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クロノの【未来視】

 彼が休暇中帰省しないことは、ヨナスから聞いていた。


 学院寮の男子棟で呼び出したフリッツはたいへん不機嫌であった。そして、以前よりも少しやつれて見えた。もし出て来てくれないようなら「王女権限」で呼ぶことも考えていたけれど。

「来てくださって嬉しいです、フリッツ。体調は大丈夫ですか?」

「……前回うるさいのが使者として来た時は、直接お会いできなかったので。これで義理を果たそうかと思いまして」

 寮の前に彼の従者が用意したカフェテーブルに座り、事情を説明するとフリッツは口を尖らせた。


「……そのお話を聞いて、ワタシが協力するとお思いに? ウルが困ろうが、聖誕祭が失敗しようがワタシには何の関係もないのですが? エルクとかいう人に頭を下げて弾いてもらったらどうですか」

 リナリアはにっこりと笑った。

「あら、フリッツにも悪い話ではないと思いますよ」

 マチルダ神官から借りた楽譜をフリッツの前に差し出す。フリッツはじろ、とリナリアを見下ろしてから、楽譜に視線を落とす。

「今年の城内神殿の聖誕祭はいつもと違い、王女が見に来る聖誕祭です。そのパートはソロパートもあって目立ちますし、評判になればご実家にも届くのではないでしょうか」

 楽譜をめくっていたフリッツの肩がぴくりと動く。

「……ハハハ、ご自分でそれを言うんですね? それにしたって……」

 リナリアはにっこり笑う。

「今回の演奏を成功させてくださったら、来年のわたくしの誕生日パーティーには正式にご招待して、フリッツに演奏していただく時間を設けようと思います」

「……取引ですか? 王女様って、幼くても怖いんですねぇ」

 睨むフリッツに、肩をすくめる。

「そう捉えていただいても構いません。でも、元々無理なお願いですから、わたくしとしては報酬は見合うものをとは思っております。もしまたそこでもよい演奏をしていただければ、お兄様のお誕生日にもお呼びできるように口添えすることも出来ます。もちろん前提にあなたの実力ありきでのご提案です。基準に満たなければご招待はいたしません」

 フリッツは腕組みをして考える。実家に疎まれているらしい彼としては、王家から直々の指名という名誉は武器になるはずだと見ての提案だ。

「それともやはり、二日でそのパートを弾くのは難しいでしょうか?」

「ご冗談はやめてください。ワタシを誰だと思っているんですか。ムジーク伯爵家の長男ですよ」

 フリッツは刺々《とげとげ》しく返事をして楽譜を閉じる。

「なぜ王女は、ウルにそう肩入れするのですか。いくらお気に入りでも、平民と仲良くしたところで結婚することもできませんよ。一緒にいたらこちらまで品位が下がるでしょう」

 「結婚」と言われて目をぱちくりさせる。貴族の生まれだと、男女でいると婚姻を意識するものなのだろうか。

「ウルは検閲官になる前から仲良くしていただいていたお友達です。お兄さんみたいだなと思うことはありますが……婚約とか、そういうことは考えていませんよ。それに、品位というのは人によって左右されるものではありません。もし、わたくしの品位が落ちたと感じさせてしまったなら、誰が隣にいたとしても、それはわたくし自身の責任です」

 フリッツは親指の爪を噛んだ。

「じゃあ、聖誕祭を成功させたいのはなぜですか? あなたは検閲官の方に重きを置いているなら、放っておけば……」

「だって、初めてなのですもの」

 リナリアは少しはにかんで微笑んだ。

「初めて見る聖誕祭、楽しみにしていたんです。それに、わたくしだけでなく、みんなに笑っていてほしいです。だから、少しでも良いものになれば良いなと思っているんです」

 フリッツはしばらくリナリアを見たあと、楽譜を乱暴に掴み自分の髪をぐしゃりと乱した。

「……条件をもう一つ。()()が演奏を成功させた暁には、その名誉は伯爵家ではなく、フリッツ・ムジーク個人にください。今後もおれに演奏を()()()のであれば、ずっと」

 リナリアは頷いた。

「わたくしの権限で出来る範囲で、ということならお約束できます」

「……はァ、おれも『雪馬車姫』の派閥と思われるかもしれませんね」

「あら、今度雪が降ったら、ご一緒に乗られますか?」

 うふふ、と優雅に提案するとフリッツはため息をつく。

「本当に変な王女様ですね。練習は今日一日あれば十分なので、明日音合わせに行くと伝えておいてください」

「ありがとう、フリッツ! 楽しみにしています」

 笑顔で手を振ると、フリッツは不機嫌そうに学寮に戻っていった。


 

 マチルダ神官にフリッツの件を報告してから、リナリアはクロノとの約束の通り部屋に戻った。クロノ、もといクロックノックは「神霊たるわれが雑用の手伝い……」とぶつぶつ言いながら出ていった。さすがに申し訳ない気はしたので、今日は寝る前に少し頑張って魔力を多めに放出する約束をしておいた。

 ラビィに返事をするために、もらった絵本を読む必要もあったけれど、先にバーミリオンの手紙の返事を書くことにした。



―― ★ ―― ★ ―― ★ ――


バーミリオンさま


 この間はお城に来てくださってありがとうございました。お顔を見られただけでもうれしかったのに、お手紙までいただけてリナは幸せです。

 精霊界はきれいなところなのですね。そんなところにリオンさまと行けたらすてきだなと思います。


 リナは今つらいことはありませんが、周りの人が「身分」で困っていることがあるので、どうしたらいいのかしらと思うことはあります。

 でも、お兄さまが昨日「王族や貴族は平民を守らないといけない」と言っていたのがかっこよかったです。お兄さまは勉強がおきらいだけれど、ちゃんとだいじなことは知っているんだなと思いました。


 魔法というのは、自分でも作れるものなのですか? もし夢でお会いできる魔法が出来たら、いつでも会いに来てくださいね。


 リオンさまはやっぱり、お優しいです。お気持ちは、きっとお父さまに伝わると思います。リナはいつもリオンさまのことを応援しています。どうか覚えていてくださいね。

 好き同士で結婚することは、すてきなことです。好きな人と家族になれて、ずっと一緒にいられるなんて本当に夢のようです。この前、リオンさまも同じ気持ちだと知って、とてもうれしかったです。

 お会いしたばかりなのに、もう会いたくなってしまいます。お返事楽しみにお待ちしています。


――リナリア・フロル・レガリア


―― ★ ―― ★ ―― ★ ――



 何度も書き直して、書き終わったころにはもう夕食どきになっていた。いつの間にか戻っていたクロノが後ろからぬっと顔を見せる。


「ひゃ」

「ようやく気付いたか……今日は特に大きな動きはなかったぞ。下絵は、以前の絵に近い部分から描いておった。ああ、あのターバンが肘や膝を汚しながら色を塗っていたのは一見の価値アリだと思うたがの。看板は、万が一にも害されぬように声がでかいやつの部屋で保管するそうじゃ」

「そうですか。特に大きな問題がなければよかったです」

 クロノの報告を聞いてほっとする。順調にいけば、間に合いそうだろうか。

「正直、女子おなごたちはお茶を入れたり経過を見たりと、あまり仕事しているようには見えんかったが、現状邪魔はしておらんので放っておる。大方、お前のご機嫌取りで手を挙げたんじゃろ。男共の方は精力的に働いておった」

「なるほど……立候補なさったとき、ちょっと意外だったのでむしろ納得かもしれません」

 ルオナとリースの様子は容易く想像できた。そのとき、昨日のことを思い出してハッとした。

「あ……そうだわ。昨日、リースが『右側のお花の赤も合わせて』と言っていました。右側のお花の赤色は、バーミリオン様の瞳の色をイメージして、ウルに作っていただいた色なのです」

「ほう。瞳の色云々については、あまり人には言わんほうがいいと思うが、まあ続けよ」

「つ、つまり、花が赤く塗られていたのを知っているのは、ウルが赤い花を塗ってから黒く塗りつぶされるまでの間に絵を見た人だけです。リースがお花の色を知っているということは……少なくとも、右側が塗りつぶされるより前にあの絵を見たということになります。女子は屋内での作業が主だったはずですが、いつ外に出たのでしょう……『もう一人の犯人』の可能性もあるのではないでしょうか」

 クロノが、「ふーむ」と腕を組む。


「言った言わんは証拠としては弱いじゃろうが、こちらで警戒する材料にはなるのう。どうじゃ、リナリア。試しに【未来視】で聖誕祭の日をちょびっと確認してみるか?」

「えっ。もう出来るのですか!?」


 リナリアは目を丸くしてクロノを見る。クロノはにやりと笑った。


「まあな! とはいえ本来の力には遠く及ばん。遠い未来は見えぬし、精度は良くない。ま、占い程度の感覚でどうじゃ」


 リナリアは神妙に頷いた。


「……今後のためにも試してみたいです。いつもように、魔力を放出すればよろしいですか?」

「もう少し魔力を送る精度を上げてみよ。今のお前なら出来るじゃろ。われと手をつないで、魔力を手のひらに集め、我に流し込むのじゃ」


 クロノはリナリアの手を取り、空いている方の手でリナリアの目を塞ぐ。リナリアは魔力を起こし、つないだ手に意識を集中させた。

 休暇前より身体を流れる魔力がはっきり分かる。倒れるたびに魔力が強くなっているのは、呪いとも関係あるのだろうか?


〈よし、では始める。目を閉じておれよ〉


 クロックノックの声が頭に響き、目にあたたかいぬくもりが伝わる。



 騎士の正装をしたソティスが見える。神殿の前でばあやがこちらに手を振る。遠目に見える女神役の女性。自分の小さな手とひらひらと舞う色紙の花びら。大きな看板の前で、サイラスに背中を叩かれて笑っているウル。儀式用の服を着たガリオ長官。

 高速で駆ける馬車の窓から見る景色のように目まぐるしく変わる光景に酔いそうになり、集中力が切れかけたときだった。

 神殿の階段の下で、ぐったりしているウルの姿が飛び込んできた。倒れた彼の傍らにはチェーンだけになった首飾りが――



 あまりに驚いて、魔力の流れが不安定になってしまった。自分でもわかるくらい魔力がブレて、大きく放出した状態になっている。

「おっと」

 クロノがリナリアの目に当てていた手を離して、額に移動させた。額から熱が吸われていくような感覚がする。リナリアはクロノの腰に抱きついた。


「嫌なものが見えました……あれが、未来で起こることなのですか」

「われも同じものを見ておった。まあ、現状最も起こる可能性が高い未来ではあるな」

「か、変えられます、か……?」


 そろりと顔を上げると、クロノがニッと笑う。


「変えられるとも。何のために未来を見たと思うとる」

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