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バーミリオンへのプレゼント(1)

「ううう……事前の【未来視】でリオン様の涙なんて見えなかったのに……」


 部屋に戻ったリナリアは、ベッドに伏して枕を抱いていた。

 あのあと、ヘレナのところへ行って必死に事情聴取を試みたけれど、ヘレナはヘレナで傷ついていたらしい。誰かからのプレゼントでもらった大きなくまのぬいぐるみに抱きついて拗ねており、本人からあまり多くは聞けなかった。

 兄が聞いたと言っていたことを改めてエリカと護衛騎士に聞いてみると、彼女たちが語るところはこうであった。



 肌寒いけれど、そんなに長い時間ではないからと二人は雰囲気の良い中庭に移って、「ソフィアひめごっこ」を始めた。

 ヘレナが大好きなソフィアひめと王子様の誓いのシーンに差し掛かり、バーミリオンは跪いてヘレナの手の甲にキスをして、誓いの言葉を口にした。


『あなたの喜びは私の喜び、あなたの悲しみは私の悲しみ。願わくば、これからもずっと、寄り添わせてください』


 それに対してヘレナが、ソフィアひめのセリフで答えたときに――突然、彼はぽろぽろと涙を流したのだという。



 それまで微笑ましく見守っていたものたちは、突然のことに皆慌てたが、それはバーミリオンもそうであったようで、自分の頬に流れる涙を触って動揺していたようだったとエリカは言った。

「今思い出すと、誓いの言葉をおっしゃったときも、少し違和感があったような気もしますが……単にセリフがうろ覚えでいらしたのかと思っておりました。何か、お母様との思い出でもおありだったのでしょうか。あ、ヘレナ様に失礼はなかったと思いますよ! 最後の言葉も絵本と同じでしたもの。ええと、」


「……『まあ、うれしい。やくそくですよ、おうじさま。おとなになったら、きっとむかえにきてくださいね』って、ヘレナいった……」


 大きなぬいぐるみの向こうから、ヘレナはこちらをチラリと見て、また顔を隠してしまった。結局、それ以上の情報は得られなかった。



「リオン様は、わたくしに合わせてあの本を読んでくださったと言ってらしたから、お母様のことは関係ないと思うんです」

 枕を抱いてごろごろと転がる。クロノはベッド脇に腰掛けて、『ソフィアひめとゆびわのやくそく』の絵本をパラパラとめくっていた。


「ま、取り返しのつかない程の事件ではなさそうじゃからよかったものの、【未来視】の精度は改善したいのう。ああ、ここの場面か。ヘレナが言うとったセリフの続きは……」

「王子さまが星のようにわらって、『はい。私はあなたが大好きですから』と言います……涙を流すようなセリフではないですよね……どうしたのでしょう」

「うーん、無意識下で夢の内容か何かを思い出した可能性も否定できんが、これについてはわれの魔法で探れる範囲ではないな。本人が何か言わん限りわからん」

「……あのですね、クロノ。わたくし、リオン様を信じることにしましたから、ヘレナに気持ちが移ったのではとか、そういう心配はしていないのですよ。今日のやりとりだって……うっ……」


 会ってすぐの内緒話や、頭をこてんとのせられたことを思い出して、変なことを口走りそうになったので、反射的に口を押さえた。クロノが呆れ顔でそれを見る。


「ついに現実でも心の声が漏れとったもんな、お前。しかし、本心を伝えること自体はええんじゃないか。あやつも好かれることに自信がないようじゃし、変にすれ違った方がややこしい。そういう点はある意味似たもん同士じゃよな」

「そ、そういうものでしょうか……。でも、そう、切り替えましょう。とにかくわたくしが目下やらねばならないことは!」


 リナリアはすくっとベッドの上に立ち上がった。


「リオン様のお誕生日をお祝いすることです!! お誕生日当日まで、あと十日ほどしかないのですから、お元気がないなら尚更です!!」


 倒れている期間があったり聖誕祭のトラブルがあったり、新しい授業が始まった影響であったり、なかなか誕生日プレゼントを本格的に準備する時間が取れなかったのだ。


「……本当は手芸で何かお作りしようかとも思ったのですが、わたくしがまだリオン様に差し上げられるものを作れるレベルではないので……リオン様がお好みのものは魔法ということしかわかりません。ずっと考えてはいるものの、どうしようかしら……本の類はたくさんお持ちでしょうし」


「過去に戻る前はプレゼントをやったことはなかったんか?」


「……邪魔にならない程度の水晶の小物などを……お贈りはしたのですが……お付けになっているところは見たことがなく……」

 ぼそぼそと声は小さくなっていく。クロノが肩をすくめた。

「別に下手でも手作りのもんでええんじゃないか? ヘレナなんか上手いかどうかなんぞ気にしないでバンバン絵を描いて渡しとるじゃろ」

「う、そ、それは、多分ヘレナは、恋じゃないから……わたくしも、ウルやヨナスに手編みの腕飾りをお渡ししたのは、恋のような気持ちじゃないからですし……どんなものなら喜んでいただけるのかしら……」

 バーミリオンのそばにあるもの、ないもの……。あのとき王妃のハンカチを渡せたように、彼がいま本当に必要としているものを渡すことは難しい。

 

「ねえ、クロノ。精霊さんは、好きな人に贈り物をする習慣などはあるのですか」

 クロノはしばしポカンとしていた。

「ん? これわれの話を聞かれとるんか?」

「あ、いえ! 精霊さんの間の一般的なことと申しますか! クロノの体験談が聞けたら嬉しいですが、話したくなければ……」

「まーなんと言ってもわれが他の精霊と話したのももう数百年ほど前のことになるから、現在の流行は当然知らんが。そうじゃなあ。気に入った者に自分の魔力のこもったものをやる習慣はあったな」

「魔力のこもったものを」

 リナリアはストン、とベッドに座ってクロノににじり寄る。

「お前たちの先祖に、われの魔力のこもったペンダントを渡したのもそういうアレじゃ。自分の魔力というのは、真名や生年月日と同様に魔術的に重要な情報じゃからな。それを渡すということは信頼の証であり、困ったら役立てろという意味でもある。そういえばわれの親しい友で人間と結ばれたやつも、指輪に魔力をこめてプレゼントしておったのう」

「魔法に関係しているし、精霊さんにそういう習慣があるっていう情報もお教えしたら、もしかしたら喜んでもらえるかも! 魔力をこめるのって、クロノに魔力をお渡しするときのような感じでできるのでしょうか」

「そのはずじゃが、任意の物体に定着させるのはお前がやっとる授業のレベルではまだ無理じゃな。ただ魔力操作の授業で出し過ぎた魔力を吸うのに使っておった魔水晶なら、水晶自体に魔力を引っ張る性質があるから保てる気がする」

 リナリアはぽん、と両手を打ち合わせた。

「魔水晶! ありましたね。ちょうどリオン様の誕生石も水晶ですし、すごく良い気がしてきました。次の魔力操作の時間に、シャロン先生にご相談してみます!」

「ああ、しかし……自分の魔力を渡すということはリスクも大きいことは忘れるな。未来でどういう関係になるか保証はできんが、それでも渡すのか」

 確認され、リナリアは笑顔で頷いた。

「もちろんです。だって、わたくしがこれから先もずっとリオン様が大好きなのは、変わりませんもの」



 パーティーの後は、検閲仕事の手伝いをしていた生徒のことを考慮して数日の休みが設けられる。その休みが明けてから、授業の後でシャロンに水晶のことを聞きに行った。


「あら、リナリア姫は水晶をご所望なのですか? 授業以外で魔力操作の自習をなさるのはおすすめできませんが……」


 魔力を込めたものを誰かに贈りたい……と正直に言うと、止められるかもしれない。少し後ろめたさを感じつつ、慎重に話を続けた。

「その、個人的に魔力を込めたものを見てみたくて。やっぱりレガリアであの水晶を入手するのは困難なのでしょうか」

「そうですね。レガリアでは検閲官の訓練にしか使いませんから、一般に流通してはおりません。それに水晶の原石は危険なので、職人が調整したものを使用しており、お値段もそこそこいたします」

「そうですか……あのう、必要な金額はお支払いいたしますので、お分けいただくということは……」

 シャロンが頬に手をあてて悩ましげに首を傾げる。

「そうですわねえ……ことリナリア姫におかれましては、陛下の許可をいただきませんと……ああ、でも、少々お待ちくださいね」

 シャロンが教室の奥の扉に小走りで入って行った。不思議に思いながら待っていると、彼女は手に何かを握って戻ってくる。リナリアの前で手のひらを開くと、そこには美しい金色に輝いている小さな水晶があった。

「お待たせいたしました。こちら、リナリア姫が初めて魔力を見つけたときの水晶ですわ。変わらず美しい金色なので、すぐに見つけられました」

 

 シャロンがリナリアの手にそれを握らせた。


「よろしければ、こちらをお持ちください。もともと記念のようなものですから、いつかお渡ししようと思っていたのです。リナリア姫が、幸せな恋を思って涙を流したのをはっきりと覚えております。これは、あなたさまの純粋で美しい魔力ですよ」


 それから、シャロンがそっとリナリアの耳に唇を寄せる。


「恋を思って溢れた魔力を採取できたら、他国では恋愛成就のお守りにするそうですよ。リナリアさまに幸せな恋が訪れますよう」


 ひゅっと鋭く息を吸った。シャロンが優しく微笑んで去っていく。

 全てを乗り越え、バーミリオンと手をつないで花畑を歩いたあの日の想像が思い返されて、本当にそうなればと願ってしまう。


〈お守りになるそうじゃが、それをあやつに渡してしまってもええのか?〉


 隠遁中のクロノが念話テレパシーで声をかけてくる。リナリアは、魔力がこもった水晶を明かりに透かして眺めてみた。

 透明な水晶の中で、金色のやわらかな光がきらきらと輝いている。


(……良いんです。なんだかこの色を見ていると、リオン様の金色の髪を思い出しますから)


 リナリアは改めて水晶を両手に握って、胸に抱きしめた。


「……わたくしの魔力が、この色でよかった」

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