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ガーネットのペンダント

 翌日、リナリアはクロノと共に神殿に訪れた。【未来視】で見た現場を確認するためだ。ばあやは連日出ていくことに難色を示していたが、「疲れないうちに戻るから」とタイムリミットを決めて何とか説得したのだった。クロノはリナリアを抱っこして歩きながら、ちょっと得意げにしていた。久しぶりに【未来視】が使えて嬉しかったようだ。


「【未来視】で得た情報は大いに活用すべきじゃ。現場検証がいちばん情報が得られるじゃろう」


 あの階段には見覚えがある。護衛ルートの確認のときに使った階段だった。到着してからウルが倒れていたあたりに立って上を見ると、ちょうど踊り場が上にある。


(倒れていた方向などから考えると、おそらくウルは上から突き落とされたのではないでしょうか。それから、わたくしの視点は一階でした。つまり、わたくしが上階にいる時間帯ではなく、下にいる時間帯……。それまでの光景に、ウルが看板の前に立っていた場面や、聖誕祭中に花びらを撒く場面がありました。そこから考えると、おそらく聖誕祭を一通り見終わって、わたくしが階下に下りていた時間帯ということですね)

〈ウルは上の階で用事があるのか確認した方が良いかもしれんな。それによっては時間が絞れるし、なんも無かったら呼び出されることも警戒した方がよいじゃろ〉

(そうですよね。今日は時間も無いことですし、早めにウルのところに行きましょう。可能なら、クロノにずっと階段のあたりで待機しておいていただければ間違いないと思うんですけれど……)

 クロノが首を振る。

〈その場しのぎならばそれもアリじゃが、根本的に防いだことにはならんな。ほっとくと『修正力』が働くから、場所や時間を変えて同じ状況になるやもしれん。というわけで犯人が事件を起こそうとしたところを押さえたり、ウルが怪我をする前に保護したりする方がおすすめじゃ〉

(なるほど、修正力……)

 自分にもまた関係の深い言葉に、しばらく沈黙する。クロノがふんと鼻息を吐く。

〈修正力は怖いもんじゃない。考えようによっては、うまく利用してやればええんじゃ。お前の未来も同じじゃぞ。ある程度「あるべき未来」に近くなるからこそ避けられる事件も、利用できる状況も生まれる〉

(……そうですね。ありがとうございます)

 彼女なりの励ましなのだろう。実際少しほっとして、リナリアは踊り場を見上げた。

「……当日、上階にはどういう方がいるのか、マチルダ神官に確認してみましょう」


 マチルダ神官は、演奏の練習に付き添っていた。フリッツは本当に一日で仕上げたらしく、自分のバイオリンで堂々と弾いていた。

 マチルダ神官を呼んで様子を聞くと、フリッツは音合わせをするなり他の演奏担当の子たちにあれこれ文句をつけていたらしい。が、もともとの奏者であるエルクもかなり言葉がきつかったそうで、実力があって演奏にアドバイスをくれるフリッツの方がまだマシという雰囲気だったらしい。

「初見が昨日とは思えない完成度でした。さすが、ムジーク家の方は違いますね……。私でも存じている名門のおうちですもの。そんな方がたまたま残っていてくださってようございました」

 そう嬉しげに言ってから、マチルダ神官は当日の待機場所についての資料を取りに行ってくれた。それを待っている間、リナリアに気がついたフリッツが声をかけてきた。

「王女様、おれの実力がどの程度かの抜き打ち検査ですか?」

 相変わらず声色はとげとげしいものの、彼の一人称が変わってからほんの少し、悪意のようなものは抜けたような気はする。リナリアはにこやかにフリッツを見上げる。

「他の方と合わせるのは大丈夫だったかしらと気になりまして」

「フン! 本来ならあの程度の力量の者と合わせるのは不本意です。しかし、どんな状況下であっても輝いてこその一流ですから。『誰が隣にいても』、ですよね?」

 フリッツは腕を組んで挑戦的にリナリアを見る。リナリアはこくりと頷いた。

「さすがですね。マチルダ神官もほめていらっしゃいましたよ。『フリッツ・ムジーク』としての演奏、楽しみにしています」


 マチルダ神官から当日の資料を受け取ったころには、ばあやとの約束の時間にだいぶ迫っていた。最後にウルたちの様子を確認しに向かう。看板の作業場は学舎側になり、見慣れた景色はウルにとってもリナリアにとっても本拠地という感じがした。


「白と黒を主にして、花びらやガーネットの一部にはっきりした色を入れると、時間も節約でき、程よく映えるのではないかと思うんです」


 ウルはそう言って、小さな完成予定図をリナリアに見せてくれた。中央の女神の絵は横顔に変更になっており、風になびく長い髪の先が花びらに変化していくデザインになっていた。

「素敵だと思います! よく短時間で……」

 ウルはにこりと笑った。

「……自分が思っていたより、自分のことを気にかけてくれている方がたくさんいて……助けてくれたことに報いたくて、頑張りました。検閲官の先生がたまで、一緒にやってくれるなんて思いませんでした」

 ウルの視線の先には絵筆を握るアーキルとサイラスがいる。アーキルは下絵の輪郭からはみ出さないように非常に慎重に塗っている。サイラスが横から「その調子じゃすぐに日が暮れるぞ!!」と煽ると、ぎろりと睨んでいた。ヒューバートとゴードンも完成予定図を見ながら服も手も汚して一生懸命に塗っている。


「皆さんに白と黒の部分をお任せして、僕は色のついている部分を担当する予定です。それも、無理のない範囲にしてあるので大丈夫です。間に合います」


 作業している皆を見つめる瞳はきらきらしていて、「間に合わせる」というウルの明確な意志が宿っていた。リナリアはそれを頼もしく思う一方で、昨日見た【未来】の光景がちらつき、ウルの服の裾を掴んでしまう。

「リナリア様?」

 ウルが不思議そうにリナリアを見る。リナリアは何を言うべきか迷った。

「……ウルは、当日、ずっと一階にいますか?」

「はい。当日看板の確認をしたら聖誕祭は一階の席で見ることになっていますから、ずっと一階にいると思いますが」

 先ほどマチルダ神官からもらった資料にも、神官見習いは一階で聖誕祭を見学することになっていると書いてあった。演奏担当の見習いは、ホール前方に集まって演奏をすることになっている。例外はリナリアだけだ。やはり呼び出される以外、ウルが二階に行く可能性は無さそうだ。

「あの……もし、二階に行くことがあったら、階段に気をつけてくださいね。あの階段、踏み外しそうになったことがあるんです。壁に手をついたり、足元や後ろから来る人に気をつけたり……」

 ウルが二階に行くこと自体は止めない方がいい。そう思っても万が一にもけがをしてほしくないから、言える範囲のことは言っておきたいと思ってしまう。ウルは、優しく笑って頷いた。

「そうなんですね。そのときにリナリア様がご無事でよかったです。もし上階に行く用事があるときは気をつけますから、ご安心ください」

「はい! そういえば……首飾りは、壊れてはいませんでしたか? もし新しいチェーンが必要そうならお譲りできますが、思い出のものだったら修理も……」

 【未来】では首飾りのガーネットだけ取られていたのを思い出して、遠慮がちに聞いてみる。ウルは首を振った。

「大丈夫ですよ。実は留め具が壊れていたので、昨日サイラス先生に新しいものを譲っていただいたのです。もともと父が贈ったときは金のチェーンだったそうなのですが、僕の母が生活費のためにチェーンだけ売ったそうで……代わりに買ったあのチェーンはあまり高いものではなかったので、壊れやすかったんでしょうね」

 ウルは服の上から確認するようにペンダントのあるあたりを握った。袖の下にリナリアが贈った青い腕飾りが見えて、ハッと思い当たる。

「あ! もしかして、ウルのお母さまはガーネットのような瞳の色だったのでしょうか」

 ウルが少し笑って首を振った。

「いいえ。でも、僕の母は赤い髪をしていましたので――父がそれを意識して贈ってくれたものだったなら良いなと、そう思っています」 

「赤い、髪」

 赤い髪の女性、と聞いて真っ先に思い浮かべたのは父の描いた肖像画の、あの針子の女性だった。

 庶民出身というウルの母に高価な首飾りを贈った彼の父は、裕福な、あるいは高貴な家の人で――ウルの瞳の色は、青色で。


(わたくしと、お兄様……同じ色……いえ、でもまさか。ただの偶然――)


 ウルは兄より四つ年上だ。父と母が正式に結婚したのは、兄が生まれる二年前……。頭が勝手に計算を始める。そんなことってあり得るだろうか。

 ウルは不思議そうにリナリアを見つめる。今は、こんなことを気にしている場合では、ないのに。


(ウルのお母さまのお名前を確認したい。勘違いなら、それで……それで終わる、話)


 ウルを見上げ、その名を言いかけて――口をつぐんだ。今、言うべきではない。ウルがせっかく立ち直って、聖誕祭のために、看板を完成させるために頑張っているのだから。余計なことを言うべきではない。聖誕祭の日に、ウルを助けるためにも。

 リナリアは微笑んで首を振った。

「いえ。身近に赤い髪の方はいらっしゃらないので、想像していただけです。今日はもう帰らなくてはいけないのですが、明日もまた見に来ますね。頑張ってください」

 ウルも微笑みを返す。

「そうでしたか。はい、頑張りますね。来てくださってありがとうございました」


 クロノに抱っこしてもらって、作業場を離れる。まだ、胸がどきどきしている。クロノがリナリアをちらと見て、さくさく進む。


〈今日はあの女子おなごたちの姿が見えんかったの。不穏ではあるが、昨日の様子から見ると単純に飽きたのかもしれん。リースとかいう女子の調査は明日か?〉

(あ、そ、そうですね。明日はガリオ長官も来るでしょうし……うん、明日また確認しましょう。もう一人の犯人は、ガーネットに執着があるようですから……その方面で手がかりがあれば良いのですが)


 クロノがこつんと自分の頭をリナリアの頭にぶつける。


〈お前の懸念を解決するためにも、まずは聖誕祭を乗り切るぞ。それに、何より――楽しみなんじゃろ? 初めての聖誕祭〉


 リナリアはこくこくと何度も頷いた。


「楽しみです。とっても楽しみ。リオン様へのお手紙にも書くんです。だから、わたくし……今考えるべきことに集中して、頑張ります。きっとこの経験は、バーミリオン様をお助けするためにも役に立つはずですよね」

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