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聖誕祭の前日

 朝食に、久しぶりに母が同席した。ようやく年末の仕事が一段落らしい。ヘレナが喜んで母にくっつくようにして食事をしていた。

 リナリアは昨日思い浮かんだウルのことが気になって、母の顔をじっと見てしまう。その視線に母が気がついて、「どうしたの?」と聞いた。

「ヘレナがあんまり甘えるから、リナリアもお母様に甘えたくなってしまったのかしら?」

 母を取られると思ったのか、ヘレナがぷうと膨れて母の腕に抱きつく。リナリアは慌てて首を振った。

「あ、ちがうんです。あの、お母さまは、お父さまと婚約されたのはいつ頃だったかしらって……えっと、最近、周りの方がわたくしの婚約の話に興味を持たれるので」

 つい、言い訳じみたことも口にしてしまう。母は難しい顔をした。

「あら、そうなの? あなたの耳に入るところでも話すなんて、みんなずいぶん気が早いのね……。お母さまが正式にお父さまの婚約者になったのは11歳のとき。お父さまが学院をご卒業なさったタイミングよ。在学中に婚約者を決めると、周りが気を使うからそれまではお決めにならなかったのだそうよ」

 在学中に婚約者を決めなかった理由が未来の兄と同じだった。兄も父からそういう話を聞いたのだろうか。母はふふ、と嬉しそうに笑う。

「でも、良かったわ。もし学院に入学するときにお決めになっていたら、お母さまはリナリアと同じくらいだったから、きっと選ばれなかったもの」

 父と母は七つ違いだ。確かに、子供の頃の七つは大きい。

(ちょうど今のわたくしとウルと同じ――)

 ふるふると首を振る。昨日からウルのことが気になって仕方がないけれど、そんな偶然あるわけないとも思う。

(それに、ウルが生まれたころお父さまはもう婚約していたのだし、そうよ。お父さまだって、そんな、こと……)

「リナ?」

 兄の心配そうな声でハッとする。母も心配そうにリナリアを見ていた。

「お前、やっぱ疲れてんじゃないのか? ソティスから今日はリハーサルって聞いてるけど大丈夫なの?」

 リナリアは慌ててこくこくと頷いた。

「大丈夫ですよ! 昨日もたくさん寝ましたもの!」

「気をつけるのよ、リナリア。色んな人がたくさんいるから、人に囲まれたり困ったことがあったりしたら、すぐにばあやとソティスに頼りなさいね。お母さまたちが行くと大事になってしまうから」

 母も心配そうにしている。ヘレナも、大きな目でじっとこちらを見ている。変なことを言って余計な心配をさせてしまったかもしれない。つい、自分のことが中心になってしまったことを反省した。出来るだけ明るく笑う。

「はい。無理はしません。楽しいお話が出来るようにしますね」


 朝食後ソティスと合流したら、ソティスはさっさとリナリアを抱き上げた。

「えっ」

「さっき殿下に言われました。今日の姫君は疲れが見えるので移動時は運んでやってくれと」

「まあ、そうでしたか……ありがとうございます、すみません」

 兄のやさしさが少しくすぐったい気がしたが、今はありがたく受け取っておくことにした。クロノがちょこちょこと早足でついてくる。

〈こいつ、さっさかさっさか歩きおって。ばあさんがついてくるの諦めたぞ〉

 身をよじって振り返ると、ばあやが小さく手を振っていた。本当に諦めている。

(今日は早く着いてもらった方がこちらにも都合が良いですから……今日はガリオ長官も来ているでしょうし、頑張りませんとね)


 神殿の飾りつけはもう完了していた。神殿内部に入ると、神官見習いたちは各々の座る予定の席を確認しているところだった。

 壇上にガリオ長官の姿が見えたので、少し緊張する。フリッツと何やら話しているようだった。よく見たら、ガリオ長官の傍らにエルクもいる。ソティスに言って降ろしてもらい、近くまで行くとガリオ長官はリナリアに恭しく頭を下げた。エルクは長官の態度を見て慌てて頭を下げ、フリッツはこれ見よがしに大げさな礼をした。例によって頭を上げるように言うと、ガリオ長官が目を細めてリナリアを見た。

「リナリア王女殿下、ごきげんよう。エルクがする予定だった演奏を、王女殿下直々のご推薦でフリッツがやることになったそうですね」

 リナリアは微笑んだ。

「はい。わたくしが推薦いたしました。フリッツなら、きっと短期間でも完成度の高い演奏をしてくださるだろうと思いましたので」

「しかし、エルクはどうします。よき演奏をすることで、彼の過ちを挽回する機会になったかもしれません。リナリア王女が彼の更生の機会を奪ったともいえるのではないでしょうか」

 リナリアはちら、とエルクを見る。エルクはこちらを睨んでいた

「お言葉ですが。自分が演奏に出ないと他の人が困るのを盾に、過ちを無かったことにしようとした彼のやり方を通すわけにはいかないと思いました。エルクたちがウルにしたことは、わたくしやお兄様が見ています。王族として、見過ごせません」

 ガリオ長官がわざとらしいくらいにこやかに笑う。

「さようでしたか。王女殿下の深慮に口を挟んだ無礼をお許しください」

 エルクはおびえたようにガリオ長官をちらちらと見る。ガリオ長官は彼の視線を無視して、周囲を見た。

「ウルの姿はまだ見えませんね。あの子があなた様の近くにいないのは珍しい」

 まるで他人事のような言い草にムッとする。

「ウルは看板を完成させるために頑張っています。ダメになってしまったものを、もう一度やり直しているのです。先生、ウルは孤立しやすい環境にあります。もう少し、彼の扱い方を……」

 ガリオ長官はフンと鼻で笑った。

「私は彼に期待しています。上に立つものになるには、あらゆる試練を乗り越えねばなりません。その点でいえば、エルクのしでかしたことは、彼にもたらされた『試練』であり、良い経験になったかもしれませんね」

「そんな……!」

 そこへ、ソティスがぬっと割り込んできた。リナリアをひょいと抱き上げ、威圧的にガリオ長官を見下ろす。

「姫君を疲れさせないように厳命を受けているので、これで。あと、いじめを女神の試練みたいに肯定的に言うのって、単純に不快ですよ。姫君や殿下の教育上良くないですから、気をつけてください」

 ソティスは表情を変えずに淡々とそう一方的に告げ、ガリオ長官の返事を待たずに回れ右した。

「これだから宗教は信用できないんです」

 リナリアにしか聞こえない程度の声量で不機嫌そうに呟いた。肩書上は神官見習いであるリナリアに言うような内容ではないが、リナリアの怒りに共感してくれているのはわかった。

「……ありがとうソティス。ついカッとなりかけたから、間に入ってもらってよかったです。ウルのいないところでもめるのは得策ではないですし」

 今の話を聞いたエルクとフリッツは、何を感じただろう。


 まだリハーサルまで少し時間があったので外に出てもらうと、サイラスが看板を設置しはじめていた。ウルも近くにいたので、ソティスに降ろしてもらう。ウルがリナリアに気がついて微笑んだ。

「リナリア様、おはようございます。おかげさまで、明日までにすべて終わりそうです。昨日徹夜すればもう終わらせられたのですが、アーキル先生が許してくれなくて」

「そ、それはそうですよ。徹夜はいけません」

 リナリアが手を合わせてうなずくと、ウルが「あはは」と笑った。

「リナリア様もそうおっしゃると思いました。ちゃんと体力に無理のない範囲で計画的に進めています。設置まで先生にお手伝いいただいてしまって……」

 ウルがサイラスを見ると、サイラスは親指を立てる。

「気にすることはない! 私はリリア教の信者だからな! これも女神のためと思えば、むしろ機会をもらえてありがたいくらいだとも!!」

 ウルが、「あ」とリナリアの後ろを見る。振り返ると、フリッツがバイオリン片手にこちらに歩いてくるところだった。

「フリッツ、お久しぶりです」

 ウルが挨拶をする。フリッツは舌打ちをしたが、近くにサイラスがいるのに気がついて咳払いする。

「……お前が品のない貴族にイビられたことによって、ワタシに演奏の機会が回ってきたからな。顔くらい見ておこうかと思って……」

「そうですか。僕の顔でよければ」

 にこりとするウルに、フリッツが顔をしかめる。

「ウルはなぜワタシをおそれない。ワタシの方があんなやつらより格上なのに……やはりワタシのことを侮っているのか?」

「侮っているつもりはありません。フリッツは、怖くないですよ。だって、あなたは乱暴なことはしませんもんね」

 リナリアはにこにこと微笑むウルを見上げる。


(ウルがフリッツにあれこれ言われることに心を痛めていたけれど……わたくしの杞憂だったのかもしれませんね)


 フリッツは面白くなさそうな顔で口を尖らせていたが、ぼそ、と何か言った。

「……た」

「え?」

「なんですって?」

 二人が聞き返すと、フリッツはきっと顔を上げる。

「風のこと! 悪かったって言ったんだ! 明日はお前が聴いたことのないような演奏を聴かせてやるからな」

 ウルとリナリアは顔を見合わせて笑った。


 リハーサルの時間が迫っている。ソティスとばあやと一緒に席へ向かおうと神殿に差し掛かったときだった。


「待ってくれよ!」


 井戸のある方から男の子の声がした。エルクの声に似ている気がする。リナリアがそちらを見てもソティスは止まってくれない。どうしようかと思ったが、クロノが親指を立ててから走り出した。


〈任せろ〉

(さすがクロックノック様です……!!)

 

 クロノに手を振ると、ソティスもそちらを向く。


「どうも揉め事の絶えない場所ですね、この辺は。神に見放されてません? 祈り足りてます?」


「ま、まあまあ……大したことじゃないといいんですけど……」


 ソティスに抱き上げられたまま、あの階段を上る。踊り場を通り過ぎるときにドキドキした。

 今日も結局、ルオナとリースに会えていない。

 探しているのだが、なぜか見つけられないのだ。上から見ても子供たちの頭しか見えず、よく分からなかった。


(マチルダ神官にもらった予定によれば、あの子たちもウルも明日は式典を見るだけのようだったけれど──少しだけ不安だわ。あとは……外がどうだったか、クロノの報告待ちね)

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