馬車は距離感に注意
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「それではお父様、行ってきます。」
ライラの挨拶が済むと、パタンと馬車のドアが閉まり、王都へと馬車が出発した。
車内はライラと護衛兼教育係を命じられたカイル、馬車に男と2人きりではいけないと、ベテランの侍女も乗っていた。
先程のやり取りもあり、カイルは少しばかり気まずい思いがあったのだが、彼女はそうではないらしい。
わだかまりは全く無いようだ。
普通に元気に話し掛けてきた。
流石、前にもあったが、切り替えは最速の女だな……。
「モーリス様、この服装はどうでしょうか?この恰好はこちらの侍女が選んだもので、私にはどう相応しいのか分かりません。ご教示ください。」
目をランランとさせて、ライラが教えを問うてきた。
本当に凄いな、嫌がるどころか全力で向かってくるとは恐れ入る。
これは、ポジティブなのか?考え無しなのか?はたまた、計算か?
まぁ、最後の選択は、彼女には無いだろうな。
そんなこと考えても仕方がない、さぁ仕事しよう。
「髪型も化粧も貴女にとても似合っているし、年相応で、服も流行物で派手過ぎず、地味過ぎず申し分ないと思う。それに、生地は、よい絹の生地を使っているようだ。分かる者には一目でわかるだろう。貴女の憧れているリナが商人の目を見定めたりするのに敢えて良い布を使い地味な服を作りそれを着て店に赴き、反応を伺って試していたのを思い出したよ。」
先程の泣かしてしまった記憶があるので、カイルは丁重にアドバイスをする。
また繰り返さぬように、緊張しながら、出来るだけ優しく。
「そうなのですね!リナ姉さま流石です!」
ライラは手を胸元で握り、遠くを見ながら陶酔しきったキラキラした目をして、リナを全力で褒めたたえる。
リナ信者め。
カイルの顔がひきつる。
「それから、無駄な宝飾品を着けず、上品に輝く素敵な葡萄のブローチを着けているのもいい。貴女の家の領地で作られる有名なワインを彷彿とさせ、当主代理としてよいアピールになっていると思う。素晴らしいです。」
なぜか、カイルは侍女にまで褒め言葉を発した。
実は内心、ちょっと変わっているライラの扱いにテンパっていた。
「一介の侍女へ有難きお言葉、しかし、全てはソフィア様の受け売りで、用意したものなのです。」
そう侍女に冷静に返された。
あれ?もしかして、俺、気を使いすぎていたのか?
あいつの事がよく分からないのは、今に始まった事じゃないだろう。
落ち着け、冷静になれっ。
「ああ、うん。ソフィア妃の優れた頭脳と手腕は男であったならば王の重鎮にしたいと言われる程であったからね。男も女も関係ないだろうに……まあ、今では次期王、アレクシス殿下を容易く動かしているけど。」
平常心を取り戻しつつ、カイルがソフィア妃を淡々と褒める。
すると、ライラが
「流石、私の大姉ちゃんです!」
と言って、先程のリナの時の様にキラキラした目で陶酔し天に向かい祈り始めた。
そして、ライラによる早口での姉の自慢話が始まった。
今度は、姉自慢……きついなぁ。
とりあえず、黙って聞く。
ライラが話し続けているので、
「一つ疑問だったのだが、貴女はチェスター家の三女であったと認識しているのだが、何故、次女が跡継ぎにならなかったのだ?」
自慢話に耐えられず、カイルは話を強引に変える。
「え、あ、まだ話が……うぅ、それはですね、大姉ちゃんの結婚が決まった時に、小姉ちゃんはもうすでに嫁いだ後だったからです。姉2人は年子ですが、昔から大姉ちゃんが家を継ぐことは決まっていたのです。小姉ちゃんは社交界デビューしてすぐに婚約者になる殿方に見初められ、その後、家庭教師から二年指導を受けたのち、望まれた家へと嫁いで行ってしまいました。その当時、私にも自分の婚約者にと望んでくれた者が居ました。そこで、近しい血縁の男子の養子を取ろうかという話も出たのです……ですが……無能な者しかいなかったようで、それならば私をみっちり鍛えると決め、お父様がそうおっしゃったので、彼との婚約は結ぶことなく、今に至ります。」
沈黙が車内を占領した。
あれ?黙っちゃった。
落ち込んだのか?
何か話さないと、何か気の効くような言葉を……思いつかない。
まあ、いっか。
「そうなのか。貴女も振り回されて大変だったのだな~。」
そうカイルは何気ない言葉を発した。
帰ったら、彼女の人生を踏みにじった罰として、アレクシス殿下に文句を言って、暫く紅茶を渋く入れてやろう。
そうカイルが考えていると、鼻水を啜る音がした。
音の方に目をやると、ライラが激しく泣きじゃくっていた。
えっ、え?なんで?また泣かしてしまった!!
泣く理由が分からないので、カイルは激しく動揺した。
「な、な、なぜ泣いている???」
俺は声をどもらせてしまう。
「ずみまぜん、今まで、そう言ってくれた人が居なかったもので。皆、家を継げることを喜ぶばかりで、おめでとうとか頑張れとか羨ましいとかしか…でも、私は当主にならなければならないプレッシャーや、私を婚約者にと望んでくれたあの方への初恋の気持ちの整理をするのに大変だったので、今の貴方の言葉がストンと胸の底に落ちて、私の気持ちを分かってくれる人もいるのだと、そう声に出して言ってくれる方が居るのだと、嬉しく感じて、つい涙が。」
ライラがさらにボロボロと涙を流すので、俺はオロオロしてしまう。
すると侍女がハンカチをカイルへそっと差し出した。
カイルがそれを受け取り、向かい合うライラに渡そうとする。
しかし下を向いているので、気づかないらしく、膝が付きそうになるくらい間合いを積めて、肩をトントンと優しく叩くと顔を上げた。
ライラはハンカチに気づき、カイルの顔を見ると、また多くの涙を流し始めた。
オイオイ、そんなに泣くなよ~。
カイルは戸惑いながらライラの手にハンカチを握らせた。
ありがとうと、彼女はか細く答え、目の周りをハンカチで拭い、鼻を盛大に噛んだ。
スッゲー音!?
カイルは驚きの声を漏らさぬように、我慢する。
次の瞬間、
「そうだわ!モーリス様、私の事は名前で呼んでください。三姉妹の一番下だから、皆には名前でしか呼ばれてこなかったの、だから慣れていなくて戸惑いますの。」
突拍子なく、鼻の頭を赤くしたライラが言いだす。
あれだけ泣いていたのに、楽しそうである。
思わず、カイルはおかしくなり、小さな子供を相するかのように、
「ハハッ、わかりました。ライラ嬢。」
と笑顔で返していた。
すると
「フフフッ、ありがとうございます。カイル様。」
と直ぐにハツラツした答えが返ってきた。
あっ、勝手に俺の事も名前呼びになったなぁと思ったが、昨日の泣かせてしまった件もあるので、俺は大人、相手は弱い子供、こんなことでムキにならない、心は寛大に!と復唱し、彼女を止めることも叱ることもしなかった。
その後すぐに馬車は停留所に着いたのだが、ライラのメイクが崩れてしまったので、車内で直してから行くこととなった。
カイルは先に外に出て、ライラを待っている。
ふと視線を感じ見回した。
しかし、気になる様な者は周囲には見当たらなかった。
気のせいかと緊張を解いた時、お待たせしましたと言って馬車からライラが降りてきた。
「さあ、参りましょうか。」
ライラが気合いの顔つきで、意気揚々と馬車を降りる。
侍女が降りたのち、
「行ってらっしゃいませ。」
と、2人は見送られた。
意外なライラの心情を知ったカイルと、カイルの優しさに気が付いたライラでした。
ふたりに少しは変化があったのか?
うーん、どうなのかなぁ?
次回、懐かしのあの人が出てます。