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8:紫羅欄花は確かに咲いた



「な、にがぁ」


「目的は君を殺すこと。それ以外無いだろう」


「ひぅ、は、そんなこ、と」


「国が黙っていないって? ははっ、そんな腐った国など此方から願い下げだ。滅ぼしでもしてやろう」



言葉として成立していないウォリーと何故会話が出来るのであろうか、それはエルヴィラが読唇術を会得していたからである。

一単語すら発することが出来ていない彼はどうにかして助かりたいと思い、自分の地位や名誉、そして国との関係を振りかざす。

しかしそんなことは全く意味が無い。


彼女はそれを恐れるような人間ではないのだから。


締め付けがきつくなり、体が悲鳴を上げ始めた。

薄皮に亀裂が入り、赤々とした血が滲み、彼のブラウスを破き始める 。

掠れた声にならない声で彼は叫ぶ。



「さぁ、終わりだ……さようなら」


「あぁぁああぁぁあぁ!!」




ぼとり、ぼとぼとっ。

彼の身体を構成していたモノが唯の肉塊として空中から虚しく落ちた。

鮮血が飛散し、エルヴィラの衣服を赤く染め上げる。

美しい白銀の髪の所々に赤い彼岸花が花弁を散らす。

ふっと漏れた薄ら笑いが彼女の顔を不気味に歪めた。


彼の叫び声を聞いてレインが駆け付ける。

勢い良く開けられた扉には小さな肉片や血が飛び散っていた。



「……終わったのか?」


「あぁ、結構呆気なかったよ。流石金に物を言わせていただけの下衆さ」


「その話は後で聞こう。取り敢えず此処から出るぞ」



急ぎめで屋敷の外へと向かう。

裏口から出ようとしたその時、二人は後ろから付いて来ている気配を感じた。

軽く殺気を飛ばしながら声を掛けると、そこから出て来たのはシユンとシノンの二人であった。

驚きで表情を染めるレインに、エルヴィラはどこか納得したような顔をしている。



「どうしたんだシユン、シノン」



「ボクの意思はシユンの意思」


「私の意思はシノンの意思」


「シユンはボクに生きたいと言った」


「シノンは私に行きたいと言った」


『だから連れて行って』



懇願するような四つの瞳で見詰められる。

にんまりと満足そうに笑ったエルヴィラは、シユンの頭を優しく撫でた。

シユンはふんわりと嬉しそうに笑う。

どこかレインとシノンも楽しそうだ。


レインはシノンと、エルヴィラはシユンと手を繋いで扉を開ける。



「それで、俺達は今から何処で生活するんだ?」


「少し離れた所にある樹海に洋館を見つけたんだ。ある程度新しく、尚且つ陽当たりも良い」


「そんな所あったっけ?」


「一回だけ……多分通ったことあるよ」



二人は双子を各々抱き上げ軽やかに木々を伝って走り出す。

風を切る音が鼓膜を揺らし、新鮮な空気が肺を満たした。

十分後、彼女達の目の前には大きくて立派な洋館が姿を現した。

僅かに錆は見受けられるが生活する上で支障の出るような物はないだろう。


足早に中へと入ると二人を降ろし、一人一部屋を使えるということで決めに行く。

シユンとシノンは同じ部屋を選んだようだ。

何かあった時に対処出来るよう、レインとエルヴィラも二人と近い部屋を選択している。

生活するのに必ず必要な風呂場や洗面所、キッチンなどを粗方掃除すると、四人はリビングへと集まった。



「さて、改めて自己紹介といこうか。私はエルヴィラ・セレンディバイト、歳は十五、宜しく頼むよ」


「俺はレイン・カエルレウム。歳は十六歳。まぁ頼む」


「ボクはシノン・ノストリル。歳は……確か十歳かな」


「私はシユン、シノンのきょうだい。後は一緒」




それだけ言うと、一様に吹き出すように笑った。

どこか存在する堅苦しさだけが違和感を持っていたからだ。

誰も彼も猫のように目を細めて、楽しそうに笑っている。

すると、シユンが衝撃的な言葉を口にした。



「お母さん、お腹減った」


「そうか……ん、ちょっと待ってくれ!?」


「エルヴィラは私のお母さん、何となくだけど」


「いやいや、そんなに私達は年齢が変わらないだろう?!」


「……ふーん、いいじゃないか。ならボクにとっても母さんだね」


「悪ノリをするなシノン!」



真剣な表情でエルヴィラを母と呼ぶシユン。

ニヤニヤと笑いながら、シノンは楽しそうに見ている。

悪ノリと思われても仕方がないが、彼は本心からエルヴィラに感謝していた。

表情の変化も、感情の変化も乏しいシユンにここまで心を開かせて、また、母と呼ぶ程に信頼を置ける人物になってくれたことに対してだ。

幼い頃に両親を亡くし、甘えることのなかったシユンとシノンがやっと見つけた甘えられる対象だったのだ。


話している内にエルヴィラはふとそれに気が付く。

きっと、しっかりしていながらも寂しかったのだろう。

だったら自分は――



「まぁいいさ、ならばこれからは君達二人の母となろう。父は君だよ、レイン」


「俺も巻き込まれるのか」


「兄でも良いかと思ったんだけどねぇ……どうせなら両親が欲しいだろう? なぁ、シユン、シノン?」



悪戯っ子のように微笑む。

それに双子は嬉しそうに笑い返した。



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