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「母の名前、ですか」


 リナリアの質問にウルは戸惑ったようだった。リナリアは静かにうなずく。


「できたら、瞳の色や、お勤めも。突然すみません、今でなくても構わないですが……わたくしが先に進むために、必要な情報なのです」


 足音が近づいてくる。踊り場では女の子たちが泣いている。ソティスはリナリアの傍らにいたけれど、何も言わない。

 ウルが目を閉じる。それから再び目を開いて、真剣な表情でリナリアを見つめた。


「僕の母は、リネと言います。リネ・クロステン。僕が生まれる前はこちらのお城で働いていたそうです。僕が物心つくころには、母子ともに神殿にご厄介になっていました。瞳の色は、茶色でした。母の出身や、城でなんの仕事をしていたのかは聞いていませんが……繕い物が上手だったので、侍女や針子では無いでしょうか」

「そうですか。リネさん、と、おっしゃるのですね」


 覚悟はしていた。

 

 平民が持つには高価すぎる贈り物。

 ウルの母の髪の色に合わせた赤い柘榴石ガーネット

 父の特別な、赤毛の女性。

 それに、ウルの青い瞳や魔法の才能。

 

(ガリオ長官が、ウルを取り立てているように扱う割には、わたくしとの身分差を徹底的にわきまえさせて殊更にウルが平民であることを強調し、貴族出身の子供たちのプライドを逆撫でして周囲から孤立させるような環境を作っていること……。一平民に対する仕打ちとしては非常に不自然で不可解でしたが……ウルが()()だと仮定して、ガリオ長官がなんらかの理由でそれを知っていた場合……並々ならぬ悪意を持ってウルに接している可能性があります)


 ひとつひとつは些細なことで、けれどもし()()だとしたら全部必然に思える。

 

(けれど、決めつけるのは早計だわ。名前と特徴が同じだけの別人かもしれない。本当にただの偶然かもしれない。お父さまとお別れになった後、別の男性と出会われていたのかもしれない。だから今重要なのは、ウルのお母様がわたくしのお父様にとって大切な人だった可能性があって、ガリオ長官がウルの出生についてなんらかの情報を掴んでいる可能性があるということ。それから……ウルがそれを知っているのかということ)

 

 マチルダ神官が到着したらしい。ウルは不安げにリナリアを見つめる。


「……リナリア様が必要な情報はお渡しできましたか」


 リナリアは静かに頷き、微笑んだ。


「ありがとう、ウル。あなたに今度、見せたいものがあるんです。すぐにとは行きませんが……きっとお見せします」



 それから、リースとルオナのことをマチルダ神官に報告した。結果的にウルに怪我が無かったのと、二人がよく反省していたので、あまり重い処分にはならないかもしれない。ただし、リースに関しては看板を塗りつぶしたこと、ウルの本を故意に隠し持っていたことに対してエルクと同程度の罰が与えられることになりそうとのことだった。

 「あったはずの未来」を見ているリナリアからすると軽すぎる気もしたけれど、あの子たちがより重い罪を犯すことも防げたと思うことにした。


「アーキル先生のおっしゃっていた通り、今後同じことが起こらないことの方が重要ですものね」


 机でバーミリオンにもらったペンをいろんな角度から観察しながらクロノに話しかけると、クロノは「うむう……」とベッドから気だるげな返事をした。

「今日も待機したり助けたり人を呼んだりして疲れたぞぉ、リナリア。はよう魔力をくれんかの」

「あ、そうですよね。ただいま!」

 ぴょんと椅子から降りて、ベッドにのぼる。クロノが寝転がったまま出した右手を両手で握り、魔力が手に流れるよう意識を集中させた。クロノは気持ちよさそうな顔をした。

「うむ、疲れた身体にしみわたる、というやつじゃ」


「クロックノック様、あの……」

 あえてその名で呼ぶ。

「……レガリア王族の血を引いているか確かめる方法とか、あったりしますか」


 父に直接確かめたら早いのかもしれないけれど、今の自分でどうアプローチすべきなのか答えが出なかった。クロノは真顔になってじっとリナリアを見る。


「ウルの小僧の話か。うーん……確かにあやつはやたら魔法の才が際立っておるから、レガリア王家の血を引くと言われても納得じゃが、はっきり確認する方法となるとな。われがお前の先祖と交わした『子孫を助ける』という約束は、お前があの日使った翡翠のペンダントが発動条件じゃったわけじゃが……」


「あ! ではあのペンダントをウルに持ってもらったらわかったりするのでしょうか。あれはわたくしの婚約が決まった記念にとお父様からいただいたので、今はおそらく宝物庫にあると思います」


 クロノはしばし首を傾げる。


「……うーん、あれな、もう無いと思う」

「えっ」


 リナリアは固まる。魔力の流れも止まった。クロノは苦笑してリナリアの両手の中から自分の手を抜いた。


「そりゃそうじゃ。あれがこの世にあったら、われが二人おることになってしまう。お前とわれの魂情報が前の世界からこの新しい世界に移ったのと同様、ペンダントも空になった状態でこの世界に移っとるわけじゃ。残ってたとしても残骸で、機能は期待できんじゃろうな」

「そうなのですか……」


 しょんぼりするリナリアを、クロノは寝転がったままぐりぐりと撫でた。


「お前が知りたいだけならば、下手に手を出さん方が良いかもしれんぞ。仮に、あやつがお前の父の落としだねだとしてじゃ。ややこしいじゃろ。第一王子であるお前の兄より年長なのじゃ。跡目争いに発展せんとも限らん」

「それは、はい……そんなことにはなって欲しくありません」

「われも、お前を助けるためにやり直した時代でそんなことになったら、お前たちの先祖に顔向けできん」

「はい……でも、ウルには……あの絵をいつか見てほしいなと思います。あの絵が、ウルのお母様だったら……ウルに見せてあげたい」

 針仕事をしている美しい横顔、お祭りで踊る幸せそうな笑顔……リネというあの人は、あの父の絵を見たのだろうか。

 クロノが起き上がってリナリアの頬を挟む。


「ふぐ」


「今は素直に未来が変わったことを喜んでおけ。ウルの小僧が無事じゃったということは、休み前に頼んでおいた呪いの件について、あいつが研究を進めてくれるかもしれん。お前の未来にとってもよく働くじゃろ」


「……そうですね。今日は未来を変えられて本当によかったです。次に気をつけるのはヘレナのお誕生日ですけれど、今のわたくしやお兄様なら多分大丈夫なのでは無いかなと思っています。ヘレナ関係で気になるのは、フォルド・グリフィンでしょうか。あの子はいつフォルドと出会ったのかしら」


 グリフィン領についての情報は以前ヨナスから聞いた、異種族が多いことくらいしかまだわからない。ただ、前の世界ではバーミリオンを殺したはずの人だから、彼がバーミリオンにとって悪い未来につながらないように気をつけていないといけない。


「後はうかうかモタモタしているうちに、ヘレナにバーミリオンを取られないかっちゅうことかの」

「うっ……が、頑張ります……お母様との婚約計画も、あ、ありますし……い、今は両想い、のはずなので、気持ちを維持できるように頑張ります……うぐ」


 もう一度クロノに頬を挟まれる。クロノはニヤニヤと楽しそうに笑っていた。


「ふふ、面白い顔じゃのう。あと、われは明日ソティスのテントに行って隠遁魔法を教えることになったんじゃった。全く面倒なことじゃの……」


 そういえば以前非番の日に魔法を教えると約束をしたのだった。リナリアはこくりと頷いた。


「行ってらっしゃいませ。明日はずっとお部屋にいますから、わたくしは大丈夫です。そろそろアーキル先生の課題を進めたり、休み前にお借りした本やラビィにいただいた絵本を読まないといけませんしね。精霊や精霊師のことをお勉強して、精霊界に行けるよう準備をしませんと」


 クロノがぽんと手を打った。表情はいきいきしている。


「そうじゃそうじゃ。精霊界に行かんとな。お前、魔力の移動もかなり上手くなってきたから、あとは安定性と量の調節じゃな。精霊師になるには周囲にある魔法素を探知して、自分の中に取り込んで自らの魔力に変換する技術も必要になる。しばらくはコツコツ修業するしかなかろうな」


「なるほど……クロックノック様が森でなさっていたことに近いことを出来るように、ということでしょうか」


 クロノが満足そうに頷いた。


「理解が早うて何より。われとの間なら魔力をそのまま譲渡すればよいが、さらに技を磨けば他属性の精霊にも魔力を譲渡できるようになる」


「まあ! そんなことも?」


 クロノはニヤリと笑ってリナリアの頭にぽんと手を置いた。


「精霊界でも伝説になっている精霊師は、全ての属性の精霊と契約を結んだ。お前の場合はわれがおれば十分じゃが……ま、時間はまだあることじゃし、励めよリナリア」


 リナリアは力強く頷いた。


「はい。バーミリオン様と……わたくし自身にとって、よりよい未来へ進むために」



補足ですが、レガリア・アルカディールでの宝石の価値は、美しさや希少さ以上の意味があるので現代日本で想定するよりも高価になっています。


また、バーミリオンの番外編に少し出てきますが、各月が宝石の名前を冠しているため、自分の誕生石は守護石=御守りの意味合いを持ちます。


聖誕祭編はここで一区切りです。

5章はもうちょっと続きます。

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