ウルの魔力
改めて見ると、スイセンの花にはいろんな種類があった。
白と黄色のもの、黄色だけのもの、黄色とオレンジのもの。その中でもリナリアはやはり黄色のものが好きだと思った。
5歳の誕生日で着た黄色のドレス。あれももしかしたら、この時期に咲くスイセンに合わせたものだったのかもしれない。
ウルがスイセンに軽く触れ、微笑んだ。
「リナリア様の着ている服の色は良い色だと噂しています。あと、水も欲しいそうなので軽くお水もやっておきますね」
「ほ、本当ですか。それは、あ、ありがとうございます」
どきどきとする。まさか花にほめてもらえるなんて思っていなかった。これもバーミリオンへ報告しなくては、と密かに決意した。
じょうろでスイセンに水をかけるウルの後ろで、ヨナスが不思議そうに首を傾げる。
「これウルを疑ってるわけじゃなくて純粋な疑問なんだけど、花って目がないのにどうやって色を認識してるんだ?」
ウルが肩をすくめて頷いた。
「僕もヨナスを疑っているわけではない、と敢えて先に言わせていただくのですが……その点を孤児院の頃に周りの子や先生から指摘されて嘘つきだと言われたことがあります。子供の頃は知らなかったのですが、こちらに来て魔法の勉強をしてから調べました。植物は周囲の魔法素を通じて僕らで言うところの五感に近い情報も得ているようです。その程度については植物の種類や年齢にも寄るので一概には言えませんが、ほとんどの植物は人間ほど色の識別はできていないと思います。今のスイセンの場合は、自分と近い色だということで、喜んだのでしょうね」
ヨナスが腕を組んで、感嘆した。
「へえええええ。すごいな。それを調べたウルもすごいや」
「ほとんどガリオ先生に教わったので、そうすごいことでもありませんよ。植物が僕によく声をかけてくるのは、僕の魔力に興味を持って惹かれているからだそうで」
「じゃあ、ウルは植物にモテるんだ!」
ティナがふっと吹き出した。リナリアもくすっと笑うと、ウルが頬を掻く。
「それは困りましたねえ。森に行くときは注意しないと」
「土属性の魔力は同期ではウルだけだけど、やっぱり土の魔力を持つ人は好かれやすいのかなー。面白いね」
ばあやが、ガゼボでお茶の支度をしてくれている。リナリアはティナとヨナスの袖を引いた。
「そろそろお茶にしませんか? それで……わたくし、少しウルとお話があるのでお二人は先に行ってもらっても良いかしら」
二人は顔を見合わせて、笑顔で頷いた。
「はい! ちゃんとお菓子は残しておくのでご安心ください」
「やばい、王女様御用達の茶葉……ばあやさんに銘柄を聞いておかないと」
「もー! ヨナスはリサーチしすぎだよ。純粋に楽しまなくちゃ。ほらほら」
ティナがヨナスを引っ張ってガゼボへ向かう。ウルはリナリアに微笑みかけた。
「いかがしましたか? リナリア様」
「あの、今まで色々とあって、みなさんと一緒のことも多くてしっかり聞く機会がなかったので。わたくしの、闇属性魔力のこと……何か進展はありましたでしょうか」
少し声をひそめて聞くと、ウルは顔を曇らせて首を振った。
「……すみません。あのとき借りた本は一通り読んだのですが、そのような症状や対処について目ぼしい情報は書かれていませんでした。魔力のやりとりをした際に、相手の属性が一部残留することはあるのですが、普通は数日、長くても1ヶ月程度で消えるそうです。あとはアーキル先生がおっしゃっていた、悪意あるいは過度の執着心を持った人と魔力のやりとりをした場合に当てはまるかと言ったところですが……アーキル先生に相談するならば、僕も必要でしたらもちろんお付き添いいたします」
「そうですか……。いえ、ひとまずは大丈夫です。アーキル先生とお話しすると、呪……闇の魔力がうずくかもしれないので……もう少し様子を見ます。負担をかけてしまって申し訳ありません」
ふう、と息を吐いた。アーキルに相談するにはまだ時期が早いような気がする。
魂に絡む呪いは、精霊界に行ったら解けるのだろうか。
考え始めると術者について思い出してしまうかもしれないので、意識的に赤い髪の神官を頭から追い出す。そのままちょっとの間黙っていたが、ウルが心配そうにこちらを見ているのに気がついた。こちらを見つめる彼の青い瞳が気になってしまう。
「……ご心配もおかけしてしまっていますよね。最近はかなりマシになってきたんですよ。もしかしたら訓練で魔力が増えて、闇の魔力を溶かしたりとか……できるかもですし。訓練を頑張って暴走させないように頑張ろうと思います」
ふん、と両手を握って気合を入れたポーズを作る。
「ご無理のないよう。何かありましたら、またいつでもおっしゃってください。僕ももう少し操作と探知ができるようになったら、リナリア様の中の魔力を探知できるようになるかもしれませんし、こちらも訓練を頑張ろうと思います」
「ありがとうございます、ウル。では、二人に合流しましょうか。お引き止めしてしまいましたが、ウルにもおいしいお菓子を食べていただかないと」
ウルの袖を引っ張って、ガゼボに向かった。
ティナとヨナスはお茶を飲みながら、小さなケーキを小皿にのせた状態で待っていた。
「あら、ティナ。お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ! 実はさっき……」
「ティナはさっき小さいケーキをすでに一つ食べたんですけど、美味しすぎてこのままじゃ全部食べちゃいそうだからって言って、一個だけおかわり確保して待ってたんです。僕はまだ食べてません」
「ちょっとヨナスったら! 詳しく言い過ぎ!!」
ティナが顔を赤くして、自分の頬を両手で包んだ。それが可愛らしくて、リナリアはティナの隣に座ってにっこり笑う。
「待っていただいてありがとうございます、ティナ。わたくしもいただくので、どうぞ召し上がってくださいな」
「リナリア様、ありがとうございます……! はあ、幸せ……クッキーとか、弟たちにも食べさせてあげたいなあ」
去年の誕生日パーティーでのディートリヒを思い出し、リナリアは自然と微笑んだ。下の兄弟にもおいしいものを食べさせてあげたいと思う心が美しい。
「今度お家にお帰りになるときに教えていただければ、クッキーと紅茶をおみやげに包ませますよ?」
「えっ! 良いんですか!? もしできることならお願いしたいです……!」
目を輝かせるティナに、ヨナスとウルが複雑そうな顔をする。
「うーん、本来はあんまりよくないことだと思うんだけど……」
「そうですね……少なくとも、ガリオ先生に知られたら、かなり怒られるかと思います」
「えっ、よくないことなの!?」
ティナが狼狽する。リナリアは少し寂しい気持ちになって、首を振った。
「良いのです! これは、わたくしがおともだちにお菓子を差し上げたいというわがままですから。ティナにも、ヨナスにも、ウルにも差し上げます。わたくしのわがままにお付き合いいただいているだけなので、全然悪くありませんのよ」
「リナリア様……ありがとうございます」
ティナが両手を合わせる。ヨナスは目を丸くした。
「えっ、どさくさに紛れて僕らもいただけるんですか?」
「はい。わたくし、お友達に何か差し上げる機会が今までほとんどなくて。ヨナスは紅茶が気になるのでしたよね? お菓子や紅茶で申し訳ないくらいなのですけれど、喜んでいただけるならとても嬉しいです」
ヨナスが立ち上がって、貴族式の礼をする。
「ありがたき幸せ。家宝にしたいところですが、お菓子は食べないと悪くなっちゃうのでちゃんといただきます。僕の友達と食べても良いですか?」
「もちろんです」
「やったあ」
ヨナスは無邪気に手を挙げて喜びを表現したあとで席についた。おそらく、彼はわざとそうしてくれたのだろうと察することができた。
それからしばらく雑談をしながらお茶の時間を楽しんでいたが、庭園の入り口の方からリンリンリンと忙しない呼び出しベルの音がした。ばあやが小走りで音のした方へ向かう。
「あのベルの鳴らし方は、お母様?」
リナリアがつぶやくと、ウルがびくっとして持っていたフォークを落とした。ヨナスは「えっ!?」と言って立ち上がる。ティナはきょとんとしてから、不安げに眉を寄せる。
「ま、まさか王妃様がいらっしゃるんですか!? ど、どうしよ、作法……王様や王妃様への作法ってなんか特別なやつだったっけな……よ、予習してなかった。油断した」
「リナリア様のお母様……ごあいさつしないとですよね! えっと、お辞儀では足りないのかしら。貢物……とか持ってないんですけど、大丈夫なのかな……」
「あれだよ、跪いておけば間違いないよ、多分!!」
動揺が走る三人を見て、リナリアは安心させようと微笑みかける。
「大丈夫ですよ、テストをしに来るわけではないのですから。以前からわたくしが仲良くしていただいている皆さんについて、ご関心を持ってくださっていて……今日は人払いをしてくださったので、一言ご挨拶と、お顔が見たいだけではないかと」
三人にはそう言いながら、リナリア自身も不安が拭いきれなかった。今日はクロノもいないのに、予定外のことがあると少し心細い。
(いきなり来られたら、皆さん焦りますよね。わたくしも外国で王妃様がいらっしゃったら慌てますもの。お母様も、事前におっしゃってくだされば良いのに。特にウルは……)
ウルに視線を向けると、彼は俯いて服越しに胸のペンダントを握っているようだった。
「ウル、大丈夫ですか?」
ウルがハッとしてリナリアを見る。その目からは怯えているような、戸惑っているような……とにかくとても心細そうな感情が感じられた。
「……ウル、ご気分がよくないのですね?」
リナリアの声に、ティナとヨナスも異変に気がついた。小声でウルに話しかける。
「ウル、どうしたの? 気持ち悪いの?」
「もしかして緊張しすぎ? 大丈夫だよ、作法を間違えても、きっとリナリア様がなんとかしてくださるから」
ウルは何か言おうとして、口を閉じた。だんだん呼吸が荒くなってきて、息をするのに一生懸命という感じで、明らかに体調が悪そうだった。過呼吸になりかけているのかもしれない。
(……この反応、やはり、ウルは自分のお父様がわたくしのお父様かもしれないと知っているのでしょう。だから、わたくしのお母様に会うのが怖いのね)
そこに先触れの声がする。
「ロゼリア王妃様がいらっしゃいます!」
リナリアはウルの手に手を伸ばした。
「ウル、奥に行っていただいて大丈夫ですよ。お母様には、わたくしからご説明いたしますから」
リナリアの手がウルの手に届いたとき、彼の手は氷を触った時のように冷たかった。肌が吸いつくような冷たさに、既視感を覚える。
聖誕祭の準備中、ウルが虐められていたのを助けたときに、彼の背中が冷たかったことを思い出した。あのときはウルが濡れていたからだと思ったけれど、その上にはソティスのマントをかぶせられていて……騎士のマント越しにあんなに冷たく感じるものだろうか。
むしろこの冷たさは――。
(……まさか、そんな、ウルは土属性のはずで……だって先生方も……お花とお話も……でも、これは……)
それは確かに、リナリアの知る「闇」の魔力の気配だったのだ。