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ヘレナの誕生日

 ヘレナの誕生日当日。リナリアも朝から支度に余念がなかった。

 今日はさわやかなライムグリーンのドレスを自分で選んだ。この間バーミリオンからもらった淡いピンク色のリボンを、髪飾りとしてつけてもらった。祈るような気持ちで、自分でできる限り可愛くしたつもりだ。


(どうか、バーミリオン様がわたくしを見てくださいますように)


 難しい顔をして鏡を見つめていると、後ろからクロノがひょこっと覗き込んでくる。

〈顔が硬いぞ。ほれ〉

 そう言うと後ろからリナリアの頬を両手で挟んで、ぐにっと上に持ち上げる。くちゃりと変な顔になったのを見て、自然に笑ってしまった。ばあやが慌ててクロノを引っ張る。

「ふふ、あはは。変なお顔になってますよ」

「これ、クロノ。姫さまの可愛らしいお顔になんてことをするのです!」

 クロノはばあやに引きずられながら、リナリアに親指を立てた。

〈それでええ。いっくら着飾っても、笑っておらねば意味がないじゃろ。ほれほれ、ヘレナのとこに行くんじゃろ〉

 クロノの言葉に頷いて、リナリアはばあやの方に手を伸ばした。

「ばあや。ヘレナのところにおめでとうを言いに行くわ。ねえ、ばあや……わたくし、ちゃんと可愛いかしら」

 返事は分かっていたけれど。それでもばあやの答えが聞きたくて聞いた。ばあやはリナリアの予想通りの優しい笑顔でリナリアと手を繋いでくれた。

「もちろん。姫さまは今日もとってもお可愛らしいですよ」

「うふふ」

 口元がゆるむ。昔も、もっと甘えておけばよかったと思った。そうしたら、もっと自分に自信を持てたかもしれない。

 ヘレナの部屋を訪ねると、ドアの前に支度済みのグラジオが立っていた。後ろには侍従のユクスと衛兵の服を着たソティスが控えている。

「お兄さま、おはようございます。ヘレナはまだ支度中ですか?」

「おはよー。そうみたい。なんか扉越しにも聞こえてくるくらいテンションが高い。誕生日楽しみにしてたからな」

 リナリアがじっとソティスを見ると、視線に気づいたグラジオが少し笑った。

「ソティス、今日は俺の護衛だから、騎士の正装じゃなくて衛兵と同じ格好がしたいって言ってさ。なんだかんだでどうせ目立つのにな」

「礼装はそれだけで目を引くので、衛兵の装いの方が気分的にもましです。ここ最近無駄に注目されすぎていて疲れているんですよ」

 苦笑していると、ヘレナの部屋のドアが開かれた。扉を開いたエリカは、ソティスの顔を見て「きゃっ」と一歩下がった。

「扉を開けてすぐにソティスさまがいらっしゃるのは心臓に悪うございます」

「人を幽霊みたいに……」

 ソティスが心外そうにそう言った時、部屋の中からヘレナが飛び出してきた。ヘレナはグラジオに飛びついて、ぎゅうっと抱きついた。

「おにいさま、みてみて! ヘレナかわいい? あたまにきらきらつけてもらったの!」

 ヘレナの頭にはティアラが星の欠片のように輝いている。そのティアラも、ふわふわしたピンク色のドレスもあの夢で見たのと同じで、リナリアは胸の奥が少し痛んだ。グラジオはぽんぽんとヘレナの背中を軽く叩いてやっている。

「へいへい、似合ってる似合ってる。誕生日おめでと、ヘレナ。わかってる? 今日からはそんなふうに甘えん坊じゃダメなんだぞ?」

「ええー……でも、きょうは『しゅやく』だからいいんでしょ? ヘレナ、きょうはおとうさまにもおかあさまにも、いっぱいかわいいしてもらうの!」

 ヘレナは続けてリナリアにも抱きつきにきた。無邪気な笑顔にふわふわの髪、フリルがたくさんのドレスは本当に「かわいい」を形にしたようで……それが苦しいのに、一方で浄化されるような気すらして、矛盾していると思いながらつい微笑んでしまう。

「ヘレナ、あなたはとってもかわいいわ。お誕生日おめでとう」

「えへへ! おねえさまだいすき!」

 ヘレナはリナリアをぎゅうっと抱きしめてから、廊下を走り出した。エリカや護衛の騎士が慌ててそれを追う。

「ヘレナ様、お待ちくださいー!」

「はやくはやく! おとうさまたちにもみてもらうのよ」

 前のめりに走るヘレナが転びやしないかとひやひやしていると、角を曲がったときに「きゃあ」という声が聞こえた。

「あー、こけたかな。泣いてないといいけど」

 兄が走っていくのを見て、リナリアも慌ててドレスの裾を持って小走りにそれを追った。角を曲がった兄が「あれ?」というのが聞こえる。


「どうしてこんなとこに?」


 兄のその言葉に、リナリアの足が止まる。もしかして、と壁の陰からこっそり覗く。


 バーミリオンがいた。なぜか従者もつけずに一人でいたようで、ヘレナを抱き止めて微笑んでいた。ヘレナは嬉しそうに、そのままバーミリオンに抱きつく。


「リオンさまだわ! いらっしゃいませ、リオンさま!」


 エリカと護衛騎士は見るからに焦っている。バーミリオンは目を細めてにっこりと笑った。その表情が、リナリアにはヘレナを愛おしげに見つめているように見えて不安になる。バーミリオンはヘレナを前に丁寧に礼をした。

「ヘレナ様、素敵な招待状をありがとうございました。本日は5歳のお誕生日おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。お約束を果たしに参りましたよ」

「やくそく?」

 グラジオが不思議そうに聞き返すと、ヘレナが「ないしょ!」と言って笑う。バーミリオンが、きょろきょろと辺りを見回した。

「グラジオ、リナは?」

「え? さっきまで近くにいたけど」


 その会話に、咄嗟に壁に張りついて隠れてしまった。近くにいたばあやが心配そうな顔をして屈む。

「バーミリオン王子さまに、お姿をお見せした方が良いのではありませんか?」

「でも……」

 ためらっているうち、グラジオがひょこっと顔を見せた。

「あれ、なんだよいるじゃん。ほら、リオンいるぞ」

 兄に手を掴まれて引っ張られる。今はただ無性に不安で、誰かの後ろに隠れたかった。その後ろ向きで暗い焦りは、久しぶりで、懐かしい感覚だった。

 兄に引きずられるように角を曲がると、バーミリオンがこちらを見た。


「リナ!」


 彼の笑顔がパッと華やいだのがわかって、胸がきゅんと締められるような感じがした。同時に、自分が情けなくて目が潤む。

(リオンさまのお気持ちを疑ってしまった自分がいや。なんだか、以前のわたくしに戻ってしまったみたい)

 バーミリオンの笑顔が、心配そうな顔に変わる。バーミリオンの表情を見たグラジオも、手を離してリナリアを振り返った。

「リナ、どうした?」

「リナ……泣いているの?」

 ぎゅっと裾を握ったとき、部屋でのクロックノックの言葉が頭に再生される。


『いっくら着飾っても、笑っておらねば意味がないじゃろ』


 クロノは後ろにいるのだろうか。ばあやに引っ張られながら親指を立てていた姿が思い出されて、少し笑えた。覚悟を決めて顔を上げると、バーミリオンがリナリアの髪に手を伸ばした。どきんと胸が高鳴って、そのまま固まってしまう。

「この前のリボン、髪に飾ってくれているんだね」

 そう言う声がとても優しくて胸がいっぱいになったけれど、リナリアは意識的に口角を上げた。素直に、今の気持ちを言えばいいのだ。

「リオンさま。お会いできてうれしいです」

「うん。私もだ」

 そこへ、ヘレナがぴょんぴょんと落ち着きなく割って入ってくる。

「リオンさま、リオンさま、きょうね、きょうヘレナにもおねえさまみたいなのやってほしいの。ヘレナもソフィアひめごっこしたいのに、おにいさまがやってくれないのよ」

 グラジオが「げっ」と言ってヘレナの肩を押さえる。

「ソフィアひめはぴょんぴょこ飛び跳ねないだろ。ほら、はやく父上と母上のとこ行くぞ」

 バーミリオンは、その様子を見てふっと笑う。

「いいよ、約束だからね。でも、パーティーが先だよ。終わったら遊ぼうね」

 ヘレナが目を輝かせた。

「うん!! やくそくよ、あそんでね!」

 ヘレナを両手を上げ、全身で喜んでから、また走って行った。今度こそ玉座に向かうのだろう。グラジオがバーミリオンにがっくりと頭を下げる。

「なんか悪ィ……今日のヘレナ、大興奮すぎて俺も手に負えないや」

「かまわないよ。ヘレナはずっと今日を待っていたみたいだから」

「また誰かにぶつかってるといけないから、先に見てくる。リナ、リオンをよろしく……あれ、頼むのはリオンの方か? まあいっか」

 兄たちが遠ざかってから、バーミリオンが人差し指でちょいちょいと手招きした。リナリアはその仕草にドキドキしながら近くに行く。すると、バーミリオンはそっとリナリアの耳に口を寄せた。


「あのね、ヘレナは去年のリナの誕生日の時、すごくうらやましかったんだって。だから自分の誕生日にも絶対来てねって言われていたんだ。リナと同じが良いって……それが約束」


 バーミリオンを見ると、彼は少し心配そうにリナリアをじっと見ていた。


「……ヘレナは内緒って言ってたけど、リナにはちゃんと言っておきたかったんだ。だって今日のリナ、なんだか寂しそうにしているから。ねえリナ、私がヘレナとソフィアひめごっこをしても怒らない?」


 そんな顔をされたら、嫌だなんて言えるわけがない。リナリアは眉を下げて笑った。

「もちろん、怒りませんよ。今日はヘレナのお誕生日ですもの。リオン様がお疲れにならない範囲で遊んであげていただけたらと、思います」

 バーミリオンはホッとしたように息を吐いた。

「良かった。もしリナが嫌だったら、ちゃんと言ってね。たとえ約束でも、リナが嫌なことはしたくないんだ。それに……」

 バーミリオンがもう一度顔を寄せる。


「リナとの約束は『ごっこ』じゃないものね」


「すっ、好き……」


 バーミリオンの言葉があまりにも心に刺さりすぎて、いつかの黒い夢のようにうっかり口から言葉がこぼれ出てしまった。ハッとして両手で口をおさえる。あまり大きな声ではなかったはず、と思って恐る恐る隣を見ると、バーミリオンは数秒きょとんとしてから、真面目な顔で人差し指を立てる。


「リナ、今のもう一回言って」


(聞こえてらっしゃるぅぅ……)


「な、なんでもありません。何も言っていません」


 絶望して口を覆ったまま、早足で歩き出す。心臓が口から飛び出しそうだった。手紙では何度も気持ちを書いていたものの、声に出して言う「好き」がこんな、反射的に転がり出るようなものになるなんて、恥ずかしくて埋まってしまいたかった。しかし、バーミリオンにすぐに追いつかれてしまう。


「だめ、もう一回」

「だ、だめなんてそんな……今のはち、違っ、違うんです」

「リナが変なときに言うのが悪い。ね、もう一回」

「リオンさまが、すてきすぎて、つい、あのう」

「じゃあ、私が言ったら聞かせてくれる?」


 じっと見つめられて、リナリアは壁にふらりと寄りかかった。明らかにキャパシティをオーバーして心臓が悲鳴を上げていた。


「あの……今は、後で、ちゃんと……ですから……」

「……ごめん、いじわるしすぎたね」


 くすっと笑う声に顔を上げると、バーミリオンがいたずらな笑顔でこちらを見ていた。

「いじわる……?」

「なんでもないよ。そろそろパーティー会場に行かないとね」

「あ、ま、待ってください、リオンさま」

 すごく振り回された気はしたけれど、未だ続いている胸の高鳴りは悪い感じはしない。楽しげなバーミリオンの横顔を見ていると、もしかしたら悪くない失敗だったのかしらと思えて、少しにやけてしまった。

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