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バーミリオンへのプレゼント(2)

 シャロンにもらった水晶はそのままの形だと素朴すぎるので、クロノに形を整えてもらった。

 夕食の後、リナリアは小さな水晶玉のように丸くなったそれを手のひらの上で転がした。

「うふふ。何にするのがいいかしら。ペンダント、ブローチ、ブレスレット……」

「機嫌良いのう。われは形を整えるくらいなら出来るが、彫金のセンスなどは期待されても困るからな。専門職に頼めよ」

「じゃあ、早めにお願いしなくてはですね。でも、レガリアで魔水晶の加工を引き受けてくださる職人さんはいるかしら……城のお抱えの職人さんだと難しそうな気がいたしますが……」


 そのとき、コンコンコン、と細かいノックの音がした。

「あら、お母さまかしら……手芸の時間以外でいらっしゃるのは久しぶりのような気がするわ」

 クロノがたたっと走って扉を開ける。そこにはやはり母が立っていて、口もとを扇で隠したまま笑った。


「ごきげんよう、リナリア。もう寝るところだった?」

「いいえ! まだ夜のお勉強もありますので、寝るには早いお時間です。でも、どうなさったのですか?」

「なら良かったわ。久しぶりに作戦会議よ」

 そう言って、母はさっさか部屋の中に入って、リナリアのベッドに腰掛けた。


「ちょうどよかったです! わたくしもご相談したいことがありますの」

「あら、そうだったの? なら先に教えてちょうだいな、リナリア」


 じっと母の顔を見る。まだ、リナリアがよく知るあの厳しくてピリピリしていた母ではなさそうだ。

 母に手招きされて、リナリアは隣にぽすんと座る。母はリナリアを抱き寄せて、頭をなでた。顔に触れる手があたたかい。


「年末年始から忙しくて、甘える時間が無かったでしょう。お誕生日まではヘレナを優先していたけれど、あなたも甘えて良いのよ」

「ありがとうございます、お母さま……」


 きゅっと、母に抱き着く。母の胸がふわふわであたたかくて、いい匂いで、油断するとそのまま寝てしまいそうなくらいだった。眠ってしまわないうちに顔を上げる。


「お母さま、これを見てください」

 手を開いて、金色に輝く魔水晶を見せた。母は「まあ」と目を丸くする。

「水晶の中に光が閉じこめられているみたいだわ。とてもきれいね……こんな美しい宝石をどうしたの?」

「これは、魔力を吸い込む性質がある水晶なんです。検閲官の修業で初めて魔力を見つけたときに、先生がわたくしの魔力をこの水晶に入れてくれたのです」

「これがあなたの……魔力。触っても?」

 手渡すと、母は明かりに透かして水晶を眺めた。

「……そう、何だか不思議ね。それで、これがどうしたの?」

「ええと……アクセサリーに加工しようと思うのです。あまり公にはできませんが、リオン様にお誕生日のプレゼントとしてお渡ししようかと。それにあたりアクセサリーの種類を迷っていたのと、魔力を帯びた水晶ですから、加工してくださる職人さんが……どうなのかしらと……」

「あら。ちょうど今日はバーミリオン王子へのプレゼントを決めたのかを尋ねに来たのよ。ふうん、これをね。きれいだからもったいない気もするけれど、リナリアの魔力なら、また見られる機会もあるのかしら」

 母が目を細め、改めて水晶を見る。


「大きさ的に指輪には不向きね。ペンダントとしても少し大きいし、このサイズなら、ブローチなんかが良いんじゃないかしら。襟のジャボを留めたら映えるかもしれないわ」


「なるほど! さすがお母さまです」


 手を組み合わせて母を見る。母はくす、と笑って水晶をリナリアに返した。


「ただ……確かに、ブローチの台座部分を作る彫金師は探しにくいかもしれないわ。魔法のこもったものを王家から依頼するとなると、問題になるかも。本来ならこれを差し上げることも、よろしくはないわね。お父様には内緒になさい」

「は、はい。そう、ですか」

 国内の正式なルートでなんとかするのは難しそうだ。しゅんとすると、母はリナリアの髪を撫でた。

「王族らしい意匠を凝らしたものとなると、時間も必要だから難しいけれど。子ども同士のプレゼントだから、あまり豪奢なものではなくて良いわよね。今回はお母様の実家のお抱え商人をこっそり呼びましょう」

「こ、公爵家の?」


 母はウインクした。


「上流貴族の担当商人は口が堅いの。魔力の話は伏せて、特殊な宝石が手に入ったから、急いで加工してほしいと言いましょう」

「ありがとうございます、お母様!」

 母が眉を下げて微笑む。

「バーミリオン王子は、この間ヘレナの件でもまたご迷惑をおかけしてしまったようだし、お母様のいらっしゃらない初めてのお誕生日……お寂しくないように、お祝いはきちんとして差し上げたいわね。お誕生日にレガリアに来られると良いのだけれど、ご招待してあるのを受けてくださるかしら」


 そう、バーミリオンは以前は一度も誕生日にレガリアに来たことはない。それが本人の意志だったのか、父王の言いつけによるものだったのかはわからないが、今回もヘレナとの一件があるから来づらいかもしれない。

 修正力のこともあるから、あまり期待はしない方がいいのかもしれないとも思ってしまう。


「難しそうなら、お手紙をつけてお送りしようと思いますが……できたら、お顔を見てお渡ししたいですね。こちらからも伺えれば良いのでしょうけれど……」

 母はパッと扇を開いた。

「そうなのよね。そういうとき、あなたが婚約をしていると、隣国に行くことができるようになるかもしれません」

「ほ、本当ですか!?」

 身を乗り出して聞く、リナリアを見て母が笑った。

「それはそうよ。いずれ結婚したら、あなたは隣国に住むことになるのだもの。いつ隣国に行っても大丈夫なように、幼いあなたに検閲官の勉強をさせているのだからね?」


(『婚約』って……強い!)


 母が扇をぱたぱたと動かして、目を細める。

「そういえば、噂に聞いたわよ。パーティー中、バーミリオン王子と仲睦まじくしていたそうじゃない。二人は婚約の予定があるのかとも、ちらほら聞かれたわ。お父様のお耳に入れる段階を図っているから、適度にぼかしておいたけれど……時期が来たらそういう噂を味方につけるのも大切ね」

「あ、は、はい。優しくしていただきました……」

 照れて両手を頬に当てた。

「良いことだわ。今回のプレゼントも含め、丁寧に交流なさいね。婚約するまでも大変だけれど、婚約が決まってからも……安心してはいけないわ。相手と歩み寄る努力は、続けないと……」

 母が少し視線を逸らす。

「……ねえ、リナリア。あなたの……検閲官のお友達の子たちの、お名前は、何と言ったかしら。春になったら庭園にご招待するのでしょう?」

 緊張して背筋を伸ばした。母はどこまで知っているのだろう。

「ええと。ダリアード男爵家のヨナスと、平民出身のウルと、ティナです」

「……平民の子たちの、フルネームは? 以前あなたが学舎に通いたての頃に資料を見せてもらったと思うのだけれど、失念してしまって」

 心臓がどきどきする。

「……ウル・クロステンと、ティナ・ロータスです。ウルはお父様もお母様もいなくて、孤児院で育ったと聞いています。ティナは、お父様が城下で学校の先生をなさっているそうです。えっと、ヨナスは今度のわたくしのお誕生日に招待しようと思っています」

 母がふー……と長い息を吐いた。

「そう。ウル・クロステンというのね」

「ウルが、どうかしましたか」

 あえて、聞いてみる。母は静かに首を振って、扇で口元を隠した。

「グラジオに聞いたわ。神殿でいじめられていたのを二人で助けたそうじゃない。それにあなたがお世話になっているお友達だもの。お名前くらいは覚えておかないと。バーミリオン王子のお誕生日が終わる頃から、庭の花は咲き始めるでしょう。あなたのお誕生日の前に、庭園にご招待なさい」

「は、はい。そうさせていただきます」


 改めて母に水晶を預けて、ドアまでお見送りをした。母は部屋を出て行く前に、リナリアの頭を撫で、そっと顔を寄せた。


「リナリア。新しいお勉強もたくさんで大変だと思うけれど……。努力なさい。たくさん愛してもらえるように、王女として、王妃として恥ずかしくないように。そしてきっと――幸せな結婚をするのよ」


 最後の一言は幸せを願うというよりも、そうあるべき「義務」だというような言い方で、リナリアは少し不穏な気持ちになったのだった。



 それから5日程でブローチの加工が終わり、母から水晶が戻された。

 太陽のような透かし装飾のついた台座の中央に魔水晶が留めてあり、その周囲を小さな水晶で囲んでいる。王族のアクセサリーとしてはシンプルな形ながら、主役の水晶の中の金色が美しい。

「わあ、ありがとうございます。お母様、すごくきれいにしていただきました。喜んでいただけると良いな……」

「職人には急ぎで作っていただきましたから、相場より多めにお支払いしておきました。それから、こちらに来る途中で受け取りました。バーミリオン王子からのお手紙ですよ」

 パッと顔を上げ、ブローチをクロノに預けてから、手紙を両手で受け取った。今回の封筒は王室のものだ。慎重に封を開ける。



―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ――


リナリアさま


 先日は謝罪もそこそこに帰国してしまい、申し訳ありませんでした。

 私の誕生日にもう一度レガリアへご招待をいただき、ありがとうございます。

 

 国王陛下と王妃さまからは、国としての正式な訪問ではなく、グラジオやリナリアの友人として、個人的な訪問という形でと、お話をいただきました。

 本来ならばご遠慮するべきだとは思うのですが、ヘレナにもリナにも失礼をしたままで心苦しいので、改めて謝罪させていただきたいと思っていたので、伺わせていただくことにしました。


 ひと月に二度も、それも誕生日に、リナたちの顔を見られるのをうれしく思います。今度は、魔力操作の実践もできたら良いですね。

 とり急ぎの連絡につき、用件だけになってしまって申し訳ありません。


――バーミリオン・マーリク・アルカディール


―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ――



「バーミリオン王子は陛下宛に礼状をくださったのだけど、あなたたち全員にもお手紙をくださったのよ。まだ幼いのに、律儀な方ね。グラジオの方が年齢は一つ上だけれど、せっかく良い友人を持ったのだからお手本にさせていただかないと」


 母がため息をついたけれど、リナリアの内心はそれどころではなかった。


(リオンさまがいらっしゃる)


 胸がどきどきして、頬が紅潮するのがわかった。

 人生で初めて、バーミリオンの誕生日を直接祝うことができる。

 そうなったら良いのにと思っていたことの一つが、もう手を伸ばしたら届くところまで近づいていた。


「リオンさまが……本当にいらっしゃるのですね……」


 声に出しても言っていた。母がにこりと笑う。


「そうよ、準備しないといけないわ。当日は控えめに……でも、とびきり可愛くしましょうね」

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