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書き出し探偵、最後の事件

 温泉に死体が浮いていた。

 被害者の身体にはいくつもの傷口があり


「その無数の傷から滲み出した血が、旅館の浴衣をまるで赤い花が咲くように染めており、さらなる惨劇を予想させた」

「不謹慎だよ、さすがに」


 穴沢高校 軽文学部夏の強化合宿にきていた僕たち三人は、釜無村の奥ノ温泉旅館で事件に遭遇していた。それも殺人事件だ。


「不謹慎なのはわかる。でも、ぶっちゃけワクワクしてるだろ?」

「しないよ!」

「あ、でも温泉、殺人、美人女将。三拍子揃ってるっすね」

「えー、その路線? せっかくの山奥の寒村で事件が起きたのに、奇妙な慣習と数え歌が足りない。今から作る?」


 軽文の暴走機関車こと青山誠一は倫理感のブレーキが壊れており、興味のある事はやってしまう狂人だ。山岳部と兼部しており見た目もそのまま山の男だ。

 その隣でまんじゅうを食べながらオロオロといている自称美人女将を眺めているのは黄蔵いつき。通称キクラゲ。こいつもあまりマトモじゃない。だいたい女将さんは美人じゃない。ストライクゾーンが広すぎる。もじゃもじゃの髪の毛も触手みたいだし、愛読書も巨乳とかメイドとかエルフとかの文言が出てくる肥前とかいう作者の本だ。巨乳崇拝者は敵だ。

 そして僕が赤井礼人。礼人と書いてライトと読む。

 三人揃って軽文学部の信号機。赤信号担当の僕はこの二人のブレーキ役という訳だ。そもそも強化合宿という名の温泉徹夜ゲーム会は明日からだ。青山が前乗りして先輩たちを迎え撃とうとか言い出したせいでなぜかここにいる。

 軽文学部というのは、吹奏楽部に対しての軽音楽部を参考に生み出された名前で、ようはライトノベル部だ。部誌という名の同人誌も作るが、主な活動はお勧めの本の貸し借りとボードゲーム、たまに野球。とは言えライトノベルばかり読むわけではない。互いに勧めあった本はなるべく読むという掟があるので、割と何でも読む。その中にはミステリーも含まれているので、この強化合宿でも徹夜で人狼とかスコットランドヤードやクルードをやり、犯人はお前だ!と言いあうのが目的なのだ。かなり楽しみ。


「本当に事件起きちゃうとちょっとこのままゲーム合宿ってわけにもいかないっスよね」


 初老の女将さんと旅館の従業員さん達が警察に連絡しているのを眺めながらキクラゲがつまらなそうに言う。


「え? 推理大会にならない?」

「だよね、先輩達来たら超羨ましがるでしょ。第一の事件から参加したかったって」

「お前らおかしいだろ! なんで事件性高めようとするんだよ。第二の事件があるみたいな事言うなよ」


 キクラゲによると、被害者の女性は男性と共にチェックインしており、その男性は昨日から姿が見えなくなっているそうだ。


「どこでそんな情報拾ってきたんだよ。情報通技能? それとも鑑定系のチート?」

「普通に女将さんが話してたっスよ。お巡りさん来るまで部屋で大人しくしてくれって言ってた時に、不審な男性見たらフロントまで連絡してって」

「お前はバカか」


 生ぬるいことを言っているキクラゲに青山がキツめのチョップを叩きつける。キクラゲは石頭だからアレやると手の方が痛いんだよね。案の定、青山は静かに手を抱えてうずくまる。


「なんで俺がバカなんだよ」

「開幕五分で犯人扱いされてる不審な男性が犯人のはずないだろ」


 手が痛い青山に代わってぼくが説明する。被害者と一緒にチェックインした男性が、被害者が殺された夜に姿を消した? そのおっさんが犯人だったら本を壁に叩きつけるだろ。


「おちつけ、赤井。お前らは漫画の読みすぎだ。警察と救急が来たらすぐに静かになるから。あんまりはしゃぐな」

「そんな勿体ない」

「そうだ、せっかくの事件の場なんだ。犯人当てくらいしよう」

「そうだぞ、物語は冒頭4,000文字で読者を惹きつけなきゃいけない。事件、登場人物まとめ、そして第二の事件への引き位は作らないと」


 狂人を見る目でドンびいているキクラゲを他所に、青山と僕とで登場人物を整理することにした。おかしい、こいつと組んでいるとまるで僕がおかしい枠みたいじゃないか。

 文句を言っている間にも、青山は黙々とノートに人物相関図を描く。


場所:奥ノ温泉

登場人物:被害者女性 南波さん

     逃亡男性(容疑者)

     第一発見者の赤井

     女将さん

     仲居さんの北川さん

     従業員男性数名

     土産物屋の西野さん

     探偵役の俺(青山)

     宿泊客 黄蔵


「やべえな。宿泊客は俺らと被害者と容疑者しかいない。真犯人探そうとすると見知らぬ俺らが怪しい。そして別パターンの、村の陰惨な過去とかが絡むやつだと、俺らが首突っ込んで死ぬパターンだ」

「被害者の名前とかなんで知ってんのお前」

「旅館の入り口に穴沢高校軽文部様御一行と、南波様御一行の二枚のプレート出てたッスよ。赤井はもう少し観察力がないと探偵役にはなれない……っていうか、第一発見者お前なの?」

「俺だよ。ホントは女性の悲鳴で始まるべきなんだろうけど」


 不謹慎とか言っていた癖に、キクラゲも館内見取り図をノートに写し始めた。


椿の間 南波さん御一行(被害者&容疑者)

杏の間 俺達

大宴会場

大浴場(女湯)

大浴場(男湯)

フロント

……


 次々と書き込みながら、キクラゲは嫌そうな顔をする。


「従業員の視点からみたら、良く知らない人間は容疑者男性と俺らだけじゃん。登場人物すくないッスわ。バスも一日二本で、朝便もあと三時間しないと来ないし……あれ、これまずくない? クローズドサークルになってる?」

「やべぇ、テンション上がる! 犯人はこの中にいる!」

「だらかこの中に犯人居たら俺ら殺されるッショ! 逃亡してる男性をお巡りさんが見つけて終わり。先輩達きたら別の旅館手配して貰って移動して部活。平和な日常に帰りましょうよ」


 外部の犯行というつまらない要因が消えるのは嬉しいが、バスがこんなに少なかったとは。客が他に居ないのも想定外だった。いそぐと碌なことにならないな。


 もう数時間もすればあの男性の死体も見つかるだろう。そうすると容疑者がかなり狭められてしまう。


 僕は、やっぱり今からでも数え歌を作るべきかと第三、第四の事件の準備を始める事にした。


ミステリーとか考える能力は無いのでゴメンナサイ

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