チェスター伯爵の懐
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翌々日、王都のチェスター伯爵のタウンハウスへと俺は向かっていた。
フー、引き受けてしまった以上、全力を尽くさねばな……。
商会の護衛は、リナで慣れているとはいえ、あの娘の事だ、何をしでかすか分からないからな注意せねば。
車中、不安に駆られる。
屋敷に着くと、まだライラの支度が整っていないとのことで、しばらく待つようにと応接室へ通された。
家令に案内されて通された室内には、チェスター伯爵が居た。
伯爵は応接セットに座ってお茶を飲んでいて、俺に向かいの長椅子に座るように促してくる。
「一昨日ぶりです、チェスター伯爵。本日はよろしくお願いします。あの、御子女は?」
伯爵は天井を指さし、困った顔をしていた。
「どうかなさいましたか?」
思わず尋ねる。
「実は、ライラの支度がかなり掛かっていてね……初めての事だから、失敗も有りかと、今日着ていく服装を本人に決めさせたのだけど、まだ支度部屋から出てこないのだよ。決めかねているのかな?」
その時、扉をノックする音がした。
チェスター伯爵が返答する。
俺は、部屋に入ってきた人物の服装に度肝を抜いた。
「こ、これは……」
俺だけではなく、伯爵も言葉を失っている。
「お父様、お待たせいたしました!この服装は如何でしょうか。」
部屋に入ってきた人物はもちろんライラで、彼女は自信満々にそう発した。
部屋に居た者は未だに言葉が出ない……。
まあ、そうだよね。
これは驚きで思考が固まるよ。
俺も一瞬なったもん。
次の瞬間、チェスター伯爵が、ああああぁと嘆きの声を小さく漏らし顔を両手で覆った。
俺はそれを見て、俺がライラに言わなくてはならないなと、謎の責任感に追われた。
1つ咳払いをする。
「あー、チェスター嬢。その恰好は何だ?何故、それにしたのか教えてくれ。」
俺は冷静に判断し、まず、なぜ、その恰好にしたのか本人に理由を確かめることにした。
衝撃的なその恰好は、こうであった。
とんでもなく煌びやかで色鮮やかなドレスを着用していた。
思わず、今から宮廷舞踏会にでも行くつもりなのかと聞きたくなる。
いや、舞踏会へはいけないだろう。
なぜなら、指、首、腕にこれでもかと付けられた宝石のジャラジャラに、盛り上がるヘアスタイルのさらに上に花がさらに盛られているので、このまま宮廷舞踏会へ行ったならば、一瞬にして笑い者となるレベルの格好だからだ。
さらに、化粧が濃い!濃いいいの!
俺は女ではないから化粧には詳しくないが、そんな俺でも分かる。
や・り・す・ぎ・だ。
肌は白すぎるし、目元の青は何だ?
誰かに殴られたのか?
口元のまっ赤でテカテカは何だ?辛い者でも食べ過ぎたのか?
頬の赤い丸は何だ?的か?弓矢で射ってほしいのか?
ツッコミ所が多過ぎて追いつかない。
誰か~ツッコミ出来る奴はいないかぁー?
「その恰好とは、ドレスの事ですか?チェスター伯爵家代理として伺いますので、財力が無いと判断されてはいけないと思い、舞踏会用の豪華なドレスにしてみました。中でも目立つ方が良いと思い、この七色のものにしてみました!」
ライラが右手を固く握り、熱弁する。
ノーそれは、ノー!その理由、田舎貴族の考えだよ。
服以外もそうなのか?
「あっ、いや、それだけでなく……その宝石とか、髪型とか、化粧とか……もなんで?」
言い淀みながら、カイルは質問する。
「え?変ですか?宝石や髪型は先程、ドレスを着た理由と同じで、誇り高き貴族として安く見られてはならないという理由からです。それから化粧は、私は年が若いので、大人っぽくセクシーにしてみました。本当はリナ姉みたいに目元に黒子を描きたかったけれど、私が描くと、どうも大きくなってしまって鼻糞の様になってしまうので断念しました。」
ライラが残念そうに首を垂れて、意気消沈している。
俺はお前のセクシーの概念に、残念だと感じたよ??
セクシーってな何だっけ?
カイルは心の中で一通り憐れみ、彼女の回答を整理してから衣装に着いて淡々と検討を始めた。
「ああー、まず、その恰好で街に出れば、好奇の目で見られるだろう。多くの民は貴族の不当な浪費を気にする。まさにその恰好はそういう者の象徴のようである。」
ドレス、宝石などを指さし話す。
「さらに、その化粧だが、セクシーでもなんでもなく、ただの化け物だ。あなたはまだ若いのだから、そこまで塗りたくる必要はない。それからその恰好で舞踏会にでも出た日には、君は道化師と間違われるであろう。気を付けた方が良い。」
そうカイルがキッパリ言い終えると、ライラが口元を歪ませ泣き出した。
白く塗った肌に、涙の筋がくっきり出来ている。
崩れた末、本物の化け物メイクと化した。
ヒィー化け物……や、やっべぇ、泣かせちまった。
本当の事を言っただけなんだけど、何で泣くんだよ。
「モーリス殿、その通りなのだが……ちょっと言い方がね。ライラ、泣かないでおくれ。お前も沢山考えて選んだんだよね。頑張ったね。ただ、この服装では、街に出る前に悪漢に襲われてしまうかもしれないから、もう少し落ち着いた物に変更しようか。大丈夫、これから、一つずつ覚えて、多くの事を学んでいけばいいんだよ。」
チェスター伯爵はライラの肩を優しく抱き、静かに諭した。
あっ……。
それから、昔、ソフィアの担当もしていたというベテランの侍女を呼び、街へ出かける用の相応しい衣装へ着替えさせるように命じた。
部屋にはまた、カイルとチェスター伯爵だけとなった。
「す、すみません。つい、いつもの調子で話してしまいました。まだ彼女が年若いことを考慮せず、傷つけてしまいました。申し訳ありませんでした。」
カイルが謝ると、チェスター伯爵が答える。
「うん、大丈夫。少しばかり辛い想いをしただろうけど、きっとこれでライラも必死に学ばなければと意識しただろう。それにしても、君の周りには優しく強い者達が多いようだね。うちのライラのように未熟で弱い者への扱いは、君はてんでダメなようだから。大事にされてきたのだろうね。」
その伯爵の言葉を聞き、胸に熱く込み上げる恥ずかしさを感じた。
自分は周りに甘えていたのだと、カイルは頭を掻き反省する。
部屋の中に一瞬の沈黙が流れた後、
「……モーリス殿、ライラを頼みますね。」
伯爵が、呟くように、カイルに向けてお願いする。
たった今、娘を泣かせてしまった俺に頼むなんて不安だろうに、期待に応えなければなと、カイルは返事をした。
「は、はい。尽力いたします。」
そこに、着替えが終わったライラが戻ってきた。
部屋に入ると、カイルに目をやり、サッと駆け寄る。
「先程は、助言を頂いたにも関わらず、恥ずかしい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。これから、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」
と、深々と頭を下げたのだ。
それを見たカイルは、彼女をあまり知りもしないで非常識な無粋な娘と決めつけ、嫌い、傷つけても構わないという認識を持ち、あんな態度を取っていたと気づく。
勝手な俺の印象で、決めつけて申し訳なかったな。
芯が強く、きちんとしているじゃないか。
まあ、時々、暴走するけど……。
意識を変えたら、彼女に対する今までの行動が恥ずかしくなった。
彼女はまだ若く、強いようで弱い。
そして、とても素直で、真っすぐで礼儀正しい。
それが、俺が接した彼女だ。
これからは彼女を理解し、きちんと守ろう。
「私の方こそ、大人気なく、配慮が足りず、君を傷つけてしまった。申し訳なかった。」
カイルは心から謝罪した。
「私こそ。モーリス卿、今日はよろしくお願いします。」
おあいこだとライラが答え、手を差しのべる。
握手を交わしお互いを許した。
「さあ、仲直りしたところで、これからの事を話すね!」
嬉しそうにチェスター伯爵が今日の予定を詳しく話し始めた。
カイルもひとつ勉強したようです。
次回、馬車移動。






