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柘榴石から水晶へ

 年始の仕事を終わらせた父に呼び出されて聖誕祭のことを聞かれた時、式典の感想と共に、世話係のウルがいじめられていたことについて、あったことを簡潔に報告した。いじめのことに関しては、年末グラジオが同席していた件もあるので、少し遡って報告した。

 父は眉をひそめて、「王子や王女のいるところで、そのように義に反することが行われていたのはよろしくないな」と言った。


「しかし、リナリアも、グラジオも王族としてよく対応した。義を重んじ悪をくじくのが騎士の基本理念の一つであるが、王族としてもかくあるべきだ。よくやった。後でグラジオも褒めておこう」


 父の大きな手に撫でられて嬉しかったが、こちらを見るサファイアのような青い瞳を見るとやはりウルのことを考えてしまう。父はウルの名前やガーネットのペンダントについて聞いても、あまり反応はない。リナリアの勘違いだったのだろうか。それか、本当に知らないのだろうか。


(でも、今の情報だけではそんなものかしら。いつか、お父様がウルに会う機会があればまた違うのかもしれないけれど……もしそういう機会があったなら、お母様のことも気をつけて差し上げないといけないわよね)


 父と結婚したことを嬉しそうに話していた母の顔を思い出す。過去の話とはいえ、自分と結婚する前に思い合う人がいて、もしかしたら婚約中に子供ができていたかもしれないなんて聞いたら、少なからずショックを受けるだろう。

 レガリアでは貴族も庶民も一夫一妻制が基本で、王族でも正妻に王子がいれば、原則として側室は取らない。男児がいない、または何らかの理由で王位継承権を与えられないなどの場合に必要があって側室を取る場合は、家柄やその後の関係を考慮して正妻が選んだ女性の中から選ぶことになっている。常に優先されるのは正妻であり、正妻の預かり知らぬところで子供がいるなんてことがあれば、大変な事件である。

 そして、リナリアはウルに直接確認することもできないでいた。せっかくティナやヨナスが戻ってきて笑顔が増えてきたところに、余計なことを言って水を差したくなかった。

 とにかく全てが取り越し苦労なら良いのにと、そう願ってしまう。


 面会の最後にリナリアが父からもらった聖誕祭のプレゼントは、「新しい教養の先生」だった。父はリナリアが幼年教育を終わらせてから数ヶ月、実はずっと新しい教師を探していたらしい。

 これはリナリアにとってかなり衝撃的なことでもあった。年明けから、しばらく止まっていた王女としての教育が再開されるのである。つまり、リナリアの自由時間が減った。検閲官としての修業は継続させてもらえるが、自分の調べ物……精霊師や呪い、レガリア内部のほころびについての調査に割ける時間が減ったということである。

 今回も一刻も早く基礎教育を終わらせねばと、ひそかに腱鞘炎を覚悟した。


 そうして長期休暇も終わり、検閲官の授業が再開された。

 みんなで勉強した成果があり、アーキルの課題は無事に終わらせて提出することができた。ヨナスは最後の追い込みで徹夜したらしく、授業中に居眠りをしてアーキルに追加で宿題を課されていた。

 シャロンの授業も、リナリアは休み中にクロックノックに魔力を渡す練習をしていたので、魔力操作は休み前よりもだいぶできるようになっていた。シャロンには「あとは安定して任意の魔力を動かせるようにしましょうね」、と言われた。

 問題は魔法探知で、相変わらず闇の魔力以外は読み取ることが出来ない。サイラスは焦らなくて良いと言うが、一刻も早く精霊師になりたいリナリアとしては由々しき問題だった。

 これについてはウルやティナに聞いても、感覚によるところが大きいようで上手く言語化できないらしい。

 絵本の中の精霊使いは当然のように魔力を精霊に分け与えるので、どうやってやっているのかの参考にはならなかった。



 日々の勉学や修業に追われているうち、ヘレナとバーミリオンの誕生月、水晶の月を迎えた。

 水晶の月に入ってから、リナリアはずっとソワソワしていた。バーミリオンの誕生日プレゼントの用意もだが──ヘレナの誕生日の夢を見てから、ずいぶん経つ。バーミリオンは、あれからヘレナのことをどれくらい夢に見たのだろう。

 手紙のやりとりは続いていて、最新の手紙にも「会えるのが楽しみです」と書いてあった。その気持ちを疑うことはないのだけれど、不安はあった。その日、バーミリオンがヘレナに運命的に惹かれるものがあったらどうしようとか、ヘレナが皆が見ているところでどう動くのだろうとか……大きな分岐点にならないかと心配になってしまうのだ。

 楽しみなことといえば今回はティナがウルと共にプレゼントの魔力検査に選ばれたことである。前からやりたいと言っていたから、とても喜んでいた。フリッツも選ばれ、彼はそれを辞退しなかった。パーティーに参加する可能性のある貴族の家の者は免除対象だが、今回もパーティーには弟が参加するのだろう。一応父には聖誕祭の感想を聞かれた時にフリッツの演奏についてもしっかり伝えておいたのだけれど、パーティーで演奏をしてもらう約束はリナリアの誕生日からだから、今回は待ってもらうことになる。


「探知の訓練、頑張ってよかったー! たとえ外の門担当でもパーティーの空気が吸えるだけで嬉しいです!」

 ティナが両手でリナリアの手を取って、満面の笑みを浮かべた。リナリアも手を握り返す。

「はい。当日はずっと中にいるのでお会いできるかはわかりませんけれど、ティナたちがいると思うとそれだけでわたくしも楽しい気持ちになれます」

 実際、友人が同じ空間にいると思うと心強かった。

「リナリア様の妹姫様もとってもお可愛らしいんでしょうね! 少しでも見られるといいんですけど──」

「ティナ、僕たちはお仕事で行くのですから。お姫様を見物するようなことを言ってはいけませんよ」

 ウルがたしなめると、ティナはペロッと舌を出す。

「えへへ、そうだった。王族や貴族の方がたくさんいるから、言動には気をつける……だったよね! 当日はウルに教えてもらうこともあると思うけど、よろし……」

「非常に認めたくない事実ではあるが、君のペアはワタシだぞ、ティナ・ロータス」

 ウルをぐいっと押しのけて割り込んできたのはフリッツだった。相変わらず不機嫌そうな顔をしている。ティナは目を丸くした。

「なっ!? なんで!? そ、それこそっ、平民同士でしょ普通!?」

「騒ぐ前に張り出されていた配属をきちんと確認しろよ、平民の目というのは節穴なのか? ウルは前回も今回も城内配属だろうが」

 フリッツの発言を聞いて、隣にいたヨナスも「えっ」とウルを見た。


「ウル、王子の誕生日パーティーも中の配属だったの!? 知らなかった」

「うええ……ウルが優秀すぎてつらいんですけど……いいな〜、すごいな〜」


 二人の視線を受けてウルは少し居心地悪そうに目を泳がせた。


「たまたま……ガリオ先生の目のあるところが良いということで、そのような配属になっただけですよ。本来なら、城外担当です」

 フリッツがハンと鼻で笑って、くるりと踵を返した。

「そうだろうさ。せいぜいパーティーの豪奢な雰囲気にあてられないようにすることだな。ティナ・ロータスは浮かれて恥をかくなよ。最低限のマナーの勉強もしておけ」

「うっ、うるさいな! わかってるよ」


 フリッツの捨て台詞にティナが威嚇する。リナリアはウルに笑いかけた。


「じゃあ、中ですれ違うこともあるかもしれませんね。わたくしの妹は、ふわふわの栗色の髪にピンク色のドレスが似合う可愛らしい子なんです。きっと見かけたらすぐに目を引きますよ」


 ウルはにこりと微笑んだ。


「……王族の方の目の届くところには行かないと思いますが、覚えておきますね」




 一方、ヘレナの方は礼法の実践が危ういとのことだった。本番までに少しでも出来るように教えてやって欲しいと言われ、ヘレナの部屋に行くと母が頭を抱えていた。


「リナリアを基準にしすぎたかもしれないわ……この子ったら座学のテストではちゃんと書けているから理解はしているはずなのだけど、実際に実践するとなると……」


 以前のヘレナがどうだったか、リナリアはあまり記憶に無い。

 ヘレナを見るとぷくっと頬をふくらませている。


「ヘレナはやってるもん。おねえさまがおじょうずなだけだもん」


 母がヘレナのふくらんだ頬をツンとつついた。


「ヘレナ、自分のことをお名前で呼んではいけないのよ。『わたくし』とお言いなさいね」


「ヘレナはヘレナなのに……」


 リナリアはヘレナの隣に座って、ふわふわの髪を撫でてやった。


「あのね、ヘレナ。みなさまの前と家族の前では色々変えないといけないの。わたくしやお母様といるときだけなら好きにしてもいいけれど、うっかりしちゃうかもしれないでしょ? ふだんから練習してみましょうね」


「リオンさまは? リオンさまのまえでも、いつもとかえないといけないの?」


 その言葉にドキッとして、ヘレナの髪を撫でる手が止まる。母が首を振って苦笑した。


「バーミリオン王子は、お隣の国の王子様でしょ? お兄様では無いのだから、ちゃんとお客さまに接するようになさい」


「ええ〜。でも、おにいさまじゃなくても、おともだちよ」


 以前見た夢で、バーミリオンに無邪気に接していたヘレナの笑顔を思い出す。以前のバーミリオンは、あの笑顔にきっと救われた。それは確かなことで──今だって、ヘレナが急によそよそしくなったら、寂しいと感じてしまうかもしれない。

 そう思うのだけれど。きっと誰から見ても魅力的なヘレナの影響が、バーミリオンにどのくらいあるのかが怖くて、母にもヘレナにも何も言うことが出来なかった。


王族の側室制度については、アルカディールもレガリアと同じです。

サハーラは一夫多妻のハレム(後宮)制を取っています。

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