4:束縛する相反の鎖
あのまま馬車に荷物の様に乗せられた二人は目の前に佇む大豪邸を見上げていた。
白色を基調として、金色の装飾を施された約千五百坪の広い土地を有している。
鉄柵に巻き付けられた蔓や、中庭に植えてある青々とした葉をつけた樹木はきちんと手入れがされてあるようだ。
メイド服を着た女性や燕尾服を着た男性の他に、枷をつけられた人物が見受けられた。
どうやら正規に雇っている人間と奴隷は別扱いであるらしい。
「さて、取り敢えずお前達には着替えてもらおうか。おい、二人を案内しろ」
「はい」
「わかりました」
屋敷の中へと通されると、エルヴィラとレインの目の前に二人の少年少女が現れた。
年齢はまだ十歳程度であろうか、質素なワンピースとツナギを着ている。
少女がエルヴィラを、少年がレインを別室へと案内しようと歩き始めた。
「レイン」
「……あぁ、わかってる。任せろ」
顔だけ後ろへと向け、レインに声をかける。
たったそれだけでお互いの意思を理解出来た。
彼女達のやり取りを理解出来ていない少年少女は二人を交互に見遣る。
不思議そうに見上げている彼女に、エルヴィラは声をかけた。
「さぁ、案内をお願い出来るかい?」
「うん」
「俺も頼む」
「わかった」
二人は素直に頷いた。
そうしてエルヴィラが案内されたのは綺麗に整えられた大きくて広い部屋。
一方、レインが案内されたのは物置の様なおんぼろな部屋であった。
男女でこうも扱いが違うものか、と呆れ果てる。
エルヴィラは渡されたワンピースを広げる。
少女が着ているものとは違って金糸で刺繍が施してある等、かなり上質なものであった。
「……これを、着るのか」
「うん。痛い思いしたくなかったら言う事聞いておいた方がいいよ」
「そうだねぇ」
淡々と、何の抑揚も無く言葉を紡ぐ少女につい目を細めてしまう。
まるで洗脳されているかのようだ、と感じたのだ。
これ位の年頃ならば友人と遊び、装飾品などに興味を持ち始め、そして我儘を言う時期であろうに。
じっと此方を見詰める少女の目線に合わせてしゃがむ。
「私はエルヴィラ・セレンディバイト、君は?」
「シユン……私はシユン・ノストリル」
「そうか。先程共に居た少年は君の家族かい?」
「うん。私の双子のお兄ちゃんで、弟なの」
彼女、シユンの不思議な言い回しに困惑する。
どうやら二人は双子で、どちらが先に産まれてきたのか分からないからと言う。
納得していると、ふとレインはあちら側で困惑しているのだろうかと考えてしまい、少しだけ頬を緩めてしまった。
一方、レインは少年の後ろに続いて部屋へと移動していた。
「俺達は何処まで行けばいいんだ?」
「ボクら、男の部屋は屋敷の端っこ。だからもう少し歩くよ」
「そうか……自己紹介をしておこう。俺はレイン・カエルレウム」
「シノン。ボクはシノン・ノストリル」
物静かで感情の起伏が少なく、そして冷静な二人の会話はどこか冷たかった。
勿論それは第三者からの客観的な視点であって本人達はそのように思っている訳では無い。
少年から白色のワイシャツに黒色のスキニーパンツを手渡された。
「面倒だな……」
「それが買主様だよ。逆らったら余計に面倒臭くなる」
「意外だな、結構はっきり言う奴なんだな」
「ボクの姉で妹のシユンは内気だから会話も儘ならないだろうね」
「姉で、妹?」
エルヴィラの予想通りに頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
淡々とその言葉の意味を説明されると納得出来たようだ。
性格が正反対の双子のきょうだい。
彼らは両親の手によって売られた。
まだ甘えたい盛りの時期から無視され、打たれ、食事も満足に与えられていなかった。
そして、家計が火の車となった為に奴隷商の元へと連れて行かれたのである。
売られたのは七歳の時。
今は少し前に十歳になったばかりである。
この屋敷で、あの男の奴隷として生活してもう三年になるらしい。
「シノン、アンタに聞きたいことがある」
「うん、何?」
「エルヴィラ……さっき俺と共に居た女性は分かるよな?」
「わかるけど」
「俺とエルヴィラは此処から抜け出す。方法はアイツしか知らん。その時にアンタはどうしたい」
「……ボクは勿論逃げたいよ。でもボクとシユンは一心同体だから、シユンが逃げないならボクも逃げない」
所変わって、エルヴィラとシユンの居る部屋。
凛々しいが、どこか優しい雰囲気を醸し出すエルヴィラにシユンは懐いていた。
内気で人見知りの彼女がこんなにも早く心を開くとはシノンでさえ想像出来なかっただろう。
「シユン、君に尋ねたいことがある」
「うん。なあに?」
「私はレインと共にこの屋敷を出ようと考えている。その時、君はどうしたい」
「……どう、って」
「私達と共に来るのも良し、何処かきょうだい二人で暮らすのも良し。これは本当に君たち次第だ……あぁ勿論、あの男に加勢して私達と敵対するのも手ではあるね」
すっと立ち上がってエルヴィラは語る。
シユンはどこか泣きそうになりながら、彼女を見上げていた。
奴隷の逃亡がどれ程の大罪に問われるかなど判っている。
この屋敷でも、何人もの奴隷達が男の性癖に耐え切れなくなっては逃げ出し、そうして惨殺された。
時には自ら命を絶つ者さえいたのだ。
その光景を聞かされたこともあれば、目の前で見たこともある。
それはシユンとシノンの心と体を縛っていた。
行為、罰、そして己が実際に見て感じた光景に対しての恐怖と、自由になりたいという相反した思いが雁字搦めになっていたのだ。
「私は君達の意思を尊重するさ」
「……うん」
「束縛の鎖とは重たく、そして苦しく辛い物だ。私にもそれは分かるよ」
その琥珀には憂いが秘められていた。