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待つなと言うから…好きにした

お読みくださりありがとうございます


「カイル様!!」

 弾んだような声色で自分の名を呼ぶ、聞き覚えのある声がすぐ近くから聞こえた。


 声のした方へ目線を向けると、そこにはライラがいた。


「えっ、ライラ嬢?こんな所で何を?」

「まあ、久しぶりにお会いしましたのに、その言葉はあんまりだわ。」

 仁王立ちで腰に手を当て答えるライラ。


「えっ、ああ、すまぬ……少し驚いてしまって。えーと、お久しぶりです、ライラ嬢。お元気そうで何よりです。まさか、アドラシオン国でお会いするとは思いませんでした。」


 カイルは態度を整え、紳士の顔で挨拶をし直した。


「そうですね、カイル様はとても驚いた事でしょう。フフッ、なぜ私がここへ居るのか、その質問にお答えいたしましょう。以前、カイル様は言いました。 “自分を待たないでほしい” と、それに私はこう返しました。 “貴方を諦められないので、好きにする” と……そうです、好きにしてのです。私は、待つのではなく、先回りしましたのよ!!私、今、アドラシオン国に留学しておりますの!」


 ジャジャーン。

 バックで効果音が鳴った気がした。


「ふーん、留学……ええー!?」

 カイルは驚きで真面な返事が出来なくなる。


 何故だ~諦めたんじゃなかったのか?

そういう流れだったはず…あれ?違ったっけ?

  誰か?覚えてる人いない?教えて?


 しっかし、マジか…チェスター家、ちょっとしつこいよ。

 頼むからもう関わらないでくれ。

 カイル、脳内で頭を抱える。


 その時、ドサッと、ライラのドレスの中から何か落ちる音がした。

ライラが、ヤバいと少し膝を降りしゃがみ、スカートの布でソレを隠す。


 ん?何か見えている。

 黒い先っぽ…あっ、あれは、鞭だな!?


 カイルに見られてライラの目が泳ぎまくっている。


「それ、鞭?ああ、もしかして、先程の泥棒をやっつけたのは、貴女ですか?」

カイルがライラへ問う。


「え、あ、うっ……はい。私がやりました。あの、リナ姉さまには内緒にしていてください。人の往来の多い場での鞭の使用を禁止されているので、もし知られたら…グググッ。」

 恐怖で顔を歪ませて、ライラは口を噤んだ。


 ああ、だから名乗り出なかったのか。

 ふーん、これは使えるなぁ。


 カイルはしめしめとライラとの距離を縮めると、悪い顔をしてこう呟いた。


「では、黙っている代わりに、私からお願いがあります。」

「な、何でしょうか??」

 ライラが生唾を飲みこむ。


「この国では、私はフォード公爵と共に、とてもとてもとても、とてつもなく重要な任務のために来ておりますので、フォード公爵に迷惑がかかると困ります。ですので、必要以上に私に近づかぬようにお願いいたします。私や殿下と貴女が知り合いであると分かると、貴女に危険が及ぶかもしれません。ということで、何か御用がある際は、事前に連絡をしてかいただきたいのです。」


 よっし、よし言ってやったぞ。

 ここでは俺に容易に近づくなと言ってやったぜぃ。


「大丈夫ですわ~私の身体への心配には及びませんわ!この通り、護衛も居ますし、私には(コレ)がありますから。それから、フォード公爵への協力、ぜひ私にもさせてください!手伝わせてください!!」


 ポジティブー!?恐ろしいほど、ポジティブだよ、この娘。

あああ、まただ。

また通じない、通じないよ~。

 対応が面倒だよ……どうするよ、コレ。


 ん?あれ?


「あのー、その護衛とやらは何処に?」

「え?は?あら?」

 周囲を見渡したがライラの護衛はどこにもいない。


 その時、

「お嬢様、お嬢様!やっと見つけましたよぉぉぉ。」

 少し離れた場所からこちらに向かって叫ぶ声がした。


 商家の強奪事件の際に一緒に居たチェスター家の侍女がそう叫ぶながら、息を切らし駆け足でやって来た。

 その両脇には、あの事件の際にいた腕利きの護衛が2人いる。


 おいおい、護衛を置き去りにしたら意味ないじゃないか……。


「だってー、カイル様がハートフィル侯爵領から列車に乗るって聞いていたから、ずっとずーっと待っていたのに、なかなか来なかったから。やっと遠くに見つけた時に嬉しくて、思わず駆けだしてしまったのよ。」


 口を膨らまして話すライラ。


 はあ~こう言うところは、かなり幼いの変わってないなあ。

 護衛が苦労するの分かるけど、もっと頑張らないと。


「ああ、それは途中、線路を跨ぎ動かなくなっている羊の群れに遭遇したから、車掌が羊を誘導したりして、時間がかかってしまったんだよ。」

 そう話に入ってきたのはエドワードだった。


「まあ、お久しぶりでございます。フォード公爵様。」

「やあ、君に会うのは兄さんと義姉さん(姉上)の結婚披露会以来かな?」


「いいえ、その後、リナ姉さまのレッスンの日に数回。あ、でも、お話しはしていませんね。公爵様は物陰に隠れていましたから。」

「アハハッ、バレていたかー。だってリナを見たかったから、鞭を教える師匠の時のキリリとしたリナも素敵なのだよぉ。」


 コイツ、ちょいちょい執務サボって居なくなるって言われていたから何をしているのかと思ったら、自分の妻にそんなことしていたのか……キモいな。


「それより、カイル~お前にファンが居たとは知らなかったぞ。そうだ、これから私は、フォールズ辺境伯邸へお邪魔することになったから、カイルはチェスター嬢と出かけてきなさい。うん、うん、そうしよう!それでは行きましょうか、ギルバード医師。じゃあ、カイル、またあとでね~。」

 と、強引に進めて、エドワードは去っていった。


 クッソー、チェスター伯爵家とのイザコザを全て聞いて知っているくせに、ライラとの場を無理矢理作るとは…わざとやりやがったな、エドワード!!

 今に見ていろ、倍返ししてやるー。


 クソッ、絶対にあれだ、さっきの仕返しだな。

 リナにちょっとしか合わせなかったからってさ。

 ちょっとこれはさ、俺の努力をさ…… はあ~まじかよぉぉ。


「カイル様、どうかなさいましたか?」

「あ、いえ……その、少し自分への公爵への態度を反省しておりました。」


「そうですか。あっ、カイル様、一緒に出かけてよいのですよね?それでは、ご飯でも食べに行きませんか?私、お腹が空いているのです。」

 その直後、ライラの腹の音がタイミングよく響き渡った。


「ハハッ、相変わらず、貴女は面白いですね。」

 カイルは思わず、素で声を出して笑ってしまう。


 膨れっ面のライラ。


 そして、笑うカイルを、愛おしそうに見つめるライラ。


「あ、あれ?お嬢様!!お嬢様、荷物はどうなさいましたか?」

 侍女が周りを見回して、ライラへ尋ねた。


「鞄?あれなら鞭を使うときに床に置いて……あれ?モッテイナイワネ~?」

 掌をグーパーさせながら、ライラは無いことを確認する。


「お、お嬢様!!あの鞄の中には、今月からこちらで生活するお部屋の旦那様が描いた紹介状が入っているのですよ!無くしたでは困りますぅぅぅ!!」


「ハッ、まずいわ!!あっ、あれ、あれーーー!!ほら、あの鞄、私のじゃない!?」


 ライラは侍女の言葉にかなり動揺しながら周囲を見回し、ここから少し離れた駅のホームへ向かって歩いている男を指さし、言い放った。


 それと同時にスカートを掴み、彼女は走り出していた。


 走り出したライラを見て、侍女が護衛へ早くお嬢様を追いかけるのだと指示を出す。

 そして自身もスカートを掴み上げ、走り出した。


 その様子を毎回こうなのかと、カイルは呆気にとられて見ていた。

 そして、その場にひとり取り残された。


 暫くすると、

「あのぉぉ~」

 と、後ろから、よぼよぼだが上品な風貌のお婆さんに声を掛けられた。


 ん?この老婆は?


 只今、カイル脳裏で記憶を確認中。

 あ、確か先程の泥棒騒動の際に、少し離れた右側後方の位置に佇んで居た老婆だな。


「どうかなさいましたか?」

 カイルが聞くと、お婆さんは、鞄を目の前に置いた。


「これ、先程まで、あなたと話していた女性が置いていったものなの。あの子、私の目の前にこれを置いて駆けだして行ってしまったから、盗まれちゃいけないと思って、私の後ろにずっと隠していたのだけれど、待っていても取りに来ないから、探していたのだけれど。ようやく見つけたと思ったらまた行ってしまったから、彼女に渡してくださらない?」


 渡されたのは、ライラたちが追いかけて行った男が持っていた鞄とかなりよく似た鞄であった。

 よく見てみると、鞄の持ち手の部分に牛革で出来たストラップが付いている。

 そこには、チェスター家を象徴する葡萄と聖杯が刺繍されていた。


 あっ、これは、非常にまずいのではないか???


 これがここに在るってことは、さっきのあの男が持っていた鞄、あれは!?


ヤッベーーーー!!!


 その時、ライラが向かった先から、ワァーっという騒めきが聞こえた。



チェスター家、メンタル強い☆

次回、完結です。


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