3:落札価格よりも高い殺意を
――二億ロイン!
――五億ロイン!
彼女の落札価格はどんどん高騰し、億の単位を越してしまった。
やはり値段を叫んでいるのは男ばかりで、そういうコトが目的なのだろう。
己よりも上に設置してある座席に座っている彼らを内心見下ろした。
「三兆ロインだ!!」
一際大きな声が会場内に響いた。
かなり歳若いであろう、三十歳程の男性からであった
それきり値段を叫ぶ者は居なくなってしまう。
これによってエルヴィラはその男の所有物となることが決まった。
手錠の鎖を手荒く引っ張られてある部屋へと連れて行かれる。
この部屋で待っているように命令され、仕方が無くそれに大人しく従った。
するともう一人、彼に買われた人が連れて来られたようだ。
「やぁレイン。さっきぶりだね」
「エルヴィラ……エルヴィラもあの男に買われたのか」
「あぁそうだ。それで、私の先程の言葉は合っていただろう?」
「そうだな。アンタとなら耐えられそうだ」
「……耐える、とはどういう意味だ?」
「俺達が買われた男はバイセクシュアルでな。後はぺドファイルとエフェボファイルなんだ」
「……最っ悪だ。別に人の性癖や恋愛対象にとやかく言おうと思わないが、それに含まれたり対象になるのは御免だよ」
バイセクシュアルとは、異性にも同性にも性的な欲求を持つ両性愛者のこと。
ぺドファイルは、一般に十歳以下の幼児・小児を対象とした性愛・性的嗜好を持つ人のこと。
そしてエフェボファイルとは、成人男性による思春期の男女に性的嗜好を向ける人のことである。
飄々とした態度から一変、エルヴィラは顔を真っ青にさせて嫌悪感を示した。
どうやら本当に心の底から苦手らしく、それを感じ取ったレインは心底同情した。
「やぁ、今回お前達を買った買主だよ」
「そうかい……」
意気揚々として部屋へと入って来た男。
後ろにはシトリーが案内をする為に同行していた。
ニコニコと気味悪く笑う彼に、エルヴィラとレインは顔を引き攣らせる。
高級なスーツを着こなす彼は、きっと世間一般で言うと優しげな好青年に見えるのだろう。
しかし奴隷を買い、幼い少年少女達を凌辱することを趣味としていることを知れば全くその様な風に見ることは出来ない。
「お前がエルヴィラか……随分整った顔をしているね。何歳何だい?」
「私は十五歳さ」
「んん! 丁度僕の好みとぴったりだ!」
「全くもって嬉しくはないがね」
「お前の意見は必要ないさ。あぁ楽しみだ……エルヴィラ、お前はどんな声で啼くんだろうか!」
気味が悪い。
瞳を爛々と輝かせながらエルヴィラを色を持って見つめるその姿は、その言葉よりも優しく表現出来るものを思い付かなかった。
レインは軽蔑の目線を向けている。
"人として生きていく為の権利も自由も奪われ、家畜かそれ以下の扱いを受ける"
この男は、奴隷達にとってその言葉を体現化させた人間なのだろう。
お目当ての自分の性癖に当てはまる商品は、今回はエルヴィラとレインだけであったらしい。
帰り支度を進める男を冷めた目で見やりながら、二人も嫌々ながら身支度を始めた。
「レイン、君はこれからどう生きたい」
「どう、とは?」
「このままあの男の奴隷として一生を終えるのか、それとも私と反逆するか、何方を選ぶ」
「アンタはそんな事するつもりなのか!? 無茶だ!」
「ははっ……生憎、"主人"という立場の人間をどうこうするのには慣れているのさ」
こっそりとレインと話をする。
このままあの男の奴隷として扱き使われ、凌辱され、道具となり、生を終えるなど堪ったものではない。
そう考えてエルヴィラはあの男に反逆し、殺害しようとしていた。
今まで己の周りに反逆を成功した者はいない。
そして見たことがない。
彼の心にはその思いが巣食っていた。
確かにそんな生き方など真っ平御免だ。
けれどエルヴィラの作戦に対して、そう簡単に首を縦に振る訳にもいかない。
「……もし、それが成功したとして、俺達以外の奴隷達はどうするつもりだ?」
「好きなことをしたら良い。そうだろう? それに、今現在あの男の屋敷に居るのはたったの二人だ」
「何故分かる?」
「オークションの裏方が一人消えていたのに気付いたかい? ちょっとだけ其奴を使わせてもらってねぇ……あの男は奴隷が自分の性癖に当てはまる年齢を超えると、気に入った身体の部分だけを保管して殺すのさ」
「ということは」
「そう、私達は新たに補給されただけだよ。今残っている二人を除いて他の奴隷達は皆殺されたはずだ」
エルヴィラは冷徹な瞳で目の前を悠長に歩く男を見下す。
レインは彼女から聞かされた事実に愕然とし、そしてその身を震わせた。