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ΟΛΥΜΠΙΑ ΕΣΧΑΤΑ

作者: 渡邊朱倫

 梅雨明けの武蔵野に蛙が啼く。

 フェルトペンで「2」と書かれたランニングシャツと身に着けた老人が、塗料の剥げた廃校舎の二階に上り、ベランダにカメラを設置している。設置しているのは二階だが、老人の名は(さん)(がい)()(ひろ)

 灼けつくグラウンドから彼を仰ぐもう一人の老人は()(ばやし)(よし)(あき)。数字が「1」であること以外、三階と服装は一緒だ。

 三階はカメラの他に、やはりフェルトペンで赤丸を描いたA4のコピー紙をベランダに掲げた。木林の目には大きくは映らない。この廃校に日の丸以外の旗が掲げられることはない。それどころか、ここには外国人もいない。日本国籍の三階と木林、それと蛙や蝉。奇しくもかの病原体がこの場に無いことこそ、三階と木林にとっての「幸い」であり、二つある中の一つ目の「勝利」であった。

 三階が校舎からグラウンドに現れる。木林はグラウンドの中央に逆さのビールケースを置いて載る。胸を張る木林に向けて三階が挙手する。

 「宣誓!我々選手一同は日頃の成果を十分に発揮し、正々堂々と戦い抜くことを誓います!選手代表、三階唆博!」

 選手代表が三階で、代表でない選手は木林だけだ。宣誓された木林が何故か拍手する。木林以外に拍手する者はいない。そしてこの異様な光景は、先に三階が二階に設置したカメラで「全世界に配信されている」。

 宣誓が済むと木林はビールケースを降り、その上に三階がクリスマス用の燭台を置き、チャッカマンで火を点ける。そして二人はその「聖火」を置いてけぼりに、グラウンドの西のフェンスへ老体を進める。

 三階と木林はフェンスに背を押さえつけ、木林が自ら「位置について、よーい、どん!」と合図する、二人は反対側のフェンスへ向けて走る。走るといっても殆どジョギングだ。因みに木林は陸上競技用のスターターを準備できなかったらしい。

 トラックも無いグラウンドを木林と三階はゼーゼーハーハーとジョギングする。二分ほどかけて東側のフェンスへ辿(たど)り着いたのは三階だ。

 木林は己の敗北を知るや否や「あ~あ」と呟き、ジョギングを止めてビールケースの方へ駆け寄った。「競技」より「表彰」に往きつく時の方が速く走っているかも知れない。果して「聖火」は、風に煽られてか自然に絶えていた。

 三階はというと、廃校舎のどの教室からか、折り紙を適当に丸く切って紐を付けた「金メダル」と「銀メダル」を持ってきた。そしてビールケースに載り、その下の木林の手で「金メダル」を三階自身の頸に掛けさせた。銀メダルは木林自身が掛けた。恐らくランニングシャツに数字を書いたのと同じフェルトペンで、金銀のメダルに「東京オリンピック2020」と日本語で書かれている。2021年7月23日12時34分。ギリシア多神教の時代より続くオリンピックの歴史は、この「東京」は武蔵野の廃校にて大団円を迎えた。

 元IOC会長・トーマス・ゼクトバッハ氏は遠く離れたドイツから YouTube を通じてぼんやりと眺めていた。廃校舎の三階いや、二階に設置されたカメラが拾う微かな日本語が、ゼクトバッハ氏に理解できる由も無い。彼はコーヒーを飲みながら「確かあすこの国は娯楽大国だったよな」と呟きつつ、検索ボックスにフォーカスを移し、„YouTuber“ と入力した。

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