友達招待
藍玉の月になり、リナリアが過去に戻ってから二度目の誕生日が近づいてくる。
一番楽しみなのはバーミリオンにまた会えることだけれども、それより先にやらねばならないことがあった。
廊下の窓から庭園を見る。まだつぼみが多いけれど、ちらほらとかわいらしい色の花が開き始めていた。
「中庭の花が咲き始めたので、そろそろ皆さんをご招待したいと思っているんです」
シャロンの魔力操作の授業の後、いつものメンバーで昼食をとっているときにそう言うと、ティナが「えっ!?」と動揺して机の上のコップを倒した。
「あーあー、ティナってば、もー……水でよかったけどぉ」
「コップが割れなくてよかったです。ティナは落ち着いてくださいね」
ヨナスとウルが立ち上がって倒れたコップを戻し、テーブルの上にこぼれた水をてきぱきと拭く。
「わー! ヨナス、ウル、ありがとう!! あ、ああああのリナリア様、それって、前におっしゃってた……お城の、庭園に、入ってもいいって、ことですか!?」
こぼれた水で濡れたヨナスの服をハンカチでぽんぽん拭きながら、ティナがそわそわとリナリアを見た。リナリアは手伝うタイミングを逸してしまっておろおろしていたが、ティナに聞かれると、笑ってこくりと頷いた。
「はい。以前春になったら、とお約束しましたから。お母さまが人払いをしてくださるので、ティナもウルも身分のことは気にしなくてもゆっくりできますよ」
「わー! うれしい、ありがとうございます! じゃあ、ついにウルがお花の通訳をしてくれるのかな!?」
「それですね、お花のこと聞きたいですっ」
ウルは、ティナとリナリアの期待に満ちたまなざしを受けて苦笑した。
「そうですね。でも、本当にそんなに大したことは言っていないし、気まぐれだから会話が成立することもまれで……あまり期待しない方がいいと思いますけど」
「十分です! もちろん、できる範囲で構いませんので!」
「いやあ、でも楽しみだなあ。お城の庭園を僕らで独り占めなんて、すごくぜいたくじゃない!?」
「うん!! とってもぜいたく!! すっごく素敵!!」
ヨナスとティナが、パシッとハイタッチをした。その拍子に少し袖が落ちて、リナリアが贈った腕飾りがちらりと見える。
(お友達に喜んでもらえるのって、本当にうれしいのね。検閲官の修業をして一番良かったのは、皆さんとこうして仲良くできていることだわ)
庭園に行く日程の調整をしてから、サイラスの授業に行く前に、ヨナスだけ手招きして二人に先に行ってもらった。
「実は、ヨナスには別件でご相談がありまして」
わざと真面目な表情を作ってヨナスを見つめる。ヨナスはわかりやすくうろたえ始めた。
「えっ、なっ、なんでしょう。僕、何か粗相しましたか……?」
ちょっとしたいたずらのつもりだったけれど、ヨナスが思ったより引っかかってくれたので、リナリアは「ふふっ」と表情をくずした。リナリアは小さなかばんに入れていた封筒を、ヨナスに差し出した。黒地に金の装飾がついており、封蝋で留められた王家からの正式な招待状だ。
「ヨナス。今度のわたくしのお誕生日パーティー、ぜひご参加いただきたいと思っています。来ていただけますかしら」
「うええええおおおおおお」
ヨナスは大きな声を出してから、周囲を見回して、小声で話しかけてきた。
「ほ、本当にいいんですか。うち、いつも父と兄が招待を受けているんですけど、僕、パーティーに行けるんです?」
想定以上の反応にこちらまでうれしくなってしまう。リナリアは小首をかしげて微笑んだ。
「はい、ヨナスはわたくしの大事なお友達ですもの。今年からは、お父さまとお兄さまとご一緒にいらしてくださいな」
「うわうわうわうわ、ありがとうございます。うわー……すっごいうれしいです。やっばい、ジェシーに……あ、学院寮の友達にも言わなくっちゃ。リナリア様、ほんっとうにありがとうございます」
「そんなに喜んでいただけると、招待状を用意した甲斐がありました。ヨナスがいたらきっと楽しくなると思ったのです。楽しんでいただけたらうれしいわ」
「わー……早速家に手紙を出して、パーティーに参加する準備もしてもらわないと。マナーも復習して、えっとー、わー、楽しみが二連続であるなんて最高」
リナリアが最初にいたずらしたことなんて、もう吹っ飛んでしまったようで、ヨナスは招待状を両手で空に掲げてくるくると踊るように回った。それからピタッと止まる。
「そういえば、噂に聞きましたが……リナリア様はすでにダンスもマスターされているんですよね。もうファーストダンスのお相手は決まっていらっしゃるんですか?」
リナリアは人差し指を立てて唇につけ、はにかんで笑った。
「……内緒です」
サイラスの授業では、リナリアは自主的に次の段階を試してみることにした。
対象物と接している部分に自分の魔力を集め、反発する魔力があるかを見る方法だ。この前、バーミリオンに魔力を吸ってもらったとき、手のひらが接している部分から相手の魔力を感じた。あの時はこちらの魔力となじませるため、あちらからも魔力を送り込んでくれていたし、もともと属性も同じだから通常以上に魔力を感じやすかった。けれど、その時の感覚を思い返しているうち、開いた手のひらで水面に触れるように、自分の魔力を対象物との接点に集めれば、他属性の魔力の気配も感じられるのではと思ったのだ。
リナリアと同じくらいのレベルだったヨナスも、最近は魔力がある石を当てる確率が前より上がってきたようだ。今、一番探知が苦手なのはリナリアなのである。
いつもの石の一つをつまんで、開いた手のひらの上にのせる。目を閉じて、手のひらに石が接している部分に意識を集中して魔力を集めてみた。
この石からは、特に何も感じない。手ごたえの無さに少し拍子抜けする。
(やっぱりこれでも難しいのでしょうか……いえでも、魔力の入っている石は一部ですし)
次の石、また次の石、と試して、五個目の石を手のひらにのせたとき――わずかに違和感があった。ハッとしてより深く集中する。すると、手のひらと石の接している部分の自分の魔力に、わずかな揺らぎを感じた。水面が微風に揺らぐような、さわさわと細かな波。
その感覚を掴んだ瞬間、立ちあがって石を掴み、高く掲げていた。同期はリナリアが突然立ち上がったことに驚いて固まっている。みんなの視線を浴びて、急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。すとん、と座り直してから改めて手を挙げた。
「せっ、先生、サイラス先生!」
リナリアの反応を見てすでにこちらに歩いてきていたサイラスは、リナリアが掴んでいる石を一目見て、パンパンと大きく拍手した。
「リナリア王女!! おめでとうございます!! あたりですぞ!!」
隣の席のヨナスがサイラスに続けてぱちぱちと拍手をして、そこから教室中に拍手が広がった。
皆が出来ることがようやく出来るようになっただけで、こんなにしてもらって申し訳ない気持ちになったけれど、それでもやはり、探知できるようになったのはうれしかった。
「その調子でどんどん仕分けしていきましょう!! さあさあ、罪なき者の中から悪しき者を見出すように!! この石はどうですかな!?」
魔力を悪しき者と言われると複雑な気持ちだったけれど、この国においてはそれが常識なので、できるだけ心を落ち着かせるよう努めた。渡された石を手のひらにのせて、同じように魔力を集める。今度もかすかに波が立つような感覚があった。
頬を上気させ、喜色満面の笑顔でサイラスを見上げた。
「これも、魔力があります!」
石を差し出すと、サイラスはまじまじとリナリアの小さな手のひらを見つめた。
「ほうほう、なんと!! リナリア王女、魔力操作をうまく使っていますな!! これは驚いた!! 感覚で探知できるようになったら魔力を使った発見方法も教える予定でしたが、リナリア王女は一人属性が違うのでこちらの方が相性が良かったのかもしれませんな! それに気がつけないとはサイラスの不徳の致すところでした!! よくぞご自分で見つけられた!! すばらしい!!」
「い、いえ、ちょっと試しにやってみたら、たまたまうまく……ああ先生、頭をお上げになってくださいませ……」
サイラスがビシッと頭を下げて、リナリアは慌てた。声が大きいから、魔力操作を使ったことが全員に聞こえてしまったことにも焦った。
ちらと後ろを見ると、フリッツが「はっ」と口の片端を吊り上げて笑っていた。ティナは小さくばんざいをしていて、ウルは音を出さずに拍手するジェスチャーをしてにこりと微笑んだ。
まだちょっと気恥ずかしかったけれど、今までできなかったことが出来るようになったのが本当にうれしくて、口もとがにやけるのを抑えきれなかった。
(今度のリオン様へのお手紙で報告しなくちゃ。リオン様に魔力のこと教えていただいたおかげですって……きっと喜んでくださるわ)
授業のあと、フリッツが退出する前に急いで彼のところへ小走りで向かった。かばんからヨナスとに渡したのと同じ、黒字に金の装飾がついた封筒を取り出して笑顔で差し出す。
「フリッツ、お約束の招待状です。当日のご演奏、楽しみにしていますね」
フリッツは封筒を見てしばらく固まっていたが、その場に跪き「ありがたきしあわせ」と口をとがらせて両手で封筒を受け取った。その様子を見て、同期がざわつく。表情こそ不機嫌そうではあるが、僅かに頬が赤くなっていたのをリナリアは見逃さなかった。
フリッツといつも一緒にいるバドルが嬉しそうに拍手をしたら、すぐにフリッツに肘で突かれた。
「バドルは、もうおうちに招待状は届いていますよね?」
バドルは控えめに頷く。調べたら、彼は男爵家の長男のため、以前から家の方に招待状がいっていた。今までパーティー中に会わなかったのは、フリッツに遠慮してリナリアに近づかないようにしていたのかもしれない。
それから、くるりと振り返って長い髪を二つ結びにした女の子に笑いかける。
「エリーゼもですね」
「まさか私もご招待いただけるんですか?」
子爵家のエリーゼが自分を指差し、驚いた顔をする。リナリアは、貴族出身の同期は全員呼ぼうと決めていたのだ。
「はい。貴族の方かよほどの理由がある方しかご招待出来ないので、マリーをご一緒にお呼びできなくて申し訳ないのですが……」
マリーがぶんぶんと手を振ってから、エリーゼの手を握ってぴょんぴょんと小さく跳ねた。
「いえいえ、それは当然です。良かったね、エリーゼ! エリーゼのドレス姿見たいなあ」
「……うん、すごい。お城のパーティー、初めて」
「今度のおやすみに、うちの系列店でドレスに合いそうな髪飾りを探しに行きましょ!!」
エリーゼとマリーが手を取り合って、きゃっきゃとはしゃぐ。
自分の誕生日がこんなにも楽しみなのは、生まれて初めてかもしれなかった。