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暴走

 近くで足音がし、ウルが弾かれたように駆け出した。

 リナリアはウルが走っていく方向を確認してから、二人より一歩前に出て母を迎える。母は、専属侍女と護衛騎士に囲まれて姿を見せた。

 ヨナスがティナに合図して、二人はリナリアの背後で跪く。

 母は扇で口元を隠し、目だけでにこりと笑った。以前の母を彷彿とさせる迫力があり、リナリアは冷や汗をかきそうになる。ダメもとで頭の中でクロノに声をかけた。


(クロノ、クロノ、おじゃまでしたらごめんなさい。想定外の事態です。お母様が来て、ウルから闇属性の反応が……えっと、こ、これが聞こえたら庭園に来てください!)


 母が優雅に扇をぱたぱたと仰ぐ。後ろの二人の顔は見えないけれど、特にヨナスは今かなり胃を痛めているのではないだろうか。リナリアはだんだん気の毒になってきた。

「ごきげんよう、皆さん。楽にしてくれていいのよ。いつも娘と仲良くしてくださってありがとう」

 リナリアはわざとムッとした顔を作って母を見る。

「お母様、いらっしゃるなら事前に予告していただかないと……お友達がびっくりしてしまいます。お母様は王妃様なのですから……」

「あら、私はちょっと娘の様子を見ただけなのに……」

 心外、と言わんばかりの表情で母は小首をかしげた。それから再びにこりと笑う。

「どうぞお立ちになって? お名前とおいくつかを聞かせていただけると嬉しいわ。うちのリナリアは幼いから、お友達としてお付き合いするには大変なこともあるでしょう?」


 ヨナスがビシッと立ち上がったのでびっくりしてそちらを見ると、ガチガチに緊張した様子で礼をする。


「だ、ダリアード家の次男、ヨナスと申します!! 今年14になります。ほほほほんんじつはゲホッ、お日柄もよく……王妃様に、おかれましてはッ!! お、お美しくッあらせらるれれ!!」

 所々声がひっくり返っているヨナスを見て、リナリアは両手で口を覆った。

(ああ、あのヨナスがこんなに緊張して……)

 ティナが呆れた顔をして、肘でヨナスの脇を突いて黙らせる。ティナはそのままニコッと笑ってぎこちなくカーテシーをした。


「はじめまして。リナリア様の担当に任命されましたティナ・ロータスと申します。今年11歳になります。私は平民ですが、本日はリナリア様のおかげで、こんなに素敵なお庭にご招待いただき、とても嬉しいです。お菓子もとっても美味しくて……ええと、あっ、王妃様に人払いもしていただいたとうかがいました。感謝いたします」


 意外にもティナの方が落ち着いたもので、リナリアとしてはホッとした。

「皆さんには、わたくしが手芸の時間に作った腕飾りをプレゼントしたんですよ。お母様もご存じですよね」

 リナリアの言葉を受けて、ティナとヨナスは袖をまくって腕飾りを見せる。母はうんうんと頷いた。

「ええ、もちろん。あなた、張り切って作っていたものね。かわいらしいけれど、材質が毛糸だし、そろそろ新しくもう少ししっかりした物を作ってもいいかもしれないわよ。さあ、お二人とも自己紹介をありがとう。ティナさんはその年頃の娘さんとしては、とてもしっかりしているのね。頼もしいわ」

 それから母はきょろきょろと辺りを見回して、改めてリナリアを見る。


「ところで……今日お招きしていた子は、もう一人いなかったかしら?」


 どきんとする。母はウルのことを気にして見にきたのだろうか。ティナとヨナスが不安げに顔を見合わせる。リナリアは一歩前に出た。

「ウルですね。彼は、先ほど急に体調を崩してしまって……風に当たってくると言っていました。そろそろ様子を見に行こうかと思っていたのです」

「まあ……そうなの。それは、心配ね」

 母がスッと目を細めた。クロノはまだ来ない。ティナがおずおずと「あのう」と言う。

「私、ウルの様子見てきましょうか。倒れてたりしたら怖いし……」

「そうですね。わたくしも行きます。ヨナスも一緒に来ていただいても良いですか?」

 ヨナスが相変わらずガチガチなので助け舟のつもりで声をかけると、ヨナスは何度も頷いた。やはり一刻も早く解放されたかったようで、気の毒ながら少し笑ってしまう。

「お母さま、ごめんなさい。また後ほど」

 母にぺこ、と頭を下げてから、ティナと手を繋いでウルが向かった方へ走った。


「ウル、こっちの方に走っていきましたよね。大丈夫かな……」

 ティナがリナリアのスピードに合わせつつ、心配そうに周囲を見回す。ヨナスがはあ、とため息をついた。

「リナリア様の前でこんなこと言うのもですけど、確かに尋常じゃないくらい緊張したので、ウルの気持ちもわかります。あいつ、特にガリオ先生にいつも厳しく指導されているから、どうしていいかわからなくなっちゃったんじゃないですかね」

「あの、お母さまが本当にすみません……」

 身内のことにしょんぼりと小さくなると、ティナは不思議そうに首を傾げる。

「えっ、でもそんなに緊張することかな。リナリア様のお母様にご挨拶するだけだったし……お友達のお家でご挨拶するよりちょっと格式張ってるくらいかなって思ってた。実際、すごくお綺麗で品がある方だなって思ったけど、フリッツみたいに威張ってるわけでもなく、リナリア様みたいにお優しそうだったよ。王妃様と他の貴族ってやっぱり違うものなの?」

 ヨナスが大袈裟に仰反った。

「し、し、信じられない!! 王妃様だよ!? フリッツなんかと比較できないって。ガリオ先生はウルだけじゃなくて、ちゃんとティナにも対貴族教育を施すべきだ!!」

「むう。確かに、ガリオ先生はウルばっかりだけど、それは実力的にしょうがないし……」

 と、ティナが目を逸らしたとき、「あ」と声をあげる。

「あの、あれって……!!」

 ティナの視線の先、フラワーアーチに手をかけ、うずくまるウルがいた、その周りに、ゆっくり植物の茎やつるが伸びてきている。リナリアとティナは思わず悲鳴を上げた。


「きゃあ、ウル!?」


 三人が近づくと、植物の成長が早まりしゅるしゅるとウルにからみつく。締め上げているような様子ではないものの、まるで、彼をリナリアたちから隠そうとしているかのようだった。

 見たことのない光景に、ティナとヨナスが真っ青になっている。おそらくリナリアも同じ顔色になっているだろう。

「ど、どうしよう。これって、魔力の暴走だよね!? ウル、緊張しすぎて暴走しちゃったの?」

「こ、こういうときって、えっと土属性との相性だと……」

「か、雷属性の私が、ウルの魔力を吸収出来ればいいんだけど、私、まだそこまでできないから……そうだ! ガリオ先生を――」

「待って!!」

 駆け出しそうになったティナを、ヨナスがほとんど反射的に呼び止めた。ティナがびくっとして振り返る。

「が、ガリオ先生より……シャロン先生がいいよ。シャロン先生は、水晶を持ってるから、それを持ってきてもらった方がいい!」

「そっか、ガリオ先生は今日いるかもわからないもんね……わかった、シャロン先生を呼んでくる!」

 ティナが頷いて、元来た道を走っていった。それと入れ違いに母たちが駆け寄ってきた。

「リナリア! 先ほどの大きな声はどうしたのです」

 母の声に反応したように、茎やつるはさらに速度を上げ、太さも増してウルを包もうとする。侍女たちが悲鳴を上げて寄り添いあい、護衛騎士は剣を抜いて母の前に立ちふさがった。

「私は良いから、リナリアを――」

 母の声が聞こえ、リナリアはウルの方に駆け寄った。騎士に捕まる前に対処しないといけない。

「リナリア様!」

 ヨナスがリナリアを止めようと手を伸ばしたが、その手を避けてリナリアはウルの体に取りついた。


(植物が伸びているのは土属性のような反応だけれど、ウルが本当に闇属性なら……光属性であるわたくしの魔力を注げば暴走は抑えられるはず。ソティスがそうしてくれたときのように)


 意識がもうろうとしているらしいウルに手を伸ばし、彼の片手に自分の指をからめた。

「ウル、ウル、しっかりしてください。落ち着いて」

「リナリア様……あ、ぶな……離れて……」

「リナリアッ!」

 母が悲鳴のような声でリナリアを呼んだ。その瞬間、ウルの周囲の植物の成長がまた早まり、リナリアごと二人を繭のように包み込む。騎士が枝を切る気配がするけれど、リナリアたちの足元からも茎が伸びはじめていて、もう収拾がつかない。

「大丈夫、大丈夫ですウル。怖くないですよ」

 リナリアは手探りで、ウルのもう片方の手を探す。もう片方の手は、彼の胸元、ペンダントに伸びていた。

「リナリア様……僕、僕は……」

「大丈夫です。今、わたくしの魔力を送りますから」

 指をからめるように両手をつなぎ、手のひらが接している部分に精神を集中させる。ひどく冷たい。心臓がばくばくとうるさいけれど、自分をなんとか落ち着かせる。


(だいじょうぶ。大丈夫よリナリア、いつもクロノに送っているように魔力を送ればいいのよ)


 そう自分に言い聞かせて、ウルに魔力を注ぎこもうとする。しかし、手のひらが接しているところで、冷たくやわらかい壁にぶつかったような感覚がした。いつもはクロノの方からも自然に吸収してくれているのを改めて理解する。今度こそ背中に冷や汗が流れた。


(大丈夫、魔力を引っ張るのよりは、送る方が簡単なはず。魔力を絡める時、とんとんと押されるような感覚があったけれど、送り込むのだから、それを押し切る……押し込む、穴を開けるようにすれば……)


 出来るだけ手のひらに集まった魔力の先端を、だんだん尖らせるイメージをする。そのまま、魔力を自分の手のひらからウルの手のひらに移動させるように集中する。物理的にもぐぐっとウルの方に体重をかける。

「リナリア、様……」


(冷たい……まるで氷……いえ、やわらかいから雪かしら。雪の壁に触っている。雪の壁に穴を開けるのだから、ええと……スコップのように、ちょっとずつ掘って……)


 具体的な想像をしたら、少し手ごたえがあった。雪を掘る「さく、さく」という音までも想像して、ゆっくりウルの手のひらの向こうへ魔力を移動させる。

 魔力が手のひらの向こうのある一点を通り過ぎたとき、ずずっと手の周辺に滞留していたリナリアの魔力が、すうっと前に流れていく感覚があった。


(よし、入れたわ。大丈夫、わたくしなら出来ます。だってわたくしは、ほとんど毎日やっているんですもの)


 集中を切らさぬようにそのまま魔力を送りこむ。ウルの手がぴくりと動いた。

「……あたた、かい」

(ウルはわたくしの魔力があたたかいのね。なら、あたたかいお湯で雪を溶かすように……)


 ウルの周囲にある雪を溶かすイメージをしながら、ゆるやかに魔力を流しこんでいく。

 氷のように冷たいウルの手のひらが、徐々にあたたまってきた。足元から伸びている茎の成長はゆるやかになり、もうすぐ止まりそうな気配がある。けれど、周囲は暗いままでリナリアとウルはまだ繭に包まれたままらしい。リナリアはだんだん不安になってきた。


(もっと注いでもいいのかしら。あまり注ぎすぎると良くないのかしら、ここで一度止めて……)


 送りこむイメージを弱めた時、ずるり、と魔力が引っ張られる気配がした。


「えっ!?」


 胸の奥が熱くなる。胸から手まですごい勢いで魔力が流れていく。頭では手を離したいと思うけれど、おびえて固まった身体が言うことを聞かない。ウルはもうぐったりとしていて、ほとんど意識がなかった。


(こわい。どうして? だ、誰か……!!)


 ぎゅっと目をつぶったとき、頭上でメリメリ、と音がした。

 震えながら見上げると、頭上に開いた穴から細い手が伸びてくる。


「大丈夫かリナリア! 引っ張るぞ!」


 クロノだった。クロノはリナリアの脇に手を入れて引っ張り出そうとする。それでも手をうまく離せなくて、ウルが一緒に引っ張られた。


「ん!? 魔力の流れが変じゃな、どういう状態じゃこれ……って、うお!」


 クロノが変な声を上げ、リナリアは更に強い力で繭の中から引っ張り出された。その拍子にウルと手が離れ、ウルの方に流出していた魔力が切れる感覚がする。


「おま、ソティス~~~われごと引っ張るなら一声かけんか!」

「声をかけるより動いた方が早かっただろ。それより、姫君をそのまま保護してくれ。自分は少年の方も引っ張り出す」


 めまいがして、貧血になったように目の前が暗くなった。胸の奥が不穏にくすぶっている。自分の名前を呼ぶクロノや母の声がだんだん遠くなって、リナリアの意識は途切れた。

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