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誕生日の前日(1)

 誕生日の前日になっても、ウルの意識は戻らなかった。

 午後にはサハーラから来る二人を迎えねばならなかったので、午前のうちにティナとヨナスと一緒に見舞いに行くことにしていた。クロノも今日は姿を見せた状態で同行してもらっている。

 倒れた日からずっと検閲官の授業はお休みしており、ティナとヨナスに会うのもあの日以来だ。朝に待ち合わせ場所である学舎に行くと、ティナが泣きそうな顔をして駆け寄ってきた。


「リナリア様ぁ……」


 ティナが両手でリナリアの左手を取ってぎゅうっと握る。リナリアは背伸びをして、右手でティナをよしよしと撫でた。

「ティナ、ごめんなさい。いっぱい心配をかけてしまいました。ウルも……きっともうすぐ目を覚ましてくれますよ」

 自分でもそう思いたくて、そうティナを慰めた。後ろから来たヨナスは微笑んでいたけれど、いつもよりもおとなしい。手には野の花を集めた素朴な花束を持っている。

「リナリア様、お元気になられたようで何よりです。明日のパーティーも参加なさるそうですね。僕、新しい礼服用意してもらったんですよー」

「はい、ダンスも踊れますよ。わたくしは、本当にすっかり元気なのでもう大丈夫です」

 むん、と兄の真似をして力こぶを作るようなポーズをしてみると、ティナとヨナスが笑った。

「そうしてもらわねば困りますよ。何のために寝る間も惜しんでバイオリンを弾いていたと思っているんです」

 学舎の入り口の方から声がするのでそちらを見ると、入り口付近の壁にフリッツがもたれてこちらを見ていた。ティナがむっと眉をつりあげる。

「フリッツぅ! まさか、それを言うためだけにそこにいたの!?」

「うるさいぞ平民。明日、主役が倒れてワタシの演奏時間が無くなると計画が狂うのでね。一言念押しと、お顔を拝見しに来たんです。王女様は授業をお休みしてらしたので」

 フリッツは両手を広げて肩をすくめてみせ、後ろ足で壁を蹴って学院寮の方へ歩き出した。

「思ったより顔色が良くて拍子抜けでした。約束は守ってもらいますからね」

「もちろんです。楽しみにしていますね、フリッツ」

 リナリアは微笑んでその後姿に手を振った。ティナはむうと片頬を膨らませる。

「もー! 相変わらずリナリア様はお優しすぎます。あいつめちゃくちゃ調子乗ってるじゃないですか!! 約束とか計画って何ですか!!」

「フリッツがわたくしのお誕生日パーティーで素晴らしい演奏をしてくださったら、お兄さまのお誕生日にもソロ演奏をお願いするという約束です。計画はわかりませんけれど……聖誕祭の演奏がとてもすばらしかったので、楽しみですよ。そういえば、ティナは明日いらっしゃるのですか?」

 聞いてみると、ティナは大きく頷いた。

「はい! 明日もこの前とおんなじで外の担当ですけど……ウルも、リナリア様のお誕生日、行きたかっただろうな……」

 しょんぼりするティナにヨナスが後ろからこっそり近づき、脇に手を伸ばした。

「……隙あり!」

「きゃっ! ひゃはははは! ちょ、ヨナス!」

「わはは……って痛い痛い痛い! 強い! べしべし叩かないでー」

「もうー! こんなときにふざけて! ばか!」

 振り返ったティナがヨナスを強めに攻撃するので、リナリアはティナの服の端をひっぱって何とか止めた。ヨナスは叩かれたところをさすりながら、へらりと笑った。

「いや、違うんだって。これからウルのところに行くのに、あんまり浮かない顔してるのもさ! ね! ティナはしんみりしてるより明るい方がいいよ」

「……そうかなあ」

 下を向くティナに、リナリアも微笑んだ。

「そうですよ。ティナが元気な声を掛けてあげた方が、ウルにも届くかもしれません。さ、行きましょう」

「……はい!」

 ティナがリナリアと手をつないで学舎に入る。最近はヨナスにエスコートしてもらうことが多かったけれど、ヨナスも何も言わなかった。

 厳重な警戒は解かれたけれど、ウルが寝かされている部屋は変わらず、学舎の最上階だ。見張りの衛兵はいなくなっていた。ヨナスがノックする。

「失礼します。ウルの同期です。お見舞いに来ました。リナリア様もいらっしゃいます」

 扉を開けたのは、意外なことにマチルダ神官だった。初対面の女性神官に、ティナとヨナスが固まる。リナリアはちょこんとお辞儀をした。

「マチルダ神官、お久しぶりです」

「リナリア様、ごきげんよう。ウルさんのお見舞いにいらしたのですね。検閲官見習いのお二方、はじめまして。神殿の神官をつとめております、マチルダと申します。さあ、中へどうぞ。アーキル先生もいらっしゃいますよ」

 中へ案内されると、アーキルがウルの傍らに座っていた。三人の方をちらと見る。

「よく来たね。リナリア君、体の調子が良いのなら少し話を聞きたいのだが……」

「あら、アーキル先生。まずは皆さんウルさんのお顔を見ませんと」

 マチルダ神官が人差し指を立てる。アーキルは「む」と唇を引き結んで立ち上がった。

「……それは、確かに。ヨナス君、その花はウル君にかね」

「あ、はい。ティナと丁寧に摘んできたんです。ウル、花と話せるから……近くに活けておいたら、花もウルに話しかけてくれるんじゃないかなと思って。ね、ティナ」

「うん……」

 ティナは倒れているウルを見てショックを受けているようだ。リナリアの手に縋るように握る力が強くなる。リナリアはティナを引っ張ってウルの枕元に近寄った。ヨナスが持っていた花はマチルダが引き取り、花瓶を探しに外に出て行った。

「ウル、来たよー……リナリア様もヨナスもいるよ」

「おーい、ウル、寝坊だよ。明日はもうリナリア様の誕生日だぞ! 検閲の仕事に遅刻しちゃうぞー!」

 ティナは遠慮がちに、ヨナスは明るい声で呼びかけるけれど、やはり反応は無い。ティナがリナリアの手を放し、ウルの枕元に手をかけて顔を寄せる。

「……ウル、起きてよぉ。ウルがいないと、さびしいよ」

 ヨナスはティナの様子を見て悲しげな顔をした。それから壁に寄り掛かったアーキルの方を向く。

「アーキル先生、ウル、倒れてから一週間くらい経ちますけど、大丈夫なんですか。飲まず食わずで寝たままじゃ、体弱りますよね」

 アーキルが頷く。

「魔力暴走で気を失うケースの場合、発熱さえしていなければ衰弱はゆるやかではあるが……そろそろ目を覚ましてもらわないとな。倒れてから毎朝ガリオ長官が魔力を補充していると聞いているので、現状、魔力に不足があるわけではないと思うのだが……」

 ガリオ長官と聞いて、少し嫌な予感がした。

(……ガリオ長官が偽装魔法の術者だとすると、すでに証拠を隠ぺいしている可能性もありますね。毎朝というのが気にかかります)

〈うむ。確かに胸に模様のようなあざがあれば、身の回りの世話をしている者が気がつくじゃろう。その報告が無いとすると何か細工しておる可能性があるな。ターバンもお前と話したがっておったし、聞いてみたらどうじゃ。この部屋には、盗聴魔法なども無いようじゃし。その間、われはウルの魔力を詳しく調査してみる。隠遁の魔法を使ってない分の魔力が回せるから、こないだよりは詳しく調査できるはずじゃ〉

 クロノが布団の下にあるウルの手を握ったのを横目に、リナリアはアーキルのところに駆け寄った。

「アーキル先生、ちょっと気になることがございまして……部屋の隅の方でお話してもよろしいですか」

 アーキルはヨナスたちの方をちらと見てから、「うむ」と返事をして場所を移動した。そして、隅にあった机の椅子に、リナリアを抱き上げて座らせてくれた。

「わ、ありがとうございます」

「こちらこそ。君が陛下に進言してくれたおかげで、ウル君については正式に後見代理として動いて良いということになった。ガリオ長官の方が優先されるものの、長官不在の際や本人の希望があれば私でもウル君の保護者になれるということだ。今回も私は当初、世話担当からも外されていたからね」

「え……先生がたが交代で見ているとシャロン先生から伺いましたけれど」

 アーキルはぶすっとした顔で腕を組んだ。

「……私は生まれつき魔力が無いからね。側にいてもウル君の魔力がどうなっているかわからないので、いる意味が無いとの仰せだった」

「そう、だったのですか」

 検閲官の指導員なのに魔力が無いというのは意外だったけれど、確かに座学に魔力は必要ない。

「以前君にも言っただろう。光属性と闇属性の親を持つと、魔力がない者が生まれるケースがあると。私もそのケースの一例だ。レガリアではそもそも魔法が禁止されているからね。魔力がなくとも生きやすくて良い」

「でも、サハーラも他国に比べるとさほど魔法を重視していないと聞いていましたけれども……」

 だからこそ、リナリアの婚姻話が進んだのである。アーキルは首を傾けて苦笑した。

「まあそうだとも。しかし、私の一族は代々魔法使いの家系でね。少々特殊だったのだ。ま、幼少期から魔導書や論文に触れる環境にあったことだけは感謝している」

 魔法使いの一族で魔力が無いというのは、きっとかなり苦労があったのだろうということはリナリアにも察せられた。なんと返事したものかと思っていたら、アーキルがパタパタと手を振った。

「いや、私のことはどうでも良いのだよ。それで、話とはなんだね。ウル君が暴走した時の状況や、植物に囲われた時のことについてなら、ぜひ私も聞きたいのだが……」

「は、はい。シャロン先生もおっしゃっていましたが、あの時、ウルはわたくしのお母さま……王妃から身を隠したかったのだと、思います。周辺や土の中の植物が、ツルや茎を伸ばしてウルとわたくしの周囲に繭のようなものを作りました。ウルの身体の一部に巻きついていましたけれど、わたくしは全然攻撃されませんでしたし、ウルの方も絞めつけられている感じはありませんでした。

 それと……ウルから、闇属性の魔力の気配が、して」

 最後は少し声をひそめた。アーキルは眉根を寄せ、顎に手を添えた。

「……暴走のあり方はシャロンの見解に同意するが。闇属性の気配とはどういうことだね。誰もそのようなことは言っていなかった……光属性は特別にせよ、普通は他属性でも魔法の気配そのものは感じるはずだ。ガリオ長官もサイラスも気がつかないなどということは無いと思いたい。つまり、私は君の探知の精度を疑わざるを得ないのだが、何か確証が?」

 やはりアーキルは厳しい。そして学者だ。父のように「リナリアを信じる」と言ってくれることは期待してはいけないのだ。リナリアは緊張しながら、真剣な顔をしてアーキルを見上げた。


「以前、ウルの胸元に模様のようなものがあるのを見ました。人の体に紋が刻まれるような魔法はありませんか?」


 アーキルが顔を離して顔をしかめる。それから何も言わずにツカツカとウルのベッドに近寄って行った。慌ててクロノに頭の中で話しかける。


(あっ、クロノ! アーキル先生がそちらへ。ウルの体を見に行くのかもしれません)

〈おうおう、こっちも収穫ありじゃぞ。ウルの身体に残る土属性魔力を丁寧に解析しておったら、変身魔法もどきを発見した。ソティスの耳と同じで身体の一部を偽装して見せるやつじゃ。おそらく胸元の模様をピンポイントで隠したのじゃろう。腹黒ジジイは偽装が大好きなようじゃな。堂々と魔法をかけておるわけじゃが、初日からジジイが魔力を注いでおることになっておるから、ジジイの魔力残滓が残っておっても誰も不思議には思わんということか。もう解除しておいた〉


 ウルのベッドの傍に戻ったアーキルは、ティナとヨナスを少し離して布団をめくり、ウルの服をたくし上げた。リナリアも椅子から降りて後を追いかける。


 ウルの胸の真ん中辺りの位置に、それはあった。円の中心に星のような模様と外円の弧の上に小さな円がいくつか、それから古代文字が描かれ、ミミズ腫れのように痛々しく浮き上がっていた。

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