2:全てが焼き消える
薪や柴の敷き詰められた場所に大きな木の柱が立てられた。
そこにエルヴィラは磔にされている。
腰元辺りまで、棘のある木の束が積み上げられていた。
両手両足を麻縄によって縛られた彼女は見ているだけで痛々しい。
エルヴィラが火炙りにされることは大々的に伝えられ、彼女の暮らしていた村人達は勿論、他の村や町からも観客が来ていた。
現在時刻は十八時。
辺りは薄暗くなり始めていた。
「火をつけよ」
刑吏が松明を持って近付く。
そして、彼女の足元を覆い尽くす薪に火をつけた。
パチパチと薪が爆ぜる音が聞こえた。
煙が発生し、息苦しそうに咳をしている。
「いや! エルヴィラ!」
「彼女は魔女なんかじゃない!」
「やめてよ……」
段々と顔色が青白くなっていく彼女を見ていられずに、村人達は声を荒らげる。
その中には涙を流しながら静止を求める者も居た。
その時、強風が吹いて一気に炎が燃え上がった。
胸元まで火が届き、辺りを人間の体が焼ける嫌な匂いが満たした。
彼女は涙一雫すら零さず、呻き声一つ上げずに己の身体が焼かれていくのを待っている。
幾千もの星が輝き、三日月が此方を見下ろしている。
天を仰ぎながらエルヴィラはたった一人、愛した彼を想っていた。
「いやぁ! エルヴィラ!」
「うわぁぁぁぁああぁ!!」
遂にはその身体は大きな炎に呑み込まれた。
炎の勢いに彼女の長い髪が浮かび上がる。
轟々と燃え盛る炎の中で、エルヴィラは観衆達に視線を移して見詰めた。
――そうして、彼女は笑ったのだ。
聴こえるのは燃え盛る炎と、観衆が泣き叫ぶ悲しい音のみ。
全てが焼け消えたのは翌朝であった。
騎士の様な衣服も、美しい銀髪も、輝いていた琥珀色の瞳も、何も残ってはいない。
それは、彼女の骨もであった。
本来、火炙りの刑での炎の温度では骨まで溶けてしまうことはない。
それならば彼女の骨はどうなったのか。
「やはり魔女であったか!」
「エルヴィラはきっと、その身全てが神へと捧げられてしまったのね……」
聖職者達はそう確信し、村人達は彼女の死を憂いた。
彼らはエルヴィラ・セレンディバイトを、『神に愛された淑女』として崇めたのだ。
しかし彼女は、エルヴィラは生きていた。
それも此処とは異なる世界に再びその姿が現れたのだ。
――ある、大切なモノを失ってしまった状態で。
「起きたか」
「……君は誰かな?」
エルヴィラは男の声で目覚めた。
辺りを見回すと己が鉄製の檻に入れられていることに気が付く。
目の前で見下ろしてくる男も見たことがない。
ニヤニヤと意地悪そうに笑いながら、男はエルヴィラの顎を掬い上げた。
「俺はシトリー、そして此処はオークション会場だ。お前は今から金持ちの奴隷になって一生働き続けるのさ」
「……奴隷、ねぇ」
「あぁそうさ! お前は女で、顔も整ってるしなぁ。そういうコトに使われるだろうよ」
「私はそう簡単に花を売るつもりは無いさ」
「主人の言うことは絶対だ。お前は従う他無くなる」
高笑いをして去って行くシトリー。
その後ろ姿を軽く睨み付けると、自分と同じ檻に入らされている人達を見やった。
踊り子の様な格好をした女性、中年の筋骨隆々な男性、そして同い歳位の少年。
「やぁ、初めまして。私はエルヴィラ・セレンディバイトだ。君は?」
「俺はレイン……レイン・カエルレウム。」
「そうか。よろしくレイン」
「こんな所でよろしく、か。アンタは面白いことを言う人だな」
ふっと、頬を緩めるレイン。
海のような深い青色の瞳が印象的な男性だ。
歳はエルヴィラの一つ上の十六歳だと言う。
此処に連れてこられた理由は、前主が金に困って何人かの奴隷を新たに売り払ったかららしい。
彼はこれからどんな生活を送るか大体想像が出来ているからか、諦めた様な表情をしていた。
「……そう悲観することはないさ」
「何故そう言いきれる?」
「私は君より歳下だが、君より経験は豊富さ……唯それだけだよ」
「おい、そこの女。出番だ」
「ではまた会おう、レイン」
悲しむこともせずに颯爽と檻から出て行く。
背を向けたまま右手を軽く上げ、別れの挨拶をした。
両手を石で出来た手錠をつけられ、ステージの中央に立たされる。
スポットライトが当てられると共に、目の前のカーテンが開かれた。
聞こえるのは下卑た男共の雄叫びのみ。
「……何奴も此奴も馬鹿らしい。いっそ殺してしまいたくなるな」
エルヴィラは彼らを嘲笑った。