もご回復なさったとのこと、良かったです」
リナリアは二人にスカートをつまんで礼をする。
「ありがとう、ヨナス、エリーゼ。バーミリオンさま、お兄さま、こちらはわたくしの検閲官見習いの同期、ヨナスとエリーゼですわ」
バーミリオンがよそゆきの笑顔で胸に手を当てて礼をした。グラジオも軽く礼をする。
「はじめまして。アルカディール王国王子、バーミリオン・マーリク・アルカディールと申します」
「いつもリナが世話になってるな! 普段そっちの学舎に行けてないから、こういう機会にあいさつできてよかったー。ヨナスの話はよく聞いてる! 話が楽しいって? こっちのやること済んだら後でまたディル……俺の友達も交えて話そうぜ」
ヨナスは満面の笑みでグラジオに一礼する
「光栄です、グラジオ王子殿下! ご期待に添えるかはわかりませんが、検閲官見習いのムードメーカー担当であるこのヨナス・ダリアード、お供させていただきます」
堂々といつも通りのヨナスにクスッと笑ってしまう。今日は心の準備もしてきたのだろうか。
「もう、ヨナスはわたくしのお友達ですよ、お兄さま。でも、そうですね、先にごあいさつなどをしておかないと……また後でお話ししましょうね、ヨナス、エリーゼ。そういえばフリッツは……」
二人は顔を見合わせた。ヨナスが腕を組んで首を傾げる。
「いやー……あいつは見かけてません。そういえばバドルも見てないな。演奏の準備でもしてるんじゃないですかね」
「うふふ、フリッツ、実はリナリアさまがいらっしゃらないときも、結構そわそわしてたんですよ。パーティーで演奏するのを楽しみにしていたのもあると思いますけど、リナリアさまのことも心配していたと思います。素直じゃないですよね」
昨日の朝、フリッツが学舎の前で待っていたのを思い出した。
「ふふ。今日はフリッツにとって勝負の日ですからね」
「勝負って?」
兄が不思議そうな顔をして会話に入ってきた。エリーゼは少し緊張した顔でヨナスに一歩寄った。家格はエリーゼの方が上なのだが、精神的な意味でヨナスを盾にしたい気持ちはリナリアにもわかった。
「フリッツという方もわたくしの同期なのですが、今日のバイオリンの演奏が良かったらお兄さまのお誕生日パーティーにも推薦しようと思っているんです」
「えっ!? それ俺聞いてないんだけど!?」
「推薦する先はお父さまですもの」
「いや、俺の誕生日の主役は俺だろ!? まあ良いけどさ、でも審査員になるからな? 俺だって音楽の勉強はちょっとくらい……」
そこへ、「あっ!!」という大きな声がする。声のした方を向くと、クローブがお菓子を頬張りながらグラジオを指差していた。周囲の貴族からの注目を浴びても全く気にした様子はなくこちらに近づいてくる。
「グラジオ、まだこんなところにいたのかよー。早く早く、サハーラにはない食べ物で美味しいやつあったんだけど、名前がわかんないから教えてくれよー」
「こら、こっちも仕事があるんだよ。もうちょっと大人しく待ってろ」
「ええー!? もういっぱい待ったのに……あ」
クローブがバーミリオンも指差した。バーミリオンの表情をちらと見ると、先ほどヨナスたちにあいさつした時よりも貼り付けたようなよそゆきの笑顔をしている。
「アルカディールの王子、またリナリアと手繋いでる!」
「ごきげんよう、クローブ皇子。ファーストダンスのパートナーだから、エスコートするのは当然だよ」
ヨナスが「おお」と声を漏らしてうんうん頷いた。
「いや、お似合いのお二人ですね! リナリアさまが嬉しそうに内緒になさっていたのもわかるなあ!」
「よ、ヨナス!」
慌てて唇の前に人差し指を立てるけれども、時すでに遅し。バーミリオンはちょっと驚いた顔をしてから、目を細めてにまっと笑った。
「ふうん? そうなんだ。友達にもわかるくらい嬉しそうにしていたのか」
「そっ、それは……そうですよ……」
エリーゼもその様子を見て頬に手をあてて「あらぁ」とにこやかになる。バーミリオンがヨナスの方をにこやかに見た。
「ヨナス殿、私も魔法大国の王子として検閲官見習いに興味があるので。また後ほどお話を聞かせてください。じゃあ、リナ、そろそろ中に行こう」
「はい、お任せください! 秘匿事項以外ならなんでもお話しいたしますよ」
本当に全部話してしまいそうなので、後でヨナスにはリナリア用の秘匿事項も伝えておこうと思った。
(でも、ヨナスもエリーゼも楽しそうで良かった。特にヨナスは思った通り溶け込むのが早くてとても助かります。今後も社交の方でも色々教えてもらわなくちゃ)
〈水を得た魚のようにイキイキしとるな。口には出さんでも『情報の宝庫に来た!』と顔に書いてあるわ〉
まだ少し不満げなクローブを兄に任せて中に入ると、リナリアやグラジオの姿を見つけた貴族たちのご挨拶合戦が始まる。バーミリオンはリナリアの支障が無いように気を遣ってか手を離したけれど傍らでにこやかに待機してくれていた。
「リナリアさま」
久しぶりに聞く声に顔を上げると、ディートリヒとグラッセン子爵がいた。ディートリヒはこの間見かけた時より背が伸びたようだ。
「お誕生日おめでとうございます。今年は誕生日プレゼントに、下がソリになっている本格的な雪馬車と馬を用意しました。雪馬車がまたリナリアさまにとって悪いものになるかもしれないと思って迷ったんですけど、やっぱりちゃんとした馬車も差し上げたかったので……」
もじもじと話すディートリヒにリナリアは微笑んだ。
「まあ、ありがとうございます。ディートリヒさま。以前いただいた冬の絵画にも描かれていたものですよね。どんなものか気になっていたんです」
「あっ、雪馬車!! ラビィも見たーい!!」
後ろから来たラビィがリナリアの腕にしがみつく。ディートリヒがビクッとして深々と頭を下げた。
「あ……サハーラ皇女さま。ごきげんよう」
息子の挨拶を聞いて子爵も慌てて一緒に頭を下げた。
「お目にかかり光栄です、皇女殿下。砂漠国の皇女さまには珍しいでしょう。リナリアさまの許可がいただけたら、後ほどご案内いたします」
「もちろんです。後で一緒に見にいきましょう」
「やった。ありがとうございます! 兄さまも喜ぶと……あれ、そういえば兄さまは?」
そんな会話をしているうちに、またリナリアの周りには人垣ができる。今日は主役であるから、子爵家・男爵家よりも公爵家・侯爵家等の高位の貴族が多い印象だ。今日もグリフィン男爵は見当たらない。
挨拶の合間に視線を彷徨わせていたら、バーミリオンが耳元に顔を近づけてきた。
「誰か探しているの?」
「あ、いいえ。そういうわけでは……どんな人がいるのかなと思って……」
バーミリオンは少しほっとしたような表情になった。
「そう。リナは友人が多いんだなと思っていたから……私が隣にいても大丈夫かと。ごめんね、ダンスの相手だからってずっとリナを独り占めしてしまっている」
「い、いいえ! リナは、リオンさまが一緒にいてくださるなら、とっても嬉しいです、あの……」
手招きして顔を傾けてもらう。リナリアは少し背伸びして両手で口を覆い、内緒話をした。
「リナはいつでもリオンさまが一番ですもの」
バーミリオンが顔を離して微笑んだとき、会場に音楽隊のチューニングの音が響き始めた。
いよいよダンスの時間が始まるのだ。