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春の足音

「今日の探知はようやった!! えらいぞリナリア!!」


 夜、満面の笑みのクロノに頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でられた。こんなに褒められることは珍しいから、されるがまま撫でられておく。

「わわ。うふふ、髪の毛がくしゃくしゃになってしまいますよ」

「そんなもん、またわれが直してやる! うむうむ、しかし、この調子で精度を上げていけば、最終的に周囲の魔法素も認識できるようになるじゃろうし、呪いの術者候補を見つけることもできる日も近いな」

「そうですね、そうだと良いのですが」


 クロノはリナリアの机に近づくと、本棚の本の背表紙を人差し指でなぞり、何冊か抜いていく。


「もうすぐこの世界に来て二年目になるが。ちまちました速度ながら、一応目標にはコツコツ近づいておるのは良いことじゃ。

 精霊師になること、バーミリオンの婚約者になること。それに加えて呪いを解くこと。目下この三つが大きな目標なわけじゃが、お前の魔法の腕は確実にレベルアップしておるし、バーミリオンとの交流も上々、年末以来呪いも発動しておらん」


 確かに、少し怪しいときはあるものの、意識を失うほど暴走することはここしばらく起こっていない。「もう来るな」と言っていた黒い夢のバーミリオンを思い出すと、少し切なくなった。

 そこへクロノがリナリアの本棚に入っていた絵本を数冊持ってきた。先ほど物色していた本だろう。


「さて、今日はせっかく探知も出来るようになったことじゃし、精霊師の復習でもしておくかのう。

 サハーラに色濃く精霊師についての伝承が残っておるというのはなぜなのかというのは、ターバンに借りた本に書いてあったんじゃったか?」

「あ、はい。確か砂漠が多くて自然の恵みが少なかったので、昔は精霊師になって水や土の精霊と契約することで生活を豊かにしていたとか……そのときの精霊への感謝の気持ちから、現代まで伝承が残っているのではということでしたね。あの研究書では『自分の魔力を餌に精霊の協力を得た』なんて書いてありましたが」

 クロノが絵本をパラパラめくる。枯れたオアシスに水の魔法をかけるウンディーネの挿絵がかわいらしい。

「全くひどい言われようじゃ。この辺の地方でも昔はごろごろしとったんじゃが……高い魔法能力が必要になる上、そんな風に書いとるようでは、精霊の信頼に足る人間が減ってきたのかもしれんな」

「精霊師と人間は信頼関係で結ばれるのでしたよね。それならば特に、魔法が禁止されていて、他の種族が生きるのに厳しいレガリアでは難しそうです……」

「アルカディールの方にはまだ精霊師の情報が残っておるようじゃが、それでも伝承じゃからな。ま、われらの場合じゃと、お前がもっと魔力探知ができるようになり、周囲に漂う魔法素を自らに取り込むことが出来るようになったら正式に契約を結べるようになるじゃろう」


 ふと、思い出したことがあったので聞いてみることにする。

「そういえば、クロノの方は最近どうなのですか? ソティスに魔法を教えると言っていたのは……」

 ソティスの名を出すと、クロノは口を尖らせた。

「前も言うたが、隠遁はちょっとやそっとじゃマスター出来るもんじゃないからの。教えに行くたびにムキになって練習しとる。しかし、さすがエルフの血を引いているだけあって、覚えは早い。最近は固定の座標に魔法を紐づけして結界のように隠遁を展開することなら出来るようになった」

「……ええと、専門的で、ちょっとピンとこないのですが、小規模な隠遁術はできるようになったということでしょうか」

「具体的には、あいつのテントの中でだけなら隠遁中の状態に出来るようになったという感じじゃ」

 ということは、テントの中でならば魔法が使い放題ということだ。城の防備セキュリティ上はよろしくないことだけれど、リナリアにも利があるのでソティスの件は放置していても大丈夫だろうと自分を納得させる。

「あとソティスのことで気になるのは、やはり以前お兄さまと森であったウンディーネの女の子でしょうか。あの一件も解明しないと、ソティスが国から出て行ってしまうかもしれません」

「確かにあいつの流出はレガリアの利にはならんな。特に敵対するとなると厄介じゃろう。しかし、われのおかげであやつを好きに使える権利があるからの。折を見て例の地下室の探索をするなら、あやつを呼べばよい」

 こくりと頷く。

 と、そこへノックの音がした。二人で顔を見合わせる。

「もうばあさんも帰ってあとは寝るだけというのに、珍しいのう。仕方ない、出てこよう」

 クロノが小走りに扉へ向かう。おとなしく待っていると、戻ってきたクロノは後ろ手に何かを隠してにんまりと笑っていた。その反応にハッとして駆け寄り、クロノのエプロンを両手で持って軽くゆすった。

「クロノ、クロノ、もしかして、もしかして!」

「ふふん、さすが鼻が利くのう。そのまさかじゃ」

 クロノが後ろに隠していた手紙をリナリアに差し出す。アルカディール王室の封筒だ。リナリアはそれを両手で受け取って、ほうとため息をついた。

「バーミリオンからの手紙は、届き次第最優先で持ってくることになっておるからと言っておったぞ」

「ありがたいです……リオン様からのお手紙は一刻も早く読みたいですもの。それに先日の手紙でお願いしていたこと――」

 

 開ける前に深呼吸する。断られていても落ち込まない、と呪文のように自分に言い聞かせてから、そうっと封筒を開けた。

 開けてすぐに甘く優しい花の香りが鼻腔に届いた。封筒は王室の正式なものだったけれど、中の便箋は薄い黄色がきれいだった。




―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ――


リナリアさま


 まだ寒さも残っておりますが、庭園の花もつぼみが膨らみ、春めいてまいりましたね。

 今回の便箋は、春のスイセンの香りをとじこめたものです。そちらの庭園にもスイセンはありましたでしょうか? 封筒の方は味気ないもので申し訳ありません。急ぎで届けてほしかったので、王室の正式なものを使ったのです。


 今度の誕生日パーティーにはダンスの時間があるのですね。

 確かグラジオはまだ公の場で踊ったことは無かったように思うけれど、リナはもうお披露目できるくらいにダンスが上手なんですね。


 ファーストダンスのお誘いをありがとうございます。

 私でよければ、喜んでお受けいたします。

 とはいえ、私の方はダンスが得意ではないので、リナと並ぶとかなり見劣りしてしまうとは思います。付け焼刃になってしまいますが、できるだけ練習をしておきますね。

 当日を楽しみにしています。



――バーミリオン・マーリク・アルカディール

 

―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― 



 読み終わって、リナリアは手紙を胸にベッドに倒れ込んだ。クロノが苦笑する。

「その感じじゃと、ダンスの相手をしてもらえることになったんか。良かったのう」

 ダンスの先生が、父王にリナリアのパーティーにダンスの時間を設けることを提案したのがバーミリオンの誕生日の直後だった。

 パーティーでダンスがある場合、ファーストダンスは婚約者がいる場合は婚約者が、婚約者がいない場合は事前に誰か決めておくのが慣例になっている。リナリアの場合は年の近い王子が望ましいということで、候補がバーミリオンとクローブだった。

 父は「急に決まったことだから、今回のファーストダンスは家族のグラジオでも……」と言っていたのだが、グラジオ本人は大勢の前で踊ることを嫌がり、母はバーミリオンに打診することを推薦した。

 バーミリオンならば親しく付き合っているし、遠国のクローブよりもダンスの作法がもともと近いので、これからお誘いしても初級のダンスならば大丈夫なはずであるという理屈だった。が、実際のところは「実質の婚約者」というイメージを国内外に示しておく意味があるのだと母本人がリナリアに語っていた。

 バーミリオンとの婚約計画において、母は外堀をコツコツ埋める役割をしてくれているらしい。

 リナリアはむくりと体を起こす。

「急なお誘いだったので、断られることももちろん覚悟していたのですけれど……うれしい……え……どうしましょう、ダンス……お、踊れるかしら、ちゃんと……急に心配になってきました。お母さまに頼んでダンスの練習をたくさん入れてもらわなければ」

「大丈夫じゃて。多少失敗しても子どもなんじゃから、完璧である必要はない」

 クロノが隣に座って、むにっとリナリアの頬をひっぱって笑った。

「いひゃいへす」

「細かいことを気にするな。お前は自分の行動によって周囲がどうなるかを気にしすぎる。やるべきことを見失うなよ。レガリアの運命が決定する日はまだ先じゃとしても、お前の一日一日は確実にここにある。今立っている時間をおろそかにするな。時の神霊からのありがたーいお説教じゃ」

 頬を解放され、神妙な顔で頷いた。クロノはニカッとやんちゃに笑う。


「そら、今日も魔力を寄越すが良い。毎日コツコツ貯めて、誕生日の【未来視】に備えるぞ」

「はい!」


 クロノと両手を繋いで、精神を手のひらに集中する。バーミリオンと魔力のやりとりをしてから、クロノと手を繋ぐときも練習のために指を絡める繋ぎ方に変えた。

 魔力を注ぎ始めると、クロノが満足げに微笑む。


「だいぶスムーズに流れるようになってきたのう」

「はい、慣れて来た感じがします。まだ他の人と魔力のやりとりをしたことはないですけど、やっぱりクロノは精霊さんだから送りやすのでしょうね」

「うむ。たとえるなら、われら精霊は魔水晶みたいなもんじゃな。元々魔法素を吸収する性質があるから、お前は一方的に送っているようでもわれの方からも自然に引っ張っておるわけじゃ。気になったらソティスあたり練習台にすれば……あ、そうじゃ」

 クロノが目をぱちくりさせた。

「すーっかり忘れとったが、今度のあいつの休みがお前の庭園散歩の日なんじゃ。われがおった方がよければ断っておくが」

「うーん……」


 考えごとをすると魔力が途切れやすい。揺らぎそうになったのをいったん持ち直す。


「大丈夫だと思います。今度の会は仲の良い皆さんと庭園をお散歩するだけですし。用事が終わったら覗きに来てくだされば十分です」

「ん、わかった。じゃあ早めに終わらせるようにはする」


(でも理由をつけてお断りなさらないあたりは、クロックノック様もソティスと仲良くなってきたのかしら?)

 と、微笑ましく思っていたら、クロノがじとっとした目で睨んできた。

「心の声、聞こえとるからな。そんなんではないぞ、借りを多く作っておいた方がこっちに有利だからじゃぞ」

「ふふ、わかっております。楽しんでくださいませね」

「楽しくはないというに。全く……」


 口を突き出して拗ねるクロノが可愛らしくて、リナリアはまた笑った。

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