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彼の意志

 バーミリオンの護衛はいつものラセットではなく、レガリアに不慣れな者が担当していたらしい。少し先で合流した護衛の顔色は真っ青だった。護衛対象の第一王子を見失ったとあれば、それも無理ないだろう。

「諸々の手続きがいつもより時間がかかってしまったので、待ちかねてしまって。こっそり一人で抜けてしまったから、責任は私にあるんだよ」

 そう言って、バーミリオンは人差し指を唇に当てる。彼はパーティ会場に着くまでずっと機嫌よくにこにことしていた。リナリアの知っているこの時期のバーミリオンは、うつろな目をして一人でいることが多かったから、やわらかな表情を見せてくれているだけでホッとする。

 バーミリオンがヘレナと約束したのはパーティーの後だから、リナリアは今回もバーミリオンのエスコートで会場へ向かうことになった。

 思い返せばリナリアの誕生日も、グラジオの誕生日も、何事もなく終わるということがなかったから、急に緊張してきた。一応数日前にクロノに魔力を送って未来視をしてもらったのだが、パーティー会場の雑多な風景が見えたくらいで、バーミリオンや何か事件についての有意義な情報は得られなかったのだ。

(やっぱり、もう一度未来視してもらえばよかったかしら)

 今からでもやってもらおうかと迷っていると、バーミリオンが周囲を見渡す。

「今日は、サハーラの人達は来ていないのか」

「そのようですね……わたくしのお誕生日にはいらっしゃるかもしれませんけれど」

 そういえば、ヘレナの誕生日については何も言っていなかった。前回プレゼントの鷹でトラブルがあったので、今回は自粛したのかもしれない。

「そうだ。今日、ヘレナへのプレゼントと一緒に、リナに精霊師の本も持ってきたんだよ。後でお部屋に届けてもらうね」

「わあ、ありがとうございます」

 バーミリオンが精霊師について覚えていてくれたのがうれしくて、笑顔がこぼれる。

「私もまた今度留学に来られたら、リナと一緒に魔法の授業が受けられたらいいのにな。そうしたら、いろいろ教えてあげられるのに」

「そうできたら、とっても素敵ですね。あの……魔力を流す練習も、できるといいなと」

 少し照れながらそう言うと、バーミリオンは優しく笑った。

「もちろん。本当は今でもやってみたいんだけど、パーティー中は魔法検査が厳しいものね。残念だけど……」

 話しながら一緒に会場に入ると、リナリアを見つけた貴族たちがいつものように挨拶をしに集まってきた。覚悟していたとはいえ、バーミリオンと一緒のときに囲まれるのはあまり楽しいものではない。この感じでは、まだヘレナやグラジオは来ていないようだ。

 前回挨拶がかなわなかった貴族は自己紹介と子息の紹介に一生懸命になっており、以前も来た貴族は聖誕祭の話や、ヘレナの話を聞きたがった。それに対して慎重に応対していると、バーミリオンもまた話しかけられはじめた。自分の会話の合間に時折聞こえてくる会話を必死で拾っていると、ふと「時に、国王陛下は――」という声が聞こえた。


 リナリアはハッとして、反射的にバーミリオンの腕に抱きついてぐいっと引っ張る。バーミリオンがよろめいた。

「わ。リナ?」

「リオン様! リナ……あの、も、もう座りたいです!」

 我ながら下手すぎるわがままに、かあっと顔が赤くなる。これでは一人で行けばいい話のような気がしてきた。

 続く言い訳を考えていると、バーミリオンはくすっと笑ってリナリアの頭に自分の顔をこてんとのせてきた。

(ひゃーーーーーー)

「お疲れですか。では、お休みしましょうか、リナリア様」

 近くにいたリナリアより少し年が上の令嬢たちが、集まって何か話しているようだった。ご婦人たちは「あらあら」という表情をしている。少し恥ずかしくなって、目を閉じた。

(だいじょうぶ。わたくしたちはまだ子どもだから、きっと周囲からもほほえましい光景に見えていますよね。それにリオン様だって、きっとライム様のように妹をかわいがるみたいなそういうそうだわ今日わたくしちょうどライムグリーンの服を……)

〈相変わらず心中やかましいのう、道を作るからついてこいよ〉

 頭の中の声にハッと目を開けると、クロノが人垣をかき分けて、ちょいちょいと手招きしていた。バーミリオンにそちらを指差すと、彼は頷いてクロノが作った道を抜けた。


 人垣を越えると、バルコニー近くに子供サイズのテーブルセットが用意してあった。その傍にはばあやが控えていて、にこやかに椅子を手で示す。リナリアはバーミリオンと並んでそこに座った。

 バーミリオンは衣装の襟元を直して、ふうと息を吐く。その仕草が大人っぽくて、ついじっと見つめてしまった。見た目は確かに子どもなのに、やはりリナリアがずっと見てきた過去のバーミリオンが時折ちらつくような気がする。

「仕方のないこととはいえ、疲れてしまうね。まだグラジオがいないからリナに負担が偏ってしまうのは困りものだ」

「心配していただいてありがとうございます。むしろリオン様を巻き込んでしまって、すみません」

 バーミリオンは首を振った。

「気にしなくていい。こういうことも、王族としての義務だから。それより、さっきは助けてくれたんだよね」

「え、いいえ! えっと、ただ、疲れちゃっただけですから……」

(リオン様は慣れた様子だったから、今思うと余計なことだったかも……)

 バーミリオンは椅子にもたれて天井を見上げた。

「……父上は相変わらずで、私がお声がけしても何もお話にならない。でも……誰からも気にかけられないのは、きっと寂しいだろう。母上は夢の内容を変えてはいけないと言っていたけれど、黙って未来を待つには私が見る夢は寂しすぎるんだ。父上の目はいつも冷たくて、私はいつも本を読んでいる。ライムも、私と離れるときはいつも寂しげにときに怯えたように私を見る。そんな未来を見るうちに、私もあの日のリナのように未来を変えたくなった。だから、今はそのために努力をしているところ」

「……素晴らしいと思います。きっと、リオン様のお心は、お父様に通じますよ」

 手紙で読んだときは、安易に肯定できなかった。隣国の国王の頑なさを知っていたから。けれど今、未来を変えようとするバーミリオンの決意を聞いたら自然に肯定することができた。きっと、今のバーミリオンは、自分と近い気持ちを抱いている。それなら、リナリアが肯定せずに誰が肯定するというのだろう。

 バーミリオンは、リナリアの方を見て笑いかけた。

「ありがとう、そうならいいな。リナの家族みたいに……なり、たい」

 最後に、少し言葉に詰まってしまったバーミリオンに手を伸ばした。

「だいじょうぶです。だって、未来は変えられます」

「……うん。それにもう一つ、変えたい未来がある」

「もう一つ……?」


(リオン様は、今一体どこまで、何の未来をご覧に……)


 つづけて聞くべきかためらったとき、奥の扉が開かれた。今日の主役、ヘレナのお披露目が始まる。

 バーミリオンが立ち上がった。

「ヘレナも、知っている顔が近くにいないと心細いかも。少し近づこうか」



 バーミリオンと一緒に近づいてみると、ヘレナは母と手を繋いで、隣には兄が控えていた。グラジオが貴族一人ずつに挨拶をしたのち、ヘレナに紹介する。それから母が「ご挨拶なさい」と声をかけてヘレナが挨拶をするという流れだ。ヘレナは母と兄に挟まれて安心しているからか、ずっとニコニコと可愛らしく笑っていた。ヘレナの周りにはどんどん人が増えていく。

(思い出したわ。確か、以前はわたくしが人見知りをして全然挨拶できなかったから、ヘレナの時には同じことが起こらないようにとお母様たちが一緒にいることにしたのだった。わたくしは、それがうらやましくて、ヘレナはずるい、なんて思っていたわ。今回は、わたくしの挨拶に問題はなかったけれど……朝からヘレナが大興奮していたから念のためにそうしたのかも。すごく些細なことだけれど、結果的には同じ構図になっているのも修正力の一つなのかしら)


「ヘレナ様は天真爛漫な笑顔がお可愛らしい」

「リナリア様は神童と言われているが、ヘレナ様はどうなのだろう」

「リナリア様ほど出来すぎない方が可愛げがあっていいだろう」

「今日のプレゼントは何をご所望なのだろうね。まさか姉姫様と同じものが欲しいなんて言わないだろうね」

「わからないぞ、魔法の勉強がしたいなんて言い出すかも」

「はは! それもリナリア様だろう」


 そんな会話がどこからか聞こえてきて、少し身を縮ませた。噂をしている人たちは近くにリナリアがいると思っていないらしい。

 バーミリオンが、そっとリナリアの手を取って軽く揺すった。顔を上げると、彼は微笑んでいた。


(大丈夫って言ってもらっているみたい。お優しい)


 今日が不安で不安で仕方なかったけれど、実際に会った彼はこんなにも優しくて、自分でも未来を変えようとしている。


(このままいけば、全てをリオン様に話して、一緒に協力して未来を変えるという選択肢もあるのではないかしら。そうなったら……いいのに)


 できたら、バーミリオンにも未来を変える体験をしてほしいと思う。それが、彼の父との和解になればと願わずにはいられなかった。

 時折すれ違う貴族たちと話をしつつ、元の席に戻ったら夕方までたわいもない話をして時を過ごした。後は父からヘレナを改めて紹介した後、ヘレナが両親にプレゼントのリクエストをしたら、今日の誕生日パーティーは終わりである。

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