11:是々非々たる審議を
「わかった、この名において誓おう」
「言質はとったよ。破ったら躊躇い無く殺してあげるから安心してくれ」
床にばら撒かれていたトランプが宙に浮き、そして彼女の手の中に戻っていく。
次々に飛んでいくトランプに怯える聖騎士達、逆にモルドーは興味津々といった様子だ。
レインも鎖鎌を仕舞い上に居る双子を呼びに行った。
拘束をする必要がある、と申し訳なさそうにランサスに言われ、彼女は素直に腕を差し出す。
鎖の付いた手錠をかけられる。
この程度の錠ならすぐに外せるな、と内心ほくそ笑んでいるエルヴィラに全く気付くことなく彼らは帰城の準備を始めた。
「エルヴィラ、ここの荷物はどうするんだ」
「好きにして構わないよ。持って行きたい物は持って行けばいい」
「わかった。アンタの荷物はどうする? その手錠があったら準備出来ないだろう」
「特に執着のある物は無いから気にしなくていいさ」
手錠をかけられている彼女を見てレインは鋭い視線をランサスに送るが素知らぬ顔で逸らされた。
すると軽い足音が二つ近付いて来て、そして勢いよくエルヴィラに抱きついた。
もろに鳩尾に頭が入ったのか呻き声を僅かに上げた彼女の背をランサスが擦る。
今にも泣きそうに涙を溜めているシユンと、不機嫌そうな顔をしているシノンであった。
「お母さん、どっか行っちゃうの?」
「ボク達も連れて行ってくれるんだろうね」
「君達を置いて行くわけないだろう。現にレインが呼びに行ったじゃないか」
ぽんぽんと頭を撫でると嬉しそうに微笑む二人に、エルヴィラも淡く笑う。
モルドーとランサスは彼女が"お母さん"と呼ばれた事実に驚愕しそれ所ではなかった。
四人の年齢を聞くと明らかに実子でないことが分かる。
ウォリーに数年前から奴隷として働かされていた二人を自分達が彼を殺した時に一緒に逃げて来て今に至る、と説明するとこの僅かな期間で彼女達は壮絶な経験をしているのだと実感した。
準備が終わり、馬に繋がれた荷車に四人は乗せられた。
聖騎士達が周りを囲み、逃げられぬよう、又襲われた時に対処が出来るようになっている。
砂利や小枝に乗り上げてガタガタと音を立てながら、順調に城へと続く道を進んでいた。
先程まで樹木に囲まれた自然豊かな土地であったのが、繊維工場や市場が増え始め、都市部へと近付いているのが分かる。
「降りてくれ」
「手を貸そう」
「ちょ、待ってくれ! 君は馬鹿なのか!?」
城門を潜り、聖騎士団員の住まう大きな寮へと連れて行かれた。
モルドーに言われて降りようとするとランサスに突然抱き上げられて降ろされた。
いきなり浮遊感に襲われた彼女は動揺して声を荒らげる。
シユンとシノンはレインが降ろしてくれていた。
落ち着きを取り戻し、聖騎士団員が全員集合することの出来る庭へと移動する。
そこには団長、他の部隊長と団員が揃い踏みしており、エルヴィラ達の到着を待っていた。
彼女は連れて来られると同時に好奇の視線を向けられる。
「視線が鬱陶しいな」
「我慢してくれ。手前は見た目だけならそこらの町娘と変わらねぇからな、あいつらも驚いてんだよ」
「それはそれは、滑稽だとしか言い様がないね」
鼻で彼らを笑っていると、エルヴィラはランサスに呼ばれて共に団長と呼ばれている男性の前へと行く。
凛々しい瞳を持つが、しかし優しげな印象の淡黄の髪の高身長な男性が待ち構えていた。
「君がエルヴィラ・セレンディバイトだな。私は聖騎士団長のガリアス・ドレニセンド、宜しく頼むよ」
「自己紹介は要らないようだね。まぁ、それは出来ればの話だ」
モルドーとランサスに提示した条件を守って貰えないのならば、彼女はどの様な手段を取ってでも三人を逃がすつもりだった。
しかし、その話を知らされていない騎士団長含めた彼らがどのような対応を取るかは見当もつかない。
笑顔を貼り付けてガリアスと話すエルヴィラに外野から無礼だ、と野次が飛んでくる。
全く気に止めずに自分を見詰め続ける彼女に、彼は不思議な高揚感を感じた。
「率直に問おう。君はウォリー・ディブァイネアという貴族を殺したか?」
「あぁ、私が殺したよ。何か問題でもあるのかい」
「……正当防衛でないのならば、殺人は例外なく大罪となる。君は人を一人殺したという事実を軽く受け止めているようだが、それは許されることではない!」
「ふっ……あっはっは!」
するとエルヴィラは心底愉快そうに大声で笑い出す。
身を屈め、目尻に涙を溜めながら必死に笑いを堪えていた。
不可解に感じたガリアスは何が可笑しいのかと問う。
「君は殺人を行うことは例外なく大罪だと言っているが、一つ聞きたいことがあるのさ」
「何だ?」
「私利私欲や正当防衛での殺人と、戦争での殺人に何か差はあるのかい」
真っ直ぐ、凜とした瞳で見据えられる。
彼女の発した問いにガリアスはすぐに答えを導き出すことは出来なかった。
下唇を数回噛み、しかし何かを口に出すことも出来ない。
にやりと笑う彼女が妙に腹立たしく感じた。
「分からないだろう。そう、分かるはずがないんだ。何故ならその行為に差は何も無いのだから。どのような理由があろうと人間を殺したことは事実であり、覆しようのないことなのだから」
「それは、しかし!」
「反論したくても出来ないだろう? だって君はそれを心のどこかで納得しているから」
「それでも殺人は大罪だと決まっている!」
所詮、国家最大の戦力を取り纏める長もこの程度の認識と考えしか持たぬ者なのかと呆れた。
しかしそこでへこたれなかったのがガリアスであった。
殺人が罪であるということを理解していて尚、それを自分に問うた理由は何だ、と。
彼女の答えは「君の認識が知りたかっただけだ」と言うと面白くなさそうな表情をする。
「君はそれで何が言いたい。罪を軽くしたいのか、それとも無罪とされたいのか」
「いいや、君の言っていることは何方も全く違うよ」
「ならば何が言いたい」
「私が言いたいのは――」
「殺人を大罪と言うのならば、私も含めた、この場に居る人間を殺した経験がある全ての人間が! 罪の重さに潰れて死ぬべきだと言いたいのさ」
ぽかーんとした顔を向けるガリアス。
まさかそんな答えが返って来ると思わなかったのだ 。
声高々に演説するエルヴィラに、聖騎士一同は誰も言葉を発することが出来なかった。
しかし、場違いのように思われる拍手が一つ。
ぱちぱちと一定のリズムの拍手が彼女に向けて送られた。