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新しい未来

 ルオナが手を放し、ウルの体が浮いたそのとき。


〈出るぞ!〉

(おねがいします!)


 隠遁魔法で階段に潜んでいたクロノが、両手を前に出して階段を駆け上がる。


 ウルが階下に落ちることはなかった。

 その代わり階段の中腹あたりで、ウルの体は何かにぶつかったようにがつんと揺れる。


「痛っ!?」


 クロノが両手の前に作った光の壁に落下が止められたのだ。踊り場にいる二人からは、クロノが伸ばした手にウルが支えられたように見えるだろう。


「えっ、あれ……?」


 ウルはまだ何がどうなったのか把握できていないようで、光の壁に身を預けたまま混乱していた。クロノが壁を解除し、改めてウルの両肩を支える。


「腹に力を込めろ。重い」

「あ、す、すみません。ありがとう、ございます……」


「く、クロノ、もうちょっと優しく……」

「自分が受け止めた方が良かったんじゃないですかね。彼もあの人に借り作るの嫌じゃないですか?」


 階下から心配そうに見上げるリナリアと、その横で腕を組んでいるソティスに気がついて、呆然としていたルオナとリースが踊り場で抱き合う。


「なんで、どこから……! 誰もいなかったはずなのに」

「王女様は、もう退場なさっていたはずでは……!? 神官様たちだって出払って……」


 クロノが【未来視】をもとに別行動でリースをマークし、動きがあったときに念話テレパシーで連絡をもらい、隠遁魔法で階下に隠れていたのだが、当然そんなことは言わない。リナリアは肩をすくめてみせる。


「……今日の記念に花びらが入っていたカゴを持って帰ろうと思っていたのを忘れていて……ソティスに()()()()を言ってこっそり戻ってきたのです」

 実際、上にはわざとカゴを置いてきてある。


「まさか、そんな折に()()神官見習いの方々がもみ合っている現場に遭遇するとは思いませんでしたね」


 ソティスがじろ、とリナリアを見下ろすのを笑顔で流した。ソティスには最低限の説明しかしていないので、少し怪しまれていそうだ。それについては後ほどクロノと一緒にフォローすることにする。

 待ち構えていた貴族や神官たちの対応は、ばあやがしてくれているはずだ。

 二人は抱き合って小さく震えていた。その足元には『魔力の発現と変質』――ウルが失くしたと言っていたアーキルの本が落ちていた。リナリアはじっとルオナを見つめる。


「ルオナは今日がお誕生日なのではないですか?」

「な、なぜ、それを」


 リナリアは悲しく微笑んだ。


「ガーネットは今月の誕生石ですからね。関係があるのではと思い、クロノに今月が誕生日の人を念のため確認してもらったんです。おそらくリースは……ガーネットの首飾りを、ルオナへのお誕生日プレゼントにしようとしていたのですね。その気持ちはとても友達思いで素敵だと思います。でも、人が大事にしているものを奪って行うことではありません」


 リナリアが静かにリースを見上げてそう言うと、彼女はルオナと抱き合っていた手を放して、ふらふらと階段に近づいた。ルオナがあわててリースの腕を掴む。


「リース! 危ないわ」

「彼よりもルオナの方がガーネットを必要としているんですよ。物というのは必要としている人のところにあった方がいいんでしょう。だから、私たちは寄付をし、貧しい人々に施すのでしょう? 持つ者は持たざる者に与えるべきです。ウルは持つ者なのだから……良いではないですか」

 ウルが胸のペンダントを握る手に力を込めていた。

「……僕は、持つ者なんかじゃありません。父の顔も知らず、たった一人の家族だった母ももういません。家も無いし、好きなものを買うお金だってほとんどありません。僕から見たら、あなたたちの方がよほど持つ者ですよ」

 リナリアも階段に近づく。ソティスがその斜め前になる位置で控えた。リナリアは、リースの手を掴むルオナの顔を見つめる。

「……ルオナはどうしてガーネットを必要としているのですか」

 ルオナの顔がくしゃりと歪む。

「……王女様にはわかりません。私の気持ちなんて。私は、今までずっと欲しかったものをもらえませんでした。ガーネットのペンダント、欲しくて欲しくて仕方なかった。いつだって、お姉さまばっかり。看板の絵を見て苦しかった……。リースは、全部、自分のことのように、私のために全部やってくれたのです。私の理解者は、あの子だけ」


 ウルが、まっすぐにルオナを見た。


「それでも僕は、()()じゃないとダメなんです。父が母に贈り、母が僕にくれたペンダントは、この世に一つしかないんです。だから、ガーネットがどうとか、あなたたちの気持ちなんて関係ありません。僕にとってはこのペンダントじゃないと意味がないんです」


 ルオナはウルの視線と言葉に、一歩下がる。リースの腕を掴んでいた手が緩んだ。

 リナリアは深呼吸をし、「リース!!」と大きな声で叫んだ。リースとルオナがびくりとする。ウルも驚いた顔でリナリアを見た。


「ウルのお父さまがお母さまのために用意し、お母さまがウルのために遺したペンダントを取り上げるなんて許されません! 他の人が別の誰かのために作られたものを奪い取ってプレゼントにするなんて、ウルとその家族だけでなく、ルオナも傷つける行為ですよ!」


 リースの顔がかっと赤くなる。震える足で、階段を下り、まっすぐにリナリアの方に向かってくるので、ソティスが前に立ちふさがった。

「王女様は、王女だからそんな簡単に言うんです! 最初から持っている人は……神童だなんて、人に評価される人は!」

「リース……」

 ルオナが踊り場に立ったまま、リースを見つめていた。彼女は、何か迷っているようだった。緊張して胸がドキドキしていたけれど、リナリアは、ふうと息を吐く。できるだけ気持ちを落ち着けてから、ルオナを見て語りかけた。


「……ルオナが本当に欲しかったのはウルのペンダントではないはずです。どんなガーネットでもよかったわけではないでしょう。あなたが欲していたのは、『あなたのためのガーネット』なのではないですか。ウルがお母さまから受け継いだペンダントはこの世で一つしかないのと同じように、あなたが欲したものも、あなただけのものです。そして……たとえ、お姉さまに与えられた実物を得たところで、それはあなたが欲していたものではありません。

 ウルが持っているペンダントはウルのためのガーネット、お姉さまが持っているのはお姉さまのためのガーネット。それらを手に入れたとしても、結局ルオナが欲しいものではないでしょう」


 リースが困惑した顔をして、ルオナを振り返る。ルオナはへたりと座り込んだ。ぽろぽろと両目から涙が流れている。

 リナリアはドレスの裾をぎゅっと握る。確かに他の人から見たら、リナリアは何不自由なく満たされているように見えるのだろう。それも否定はできない。リナリアは生まれたときから高価なものに囲まれ、身の回りのことは使用人にやってもらい、優しい家族に恵まれていた。それを今、やり直してみて、より実感している。

 それでも満たされない思いを抱いていたのも本当で、呪いだってあるし、何より――一番欲しいものを手にするには、まだまだ足りない。


「わたくしとて……王女だからと言って、すべて持っているわけではありません。本当に欲しくて欲しくて仕方ないものは、王女であっても手に入りません。でも、手に入らないからと言って他の人と比較してうらやんでも仕方ありません。ちゃんと自分の力で……誰にも恥じないように、頑張らないといけないんです。

 リース、ルオナにガーネットをあげたかったら、ちゃんとルオナのためだけに新しいものを用意しておあげなさい。今すぐじゃなくたって良いではないですか。ルオナのための、ルオナだけのガーネットを贈れるのは、あなたしかいないのです」


 ウルが、階段からじっとリナリアを見つめていた。

 リースがリナリアに背を向け、階段を駆け上る。途中でつまずきそうになりながら、踊り場で涙を流すルオナを抱きしめ、声を上げてわんわん泣き出した。それにつられたようにルオナもまた、声を出して泣き始める。

 リナリアは深呼吸をして、クロノに微笑みかけた。


「クロノ、マチルダ神官を呼んでください。二人をお任せしたいわ」

「おう……じゃなくて、はい」

 クロノは親指を立ててから、階段の中段あたりからひらりとジャンプした。ソティスがぎょっとした顔で「あっ、また」と言ったけれど、クロノはしれっと両手を上げて着地し、ソティスに舌を出してから神官を探しに走っていった。ソティスは明らかにイラっとしていた。


「……姫君、あの人を少々自由にさせすぎではないでしょうか」

「あ、あ、えっと、ほら、ああいう人ですから。つないでおくことは出来ませんよ。えっと……ありがとうございました。付き合っていただいて……」

 ソティスは目を閉じて軽く首を振る。

「忘れ物をしたら普通は持ってこさせるものなのに、どうしてもご自分で行きたいとおっしゃるので、何かあるとは思ったんですよ。気まぐれのセンも考えましたけど、姫君は殿下より賢いときありますし。そうしたら案の定、階段のところにあの侍女がいるし、隠れろって手で合図されるし。まあ自分、未だに理解しきれてないんですが、この前いじめられていた少年がまたピンチだったんですよね。で、今のことを説明するまでお帰りにならないんですよね」

 じとっとこちらを見下ろすソティスに苦笑いして小声で返事をする。

「すみません、魔法の件で融通しますから、貸しということでお願いいたします」

 そこへ遠慮がちにウルが近づいてきた。片手はまだペンダントを掴んでいる。

「リナリア様……あの、ありがとうございました。ぜったい頭から落ちると思ったので、た、助かりました。その……あれって、魔――」

 リナリアはウインクして人差し指を立てる。ウルはハッとした顔で頷いた。リナリアは、まだ踊り場に落ちたままのアーキルの本を見上げた。

「ウルは、アーキル先生の本を口実に呼び出されたのですか?」

「はい、探していた本を上の階で見つけたから確認してほしいと。もともと彼女が隠し持っていたのか、どこかで見つけてくれたのかはわかりませんが……ああいう風に利用されるためだったとは。以前アーキル先生が『君にあげた』と言ってもらっていなかったら、僕は迷っていたかもしれません。あのとき、先生の部屋に行けたのはリナリア様のおかげです。ありがとうございます。本当に、色々と……」

 ウルが祈るように手を組み合わせた。神殿の入り口の方から、足音が聞こえる。クロノやマチルダ神官だろうか。

「ウル、あなたに聞きたいことがあるんです……」

 リナリアはウルの目をまっすぐ見上げる。

 無事にウルを助けて未来を変えられたら、確認しようと思っていた。前に進むために。


「ウル。あなたのお母さまのお名前は……何とおっしゃるのですか」

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