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王族とわがまま姫

 目を開けると、見慣れた天蓋だった。

 がばっと身を起こすと、傍らに座っていたクロノがびくっと驚いた猫のように跳ねる。


「おお、起きたか。そんなに勢いよく起きられるほど、体力が残っておったのだな。今回はいつもと逆で魔力が不足していたから、貯めていた魔力をお前に送っておいたぞ。誕生日に【未来視】は出来ぬが、魔力貯蓄があってよかったな」


「あ、あの、ウルは大丈夫だったのですか!? 今日って何日ですか!? わたくし、ちゃんと……」


 ベッドから飛び降りる勢いでクロノの方を向くと、両頬をむぎゅっと挟まれる。


「ふぐ」

「落ち着け。まだ病み上がりじゃろうが。とりあえず、お前が倒れたのは二日前、お前の誕生日パーティーは五日後じゃ。お前の母やばあさんを呼ぶ前に現状を整理しておくぞ。まったく、ちょっと目を離したらこれじゃ……」

 解放されて、しゅんとなる。

「その節は申し訳ございません……わたくしがこの調子では、クロノの自由時間が作れませんよね……」

「まあ、ソティスも一緒に駆けつけたおかげで、王妃付きの使用人や騎士たちの前でわれが派手な魔法を使わずともお前たちを救助できたともいえる。ほれ、とにかく何があったのか説明しろ、ついでに夢も見たならその内容もな」

 リナリアはおとなしく頷いて、庭園であったこと、黒い夢の中でバーミリオンと話したことをクロノに共有する。

 クロノは口をとがらせて腕組みをした。


「ふむ、自属性を偽る魔法か……。われの時代にそのようなものは無かったから、近年作られたものなんじゃろうな。そして光属性魔力を送ったことで実際ウルが落ち着いたのならばウルの真の属性は闇で確定、お前の応急処置は正しかったと言える。このわれが闇属性の気配を見破れなかったというのは気に食わんが、お前の中の呪いにもしばらく気がつかんかったし、こればかりは魔力不足もあるじゃろうから仕方ない。気に食わんが」


 ぶすっと不機嫌そうに唇を突き出すクロノを見ていると、小鳥だったころを思い出し、彼女の翡翠色の髪を撫でた。

「クロノは悪くないですよ。現代の魔法に詳しいバーミリオン様が一緒に考えてくださって良かったです」

「ほーん、そっちのバーミリオンとも仲良くやっとるのか? こちらの情報をあまりペラペラと話すのは感心できんが……まあ、今回の場合は有意義な情報が得られたから良しとするか。バーミリオンの様子では、ウルがお前の父親の落としだねというのも確定なわけじゃな」

 リナリアは神妙な顔で頷いた。

「ヘレナも闇属性ですが、レガリアには闇属性が多いのでしょうか。わざわざ隠すということは、王族との関連を隠したかったから、と考えられますよね」

 クロノは軽く首をかしげる。

「そうじゃな……分国戦争の際に別れたそれぞれの王はアルカディールが光属性、レガリアが闇属性じゃった。それ以来、お前以外にわれのペンダントを手に取ったレガリアの王族はみな闇属性で、われと相性が良くなかった。闇属性を受け継ぎやすい血筋かもしれん。そしておそらく、お前の父親が闇属性、お前の母親が光属性なのじゃろう。お前、ラッキーじゃったな」

「そう、なのですね……ええ、それは本当に」

 もし自分が光属性でなかったらと思うと、怖い。

「ウルは闇属性で……お兄様はどちらの属性なのかしら。あ、それで、ウルは今どうしているのでしょう。その、王妃であるお母様の前で魔力を暴走させてしまったわけですけれど、大丈夫なのでしょうか」

 クロノが目を閉じて難しい顔をした。

「うーん、そっちについての状況はあまりよろしくはないのう。今ウルは意識が戻っておらず、学舎の一室に隔離されて目覚めるのを待っている状態だそうじゃ。お前が自分から飛び込んだとはいえ、王族に危害を加える可能性もあったわけじゃから、お前の母の証言次第ではちょっと面倒なことになりそうじゃな」

「そんな……」

 リナリアの顔が曇る。神様はウルにどれほどの試練を与えるのだろうとまで思えてしまう。あんなに真面目に神様に仕えているのに。


(ウルは、以前の人生のときは何をしていたのかしら。バーミリオン様はわたくしたちの『腹違いの兄』の存在は知っていたけれど、ウルという名前であることは知らなかった……つまり、バーミリオン様はウル本人と接触まではしていなかった……? 後見のガリオ長官が亡くなってから、検閲官として地方にいたのかしら。いえ、今考えても仕方ないわね。とにかく会いに行かなくては)


 リナリアがベッドから降りようとすると、クロノが慌てて近寄ってそれを支えた。

「これ、いつもより消耗が少ないとはいえ、二日寝込んでたんじゃから無理をするんじゃない。もう少し寝ておれ」

「でも、ウルのところへいかなくては。もし最後に魔力を注ぎすぎてしまったのなら――」

「落ち着け。それはわれとソティスがこっそり確認した。あれが目を覚まさないのは、少なくとも魔力量によるものではない。今日聞いた感じじゃと、属性を偽装している状態で魔力暴走をしたことの反動か、精神的な関係かといったところじゃろう」

 クロノにひょいと持ち上げられ、またベッドに戻される。リナリアはぷうと片頬をふくらませた。

「……パーティーまでに元気になって、リオン様と踊るって約束したんです」

「なら余計に無理をするな。適切に体力を回復しろ。しばらく魔力を放出するのも禁止じゃ。じゃ、ばあさんに声を掛けてくるから、お前の母も来るじゃろう。必要なことは直接話せよ」


 クロノはリナリアの鼻に人差し指を突き付け、部屋から出て行った。

 静かになった部屋で、枕を抱きしめる。


(黒い夢のバーミリオン様、わたくしのうぬぼれでなければ、以前より普通にお話してくれるようになった気がいたします。呪いは無くなってほしいけれど、あの方とお話が出来なくなるのも寂しいような気がしてしまう。もう少しお話出来れば、あの方の真意もわかるのかしら)


 過去の夢の中で自分の無力さに涙を流していた彼は、大切な人達が笑顔でいてほしいと言っていた今のバーミリオンと本質は変わっていないように思うのに。夢の中でグラジオやヘレナ、そしてリナリアについて語る彼は、自分たちを憎んでいるようには思えないのに。


 思索にふけっているうち時間は経っていたようで、ドアからココココンとせわしないノックの音がした。母だ、と思ったときにはもうドアが開いて、こちらに早足の足音が近づいてくる。


「リナリア! 無事なの!?」


 ベッドに飛び込むように母が駆け寄ってくる。リナリアは出来るだけいつも通りに微笑んだ。

「全然大丈夫ですよ。ちょっと眠りすぎてしまったみたいで申し訳ございません」

 母がぎゅうっとリナリアを抱きしめる。

「お母さま……」

「もう、この子は……いつも心配させて……リナリア、大事なお話があります。今お部屋の中にはばあやとクロノしかいないわ」

 母が身を離し、リナリアの目をまっすぐに見つめる。その厳しい目にはひどく見覚えがあって、リナリアは嫌な予感がした。


「……リナリア、ウルという子をお世話係から外しなさい。これは王族として必要なことです」

「お母さま!」


 少し、そんな予感はしていた。ただ、想定していたとはいえ、実際に声に出して告げられると絶望した気持ちになる。

 母は首を振った。

「あの子をあなたの近くに置いておくのは危ないと判断したの。私の騎士でも助けられなかったのよ。目を離したときに何かあったらと思うと恐ろしいわ。王族の身の安全は常に保障されるべきなのよ」

 ばあやを見ると悲しい顔をして目を閉じていた。ばあやは、もともと母の侍女だ。味方になってもらうのは難しいかもしれない。クロノは下手に口を出すと、魔法の使用を疑われてしまうかもしれない。ここは一人で立ち向かうしかなかった。

「お母さま、ウルは同期で一番優秀なんです。あんなことになったのは今回が初めてで……。そもそもあれは……お母さまがいきなりいらしたから驚いて体調を崩してしまったんですよ!」

 母を責める調子になってしまうのは気が引けたけれど、本当のことだ。母は唇を噛む。

「……それは……」

「貴族であるヨナスの様子もご覧になったでしょう? ウルは平民ですが、ガリオ長官にいつも王族への態度を厳しく厳しく言い含められているんです。お母さまのご訪問を気軽なものだと解釈してくださったティナとは別の見方をしていたんです」

「だからと言って! あの子があなたにケガをさせそうになったのは事実でしょう!?」

「違います! ウルは来ないでと言ったのを、わたくしが彼を助けたくて飛び込んだんです! 責任はわたくしにあります!」


 母がぎゅっと眉根を寄せて、苦しそうな顔でリナリアを見ていた。

 以前の人生で、父にも母にも一度として逆らったことはなかった。

 あれをしなさい、これをしなさいという勉強に対する指示はもちろんのこと、あの令嬢や令息は付き合うのに釣り合わないから、派閥のバランスを崩すからと交友関係を制限されることもあった。


(それでも王族としてそうあらねばならぬのならと……)


 そう考えかけて、呪いの暗示が頭をよぎった。「王族としてそうあるべきだから」と、本当にそれだけだったのだろうか。再び胸が疼きそうになるけれど、暗示のことはそれ以上のことは考えないようにして意識を逸らし、目の前の母に集中する。

 呪いをぶり返さないように全身に力を込めていたから、必然的に睨むようになってしまったかもしれない。母は怯んだようだった。そんな母の顔を見ると、自分も悲しい気持ちになる。


――私を見て、笑ってほしいって、思う。


 バーミリオンの言葉が思い出された。

(……そう、わたくしも同じ。お母さまとお父さまに笑ってほしかった。えらいね、と、よくやったねと認めて、笑いかけてほしかった。王族として、なんてどうだってよかった。ただ、両親の笑顔が見たかった)

 母を前にして、改めてそれを実感し瞳が潤む。

 でも、父や母の言う通りにし続けても幸せになれないことはもう知っている。だから()()()()()になろうと決めたのだ。すん、と鼻をすすってから、キッと母を見た。


「わたくしは、これからもウルとお友達でいたいです。ウルが何者であっても」


 今日リナリアはわがまま姫として初めて、母と対峙する。

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