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仕切り直し

 翌日は、昨日の雨が嘘のように晴れた。


 リナリアが朝食後すぐにアーキルの部屋を訪ねると、ちょうどウルが食器の片付けをしているところだった。一晩経って落ち着いたのか、ウルの顔色はだいぶ良くなっている。ウルが挨拶をするより先に、リナリアは昨日の切り絵の絵本を見せた。


「あの、看板……! こういう風にシンプルな色にまとめたら、塗る時間も多少節約できるのではないでしょうか」


 アーキルが本棚にもたれてリンゴを齧りながら、横目で二人を見る。

「おや、サハーラの絵本かね。その作者は知っているよ、私が子供の頃から活躍している職人だね」

 ウルはリナリアから絵本を受け取って「わあ」と目を輝かせた。

「すごい……シンプルなのに、引きこまれますね……。こういう絵は初めて見ました」

「看板の左側の絵は、もともと雪の白と足跡の黒とガーネットの赤、とシンプルなものでした。それに合わせて真ん中の女神様の絵をシルエットにするなどして、白と黒で表すのはどうでしょう。この絵本にも人物の絵がいくつかありました。よかったら、お貸ししますので参考にどうぞ」

 ウルはしばし絵本をぱらぱらとめくって、頷いた。

「……そう、ですね。少しデザインを変えれば……この本の絵は繊細なデザインが多いですが、簡略化したら近づけられるような気はします。この絵本で描かれているように、横顔のシルエットにするのも良いですね。あとは……左側の花を春の象徴と捉え直して、冬から春への移り変わりを意識したデザインを追加するとか……。ただ描き直し部分の下絵を、これから依頼するとなると……」


「下絵はウル君が好きに描けばいい」


 アーキルが、こともなげに言う。ウルが不安そうな顔をした。


「で、でも……ガリオ先生が何とおっしゃるか……」

 アーキルが頭を振った。

「昨日若輩神官の男に聞いたが、君はガリオ長官に『看板担当の一切を任せる』と言われたんだろう。それはつまり『看板制作の責任者』なのだと解釈すれば、下絵を描き直そうが、制作の際に誰かに手伝わせようが自由だと思うがね」

「そ、そうなの、でしょうか。でも、僕の描いた下絵では質が落ちるのでは……それに、みんな自分のことで忙しいのに手伝ってくれる人なんて、いるのかどうか……」

 アーキルがふっと笑う。

「……そんなことを気にする必要はない。君がするべきは『当日までに指定サイズの看板を完成させること』、なのだろう。君はただ、自分が思うままに描けばよろしい。私としては、このような事態になった以上、神殿側は君を手伝う義務があると思うが……もし、何かと理由をつけて断られても、私がいる」

 ウルとリナリアは顔を見合わせ、ほとんど同時にアーキルを見た。


「せ、先生が?」


「どうせ個人的な研究をしていただけで、急ぎの仕事も無いからな。指定された部分を指定された色で塗るだけなら、絵画の心得がなくても何とかなるだろう。サイラスもヒマだろうから……早速伝えておくとしよう。発掘作業を趣味にしているくらいだから、不器用では無かろう」

 アーキルはそう言うが早いか、リンゴを片手に持ったまま早足で部屋から出ていった。またサイラスの部屋の扉を足でノックするのだろうか。

「あ、わ、わたくしもお手伝いします! わたくしに出来ることなら……」

 リナリアが手を挙げると、クロノがその手を掴んでおろさせた。

「姫はダメだ……です。あまり準備に関わっているのがバレると、聖誕祭に参加できなくなりますよ」

 リナリアはしゅんとしてから、ハッと顔を上げた。

「じゃあ、代わりにクロノにお手伝いしてもらいます!」

〈おい〉

 クロノがじろりとリナリアを睨む。リナリアはクロノに両手を合わせた。

(絵の方にはかかわらなくても、ちょっとした雑用とかお手伝いしてさしあげてください! もう一人の犯人のこととか、少し気になることもありますし)

〈じゃあ、われがこっちにおる間は、お前は部屋から出るなよ。大人しく手紙の返事でも書いておれよ! いいな!〉


 念話テレパシーで会話していると、ウルの視線を感じたので振り返った。人がいるときに念話を使うと、変な間ができてしまう。

「あ、あの、お手伝いはお気になさらず。アイデアをいただいただけで、助かりました。そういえば……王子殿下は……大丈夫だったのでしょうか。かなり濡れてしまわれていましたが」

 ウルが心配そうな顔で尋ねてきた。少し手が震えている。

「あ、お兄さまなら大丈夫です。今日もお元気に朝ご飯を食べておいででしたよ」

 朝の兄の様子を思い出して、クスッと笑う。廊下で待機していたソティスが「怒られなくて良かったです」と言っていた。ウルはほっ、と息を吐く。

「よかった……昨日、お礼を言えていなかったことに後から気がついて。それに加えて体調を崩されていたらと」

「お兄さまは毎日鍛錬しているから、お元気で丈夫なのですって。ちょっと尊敬しました」

 リナリアが笑うと、ウルも微笑んだ。

「リナリア様も、ありがとうございます。昨日は、あの、お恥ずかしいところをお見せして。大事なものがなくなって、どうしたらいいかわからなくて……アーキル先生に休ませていただいたら、落ち着きました」

 ウルは服の上から、胸のペンダントを握ったようだった。リナリアはぶんぶんと首を振る。

「お気になさらないで。わたくしも、大切なものがなくなったらきっとそうなってしまいますもの。わたくし、神殿の方に寄ってお手伝いできる方がいるか聞いてから参りますね。ウルは下絵を作ってください」

 まだ「もう一人の犯人」が明らかになっていないのは気になるけれど、検閲官の先生が二人もいるところでは手を出しにくいだろう。

「ありがとうございます。僕は、今日の午後には作業が開始できるよう、頑張って下絵を考えます」

「はい。ではクロノもその頃に来てもらいます。頑張ってくださいね」



 ウルと別れて、神殿に向かう。

 マチルダ神官に言って看板の手伝いが出来そうな人を募ってみると、ヒューバートとゴードン、ルオナとリースが手を挙げた。

「ちょうど男女二人ずつですか。こちらの作業にも支障はないでしょうが、そちらには足りますでしょうか」

「おそらくは。作業工程は少なめになるように工夫する予定なので」

 ちら、と四人を見る。ヒューバートがどん、と胸を叩いた。

「手伝いが必要ならちょうどよかった、昨日のうちに新しい板も用意したんです。今度こそ役に立ちます」

 ルオナが微笑んだ。

「細かな作業やサポートでお手伝いいたしますわ」

 リナリアはじっとルオナとリースを見る。

「ルオナとリースは、準備期間中いつも一緒なのですか? 昨日も?」

 リースが満面の笑みで頷いた。

「はい! ほとんど一緒に作業していますよ」

「そうですか。仲が良いんですね」


 リナリアは周囲を見回した。あの三人や、ガリオ長官が見当たらない。


「マチルダ神官、昨日の三人は……」

「あの三人でしたら、副神官長が戻られるまで謹慎処分ということにしてあります。準備中の責任者は私とアドルフですが、見習い全体の責任者は副神官長のため、聖誕祭当日や今後の処分となると私たちの一存では決められなくて。その件についても、アーキル先生に改めてご報告に伺おうと思っておりました」

「ガリオ先生は、準備期間中はいらっしゃらないのですか?」

「大神殿の方の聖誕祭にも関わっていらっしゃるので、お忙しいようです。貴族の方は大神殿の方の聖誕祭に参加される方が多いので、毎年そちらを優先なさっていますね。城内神殿は例年要人が少ないので、いつも見習いの練習場になっているのですよ」

 ではガリオ長官は、ウルに本当に丸投げするつもりだったのだろうか。


 マチルダ神官が、自分の頬に手を添えた。

「そういえば、困ったことがありまして……エルクなのですが、聖誕祭当日に演奏をする予定だったのです。それが、今回の事件を無かったことにしてくれないと、当日演奏はしない、と言い張っているのです」

「まあ、ひどい開き直り方ですね」

 リナリアが眉をひそめると、マチルダ神官も頷いた。

「全くです。そのようなことを許すわけにはいきませんので、当然却下いたしましたが、今いる見習いの中にエルクの担当していたメインパートを弾ける子がいなくて……。そういった素養がある子は大神殿の方に回されているのです。仕方がないので曲目を変更するか、演奏をやめるか、何か条件を出してエルクに弾かせるか迷っているところです」

「楽譜をお借りしても?」

「はい、持って参ります。バイオリンのパートなのですが、難易度が高く……」

 リナリアはマチルダ神官ににこっと笑いかけた。


「楽器の素養がある方なら、心当たりがございます」

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