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王子の助け

 ウルはガーネットのペンダントを、水を受けるように両手で受け取った。その手はずっと震えている。


「あ……あ、僕の、です」


 それを聞いて、グラジオがにかっと笑い、髪から顔に垂れる雫を手で拭う。


「よかったー! 低木の植え込みの、変なところの枝に引っかかっててさあ。見つけられてホント、よかった!」

「あ……あの……えっと……」

 ウルは、まだ動揺しているのか、上手く言葉を紡げていなかった。後ろからグラジオ同様、髪から雫を滴らせたソティスが頭を抱えて走ってくる。

「殿下。雨が降ったらやめましょうとあれほど言ったのに本当にこの人は……」

「あ、おう! そうだった! あはは!」

 兄はいつにも増してハイテンションだった。ペンダントを見つけられて興奮しているのかもしれない。ばあやが「まあまあ」と言いながら兄に駆け寄って、顔についた泥をハンカチでごしごしと強めに拭き始める。

 ウルは手の中のペンダントを両手で握りしめ、目をぎゅっとつぶった。目尻から、つっと涙が一筋こぼれる。アーキルが、慣れない手つきでウルの頭を軽くポンポンと撫でた。グラジオがばあやのハンカチから逃れようと身をよじり、廊下に裏向きに立てかけられている看板の方を見る。

「そうだ! 聞いたけど、看板までやられたんだって? ひっどいことするよな。もしなにか必要なら、俺、協力するからさ。なんでも言ってよ」

 グラジオが得意げに、どんと胸を叩く。リナリアには、物語に出てくる正義の騎士のように、頼もしく見えた。

「ど、どう……」

「ん?」

 グラジオはばあやを振り切って、声を震わせるウルに近づく。

「どうして、王子は……そんな、ご親切に……僕、平民で……本当は、こうして話すのもいけない、のに」

 グラジオはニカッと笑った。

「俺は正義の騎士だからさ! 困っている人がいたら、助けるのは当たり前だろ? それに、平民だから話しちゃダメなんて決まりはないはずだぜ。もちろん、王族や貴族だからって平民をいじめて良いわけない。どっちかっていうと、守んなきゃダメなんだ。俺は貴族の友達しかいないけど、もっとウルと話してみたいよ」

 ウルは、目を丸くしてグラジオを見つめる。グラジオが「お」と言った。

「リナが言ってた通り、綺麗な青い目だ!」

 そこへヒューバートがぜえはあと息を切らせて走ってくるのが見えたので、リナリアは慌てて彼に駆け寄った。彼もまた全身雨に濡れ、ズボンは泥で汚れている。

「ヒューバート、お疲れ様でした、大丈夫ですか」

「あ、す、すみません……殿下にお伝えしたのですが、ペンダントを見つけるまでは動かないとおっしゃって……一緒に探してました」

「ふふ。お兄様は頑固者ですから……あなたも休んでくださいな」

 リナリアがヒューバートの頭をよしよしと撫でると、彼は驚いた後に照れて笑った。それから、ウルがいるのに気がついて歩み寄る。ウルはアーキルの後ろに隠れるように一歩下がった。

「ウル、こんなことになるまで放っておいてごめん。ウルとは普段顔を合わせる機会も少ないから、どうやって付き合えば良いのかわかんなくて……おれ、ヒューバートって言うんだけど、改めてよろしく」

 ヒューバートが握手を求めて、ウルに手を差し出す。ウルは、不安そうな顔でアーキルとリナリアを見た後、おそるおそるその手を握った。ヒューバートはホッとした顔で握手をする。グラジオもニコニコと笑っていた。

 そこへ、ホールの方からぱたぱたと女子たちが駆け寄って来た。手にはタオルを持っている。

「きゃあ、皆さん泥だらけではないですか」

「お湯を使いますか? タオルをどうぞ」

 ルオナからタオルを受け取った兄がくしゃみをした。ソティスが「だから風邪を引くと言ったのに」と言って兄を小脇に抱えると、リナリアをチラッと見た。

「殿下は今日は部屋にお返しします。さっさとあったまっていただかないと」

「それが良いでしょうね。ばあやもグラジオ様について行きますので、姫さまもクロノと一緒にお早めにお部屋にお戻りくださいな」

「まだ全然元気なのにー!!」

 兄の声が遠ざかっていく。ヒューバートがリースからタオルを受け取って、顔や頭をがしがしと拭いていた。リースの袖口のところが濡れて、少し色が変わって見えた。リースは近くにいたウルを見て、眉を下げた。

「大丈夫ですか、ウルさん」

「……」

 ウルは何も答えなかった。リースは手を頬に当ててため息をつく。

「看板のこと、残念ですね。前にお見かけしたとき、とてもお上手だなって思っていたので……」

 ルオナがリースを見て、うんうんと首を縦に振る。

「え、ええ、本当に。聖典の一節、白い雪に赤い柘榴石ガーネットが描かれていたのを、覚えています」

「そうそう。右側のお花の赤も合わせてよく映えていましたね。聖誕祭で見られないのは残念だわ」

 女の子たちは頬に手を当てて頷き合っている。

「……ます」

 ウルが小さな声で何か言った。アーキルがウルの肩を支える。

「ウル君、もう行こう」

 ウルが顔を上げる。立てかけられた看板を見つめるその目は、もう揺れていない。

「看板は、間に合わせ……ます。一からやり直しでも、全く同じものでなくても、きっと良いものを作ります。僕ひとりで作ることにこだわらないで、考えてみます」

 アーキルは、僅かに微笑んで頷いた。

「ああ、きっと出来るさ。しかし、今は休息の方が先だよ。まずは休まぬことには、作業効率も悪かろう。看板の件については、その後で解決しよう」

 アーキルはウルの背をそっと押して歩き出し、すれ違いざまにリナリアに目礼した。

「リナリア君、私を呼びに来てくれたこと感謝する」

「いいえ! ありがとうございました、先生」

 リナリアはアーキルに礼をして見送った。クロノがくいくいとリナリアの服の背中を引っ張る。

「我々ももう帰った方が良いと思うです」

〈お前そろそろ休まんと今度は魔力暴走じゃない熱を出すぞ〉


 念話テレパシーの副音声付きで言われて、リナリアは苦笑して頷いた。


「はい、そういたしましょう。帰る前にもう一度看板を見ても良いですか」


 廊下に裏向きに並べてあった看板を、クロノに表側にしてもらう。看板左側の雪と足跡、ガーネットは白黒赤と比較的シンプルな色になるはずの部分だが、右側の花や、中央の女神を塗るのが大変そうだ。複数人で作業するなら、色を指定して塗ることになるだろうか。

「見事に赤い部分だけ無くなっているような形になっていますが、エルクさんか、もう一人の方は赤がお嫌いなのでしょうか……お花、リオン様の色みたいにしてもらいましたのに」

 ふと、頭の端に何か引っかかるような感じがした。何か、どこかで違和感があったような。

 振り向いて神官見習いの子達を見る。ルオナとリースが神官服の裾をちょこんと持ってお辞儀をし、ヒューバートも頭を下げた。それに返事をするより先にクロノがひょいとリナリアを抱き上げ、そのまま部屋まで連れて行かれたのだった。



 部屋に帰ってすぐ湯浴みをし、リナリアはほこほこになった。クロノが「放っておくとばあさんに説教されるから」と無表情で髪を手入れしてくれる。そこへノックの音がしたので見に行くと、山積みになった本を抱えた人物が扉の前に立っていた。クロノが横からそれをひょいと受け取って部屋に運び入れる。本を持っていたのは文使いだった。

「わ、侍女さんは大丈夫なんですか……」

「ええ、クロノは力持ちなの。あの本の山は?」

 文使いは懐から二通の封筒を取り出し、リナリアに差し出した。

「二通?」

「はい。サハーラ帝国の皇女と皇子から、とのことです。あの本の山は、絵本だそうです。お手紙と共に送られて参りました」

 封筒には確かに、ラビィとクローブと名前が書いてある。クローブ皇子にも挨拶状を出したが、まさか返ってくるとは思わなかった。それに、一冊二冊どころではない量の絵本まで。

「ありがとう。これから読ませていただくわね」

 部屋に戻ると、クロノが絵本をベッドの上に並べていた。絵のタッチがレガリアやアルカディールとは違っていて、表紙を見るだけでも面白い。

「ほほう……例の、精霊使いに関する絵本が多いが、それだけじゃのうて、いろんな種類の絵本が入っておる」

「まあ。お兄様やヘレナにも一部お分けするべきかしら」

 リナリアはベッドに腰掛けてカサ、と手紙を開く。


―― ⌘ ―― ⌘ ―― ⌘ ――


だいすきなリナリアへ


 こんにちは。ラビィです。

 リナリアからおてがみをいただけて、とってもうれしいです。


 レガリアは、ゆきがふりましたか。

 サハーラはなつはとってもあつく、ふゆはちょっとあついから、ゆきはふりません。ほんもののゆきをみたいなあとおもいます。


 リナリアは、せいれいつかいのものがたりを、よみたかったんですね。

 ラビィのもっているえほんと、おそろいのものをおくりました。せいれいつかいじゃないのもあるけど、よかったらよんでみてね。

 にいさまにもおしらせしたら、にいさまもなんさつか、いれました。


 はやくリナリアのおたんじょうびにならないかな。

 おたんじょうびには、いっぱいプレゼントあげます。


ラビィより


―― ⌘ ―― ⌘ ―― ⌘ ――


 小さな可愛らしい文字と文面に癒されて、思わず頬が緩む。もう一通のクローブ皇子の手紙も開けてみた。ラビィと同じ便箋で、少し乱雑な文字が並んでいる。


―― ⌘ ―― ⌘ ―― ⌘ ――


リナリアへ


 てがみをかくのはひさしぶりだ。

 ラビィのやつのほうが、てがみにいっぱいかいてあってずるかった。

 こんどは、もっとかいてきて。グラジオはいろいろかいてる。


 おれ、ほんきらいだけど、かっこいいえがついてるやつはすきだ。

 とくべつにおれのすきなえのほん、リナリアにあげる。

 1ばんかっこいいのは、きりえのやつ。

 サハーラの「きりえし」はすごい。ドラゴンも、ラクダも、タカも、けんも、なんでもきってくれる。


 こんどはグラジオとリナリアがサハーラにくればいいとおもう。


クローブ


―― ⌘ ―― ⌘ ―― ⌘ ――


(これは……クローブ皇子も、思っていたより、可愛らしい……かも。そうよね、7歳だもの。7歳の子って、きっとこんな感じよね……ふふ)


 サハーラからの手紙に予想外に癒されて、ついにやけてしまった。

 きりえ、とは切り絵のことだろうか、と興味を持って、ベッドに並べられた絵本の中からそれらしいものを探す。

 その絵本は、表紙が白と黒の二色だった。月に照らされた砂漠の夜、ラクダを連れた商隊が進む様子がシルエットで表されていて、思わず息を呑む。色はシンプルなのに繊細で、とても美しかった。

 中身もほとんど文字はなく、サハーラのオアシスや、鳥、魔獣、市の様子が全て白と黒で表されていて、見入ってしまう。眺めているうち、ふと思いついた。


「そうだわ、看板にもこれを応用できないかしら」

なんと、この話で100話目です。

いつもお読みいただきありがとうございます!

皆さまからのいいねやブクマに非常に励まされています。



ちょうど100話とキリが良いところなので、次回は番外編をお送りします。

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