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庭園にて

 庭園に三人を招待する日は、とてもきれいに晴れた。


「昨日、ベッドの上で一生懸命お祈りした甲斐があったかもしれません」

 窓から差し込むあたたかい日差しを見て手を合わせると、クロノは不思議そうにそれを見ていた。

「天気なあ……気まぐれな自然現象に祈るようなもんでもないと思うが、人間というのは面白いもんじゃ」

「もしかして、アーキル先生がおっしゃってたみたいに天候も神霊様が担当しているのですか?」

 まじまじとクロノを見つめると、クロノは肩をすくめた。

「まあな、ただ、われが時間のすべてを操れるわけではないように、自然現象に少し介入できるという程度のことじゃが」

「神霊様の魔法というのは本当に壮大なんですね……」

 クロックノックがここにいるのは世界にとって結構大変なことなのではないだろうかと思ってしまった。クロックノックは、きっとリナリアのそんな心の呟きもお見通しなのだろうが、それについては何も言わずにリナリアの手を引いてベッドから降ろす。

「ほれ、われも朝の支度をしたらソティスのところに行く予定じゃ。早う用意をしろ。そろそろばあさんも来る頃じゃぞ」



 今日のドレスは黄色のワンピースにした。スイセンの色だ。今日は久しぶりにばあやと手をつないで歩いている。ばあやの手はクロノに比べるとしわがあるけど、あたたかくて、なつかしくて、気持ちがいい。

「ねえ、ばあや。レガリアの庭園にもスイセンはあるわよね」

 ばあやは力強く頷いた。

「もちろんでございます。今の時期はクロッカスも咲いてございますね。春のはじめの花ですから」

「うふふ、楽しみ。今度リオン様とも庭園に行きたいわ」

 声に出してから、バーミリオンと一緒にしたいことを普通に言えるようになっている自分に少し驚いた。以前なら、恐れ多くて言うのにもためらってしまったのに。

(この一年でわたくしの考え方もだいぶ変わったのかしら。クロックノック様とリオン様はもちろん、ウルやティナ……新しいお友達のおかげかもしれないわ)


 待ち合わせは図書館の前だった。

 図書館が見えた頃にはもう三人とも集まっていて、リナリアの姿を見ると三人は丁寧に頭を下げた。先日のヘレナの誕生日以来、ティナは二人に宮中のマナーを色々と習っているらしい。「もうフリッツにフォローされるのはいやですからねっ!」と言っていた。

 ウルは、子供用の小さなじょうろを手に提げていた。ティナとヨナスに改めてばあやの紹介をしたところで、ウルがばあやにペコリと頭を下げる。

「エンデ夫人、先日の聖誕祭の準備中は大変ご迷惑をおかけいたしました。お礼を申し上げる余裕がなく、今になってのご挨拶で申し訳ありません」

「あらあら、構いませんよ。私は姫さまのばあやでございますから、姫さまのお友達の皆様も同じように思っていただければ。その後、お風邪などは引いていませんか?」

「はい。ありがとうございます。おかげさまで……」

 ウルの表情が柔らかい。リナリアにとっても自慢のばあやなので、ウルがばあやに心を開いているようなのは嬉しかった。そのまま二人の様子を見守っていると、ばあやと話を終えたウルがリナリアに向き合い、持っていたじょうろを軽く掲げた。

「リナリア様、もしよろしければじょうろを持ち歩いてもよろしいでしょうか」

「じょうろですか? もちろん構いませんが」

「今日みたいにお天気の良い日は、水を注文されるときがありますから。手入れの行き届いた庭園でしょうから、よほど大丈夫だとは思いますが」

 ティナがうずうずした様子で体を揺らす。

「楽しみ、楽しみ、とっても楽しみ! 庭園も、お花の通訳してもらうのも!」

「ティナ、その様子じゃ昨日楽しみすぎて寝れなかったんじゃないのぉ? 眠くなった子供みたいに変にハイテンションにならないでよ?」

「うるさいなあ! ヨナスってば、わかってるよ。弟たちじゃないんだから!」

 ティナとヨナスのやりとりにクスッと笑って、リナリアは手で城の方を示す。

「それでは参りましょうか。こちらへどうぞ」


 

 庭園は舞踏会などで使われるホールとつながっているので、学院生や使用人の多い図書館側と違って、この時期は少し静かだ。今日は人払いもしているので、特にしんと静まり返っている。ティナとヨナスから明らかに緊張している気配が伝わってきたので、リナリアは話を振ってみることにした。

「そういえば、検閲官見習いは学年のようなものは無いのでしたか。学院では、金剛石の月から生徒は新しい学年に上がりますが……」

 ヨナスがハッとしてこくりと頷く。

「そうです。二年目、と自分で申告することはありますが、見習いは全員見習いで、担当の先生も変わりません。だから僕みたいな劣等生でも落第することなく、自分のレベルに合わせた指導をしてもらえるので安心なわけです!」

「ヨナスはほんとに成績ワーストだから、せめてアーキル先生の授業は頑張った方がいいよ……」

 ティナが呆れ顔でヨナスを見る。ウルがくす、と笑って頷いた。

「そうですね、基本的に落第はありませんが……授業で与えられる課題をクリアして、最終試験に合格すれば、一人前の検閲官として、城下や地方へ派遣されることになるはずです。城内には先生方がいるので、外に行くのがほとんどでしょう」

「それに、落第はないって言っても在籍上限はあるんだからね。一人前になるまでは早くて5年、平均7年、上限10年なんだから、それまでにちゃんと……」

「アーアー聞こえませーん」

 ヨナスが両耳を塞いで聞かないふりをする。その様子が可笑しくてくすりと笑った。

(よかった。少し緊張がほぐれたかしら)

 そのまま雑談をしながら庭園の入り口まで歩いた。入り口には専属の庭師が二人待機しており、リナリアの姿を見ると深々と礼をした。ティナたちもそれを見て頭を下げる。

「リナリア姫様、お待ちしておりました。本日はご学友の方と庭園を散策なさるとのこと、王妃様からうかがっております。必要ならばご同伴し、花の解説など致しますが……」

「ありがとう。そうですね……」

 ウルをちらりと見る。植物との対話は魔法能力に関係することだし、庭師がいると不都合があるかもしれない。リナリアは庭師たちににこりと笑いかけた。

「お気遣いありがとう。今日は、きれいなお花を見ながらお話するだけで充分なので、解説はまたの機会にお願いいたします。ばあやもおりますので、ご同伴は大丈夫ですよ」

「さようでございますか。それでは、入り口近くに控えておりますので、何かございましたらお呼びつけください。それと先刻、お妃様の使用人たちが中央のガゼボにいつでもお茶ができるご支度をしておりました。ごゆっくりお過ごしください」

 中央のガゼボは庭園を見渡すことができ、休憩場所になっているところだ。母が気を遣ってくれたらしい。

「はい。それでは、皆さん行きましょう」



 雲一つない空の下、まだ少し冷たさの残る風が庭園を吹き抜けていく。

 リナリアにとっては見慣れた場所ではあるけれど、ティナたちはまるで別世界に来たかのように目を輝かせていた。

「す、すっ、すごーい!! お庭っていうより公園みたいだけど……城下町の公園とも全然違うよ。植え込みが模様みたいになってるし……あっちの植木はウサギの形してる! お花の色も揃っててきれい……お姫様の世界にいるんだ! 私!」

 ティナは目を潤ませている。リナリアはティナの手を引いて、ウサギの形のトピアリーの近くに連れて行った。

「これはトピアリーというのですよ。レガリアよりはアルカディールのお庭によく見られるのですが、昔の王様が隣国の王様に教わってから、レガリアでも技術が継承されています。これがウサギの形をしているのは、妹がウサギが好きだからなんです。かわいいでしょう?」

「かわいいです……いいなあ、学寮か学舎から見られるところにもこういうのがあったらいいのに」

 ヨナスは懐からメモを取り出して何か書き付けていた。ウルがそれを覗く。

「何を書いているんです?」

「お城の庭園の花の配置や装飾チェックさ。真似するわけじゃないけど、きれいだなあと思ったところはメモしておいた方が将来的に役に立つというもの。きれいな庭のある屋敷はガーデンパーティーで評判が上がるからね。リナリア様、こちらではパーティーもされるのですか?」

 リナリアはばあやを見た。ばあやは軽く頭を下げる。

「姫さまがたのお誕生日パーティーでも解放はしておりますが、ガーデンパーティーの形を取るのは外国からの賓客がいらっしゃったときなどでしょうか。あとは今回のように、王族の方々が個人的にご友人や婚約者様を招いてお話なさりたいときにお茶会は開かれます」

「なるほど。それであまりお城のガーデンパーティーの噂を聞かなかったのか……ありがとうございます。大変参考になります」

 リナリアはティナと手をつないで歩いていたが、近くの花壇の手前で小さな白い花がたくさん咲いているのを見つけた。ウルを手招きする。


「ウル、このお花は何かお話していますか?」

「小さくてかわいいお花ですね。なんだか下を向いているみたいだけど、元気がないのかな?」


 ティナと二人でしゃがんで眺めていると、ウルが近くに来て一緒にしゃがんだ。

「ああ、スノードロップですね。おしゃべりしているようです」


 ウルが微笑んでスノードロップの花をそっと触る。ティナとリナリアは後ろからそわそわとその様子を見守った。


「『春だね』『晴れだね』『蜂はまだ?』『冷たい風好き』『雪は終わり?』……と話しかけられました。元気がないわけではないようですよ。こういう小さな花は短い言葉でしゃらしゃらとお話していることが多いですね」

 リナリアとティナは口を大きく開けて顔を見合わせた。


「か、かわいいです」

「す、すごい!! こっちのお話はわかるのかな? えっと、スノードロップさんたち、小さくて白くてかわいいですね!」


 ティナが小さな妖精を撫でるように、人差し指でスノードロップの花びらを撫でる。ウルがくすりと笑った。

「驚いているみたいです。でも言葉は届いていますよ。ええと……『かわいいって?』『かわいい』『白い』『小さくて白い』……お二人の言葉を繰り返して遊んでいますね。ここのスノードロップは少しおとなしい性質のようです」

 ティナが目をキラキラさせてウルと花を見比べた。ヨナスも後ろから覗き込んで「へええ」と感嘆している。

「ふわあああ、すごい! ウルすごい!! お花とお話できた!」

「……このくらいでよかったら、他のお花も見ましょうか。次はどこに行きましょう」


 リナリアはぴょんと立ち上がった。


「じゃあ、次はスイセンがいいです!」

※ガゼボは西洋風の東屋あずまやです。

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