腹が減るのは仕方ない事である
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肉の回
チェスター伯爵の言いつけだと、侍女は馬車で待機、俺とライラの2人だけでグランツ商会へ行き、用事を済ませよとのことである。
「そうだ、ライラ嬢。この前のこともあるから、俺の目の届かない場所にいるのは心配なんだ。貴女は俺の横か少し前を歩いてくれないか。俺は護衛だから…離れていると、かなり不安だ。」
俺は、また何かあっては困ると思い、危機感のないライラに俺の横か少し前を歩くように言いつける。
「分かったわ。出来るだけ近くに居るわ。」
そうライラが言うと、横にピッタリくっついた。
ちかっ!?ちょっとくっつくのは歩きずらいから~。
「あっ、いや、そこまで近くなくていいから。」
「あらそう?」
ライラが一歩引いた。
フー、そう、そうの距離だよ。
この娘、本当によく分からない……。
新製品の入った小さな鞄一つを隔てて2人は歩く。
大商会の入っている建物は繁華街の中央にある為、馬車を止めた場所からは少し距離があった。
行きは何の問題もなく辿り着き、ライラは大商会の会長と夫人と顔合わせをしたのち、チェルシー伯爵領の新技術を用いた新製品を会長へと売り込む。
「お久しぶりね、モーリス様。いいえ、今はモーリス卿でしたね。」
会長夫人がカイルに商品の話をしているうちにと挨拶をしてきた。
彼女は元貴族の子爵令嬢で、昔よくリナと仲良くしていた令嬢の一人だ。
今ではこのグランツ商会の会長夫人となっている。
「お久しぶりですね、クリスティーナさん。リナが貴女に会いたいと話していましたよ。」
「フフッ、今でも貴方はリナとよく会えるようで、とても羨ましいわ。」
そう意味深にクリスティーナが話す。
それので、カイルは心を見透かされてたまるかと嫌味を込めて返答した。
「相変わらず、貴女は情報通だ。しかし私は貴女に話せることが何一つない、困ったな。非常に残念だ。」
「フフン、貴方、相変わらず、女には手厳しいのね。一人を除いて。」
クリスティーナが眉をしかめ、意地悪返しをしてくる。
このままでは2人がバトルになりそうだったので明朗な会長がスッと間に入り、穏便に治める。
その後、カイルの助言もあり、伯爵が指定した範囲の値段でライラは取引することに成功する。
無事にお遣いを終えて商会を後にした。
店を出たとたん、グゥーーーと低い長い音が鳴った。
それは、ライラの腹の音であった。
ブハッ、マジか!?
やっぱり面白いなこいつ。
緊張が解けて気が緩み、腹が減ったようだ。
真っ赤な顔を両手で覆って隠している。
あ、女だしここは、絶対に笑ったらいけないな。
腹減ってるなら飯食うか。
「何か食べていくか?」
カイルが聞く。
「す、すみません。緊張していて、朝、何も食べられなかったもので、お腹が鳴ってしまいました。恥ずかしいです。」
そうライラが返す。
「フッ、人間腹が減るのは当たり前の事だ。気にするな。俺は気にしない。何が食べたい?」
その意外な答えがライラの感情をくすぐった。
カイルに興味を覚える。
「あ、はい。食べたいもの……食べたいものですか……肉です!美味しいお肉が食べたいです!!」
その意外な答えに、今度はカイルが大いに満足した。
肉!?肉ときた!!
いいね~♪
姉たちのような親しい女性以外の女と食事をする際に、皆、少食だとアピールする者ばかりで、気を使ってしまい、美味しく食事をしたことが無かったので、そう感じた。
その話を姉にしたところ、女は自分をよく見せようとそう言っているのであって、殿方の居ない場所なら目の前に巨大なケーキを出されれば、大口を開けてガッツいて食べると聞かされた。
肉が好きだなんて、年頃の乙女は国家禁止用語の如く、口にしないものであるとも教わった。
姉、マリア制作による女性の扱い方マニュアル、33頁8行目より。
しかしこの女はそうではないらしい。
俺に対してそんな態度を取る女は、姉や幼馴染くらいだ。
やっぱりこの女は変わっている。
そしてかなり面白い。
「よし、俺の行きつけの上手い店に連れて行ってやる。ボリュームがあるけれど平らげられるか?」
「平気よ、私、チビだけど大食いなの。」
と、ライラが胸を張って言い切った。
その発言にカイルはさらに嬉しくなり、可笑しくて思わず声に出して素で笑ってしまった。
ライラはその笑顔に心を貫かれる。
瞬時に、これまでに感じたことのないくらいの高揚感が沸き上がり、心臓が早く動く音が聞こえたのだ。
その後、ライラはカイルに連れられて、カイルの行きつけの店へ向かい食事をした。
店内は男ばかりであったため、入店すると常連客にライラは揶揄われた。
カイルの前であったので、お肉をバカでかい口で食べるのは恥ずかしいと一瞬考えたが、もうすでにカイルは注文を済ましている。
注文した料理が運ばれてきて皿の上を見ると、考えてたよりも巨大な塊の焼いた肉であった。
香ばしく、食欲のそそる肉の旨味とガーリックの匂いが漂ってくる。
これは、負けられないと一気に気合が入り、無意識にフォークとナイフを手に取っていた。
どうやら、ライラの恋心は、まだ食欲には勝てないようだ。
恥ずかしさは何処へやら、空腹のライラはその肉の塊に食らいついていた。
極上の焼き加減と柔らかさ、少しピリッと効いたスパイスに口が肉を欲するのを止めない。
どんどん口へと運ばれ、食べ進んでいくうちに、店内の男達の揶揄いは、大きな声援へと変わった。
量が減っていくのに比例して声援が大きくなっていく。
早い早い!!兎に角早い!
そして食べ方がとても綺麗だ。
宣言通り、ライラは肉をペロリと平らげたのだった。
それを見ていた周りの男達が拍手と歓声を送った。
ライラはその声に照れて、はにかんでいる。
カイルはそんな彼女の新たな一面に、さらに好感を持つのであった。
意外なライラの一面に今までのイメージを払拭し見直すカイルと、
カイルの笑顔にトキメキ、彼に居心地の良さを感じ始めるライラという回でした。
次回、カイルは、やる時はやる男をお送りします。