〜░▓▒▓░の独白〜 前編
いつだって双子の姉が一番だった。
同じ日に生まれたのに、私と姉は全然似ていなかった。明るく社交的で頭が良く、その上に美しかった姉は、会う人みんなに好かれていた。人見知りで大人しく、物覚えが良くなかった私は、いつも姉と比較されていた。
お父様やお母様に「同じ日に生まれたのに、どうしてこうも違うのだろうね」と残念そうに言われるたびに、私はますます身を縮ませ、陰気になった。姉は成長するにつれて私のことを恥ずかしがるようになった。私が家庭教師に怒られた日には決まって、「私の妹として恥ずかしくないようにしてちょうだい」と言われた。
昨年、12歳の誕生日。誕生日プレゼントをもらえたのは、姉だけだった。
お父様に「お前は神官クラスに行きなさい」と言われて、私は自分の立場と将来を知った。
神官や魔法検閲官の見習いには平民も多い。表向きでは貴族の子女にも門戸が開かれているように言われているけれど、敬虔な信者かよほどの変わり者以外、将来を期待している我が子を神殿の管轄に入れることはしないのが現状だ。神官クラスに入れるのは花嫁修業の一環と言われることもあるけれど、良い縁談を期待するなら王族や上位貴族も通う貴族クラスで交流をした方が良いに決まっている。
神官クラスへ行けと言われたということは、私はお父様に見放されたも同然だった。
誕生日プレゼントの代わりに聖典を渡された私は、姉が私の隣で美しいプレゼントを見せびらかすのを黙って見つめるしかなかった。
姉の胸に光るガーネットの首飾りが、羨ましくて羨ましくて仕方なかった。
学院生活にも神官見習い生活にも期待していなかった。
けれど、神官クラスであの子に出会った。
今年の神官見習いの女子で貴族出身なのは、彼女と私の二人だけ。私たちはすぐに意気投合した。
皆が寝ている時間からのお祈り、神殿の掃除、休日の奉仕活動……とても貴族とは思えない生活。貴族として必要な一般教養や礼法など座学の時間だけ、貴族クラスや騎士クラスの人たちと同じ教室で学ぶ。貴族クラスの清楚でかわいらしい制服を見ると、神官クラスの真っ黒で地味なワンピースが恥ずかしかった。姉の姿を見ると余計に自分と比べてしまって、みじめになった。だから共通授業の間、私たちは教室の隅に縮こまって授業を受けていた。同期の男子生徒が「神官クラスの女子たちは慎ましやかだけれど、華が無いね」なんて言っていたのを耳にしたこともある。
それでも、あの子がいたから大丈夫だった。授業で難しいところも二人で相談して頑張って解いたし、全然楽しくない神官の修行も終わった後にあの子と一緒に愚痴を言えば気が晴れた。空いた時間には二人で髪の結いあいをしたり、着たいドレスの絵を描いたりして過ごした。学年が上がって自由時間が増えたら、一緒に街に買い物に行きましょうと約束した。
いつでも二人一緒に手を取り合っているのが楽しくて、私は姉のことをだんだん考えなくなっていた。
ある日、神官見習いに新しい人が加わった。ウルという名前の、王女さまのお世話係をしている男の子。魔法検閲官見習いだけれど、王女様が神官見習いになるのに合わせて、彼もまた神官見習いと掛け持ちをすることになったらしい。
5歳の王女様は毎日の早朝のお祈りも、神殿の掃除にも参加しない。わかりやすい特別扱いだった。世話係である彼もその生活に合わせて神殿の掃除にも参加していない。休日の奉仕活動には参加していたとはいえ、見習いがすべき仕事をしていないと同期からも不満が上がり始めていた。
彼はもともと孤児院にいたのにどういうわけか副神官長さまに拾われ、目をかけられているらしい、と噂で聞いた。同期のエルクは敬虔な貴族の家の次男で、学院に入学する前から副神官長さまの弟子にしてもらっていた。だからエルクは、副神官長さまに特別扱いされている彼を目の敵にしているのだとあの子から聞いた。彼がエルクたちにいじめられているのは、多分みんな薄々気づいていたけれど、あまり深く踏み込まないようにしていたように思う。休日の奉仕活動で、服がひどく汚れる掃除をする日があった。みな着替えを持ってきていたけれど、彼だけ着替えずに汚れたまま帰っていた。後であの子に聞いたところによれば、エルクが彼の着替えを破って着れなくしていたらしい。エルクは乱暴者だったから、あまり親しくしない方がいいよとあの子に忠告したことがあるけれど、彼女は笑って「仲良くしておく価値はあるの」と言っていた。いつかトラブルに巻き込まれないか心配だった。
そういえば、孤児院の生活というのは大変らしい。お金が必要最低限しかないから、個人のものは買ってもらえないし、ご飯の量も少ないし、学校にも行けないと聞いたことがある。私は、彼のそれまでの可哀想な境遇、そして貴族の子息たちにいじめられている現状に同情した。彼に比べたら自分は飢えていないだけ幸運なのだと、そう思って自分を慰め、彼を憐れむ優しい自分に満足していた。
でも、あの準備の日。私は見てしまった。
それは本当に思いつきだった。エルクに追いやられて一人離れたところで作業をする彼に、その日の作業時間が終わることを伝えてあげようと思ったのだ。
あの子と一緒に王女様のお近づきにもなれそうだったから、少し心の余裕も生まれていた。彼に親切にすることで、私の話を王女様にしてくれるかもしれない。それに上手く王女様の「ご学友」になれたなら、世話係の彼にも優しくしてやる必要があるだろう。そう思って、彼を探しに行ったのだ。
彼は他の男子とはずいぶん離れたところで看板に色を塗っていた。声をかけようとしたとき、彼が手に持った何かを見ながら作業していることに気がついた。
それは、ガーネットの首飾りだった。
私がもらえなかったガーネットの首飾りを、なぜか彼が持っていた。
どうして? 孤児のくせに、どうしてそんな良いものを持っているの?
あなたは私よりもずっとずっと可哀想な子のはずなのに、どうして私が欲しくて仕方ないものを持っているの?
声が出せなくて固まっていたら、彼の方が先に私に気がついた。彼はペンダントを首にかけて服の下にしまい、澄ました顔で「どうしましたか」と私に聞いた。
私はひどく動揺しながら作業時間が終わることを告げ、彼の描いていた看板を見た。彼が塗っていたのは全体の左側、聖典の女神降臨の場面を象徴的に描いたところ。そこには、雪に転がるガーネットがあった。本物を見ながら塗ったそれは、ただの赤い絵の具で塗った赤色ではなくて、ちゃんとガーネットの赤色をしていた。
彼が絵の具を片づけ始めると、私は逃げるようにその場を後にした。久しぶりに姉の顔を思い出してしまって、頭がガンガンした。
戻る途中、私を探しに来たあの子と会った。私を見つけて安心したように笑った彼女の顔を見たら、いろんな思いがごちゃまぜになり、抱きついて泣いてしまった。
あの子は私の手を引いて物陰に隠れ、全部聞いてくれた。幼い頃のことも、姉のことも、ガーネットのことも、さっき見たことも、全部、全部。
あの子は私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。
「あなたは何も悪くないわ。全部、あなたを苦しめる周りの人達が悪いのよ。私はずっとあなたの味方よ」
あの子は、醜い私を全部丸ごと認めてくれたのだ。それが分かっただけで、私は幸せだった。
――それで幸せだったのに。
王女様が騎士を連れて護衛の下見に来た日。一緒に来た王子様が神殿の中を見学に来たから、女の子たちはみんな興奮して作業どころではなかった。その間に、あの子がそっと神殿を抜けたのを見た。
気になってこっそり後をつけると、あの子は井戸のところでエルクに何か話していた。彼にしなだれかかるようにもたれたり、彼の耳に口を寄せて内緒話をしたり、なんだかやけに距離が近くて不安だった。
エルクと別れたタイミングで声を掛けたら、あの子はびっくりしていたけれどすぐにいつもの通りにっこりと笑った。「きっとうまくいくから楽しみにしていてね」と、あの子は言った。それからあの子は「先に戻っていてちょうだい」と言って、私から離れ、走ってどこかに行ってしまった。それを追いかけないといけないと思っていたのに、私の足は動かなかった。
あの子のことが気になってのろのろと神殿に戻ったとき、アドルフ神官が後ろから走ってきて私を追い越した。人だかりができていたので様子を伺うと、いつもエルクと一緒にいる男の子たち……カスパルとマヌエルが王女様が連れてきた騎士の両脇に抱えられていた。断片的に聞こえた会話から、ウルがいつもよりも激しくいじめられていたらしいこと、その現場を王女様や王子様が目撃して問題になっていることを知った。
そのとき後ろからあの子が走ってくるのに気がついた。息を荒くしているのは走ってきたからだと思っていたけれど、どうもそれだけではないような気がした。あの子は涙目になっていて、震えていて――手を見ると、袖が汚れていた。黒いワンピースについた汚れだから、きっと注意深く見ないとわからない。けれど私にはわかった。あの子のことは、ほんの少しの違いだってわかるもの。
私は何も聞かず、あの子と手をつなぐと、喧噪にまぎれ、いかにも最初からいたかのようにふるまった。王女様は呆然として侍女と見つめあっている。私たちはずっとここにいた――そういう印象を与えられればと思い、私は王女様に話しかけた。彼女も、自然に会話に加わる。いつものように。
王女様が王子様を追って場を離れると、私はあの子の手を引いて神殿内の手洗い場へ向かった。私は黙ってあの子の袖の汚れを水で洗い、自分のハンカチで水気を吸った。ハンカチは、赤い色をしていた。その瞬間、私とあの子は共犯になったのだ。
ウルの看板が塗りつぶされていたと聞いても、私たちはお互いに何も言わなかった。確認しなくても知っていた。あの子は、私のためにそうしたのだ。
あの子は、私を苦しめたものを排除してくれた。それだけ。
それだけなのだけれど、私はとても苦しかった。