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初めての反抗

 リナリアの宣言に、母は困惑の表情を浮かべた。ここまでまっすぐ逆らわれることは想定していなかったのだろう。

「リナリア……聞き分けをよくしないといけないわ。本来ならウルに限らず平民の子と一緒にいるのも良くないことなの。あなたが特殊な環境にあるから、年齢の近い子や優秀な子と親しくすることを推奨されていただけなのよ。あまりわがままを言うと、ティナともお付き合いできなくなりますよ」

 ティナも人質にするような発言に、リナリアは悲しくなった。きっと自分が小さな少女ならティナとウルを天秤にかけて悩んだだろう。そして、後からその罪悪感と、何もできない無力感でまた苦しむのだ。

 じ、と母の瞳を見つめ返す。

「身分に関係なく実力のある者を取り立てるのがレガリアの良いところのはずです。ウルもティナも検閲官の見習いとして申し分ない人です。レガリア王女のわたくしが、彼らを大事にすることはむしろ良いことではないでしょうか」


 母が目を丸くし、助けを求めるようにばあやを振り返る。ばあやは苦笑して頭を下げた。

「姫さまはたくさんお勉強なさっておいでですね、王妃様」

「……た、確かに、理想としてはそうかもしれないけれど……お母様はあなたのためを思って言っているのよ。あなたが危ない目に遭う可能性があるのに、わざわざあの子と交流を続ける必要はないでしょう」

 リナリアは首を振った。

「ウルはわたくしにとって大切なお友達です。検閲官になる前に偶然知り合って、一緒にお勉強してもらっていました。どうしてかウルにはたくさんつらいことが降りかかりますけれど、折れずに立ち上がって、それでいていつも優しくて、人一倍努力していて、友達思いで……とても良いお友達なのです。

 お母さまが魔力の暴走のことをおっしゃっているのなら、わたくしこそいつも暴走させています。魔力のある人間は感情がひどく揺さぶられると誰しも魔力を暴走させる可能性があるのです、お母さま。ウルが危険だと言うのなら、他の誰だって同じです。お母さまだって、お父さまだって……潜在的な魔力がある限りは同じなのです」

 母は愕然としてリナリアを見る。それから、がしっとリナリアの両腕を掴み、軽く揺さぶりながら「リナリア!」と悲痛な声を上げた。


「リナリア、あなた、あなたは、誰にそんなことを教えられたの。魔法の勉強をさせたからなの? 将来アルカディールに行くのならば必要なことだと思っていたけれど、私は間違っていたのかしら。ねえ、リナリア、誰かにあの子と仲良くするように吹き込まれたのではないの!?」


 リナリアは唇を噛み、首を振る。

「全部、わたくしが自分で考えたことです。お母さまはどうして、わたくしがウルと仲良くするのは誰かの影響だと思われるのですか」

 母がハッとした顔をして動きを止める。明るい緑色の瞳が揺れた。

「それは……」

 ウルが抱えた事情について、本来幼い娘に告げるような内容ではないのはリナリアも理解できる。だから、自分から核心に切り込んでみることにした。


「お母さま。お母さまは――ウルの事情について、ご存じなのではないですか。だから、あの日はウルを見るために抜き打ちで庭園にいらしたのではないのですか」


 母が眉根を寄せ、顔を歪める。

「……言ったでしょう。娘の様子を見に行っただけよ。お友達がたくさん来るなら、顔が見たいと思うのは母として当然です」

 リナリアは首を振る。

「お母さまは王妃様です。優しいお母さまですけれど、子どものためとはいっても王族としての慣例をいきなり破るような王妃様ではありません。わたくしの尊敬するお母さまは……たとえ相手が子供だからと言って、礼を忘れるような王妃様ではないと思います」

 じっと母を見つめる。母の手が震え、リナリアの腕から離れた。

「今回わたくしにも何もおっしゃらずにいらっしゃったのは、事前に知らせてウルが欠席したり席を外したりするのを避けるためだったのではないですか。そうまでして、ウルの顔が見たかったのではないですか」

「どうして……リナリアが、そんな、ことを……言うの」

 母は愕然とした様子で、リナリアを見る。不気味に思われているのかもしれない。小さな子供が察するような内容ではないだろう。

 リナリアは苦笑する。

「……たくさん本を読んだので、たくさんのことを考えられるようになったんですよ。お母さまがウルとわたくしを離したいのは……ウルが、特別な子だと知っているのではないですか。たとえば……ウルのお母さま、リネさんのこととか」

「リナリア! そんなことをどこで――あの子から何を聞いたの!?」

 顔を紅潮させた母に詰め寄られても、リナリアは出来るだけ冷静でいられるように努力した。一つ深呼吸をしてまた首を振る。

「ウルから聞いたのは、お母さまのお名前、赤毛で茶色の瞳だったこと、ウルが生まれる前にレガリアの城で働いてらしたということくらいです。これは、わたくしから聞いたことです。そして……ウルは、お母さまの形見のガーネットのペンダントをいつも身に着けています」

「ガーネットの……ペンダント……」

 母が口もとに手をやって、そのまま両手で顔を覆った。「うう……」とうめく母にばあやが駆け寄って背中をさする。

「……リナリア……どうしてなの。どうしてあの子から離れてくれないの。どうしてお母さまを責めるように、そのようなことを一つ一つ口にするの」

「お母さまのことを責めようなんて思っていません。お母さまと、ちゃんとお話合いがしたいからです。お母さま……。ウルは……ウルは、もしかしたら、お父さまの――」

「やめて! やめてちょうだい。あなたがそんなことを口にしないで!!」

 母がリナリアの顔の前に、涙に濡れた手を突き出す。かなり母を追い詰めてしまっていることを実感し、罪悪感でリナリアの息が揺れた。


「聞いてください、お母さま。わたくしは、むしろウルは保護すべきなのではないかと考えています。今のままでは、いずれウルが悪い人に利用されてしまう可能性があります。ウルを危険分子として放り出すよりも、先手を打って王家で守るべきです。そのためには、まず、大事な話をしないといけません」


 母は何も言わずに立ち上がり、ベッドから離れる。リナリアもベッドから降り、一緒に落ちた布団につまずいて転びそうになりながら母を追いかけた。


「お父さまとウルにそれぞれちゃんと話を聞くのです。ウルには今度こそ検閲官の先生に同席してもらいましょう。ソティスも部族で旅をしていた関係で魔法の事情にはこの国の人よりは詳しいですから、同席してもらえばよいと思います。事実をはっきりさせて……ウルがこの先幸せに暮らすために、どうしたらいいのか考えないと」


 母が扉の前で立ち止まり、リナリアを振り返る。両目から涙を流し、苦悩に顔を歪ませる様子は、十代の女の子のようで痛々しかった。


「……どうして、私たちがあの子の幸せまで考えないといけないのですか。私の子供はあなたたち三人で、あの子は……あの子は、グラジオの地位を脅かす可能性がある、厄介な存在なのですよ。城内で派閥争いが起これば、リナリアやヘレナにだって何か悪影響が及ぶかもしれません。あの子は――」


 そのとき、母の身体が白く光り始めた。壁際で控えていたクロノが反射的に動く。


「あの子は――コリウス様が結婚しようとしていた人の子どもなのよ!!」


 そう母が叫ぶや否や、母を中心にしてまばゆい光がリナリアの部屋いっぱいに広がった。

 自分の身体から発する光に怯えて悲鳴を上げる母のところに、ばあやが目を覆いながら駆け寄ろうとする。クロノは母とリナリアの間に入って、両手を前に出していた。

「いやあああああ!! なんなのこれは!! リナリア、リナリアはこちらへ来てはだめ!! リナリアを遠くへやりなさい!! リナリアを私から離してええええ」

 リナリアはクロノの肩越しに、涙目で母に手を伸ばす。

「お母さま!! お母さま!! クロノ、お母さまとばあやは……! ごめんなさい、お母さま!! わたくしのせいで……」


〈お前も落ち着け。光属性魔法の暴走じゃが、これは……〉


 クロノが振り返って、ニッと笑った。


〈安心せい、この魔法では誰も傷つかぬ。これは、【回復】魔法じゃ〉


「かい、ふく……」


 クロノが伸ばした両手に徐々に母から漏れ出した光が集められていく。母は両手で顔を覆って泣きながらその場にうずくまっており、その上にばあやが覆いかぶさっていた。

 あふれた魔力を手早く吸い終わったクロノが、肩をぐるんぐるんと回す。


〈うーん、お前の母の魔力も質がええのう。ヘレナの固有魔法であった【睡眠】に関する魔法も強制的に眠りにいざなうという点では厄介じゃが、眠った後は「安らぎ」をもたらす効果のあるもので、悪い物ではない。お前の魔力も精霊を回復させるものだとすれば、母からの遺伝じゃったということかいの。おい、大丈夫だと教えてやれ。初めての暴走じゃし、さほど放出量も無かった〉


 クロノに背中を押されて、リナリアは慌てて母に駆け寄った。言われてみれば、ベッドからおりた時よりも身体が軽い。


「お、お母さま。お母さま! もう大丈夫です、終わりましたよ、暴走、終わりました」

「だめ、ダメよリナリア、近づいてはだめ。ばあやも早く離れなさい。何か悪いことがあるかもしれないわ、あんなに強い光……目がつぶれてしまったらどうするの!? 目を閉じなさい、今すぐ目薬を持ってきてもらって……いえ、それより先に目の検査を……!」

「違うんです、お母さま。お母さまの魔力は悪いものではないんです……! 落ち着いてください」


 リナリアは必死に母をゆすぶるが、母は初めての暴走に混乱しきっており、ぼろぼろと涙を流して完全にパニックに陥っていた。ばあやの方が先に落ち着いて、リナリアの言うことを飲み込んでくれた。

「王妃様、一度身を起こしになってください。お部屋に戻りましょう」

 それでも母はまだ泣き続けている。仕方なく外の護衛に声を掛けて母を運んでもらうか、侍医やシャロンを呼んでもらおうと扉を開けたときだった。


「きゃっ!」


 リナリアはどんっと強い力で部屋の外に押し出される。


 母はリナリアを部屋の外に出して内側から鍵をかけてしまったのだ。

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