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バーミリオンの誕生日(3)

「リナも……私と同じことを考えるときが、あるの?」


 バーミリオンが、ゆっくり、慎重に尋ねてきた。リナリアはこくりと頷く。

「あります。わたくしも、大好きな人が笑っていてくださるのがうれしいですが……その笑顔の理由が、自分だったら……もっといいな、と、思います」

「リナ、あの……」

 少し困った声のように聞こえたので、リナリアはあわてて体を離す。いくら抱きしめたいと思ったからと言って、相手が嫌がっているのをおしてまですることではない。

「ご、ごめんなさい。わたくし……」

「あの、私も……」

 バーミリオンが目元を手の甲で拭う。

「……リナをぎゅってしても、いいかな」

「ひぇっ」

 ストレートな申し出に、変な声が漏れてしまった。恥ずかしくて、何と返事をしたら良いのかわからなかった。

 しかし、涙を拭った後も泣きそうな顔をしているバーミリオンを見たら、言葉より先に頷いていた。以前、王妃のハンカチを渡したときのように、誰かにしがみついて泣きたい気持ちなのかもしれない。

(最近、スキンシップが多いように感じるのは……もしかして、誰かに甘えたいとお思いなのかもしれないわ。お兄さまや、ヘレナ、ラセットには甘えにくいですものね)

 バーミリオンはリナリアが頷いたのを確認して、そうっと両手を広げ、ふわりとリナリアを包んだ。最初は触るか触らないかくらい、むしろ少し浮かせているようだったけれど、リナリアがバーミリオンの胸に頭をあずけてみたら彼は自分の頬をリナリアの頭に寄せた。浮かせていた手もそっとリナリアの背中に添える。

「リナ、あたたかい」

(………………)

 リナリアは、幸せすぎて無の境地に入りつつあった。まさにこの瞬間、バーミリオンに求められていることがうれしくて、胸がいっぱいだった。今なら、胸の奥の呪いさえ溶かせてしまえそうな気になる。

 以前バーミリオンのハンカチになったときは、しがみついて泣く彼を受け止めることに集中していたけれど。今の触れ合いは、ただただ優しい時間だった。このまま時が止まればいいのにとすら思ってしまう。

 はじめはどきどきと心臓がうるさかったのが、だんだん落ち着いてきた。バーミリオンを癒せたらと思っていたけれど、いつの間にかバーミリオンのあたたかさで自分も癒されてきたのかもしれない。

 ……と思っていたが、なんだか胸の奥から顔やおなかの方へじわじわとあたたかさが広がってきて、「あれ?」と違和感を覚えたとき、バーミリオンが動いた。

「……リナ」

「は、はいっ!」

 彼は頬をリナリアの頭にくっつけたまま、そっと小声でささやいた。

「魔力が、少しあふれているみたいだよ」

「!」

 恥ずかしくて、顔が熱くなった。油断していた。理屈はすぐに理解できた。リナリアは、バーミリオンとの幸せな思い出で魔力を起こしたり、幸せなことを思い出して魔力を安定させたりしていた。だから今、許容量を超えた幸せを摂取し続けたことにより、魔力がいつもより多く出てきてあふれてしまったのだろう。このままだと熱が上がってしまうだろうか。

「ご、ごめんなさい。安心したら、あの、油断して、うう、ど、どうしましょう」

 離れているとはいえ他の侍女やばあやもいる手前、今ここでクロノを呼んで対処してもらってよいものか迷っていたら、バーミリオンが体を離してお互いの指を絡めるようにして手をつないだ。リナリアの脳内に雷が落ちる。

(これは! 少女小説で恋人同士がつなぐ!)

 リナリアが緊張したのが伝わったのか、バーミリオンが苦笑する。

「驚かせてしまったね。このつなぎ方の方が魔力を移動させやすいと思って……ごめんね」

「いえ、全然、だいじょうぶ、です」

「これからリナの魔力を吸収するから、少し変な感じがするかもしれないけれど……魔力操作の予習も兼ねて、ついでにやり方も教えてあげるね」

「は、はいっ」

 バーミリオンが微笑んで、深呼吸をする。

「まずは心を落ち着けて集中する。それから、相手の魔力を探知するんだ」

「たんち……」

 未だ苦手とする分野に、苦いお茶を飲んだときのように顔をしかめてしまう。バーミリオンが少し笑った。

「そういえば、リナは探知が苦手なのだったね。同じ属性や反対の属性の魔力は探知しやすいから……私の魔力で探知の練習もしてみようね」

 リナリアが頷くと、バーミリオンも頷き返した。

「じゃあ、続きだよ。相手の魔力を探知して属性や魔力量を把握したら――魔力を吸い取る場所ポイントを決める。今回の場合は、お互いの手が接している所。その場所に意識を集中して、まずは自分の魔力をそこに集める。これは魔力操作でリナもできるね。それから……相手と接しているところにある相手の魔力を探知して、その魔力に自分の魔力をからめるんだ」

「魔力を、からめる?」

 今ひとつ想像ができなくて、首をかしげる。

「そう。だからこの手のつなぎ方にしたのもあるんだよ。こうして指と指を一本一本交差するように、またはカードをシャッフルするときに一枚ずつ重ねるように……相手の魔力と自分の魔力をからませて、なじませる。自分でやるのはちょっと難しいと思うけど、リナの魔力が私の魔力と混ざった感覚を感じ取れるかやってみてね」

 バーミリオンが目を閉じてゆっくり息を吐く。リナリアも手のひらの感覚に集中するために目を閉じて自分の魔力に集中した。

 全体的に身体があたたかかったのが、だんだん手のひらに熱が集まってくる。バーミリオンの手のひらと接している部分に意識を集中させると、何か別の熱のかたまりとぶつかっているような感じがした。しばらくトントンと押されるような感覚がつづいて、今度はゆっくり引っ張られるような感覚。クロックノックに魔力を吸われるときとは全然違う感覚に戸惑う。

(クロックノック様は、もっと、あふれ出てくる熱を風で流すみたいにぐんぐん吸っているけれど、これが……人間同士で魔力をやり取りする方法……?)

 ソティスが闇の魔力を流してくれたときともちがう。「混ざった」感覚はまだよく自覚できなかったけれど、ゆっくりと丁寧に魔力がバーミリオンに流されていくのを感じる。

 全体的に熱っぽかった感覚がなくなったころ、バーミリオンがぱちっと目を開けた。

「……終わったよ。どうだった?」

 バーミリオンは少し汗ばんでいる。彼もすごく集中していたのだろう。

「ありがとう、ございます。ふしぎでした。とんとんと押されるような感じがして、そのあとで引っ張られる感じがしました」

 バーミリオンがにっこり笑う。

「そう。そんな感じ。きっともっと探知ができるようになったら、魔力が結びつく感覚がもう少し細かく感じられるようになると思う。それより、少し気になったんだけど……リナ、まだソティスの魔法が残っているかもしれない」

 最後の方は声を潜めて言われ、どきんとする。

「ど、どうして、えっと」

「探知をしながら魔力を引っ張っていたのだけど……あふれていた魔力は純粋な光属性だった。でもリナの内側に、どうしてかときどき闇の魔力の気配がして……」

(そうだわ、リオン様も光属性魔力の持ち主だから、闇魔法が正しく探知できるのよね。それで、見つけて、くださったの……?)

 目をぱちぱちさせる。バーミリオンは心配そうにつないだ手をきゅっと握る。

「……ふつう他の人から流された魔力は数日したら自然に消える。特に反対属性の魔力は自分の魔力と相殺されて消えるのが早いのだけど……大丈夫かな、変な魔法じゃなければいいんだけど……ソティスに問いただそうか」

 リナリアはふるふると首を振った。

「ソティスはたぶん、知らないと思います」

「リナ……まさか、心当たりがあるの?」

「……ちょっと、調べている、途中で……」

 全てを説明できない後ろめたさで目を伏せると、バーミリオンが手を離し、両手でリナリアの頬を包んで前を向かせた。こちらを射抜くようにまっすぐな彼の赤い瞳から、目が離せなくなる。

「心当たりがあるのなら、ちゃんと説明して。魔法に関連することなら、絶対に力になるから」


(全部言ってしまいたい)


 ぐっとこぶしを握った。


(あの日のことも、過去に戻ってきたことも、呪いのことも、黒い夢のバーミリオン様のことも、リオン様が大好きだということも、全部全部、言ってしまいたい。それで、一緒に……未来を変えてほしい)


 それでも、今はまだその時期ではないことはわかっていた。

 今のバーミリオンはようやく、深い悲しみからすこしずつ前に進み始めたところで……精神年齢は実際の年齢より高いとはいえ、彼はまだ子どもで、誰かに甘えたい年ごろで。そして、とても優しい。

 そんな彼に将来の不安やリナリアの背負っているものを今から背負わせるのは、荷が重すぎる。


(自分が楽になるために、焦ってはダメ)


 じっとバーミリオンの目を見つめ返した。


「……リナもわからないことが多くて、何からお話したらいいのかまだわからないんです。でも、ちゃんと説明します。助けてほしいときは、ちゃんと言います。だから、もうちょっと、待っていてください」


 彼は眉を寄せて難しい顔をしたけれど、やがてゆっくり頷いた。


「……約束だよ。待っているから、ちゃんと言って」


 そのとき、元気に扉を叩く音がした。

 これは、グラジオだ。バーミリオンが苦笑する。

「全然時間が足りないね。もっと、手紙じゃなくて直接、話したいのに」

 彼はリナリアが贈ったブローチをそっと箱にしまって、穏やかに微笑んだ。

「プレゼント、本当にありがとう。来月のリナの誕生日……また来るから」

「はい。またたくさんお話しましょうね」

 リナリアもできるだけ明るく笑う。

「今日はリオン様のお誕生日なのに……わたくし、すごくすごく幸せでした」

 バーミリオンは驚いた顔をして、すぐに嬉しそうに笑った。


「じゃあ、リナの『幸せ』の中には私がいるのかな」


(むしろ、わたくしの幸せには絶対必要なんです……!)


 のどまで出かかった言葉をようよう飲み込んで、こくこくと何度も頷いた。

 扉まで一緒についていくと、待ち構えていたグラジオがバーミリオンの腕を引っ張って自分の部屋に連行していく。バーミリオンは楽しそうに声を出して笑っていた。

 部屋の扉を閉めてから、リナリアはずる、と床にへたり込んだ。ばあやたちが慌てて寄ってくる。

「姫さま、どういたしました!」

「だ、だいじょうぶです……あの……ちょっぴり疲れてしまったというか……」

(幸せを摂取しすぎて腰が抜けてしまっただけなんです!!)

 心の叫びを聞いてか、苦笑いしたクロノがちょこちょこと駆け寄ってきて、リナリアをひょいと持ち上げた。

「姫は、ちょっとお休みしましょう。寝かせてきますね」


 それからバーミリオンが帰る時間になるまで、ベッドで休んだ。横になってとろとろとまどろんでいたとき、夢なのか鮮明な想像なのか――バーミリオンと手をつないで花畑を歩いている、世界一幸せな自分を見たような気がした。

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